ロ兄術廻戦
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『…で、どう思います?』
「んー僕恵とは付き合い長い方だけど、話聞いてる感じじゃあよく分かんないなあ」
『その口ぶり。悟さんなんか知ってるんじゃないですか』
「知らない知らない、なんにも知らなーい」
『嘘だ』
「店員さーん、コーラおかわりちょーだい」
伏黒が職員室を訪ねてきた件について相談に乗ってもらおうと、五条に土曜昼からの焼き鳥屋サシ飲み予約(一応下戸な五条のためにソフトドリンクが豊富な店をチョイスした)を取り付け今に至っているが、店員におかわりを頼みながらグラスに残った薄いコーラを吸い上げる五条は先程から何か隠し事をしているとしか思えない。そして教職を始める前に流星が五条に対し抱いていたあのときめきは何処へやら、今や職場の先輩後輩のレベルまで落ちていることを最近実感し、自分で自分が恐ろしいと感じる。相手は天才呪術師だぞ。普通であれば自分がこんなに気安く話しかけれる存在では無いのに。まあそんな事はこの際置いておいて。今問題なのは伏黒の最近の言動だ。はてさてどうしたらいいのやら。キュッと生ビールを飲み干した流星に五条は昼間っからやるぅ、と感嘆の声をあげた。
『っはー。しかも授業中ずーっと目も合わせてくれないんですよ、俺なんかしました?』
「してなかったらそうなってないでしょ」
『そうか、そうですよね…うーん』
「こういう時は本人に聞くのが手っ取り早いんじゃない?」
そう言って五条はササッと伏黒へ現在地を送り付けた。
「おー来た来た、お疲れ様サマンサ!」
どれくらい経っただろうか。五条はひらりと片手を上げてこっちこっちと伏黒を呼び、自身は流星の隣に席を移動した。
「なんですか呼び出し、て…」
対する伏黒はさも面倒くさそうな顔で五条を見ていたが流星を認めるなりハッと声色を変え、そのまま五条の向かいに腰を下ろした。依然流星と目を合わせようとしないままだ。
「恵何飲む?」
「ウーロン茶にします」
「店員さーん、ウーロン茶ひとつ追加で。なんかさー、流星が悩み事あるんだって。恵聞いてやってくんない?さっきからあれやこれやと聞いてたんだけど僕じゃ解決できそうになくて。ね、流星」
五条はふわふわとしていて指通りのよい流星の髪を撫でてから、親しげに肩を組んだ。
『さ、悟さんそれは』
何故か今ここで久々に尊敬の念が芽生えた流星は、酒が入っていることも相まって思わず耳を赤くした。それを見た五条は楽しげにアイマスクを外して流星に顔を寄せて耳元で囁く。
「んー、聞こえないなあ。何?」
『恥ずかしいんでやめてください…』
後半消え入りながらそう呟いた流星はそのまま机に突っ伏してしまった。そこへタイミングを見計らったように五条の携帯が着信を知らせた。
うわー緊急の用事だごめん恵ーあとヨロシク、と舌を出しながら早足で居酒屋を退散した五条に伏黒が青筋を立てたのはつい数分前のこと。今は流星の酒が少しでも抜けるようにと白湯を飲ませている。きっと五条のことだ、招集の相手は大方二軒目へと誘う家入硝子だろう。
『ごめん伏黒、勝手に呼び出して介抱させて』
大分覚めてきたのか、むくりと流星が起き上がる。
「呼び出したのは五条先生なんで。気にしないでください」
『…なあ、伏黒。最近俺のこと避けてるよな?』
伏黒はどきりとした。酔いどれ教師の口から今そんな言葉が発せられるとは思っていなかったからだ。
「避けてません」
『いーや避けてるね。授業中だって頑なに目合わせようとしないだろ。あぁほら、今だって合わせてない。俺伏黒に何かした?授業の教え方悪かった?もしかして兄貴と俺が違いすぎて幻滅したとか?』
「全部違いますし、幻滅なんて断じて有り得ません」
『じゃあどうして』
「帰ってから話しませんか。静かなところで話したいです」
『分かったよ。悪いところがあるなら全部言ってくれ。直すから…すいませーん、お会計お願いします!』
流星は民間のアパートを引き払って高専職員向けの寮(とは言っても伏黒達学生の上の階)へ入寮したため、二人の帰り道はおなじだった。今日は休みの日だと言うのにつま先に鉄芯の入った重い作業靴を履いている流星。他に靴は無いのかと伏黒が問えば、「仕事以外で出歩くことなんてなかったから、これとサンダルしか持っていない」との答えであった。
高専の寮に着いても教職員向けの上階へ流星を上げるのが面倒だと判断した伏黒は、酒の抜けきらない彼を自分の部屋へ押し込んだ。朝方かけた掃除機の跡がつくカーペットを見た流星は「ちゃんと綺麗にしてるんだね」と呟き、伏黒に言われるがまま座椅子に腰を下ろした。電気ケトルで湯を沸かした伏黒は、少し冷ましてから白湯を手持ち無沙汰な流星に押し付けた。
