嘘つきな春と君の好き
🧸side
春の風が、駅前の桜を揺らしていた
大学の合格発表から数週間 卒業式も終わって、街の空気はすっかり“始まり”の色をしている
新しい制服を着た高校生 スーツ姿の新社会人 大きなキャリーケースを引く大学生
みんな前を向いて歩いているのに、ほのだけがひとつだけ後ろを向いたままだった
🌱「大学、近くやったらまたすぐ会えるね」
思い出すたび、胸が痛くなる
嘘をついた
本当は、近くなんかやない
電車で何時間もかかる、遠い場所 新幹線に乗らんと簡単には会えん街
なのにほのは、笑って言ってしもうた
🧸「うん、近いとこやで」
あの時、ひいちゃんが安心したように笑った顔が忘れられない
本当のことを言ったら、きっとあの顔は曇ってしまうと思った それが怖かった
でも本当は、それだけやない
ひいちゃんの隣にいたら、きっとほのはずっと離れられんくなる
大学に行っても、帰り道みたいに会える期待をしてしまう
少し会えないだけで、また嫉妬して、また期待して
幼なじみのままじゃいられないこの気持ちを、春のうちに終わらせたかった
だから嘘をついた
近くの大学 またすぐ会える そんな優しい嘘で、自分だけがちゃんと離れようとした
でも、その嘘でいちばん縛られていたのは自分の心の方だった
卒業してから、ひいちゃんと会う回数は少し減った
それでもメッセージは毎日続いている
🌱「今日バイトの面接行ってきた」
🌱「新生活の準備どう?」
🌱「また桜並木行きたいね」
最後の一文を見た瞬間、ほのの指が止まった
高1のあの春の夕方
ひいちゃんと他の子がすごい近い距離で楽しそうにしてるのを見て嫉妬してしまった日
一緒に帰るはずだったのに、先帰るなって言い残して走って逃げたあの日
やけどひいちゃんは追いかけてきてくれた
手首を掴まれて、ほどけてしまった恋心
忘れたくても忘れられない
🧸「……もう、あかんのに」
スマホを胸に抱きしめて、ほのは小さく息を吐く
明日には、この街を出る
本当の進学先を知るのは、きっとひいちゃんがいちばん最後だ
最低だと思う
でも、ちゃんとさよならするにはこれしかできなかった
夜、家に帰ると、部屋には引っ越し用の段ボールが積まれていた
制服も、教科書も、思い出も全部ここに置いていく
不意に机の上に置いてた卒業アルバムを見て、ほのの手が止まる
自然と開いたページには、ひいちゃんの笑顔
なんか急に悲しくなって携帯の写真も見漁る
卒業式の日、最後に撮ったツーショット
二人とも笑っているのに、ほのだけは少し泣きそうな顔をしていた
あの時にはもう決めていたから
この春で、ひいちゃんへの恋を置いていくって
🧸「……さよなら、ひいちゃん」
声に出した瞬間、胸の奥がきゅっと痛んだ
窓の外では、夜風に桜が揺れている 咲いたものは散る 始まる季節には、終わるものもある
この恋もきっとそう
春だからこそ、綺麗なまま終わらせたかった
でも本当は、綺麗に終わらせたいんじゃなくて 綺麗なまま残しておきたかっただけなのかもしれない
翌朝、駅のホームに立つほののスマホが震える
🌱『今どこ?』
息が止まりそうになった
知らないはずなのに、まだ時間はあるのに 心のどこかで、来てほしいと思ってしまった自分がいた
🧸「…来たら、あかんのに」
でももう遅い 電車のアナウンスが、静かに春の朝へ響く