終帝物語~終わりの始まり~
あれから数時間。
クラウディアの機嫌は悪いままだった。
「だァから、幼馴染ンとこに遊びに行って何が悪いってんだよ」
「相手の立場考えろ、ついでに時候と手段も考えろ馬鹿。コソ泥かお前は」
「だってよ、表から入れてもらえなかったら裏からってなるだろ普通」
「ならねえ。つうか拒否られた理由くらい考えろこの大馬鹿」
「…って、さっきから馬鹿馬鹿うっせェぞてめェ」
「馬鹿に馬鹿っつって何が悪い」
「ヒトの事言えた義理かこのド阿呆」
「お前に阿呆とか言われる筋合いねえよコソ泥崩れの変態野郎」
「誰が変態だコラ」
「お前以外に誰が居るってんだよ」
…云々。
フィッツジェラルド───フィッシャーと、合流したユリシーズがずっとこの調子で口論を続けているので、それを眺める目付きは寧ろ鋭くなってさえいた。
ハクゲンかディアネイラが鉄拳制裁を加えるのが早いか、それとも自分が止めに入るのが早いか。
アルジャンがそろそろそんな事を考え始めた時、額を突き合わせてがなり合う二人の間を一陣の風が舞い抜けた。
一呼吸置いて、両者の前髪が一房ずつ、はらりと床に落ちる。
「……………。」
それまで野良猫の喧嘩並に煩かった二人が、ぴたりと同時に『鳴き止んだ』。
ぎぎぎ、と効果音が付きそうな感じにぎこちなく、これまた二人同時に振り返った先では、元々吊り気味の目を更にいからせたクラウディアが、細長い指を一本、立てていた。
我慢の限界を超え、風の刃を飛ばした証拠である。
少しでも軌道のコントロールを間違えば、両者共に鼻が削ぎ落とされていた───どころか、下手を打つと頭の中身を晒されていてもおかしくはない。
文字通りの雷が落ちる前に、「ごめんなさい」の斉唱が部屋に響いた。
裏庭でのちょっとした騒動について、他ならぬ皇帝陛下の旧知であるという顔パスが利き、フィッシャーはお咎め無しになった。
とはいえ不法侵入には違い無いので、その皇帝陛下直々に『お説教』を食らいはしたが。
説教が済んだ後、クラウディアは少々考えた。
そして参謀長ハクゲンに件のフィッシャーと、友人でもある臣下二名、ついでにアルジャンを、改めてこの会議室に呼び出した。
そしていきなり、『フィッシャーも親兵として戦場に連れて行く』と宣言したのである。
伝承皇帝は行軍の際、部下の中から四名を選抜しておくという伝統がある。
皇帝自身も含めた精鋭五名に予め特殊な術を掛けておき、少数での進行の必要に迫られた場合などに備えておくのだ。
即位した以上、クラウディアも親兵選びをする必要があった。
幸い何処を見てもそれなりに優秀な人材が揃っていたので、選び放題である。
ただ、いざという時に動かしやすいよう、ある程度お互いを知っている相手を選ぼう、と心に決めていた。
四名のうち二名については、もう決まっていた。
ディアネイラとユリシーズ。
ディアネイラとは同い年で幼い頃から共に剣を学んでいたし、若くして遊撃隊長の座に就けるだけの腕がある。
それに彼女の祖先の中には第二代伝承皇帝アメジストも居て、血筋による箔付けも申し分無い。
ユリシーズの方はそもそも進軍に際し側付きの護衛も務められるように育てられている。
クラウディアから見れば父方の従兄に当たり、気心も充分に知れているから安心して背中を任せられる。
そんな訳で、空きはあと二枠。
其処へ件のフィッシャーが『俺も混ぜろ』と体当たりしてきた…というのが、事の真相だったりする。
先程フィッシャー自身が言っていた通り、元々幼馴染と呼んでいいくらい昔からの付き合いだ。
フィッシャーが商船団員となってからは少々交流が途絶えていたが、クラウディアの晴れ姿を一目見たくて職務をほっぽり出し、挙げ句話がしたいからと不法侵入までやってのけたのだ、と。
