ロ兄術廻戦
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その日は早朝から珍しく流星に任務が回ってきたため、生徒には一日自習または五条先生が帰ってきた場合は降霊術の続きを教えてもらうように、と朝イチで黒板に書き置きを残してきた。
呪術師が万年人手不足とはいえ、久しく任務からは外れていた流星には教職中でブランクがあるからと、なんでもない二級呪霊の討伐任務を回された。はずだったのに。
流星は現地にて一級呪霊数体と出くわした。こちらは自分一人のみだ。一人対複数体では到底敵わないと判断し、即座に撤退体制をとる。補助監督に連絡用の呪符を飛ばしたが届いているだろうか。今は一先ず岩場の陰に身を隠し結界で己を包んでいるが、つかつかと足音が近付いてきた。ということは、この結界が割られるのも時間の問題だろう。流星の額に冷や汗が浮いたその時だった。
「立て、流星」
一瞬背後から聞こえた声に驚いたが、その声は幼少期からずっと聞き続けてきた声だった。
『兄貴…!』
「別件中の五条さんに飛ばされた」
『ってことは呪符はちゃんと確認してもらえたんだ…良かった』
へなへなと腰を抜かしかけた流星を兄、建人は支えた。
「そんなに悠長に話している時間は無いから手短に。敵は…」
『敵は一級呪霊が三体、六時の方向に固まって待ち構えてる』
「私が前に出るから流星は足場を作れ。いいな」
『分かった』
兄建人の散、の掛け声に合わせてガバリと岩場の左右から飛び出した兄弟は、弟が結界術で構築した足場を、兄が呪霊の元まで駆け上がり十劃呪法で二体叩き潰した。終いには構築された足場を瓦落瓦落にて壊し、三体目の討伐。これで全ての呪霊を討伐した、かと思われたその時。
「きんぱつ、きょうだい?いいねえ」
先程二人で潜んでいた岩場から四体目の呪霊がゆらゆらと影を伸ばし流星の両太腿を串刺しにした。
『ガッ…はァ…ッ!!!』
「流星!!」
兄が瞬時に鉈を飛ばしたため呪霊は岩に叩きつけられ散らばり、そして消えた。辺りが静寂を取り戻したことを
確認し、兄が近付いてきた。
「流星、大丈夫か!?」
呪霊が消えたことで影も消えたが、太腿からはどくどくと赤い血が絶え間なく溢れ出てくる。
『ぐぅ…いってぇ、油断した。アイツ呪力消して俺に近付いてたんだ…取り敢えず止血だな。傷口に呪力は感じないから、アレは普通に打撃だったのか。意識はあるけど痛覚?あー、分かんねーや…兄貴、俺足ある?』
「…今日は家入さんがすぐ対応出来ると聞いている。早く帰ろう」
簡易的な応急処置を終えてほら、と背に担がれた流星。兄の背中なんていつぶりだろうか。もう幼かったあの頃とは違うと思っていたのに、これでは笑えないし情けない。流星はいつの間にか気を失っていた。
「流星」
『あに、き…?』
距離感が上手く掴めないが、自分を呼ぶ兄の声がしたため反応しようと、掠れる声を絞り出してみれば同時に鮮明になった痛覚が流星を襲った。
『ぐ…ぅ、いってえ…』
「七海弟起きたか、無理はするな」
目を覚ましたここは、高専の家入さんのところだった。
聞けば二日ほど昏睡状態だったと言う。家入さんの反転術式をもってしても二日その状態であったということから鑑みて、俺の受けた傷は余程酷い具合だったのだろう。
まだ寝ていろと言う家入を押し切って立ち上がろうとした俺は、直ぐに違和感に気付いた。足の感覚が無い。布団を引っぺがして見てみれば、そもそも脚が無かった。
「…最善は尽くしたんだけどな。すまない」
『家入さんは悪くありません。あの時敵の数を見誤った自分が悪いので。兄貴も、迷惑かけてごめん』
兄に車椅子を押してもらいながら職員室に向かうと、悟さんが待ち構えていた。悟さんは「背、縮んだ?」と言ったきり、キュッと口を結んで何も言わなくなった。
続いて俺は自習中であろう生徒たちのいる教室へ向かう。扉を開ければ、皆の視線が一様に釘付けになった。
珍しく教室がシン、と静まり返っている。そこで流星は声を上げた。
『みんなも無理だけはすんなよ。いつかこうなるから』
伏黒と久しぶりに目が合った。本当に、久しぶりだった。
ほどなくして俺は高専職員を退職した。
