ロ兄術廻戦
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卒業式の日は、驚くほど静かだった。
三月の風は冷たく、桜もまだ少し寒そうにしている。体育館の壇上では校長が長い話をしているが、流星はほとんど聞いていなかった。
制服の襟を少し緩め、視線だけを前へ向ける。三年間過ごした高校生活が、拍子抜けするほどあっさり終わっていく。
「卒業おめでとうございます」
式が終わり、教室へ戻ると担任の声が響いた。その声を聞いた瞬間、流星の胸が少しだけ苦しくなる。七海建人。三年間片思いし続けた相手。そして、決して手が届かないと思っていた人。生徒と教師。その関係は絶対に越えてはいけない。だから流星はずっと黙っていた。好きだと誰にも打ち明けなかった。卒業式までは視線を向けるだけで満足しようとした。
「先生」
ホームルームが終わり、生徒たちが次々と教室を出ていき、ついに生徒は流星だけになった。七海が教卓の書類をまとめているところへ、流星は近づいた。
「どうしました」
相変わらず淡々とした声。冷たく聞こえるのに、不思議と安心する声だった。
「ちょっと話、いいですか」
七海は一瞬だけ目を細めた。
「今ですか」
「今じゃないと駄目なんです」
数秒の沈黙。
そして七海は小さくため息をついた。
「分かりました」
流星は今さら怖くなっていた。三年間隠してきた気持ちを口にするのは、想像以上に勇気がいる。
「先生」
「はい」
「俺、先生のこと好きでした」
言った。ついに言った。思っていたよりもあっさり出た言葉だった。しかし七海は驚くこともなく、ただ静かに聞いていた。
「一年のときから」
「…」
「ずっと」
風の音だけが聞こえる。流星は思わず苦笑した。
「突然すみませんでした。返事とかいらないです」
「平手くん」
「もう卒業なんで」
先生を困らせたくなかった。迷惑をかけたくなかった。だから気持ちだけ伝えて終わりにするつもりだった。そのはずだった。
「私は」
七海が口を開く。
「返事をしないと言いましたか」
流星は顔を上げた。
七海は真っ直ぐこちらを見ていた。教師の顔ではない。担任の顔でもない。一人の男の顔だった。
「私はあなたが卒業するまで待つつもりでした」
「…は?」
「察しが悪いですね」
溜息をつきながら、珍しく七海が少しだけ笑う。それだけで心臓が跳ねた。
「私もあなたが好きです」
世界が止まった。理解が追いつかない。脳が処理を拒否している。
「え?」
「聞こえませんでしたか」
「いや、聞こえました」
「なら問題ないでしょう」
「え、本当に?」
「嘘をつく理由がありますか」
「ないです」
「それならいいじゃないですか」
実に七海らしい答えだった。
だが現実味がなかった。夢でも見ているようだった。
「先生」
「君はもう卒業していますよ」
「…七海先生」
「ですから、それも今日までです」
七海が少し困ったように笑う。流星は七海のそんな表情を見たことがなかった。教師として学校にいるときは決して見せない顔。
「建人さん」
呼んでみる。途端に七海が固まった。
今度は流星が笑う番だった。
「先生もそういう顔するんですね」
「…慣れていませんので」
耳が少し赤い。それだけで愛おしかった。
付き合い始めて最初のデートは、卒業式の一週間後だった。
待ち合わせ場所に現れた七海を見て、流星はしばらく言葉を失った。まず当たり前だがスーツじゃない。黒いコートにタートルネック。シンプルなのに異様に格好いい。
「どうしました」
「いや」
「何ですか」
「建人さんって普通にイケメンなんだなって」
七海が眉をひそめる。
「失礼ですね」
「教師補正外れた破壊力やばいっす」
「流星くん」
「はい」
「少し黙ってください」
だが耳は赤かった。流星は笑いを堪える。好きな人の照れた顔ほど可愛いものはない。年上なのに。教師だったのに。今は恋人だ。それがまだ信じられなかった。
映画を観てカフェに入った。何気ない時間がこんなにも特別だなんて。隣に七海がいる。それだけで世界が違って見える。
「建人さん」
「何ですか」
「俺たち本当に付き合ってるんですよね」
「急にどうしたんです」
「いや…実はまだ実感なくて」
七海はコーヒーを置いた。
そして少し考える。
「それなら」
「?」
「手を出してください」
言われるまま差し出すと、次の瞬間、指が絡んだ。
流星が固まる。七海は平然としているが、耳は赤い。
「実感しましたか」
「…」
「流星くん?」
「心臓止まりそう」
「それは大袈裟ですよ」
「大袈裟じゃないですよ!!」
本当に死ぬかと思った。七海は小さく笑った。その笑顔を独占できる。それだけで幸せだった。
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