何せ昔からクラウディアに気があるのである。
其処で『俺も混ぜろ』と言わない筈が無い。
クラウディアも最初は文字通り一蹴しようとした。
だが待てよ、と思い留まった。
フィッシャーなら個人的に希望する条件に当て嵌るし、エリート兵と比べれば多少見劣りはするものの、武技の面でも一応問題は無い。
若干、性格に難がある気はしなくもないが…ディアネイラにしろユリシーズにしろ、その辺りの捌き方はよく知っているから、何とかなるだろう。
其処でハクゲンの登場である。
参謀長である彼は、若いながらに兵法に長じていて、意見を求めるにはうってつけの人材だ。
その彼は、
「俺は悪くないと思いますよ」
と言った。
ハクゲンは元々、親兵の中に小回りの利く人間が一人は居るべきだと考えていた。
ディアネイラもユリシーズも強い事には違いないが、どちらかと言えば決め手としての一撃に重きを置くタイプであり、そういう意味での小回りは利きづらい。
力量で若干劣る代わりに手数が見込めるフィッシャーはそれなりに有用だと判断したらしい。
かくてフィッシャーの親兵入りが内定した。
他でもない、施術をする側のハクゲンが認めたのだから、公表する際にとやかく口出しする輩も居まい。
結果として調子に乗ったフィッシャーが軽口を叩き、それに逐一ユリシーズが食って掛かるという冒頭の図になってしまった訳だが、それがこの二人の基本スタンスであるという事も知っていたので、アルジャンからすれば微笑ましい気分でもある。
止めに入らなかったところを見ると、恐らくはディアネイラも面白がっているのだろう。
クラウディアとて、表に出ている態度はああでも、幼馴染と久々に会い、今後側に居られる事について、内心は嬉しく思っているに違いない。
クラウディアの機嫌は悪いままだった。
「だァから、幼馴染ンとこに遊びに行って何が悪いってんだよ」
「相手の立場考えろ、ついでに時候と手段も考えろ馬鹿。コソ泥かお前は」
「だってよ、表から入れてもらえなかったら裏からってなるだろ普通」
「ならねえ。つうか拒否られた理由くらい考えろこの大馬鹿」
「…って、さっきから馬鹿馬鹿うっせェぞてめェ」
「馬鹿に馬鹿っつって何が悪い」
「ヒトの事言えた義理かこのド阿呆」
「お前に阿呆とか言われる筋合いねえよコソ泥崩れの変態野郎」
「誰が変態だコラ」
「お前以外に誰が居るってんだよ」
…云々。
フィッツジェラルド───フィッシャーと、合流したユリシーズがずっとこの調子で口論を続けているので、それを眺める目付きは寧ろ鋭くなってさえいた。
ハクゲンかディアネイラが鉄拳制裁を加えるのが早いか、それとも自分が止めに入るのが早いか。
アルジャンがそろそろそんな事を考え始めた時、額を突き合わせてがなり合う二人の間を一陣の風が舞い抜けた。
一呼吸置いて、両者の前髪が一房ずつ、はらりと床に落ちる。
「……………。」
それまで野良猫の喧嘩並に煩かった二人が、ぴたりと同時に『鳴き止んだ』。
ぎぎぎ、と効果音が付きそうな感じにぎこちなく、これまた二人同時に振り返った先では、元々吊り気味の目を更にいからせたクラウディアが、細長い指を一本、立てていた。
我慢の限界を超え、風の刃を飛ばした証拠である。
少しでも軌道のコントロールを間違えば、両者共に鼻が削ぎ落とされていた───どころか、下手を打つと頭の中身を晒されていてもおかしくはない。
文字通りの雷が落ちる前に、「ごめんなさい」の斉唱が部屋に響いた。
裏庭でのちょっとした騒動について、他ならぬ皇帝陛下の旧知であるという顔パスが利き、フィッシャーはお咎め無しになった。
