終帝物語~終わりの始まり~

ついこの間までは、『殿下』だった。
それさえも色々な意味でこそばゆかったのに、今日からは更に格上───最上級の称号『陛下』になる。
褒められた事ではないのかも知れないが、元々形式張ってあれこれするのが好きではないから、気が重いと言えばその通りである。
それでも何となく『居るべき場所に帰ってきた』ような気がするのは、胸元を飾る青い宝玉がもたらした『記憶』の所為、なのだろう。

頭の隅でそんな事を考えつつ、クラウディアは己の髪と格闘していた。
先程行われた即位式に際し、慣れない厚化粧を施され矢鱈と着飾るを得なかった所為で、飾りを外すのに手間取り、長い髪が絡んで仕方無いのだ。
いっそ切ってしまおうか、とは何度も思っているのだが、切実な顔をして止める人間が何人か居るのでずっと実行出来ずに居る。

…そう、丁度今部屋の扉をノックして現れた、車椅子の青年とか。

「失礼します、『皇帝陛下』」

恭しく頭を下げて、しかし目が合った時には顔が笑っていた。
からかわれている。

「何よ、アルまでそんな事するの」
「そんな事とは心外だな、臣下としての礼儀じゃないか」
「そういう場合なら兎も角、身内にまで普段からそんな態度で居られたら堪らないわ」
「ごめんごめん、ちょっとやってみたかっただけ」

“アル”もとい双子の兄アルジャンは、杖を使って立ち上がり、クラウディアが掛けているベッドの隣に座り直す。
因みに、そのベッドの上はクラウディアが早々に脱ぎ捨てたドレスやら剥ぎ取った装飾品やらでごちゃごちゃだ。
それを見たアルジャンは、今度は普通に、『お疲れさま』と苦笑した。

「誰かに手伝ってもらわなくていいの?」
「片付けは頼もうと思ってるけど、着替えるくらい自分でやるわよ。私がひとに触られるの好きじゃないって、知ってるでしょ」

それなりに疲れているし、化粧やら何やらで好き放題(と言うのは語弊があるのかも知れないが)いじられまくったので、機嫌もあまり良くはない。
アルジャンもそれを察してはいたが、クラウディアに告げねばならない『面倒事』があるので、浮かべた苦笑いを更に深めるしかなかった。

「ちょっと、来て欲しいんだけど」
「…それって、コレが済んでからでも平気?」
「勿論。………と言いたいところだけど、少し急いでもらえると助かるかも。手伝うよ」
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