『もういいって』
「俺の部屋でゲロ吐かれても困るんで少しでも覚まそうと思って」
『お前なあ…んで、俺を避けてる理由ってなんだよ』
「だから避けてないって言ってるじゃないですか」
『じゃあ何なんだよ』
「好きなんですよ、流星さんが」
『は…?』
流星は白湯を啜る手を滑らせ、むせた。
『あちっ…』
「なにやってるんですか」
まったく、と伏黒はプラスチックのシェルフから取り出したタオルを軽く水につけ、手に握らせる。
『ごめん』
「俺は流星さんが五条先生のことを尊敬しているように、俺も流星さんのことを尊敬してます。だから避けてるわけじゃないです。避けてるように見えたかもしれませんが」
『やめとけ。俺が教師でいるうちはそういうの認めたくないし、もし仮に俺がオーケーだとしても悟さんも兄貴も駄目って言うだろうよ』
「なんで…っ!!」
『なんでって、みんな大人だからだよ。伏黒お前そんなことも分からないのか?』
敢えて冷たく言い放つ流星。苦虫を潰したような顔をする伏黒にタオルありがとう、とだけ言って伏黒の部屋を出た。階段を昇り共用スペースを通り過ぎようとしたところで、寝巻きのスウェット姿でスマホを弄る悟さんに遭遇した。
「流星おつかれ。あの後どうだった?」
『お疲れ様です。悟さんならもう全部知ってるんですよね』
ふふん、と鼻を鳴らした五条は少し話そうか、と自室ヘ流星を誘う。ようこそ僕の部屋へ、と招き入れられたそこは必要最低限のものしか置かれていない五条の部屋。伏黒の部屋のようにカーペットも無く、どこへ座ろうか思案していたところへ「ベッドに腰掛けて」と声が落ちてきた。
「伏黒どうするのかなーとは思ってたけどさ、まさか君に告白しちゃうとはね」
『…』
「それを断った君も偉いよ」
五条は流星を撫でると、同じようにベッドへ腰かけた。
『…俺明日からどうしたら良いんですかね』
神妙な面持ちでゲンドウポーズを取る流星に、五条はあっけらかんと笑って流星の背中を叩く。
「どうもこうもないでしょ。普段通り接すれば良い。生徒が教師に告白なんてこと呪術高専に限ったことじゃないしね。ていうか…」
そう言って五条はにじり寄り、耳元で「僕のことが好きだから断ったんでしょ」と囁く。流星はふるりと身体を強ばらせた。
「流星って童貞でしょ」
『さささささ、悟さんなんでそんなこと』
事実そうであった。高専を卒業してからは職人と術師の兼職の日々。気も身体も休める日など存在しないに等しかった。だがなぜ隣に座る職場の先輩にそんなことを聞かれなければならなかったのか。
「もしそうなら僕が流星の初めてを貰ってあげようかなって思って。僕も流星のこと好きだし。でもそうすると童貞じゃなくて処女か…」
一人で何やら呟き始めた五条に流星は震え上がる。自分は恋愛的感情で五条のことを見ていたが、まさか五条も自分のことを同じ目で見ていたとは思っていなかった。心の奥がざわざわとするのを流星は感じたが、その感情に蓋をしてこくりと頷いた。
あれから流星は、なんともないような顔をして教壇に立った。伏黒への態度も変えず接しているが、相変わらず目は合わない。そのせいで虎杖達一年生ズにはテンプレのように「仲直りしたら?」と繰り返し言われるため、苦笑いでどうにか調子を合わせている。そりゃ前みたいに伏黒と話したいって思ってるよこっちだって。
『狗巻、重心がズレてる。もう少し左に体重かけないと避けきれないぞ』
「しゃけ」
『真希はもっと手加減しろ』
「そんなんじゃ訓練にならないだろうが」
グラウンドでの体術訓練の時間。ボコボコにされながらも真希に立ち向かう狗巻棘をパンダと見守っていた。
悟さんから勧められた後進育成の道。職人をやっていた頃も同じように新人の教育係をやったこともあったなと感慨にふけっていると、狗巻が真希に吹っ飛ばされたのか、流星目掛けて一直線に飛んできた。全てを交わしきれずに少しぶつかると、元凶である真希から「もう少し左に重心をかけて避けるべきだったな」と揶揄われた。
体術訓練を終え職員室に戻ると、先程の様子を見ていたのか悟さんに「さっき伏黒のこと考えてたの?」と尋ねられた。
『もう忘れました』
「あっそう」
正直ほんとに忘れたいのに。
悟さんが掘り返してくるのはどうしてだろう。
流星は狗巻がぶつかった頬の小傷にそっと絆創膏を貼り、次の授業である降霊術についての書物を手に取って職員室をあとにした。