とはいえ不法侵入には違い無いので、その皇帝陛下直々に『お説教』を食らいはしたが。
説教が済んだ後、クラウディアは少々考えた。
そして参謀長ハクゲンに件のフィッシャーと、友人でもある臣下二名、ついでにアルジャンを、改めてこの会議室に呼び出した。
そしていきなり、『フィッシャーも親兵として戦場に連れて行く』と宣言したのである。
伝承皇帝は行軍の際、部下の中から四名を選抜しておくという伝統がある。
皇帝自身も含めた精鋭五名に予め特殊な術を掛けておき、少数での進行の必要に迫られた場合などに備えておくのだ。
即位した以上、クラウディアも親兵選びをする必要があった。
幸い何処を見てもそれなりに優秀な人材が揃っていたので、選び放題である。
ただ、いざという時に動かしやすいよう、ある程度お互いを知っている相手を選ぼう、と心に決めていた。
四名のうち二名については、もう決まっていた。
ディアネイラとユリシーズ。
ディアネイラとは同い年で幼い頃から共に剣を学んでいたし、若くして遊撃隊長の座に就けるだけの腕がある。
それに彼女の祖先の中には第二代伝承皇帝アメジストも居て、血筋による箔付けも申し分無い。
ユリシーズの方はそもそも進軍に際し側付きの護衛も務められるように育てられている。
クラウディアから見れば父方の従兄に当たり、気心も充分に知れているから安心して背中を任せられる。
そんな訳で、空きはあと二枠。
其処へ件のフィッシャーが『俺も混ぜろ』と体当たりしてきた…というのが、事の真相だったりする。
先程フィッシャー自身が言っていた通り、元々幼馴染と呼んでいいくらい昔からの付き合いだ。
フィッシャーが商船団員となってからは少々交流が途絶えていたが、クラウディアの晴れ姿を一目見たくて職務をほっぽり出し、挙げ句話がしたいからと不法侵入までやってのけたのだ、と。
何せ昔からクラウディアに気があるのである。
其処で『俺も混ぜろ』と言わない筈が無い。
クラウディアも最初は文字通り一蹴しようとした。
だが待てよ、と思い留まった。
フィッシャーなら個人的に希望する条件に当て嵌るし、エリート兵と比べれば多少見劣りはするものの、武技の面でも一応問題は無い。
若干、性格に難がある気はしなくもないが…ディアネイラにしろユリシーズにしろ、その辺りの捌き方はよく知っているから、何とかなるだろう。
其処でハクゲンの登場である。
参謀長である彼は、若いながらに兵法に長じていて、意見を求めるにはうってつけの人材だ。
その彼は、
「俺は悪くないと思いますよ」
と言った。
ハクゲンは元々、親兵の中に小回りの利く人間が一人は居るべきだと考えていた。
ディアネイラもユリシーズも強い事には違いないが、どちらかと言えば決め手としての一撃に重きを置くタイプであり、そういう意味での小回りは利きづらい。
力量で若干劣る代わりに手数が見込めるフィッシャーはそれなりに有用だと判断したらしい。
かくてフィッシャーの親兵入りが内定した。
他でもない、施術をする側のハクゲンが認めたのだから、公表する際にとやかく口出しする輩も居まい。
結果として調子に乗ったフィッシャーが軽口を叩き、それに逐一ユリシーズが食って掛かるという冒頭の図になってしまった訳だが、それがこの二人の基本スタンスであるという事も知っていたので、アルジャンからすれば微笑ましい気分でもある。
止めに入らなかったところを見ると、恐らくはディアネイラも面白がっているのだろう。
クラウディアとて、表に出ている態度はああでも、幼馴染と久々に会い、今後側に居られる事について、内心は嬉しく思っているに違いない。