この足では何も出来ない。迷惑をかけると思った。生徒たちからは有難くも俺の退職に反発の声が上がっていたようだが、仕方がない。悟さんからはコレ餞別ねと、いつどのように測って製作したのかは分からないが特注の義足を贈られた。高専職員は辞めたが呪術師は辞めていない。流星は義足を身に着けリハビリに励んだ。
半年後。高専関係者の定例の慰労会に悟さんから誘われた。参加可否について少し迷ったが、メンバーを聞くと世話になった人の名前がちらほらいたため、近況の報告がてら参加することを決めた。大分慣れてきた義足で会場となるホテルの宴会場へ向かえば、五条が隣の席を案内してくれた。ちなみに兄貴は仕事で不参加らしい。
『悟さん、お久しぶりです』
「久しぶり。元気そうで良かったよ」
『お陰様で。脚も動かせますよ』
見ててくださいねと、ひととおりその場を歩いたり跳んだりしてみせていたその時、受付を済ませた高専の生徒達がワッと駆け寄ってきた。
「流星先生久しぶり!!ナナミンから歩けるようになったって聞いた時はすっげー嬉しかったんだぜ」
『虎杖お前ホント良い奴だな…』
犬のようにわしわしと虎杖の頭を撫でてやれば、一足遅れて会場へ入ってきた伏黒を見つけた。
『伏黒、久しぶり』
「ッス。脚どうですか」
『まあ見てろよ』
宴会場の端で、張り切って助走をつけた二段蹴りを披露すると、生徒たちからは歓声が上がる。伏黒の眠たげな目がカッと開かれた。
この日の慰労会は学生の参加があったことから、立食パーティー形式での開催であった。話の種として形成される人の輪を流星はいくつもくぐり抜け、冥冥や家入に脚の具合などを報告してまわった。特に冥冥は何やら話があるらしく、人のまばらなテーブルまで誘導されてしまった。
「君の脚が無くなる前に行った任務の借りを返したいんだが…来週の水曜日にディナーでも行かないか」
『ああ、その日なら一日開いてます。是非』
「それじゃあ君のけったいな作業着と靴をどうにかしたいから、来週は洋服と靴を見繕うところからしよう。昼頃迎えが行くから準備して待っているんだよ」
『分かりました』
正直言って冥冥の金の使い方には目を見張るところがあるが楽しいし、なにより他人の金の使い方に口を出すような野暮はしたくないので大人しく従うのが吉だ。
じゃあまた明日、と冥冥が去ったところへここが慰労会のセーブポイントだと思いでもしたのか、五条がやってきた。
「なに、デートの約束?」
『まあそんなところです。貸し借りチャラの』
「なるほどね」
五条はシャンパングラスに注がれたジンジャーエールを飲み干し、流星に押し付けた。
『あっ、ちょっと…悟さんこれジンジャーエールじゃないです、シャンパンですよ!!』
漂う香りと、グラスに少しだけ残ったものを舐めて確認して言うが遅かった。
「ほえ、そうなの?」
下戸の五条はもうダメそうだ。案の定まともに立っていられなくなった五条を椅子に座らせ背中をさすってやっていると、物珍しさからか伏黒が近寄ってきた。大人達は触らぬ神に祟りなしと言ったようにこのテーブルだけを避けている。事実、酔っ払った五条は何をしでかすか分からない。
「五条先生潰れてる…」
『誰がシャンパンなんて持たせたんだろう、まったく』
尚も背中をさすり続けていると、五条から呻き声のようなものが漏れ出たので、そっと耳を近付けて聞いてみた。
「流星」
『はいはいどうしました?』
「僕は君の童貞だか処女だかをいつ貰ってあげようか考えているんだけど…」
『ちょっと何をこんなところで言ってるんですか。つーかその話、今でも続いてたんですか?有効なんですか?』
「だってあの時僕付き合おうなんて言ってないからね、恋人同士でもなんでもないけど…これで既にヤッてたら俺たちセフレか、あーーー…ウケる…」
そこまで言い切った五条は満足したのか、寝落ちした。
反対に、伏黒の眉がピクリと動いた。
「流星さん?」
『いやあのこれは…半分ホントの半分嘘みたいなアレで…』
「半分は本当なんですね」
流星が訂正しようにも後の祭り。呆れたのか怒っているのか、恐らくどちらもなのか伏黒はじっとりとした目で睨み付けてくる。いつだったかひたすらに目を合わせてくれなかったのが嘘のようだ。
『やっと目合わせてくれるようになったんだ』
「話を逸らさないでください。そりゃ今でも好きな人の変な話聞いたら黙ってないです」
キッと流星を睨みつけるように言った伏黒は顔を近付けて続けた。
「…大体、教職を退いたのならそろそろ首を縦に降ってくれてもいいんじゃないですか」