終帝物語~終わりの始まり~

クラウディア。

その名を聞けば、大抵の人間は公共の場によく飾られている肖像画を思い浮かべるだろう。
勿論、実際にどんな面差しをしていたのかは、誰も知らない。
ただ、額縁の中から優しげに此方を見つめる鳶色の瞳は、逸話通りの人柄を感じさせると誰もが思ったものだ。

伝承皇帝不在の間のバレンヌを治める基礎を築いた初代為政帝の妻であり、第二代為政帝であり、そして『政皇』の母である人物。

『政后』クラウディア。



そんな歴史上の偉人と同じ名を持つ少女、即位したばかりの第七代伝承皇帝・クラウディアは、いつもいつも、その名が知らず抱かせるであろう想像とは真逆の、渋い顔をしていた。

『政后』と彼女では、何もかもが違っていた。
長い髪は亜麻色ではなく、いっそ銀糸にさえ近い、ごく淡い蜜色。
たとえ絵画であっても温もりを見出せるような桃色ではなく、頬や唇すらもあまり色を持たない、白い肌。
瞳は銀月と同じ冷たい色をして、おっとりとした丸みの代わりに、ともすれば相手を射抜けるような鋭さを持っている。

美女か醜女かと言えば文句の付けようもなく前者だが、不機嫌なのを隠しもしない今現在の表情まで含めて、『美しい』なら兎も角『可愛らしい』と評するのには若干の疑問を覚える風貌。
加えて、一般女性の平均よりもやや高めの身長と、しなやかではあるがその代わり丸みに欠ける体付き、それに決して甘くも高くもない声音も相俟って、何処か少年じみていて、かつ作り物のような印象を与える。

彼女とて、笑う時には笑う。
笑えば生来の美貌も手伝ってそれなりに愛らしいし、年相応の少女性もあるのだが、多くの人間は彼女の真顔、それもやや不機嫌寄りなそれしか知らない。

それでいい、とクラウディアは思う。
自分は公人だ。
一介の人間としての素顔など、ごく近しい人間だけが知っていればいい。

そもそも彼女は『政后』のようになろうとは思っていない。
『政后』は、武に傾いた初代伝承皇帝ジェラール、早世した夫・初代為政帝アンリに代わり、全国民の母として全力で国を慈しんだ、聖母の如き人物だ。
自分はとてもそうはなれない。
似る似ない以前に、根本から出来が違う。
そもそも母の居らぬ自分が、“母”にはなれない。



己がなるべきは、同じ力持つ者として、ジェラールと同じ武の道を行く、軍人である。
そう考え、700年近く使われていなかった『武帝』という称号を引っ張り出した。

これには『隻翼皇帝』と揶揄された事に対する意趣返しの意味もある。
元々は双子の兄アルジャンと共に二人で皇帝の座に就く筈だったものが、自分ひとりで即位するより他無くなってしまったのだから、それに対する落胆は、多少なりとも理解しているつもりでいる。
だからといって、“半分だけで”“女ひとりで”と陰口を言われるのは、非常に不服である。
『武帝』を名乗り、それに恥じぬ武働きをして見せる事で、信を勝ち得てやる───出陣前に、そう誓った。



即位前にも小規模な戦場に立った事は何度かあったが、皇帝としては今回が初陣となる。
勿論、全隊の指揮権を持つのもこれが初めてだ。
しかしその手腕は優れていて、とても『初めて』とは思えない。

各地に出没するモンスターを殲滅する事は、伝承皇帝の重要な役割のひとつである。
ただ狩る事なら一兵卒にも、場合によっては一般人でも心得さえあれば可能だが、その力量は比べものにならない。
何せ歴代伝承皇帝の記憶そのものを受け継いでいるのだから、土台が違う。
それに加えてクラウディアは特に適性が強い事もあり、本人が多少制軍の知識に欠けていても、先代・第六代伝承皇帝ベネディクトのような優秀な指揮官としての記憶が、上手いこと穴を埋めてくれる。

結局、親兵の最後の一枠には、ハクゲンの提言で術士部隊長マグダレーナが加えられる事になった。
『風魔師』キグナスの孫で術法に優れ、尚且つ医術の心得もある彼女は、側に置いて損をする人員ではない。
自身を含めた親兵は常に最前線に在ろうと考えていたクラウディアは当初救護兵的側面の強い彼女の加入を渋ったが、攻撃術も持ち合わせ、かつ護身程度なら武器も使える彼女に舌を巻き、それを認めた。

「ねえマグ…貴女とは遠縁で昔から知ってたつもりだったけど、貴女ってこんなに、その………派手だったっけ?」
「え、派手なのは私じゃなくて術ですよ」

そんな会話をした事もある。
普段はおっとりほえほえと、何処か脳天気に過ぎるきらいもある彼女だが、術士の中でも従軍出来る度量がある連中の、更に長になれる器を持つだけはある。
今はモンスターの牙で傷付いたディアネイラの脚を癒してやっているところだ。
彼女の回復術は利きが早い。






活動期を知る一番の目安であり、且つその出現数と攻撃性が最も高いルドン高原のモンスターを叩く為の戦いは、その後二週間程でモンスター側が退き始めた事により終息した。
クラウディアの思惑は成功し、彼女を揶揄した人間は皆一様に感服し今度は『鳳翼の戦乙女』と称えた。

彼女はそれを嬉しいとは思わない。
帰還した際の凛々しい顔付きを褒めそやされても、特に満足を感じた訳でもない。

それでも其処に在り続けようと思うのは、言ってしまえば単純な使命感からだ───と、彼女自身も、またその周囲も、その時は思っていた。









続.
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