ロ兄術廻戦
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流星は、東京呪術高専の待機室のソファにだらしなく寝転がっていた。くしゃくしゃのスーツに緩んだネクタイ。まるでやる気の欠片もない。窓から差し込む午後の陽光が、彼の顔にまだらな影を落としている。部屋にはコーヒーの匂いと、空調の低い唸り声が漂っていた。
「はー、働きたくねえ…」
流星が天井を見ながら呟いた。声はだるそうで、魂が半分抜けているようだった。
「そもそも呪霊祓うのだってクソ面倒なのに、報告に会議に、なんでこんなことばっかなんだ?いっそ呪術師なんて辞めて田舎で主夫にでもなろうかな。朝ごはん作って、洗濯して、昼寝して、夕飯の買い物…最高だろ。でもモテない俺にはその道はないから…せいぜい家政夫どまりか」
自嘲気味に笑う流星の声に、隣のデスクで書類を整理していた七海がペンを置いて顔を上げた。メガネの奥の目は、いつも通り冷静だが、どこか疲れているようだった。彼は流星を一瞥し、ため息をついた。
「君の愚痴は毎度のことですが、今日は特にひどい」
流星はソファから身を起こし、乱れた髪を掻き毟った。
「呪術師辞めて、主夫になりたい。誰か養ってくれねえかな。そしたら速攻で辞表出すのに」
七海は椅子を少しずらし、流星の方を向いた。待機室は静かで、遠くで高専の生徒たちの笑い声がかすかに聞こえるだけだった。
「主夫か…」
七海が低く呟いた。声には、いつもより柔らかい響きがあった。
「そういうことなら、相手が必要でしょう。結婚する気はあるんですか?」
流星は目を丸くし、すぐにだらけた笑みを浮かべた。
「いやいや、今さっきモテないって言ったじゃん。外部の女の人に会う機会なんて仕事以外ほぼないし、あったとしても生活パターンとか合わなくて続かない気がする。つーか恋愛とかめんどくさいし。あー誰か俺のこと拾ってくれないかな。七海くんみたいに真面目でカッコいい人がさ、俺のこと好きになってくれたら最高なんだけどな。ま、無理なんだけど」
その瞬間、待機室に沈黙が落ちた。流星は笑って誤魔化そうとしたが、七海の視線が彼を捉えていることに気づき、口をつぐんだ。七海はメガネを外し、ゆっくりと立ち上がった。その動作は、まるで重大な決断を下したかのように重々しかった。彼は流星の前に立ち、ソファに寝転がる彼を見下ろした。
「…流星くん」
七海の声は静かだが、どこか強い意志が滲んでいた。
「さっきの言葉、本気ですか?」
流星は首を傾げ、半笑いで答えた。
「え、どれ?主夫になりたいってやつ?まあまあ本気だけど…」
「いえ、それではなく」
七海は一歩近づき、ソファの縁に腰を下ろした。距離が急に縮まり、流星の心臓が跳ね上がった。
「私が君を好きになる、という話です」
流星の笑顔が凍りついた。だらけていた彼は慌てて身を起こし、目を大きく見開いた。
「それはさすがに冗談…え、ガチ?」
「流星くん」
七海の声は落ち着いていたが、わずかに震えていた。
「君が呪術師を辞めたいなら、それでもいい。主夫になりたいなら、それも悪くない。ただ、その場合、君のパートナーは私でいいか?」
流星は口をパクパクさせるだけで、言葉が出てこない。頭が真っ白になり、頬が熱くなる。七海はさらに身を寄せ、流星の顎を軽く指で持ち上げた。その距離はあまりにも近く、流星の心臓は爆発しそうだ。
「七海くん…これプロポーズってやつでは…?」
「私が冗談でこんなことをするとでも?」
七海は淡々と答えたが、耳が赤くなっているのが流星の目に映った。そして、七海は迷いなく流星に顔を近づけ、そっと唇を重ねた。柔らかく、しかし確かな意志を持ったキスだった。流星の頭は完全にフリーズし、ただその瞬間を受け入れるしかなかった。 数秒後、七海が唇を離すと、流星は呆然と彼を見つめた。顔は真っ赤で、声が震えた。
「いくら何でも急すぎ…でも、嬉しいな、うーん…」
七海は小さく笑い、先程まで資料を纏めていたカードリングを流星の薬指にそっと嵌めた。
「整理する時間なら、いくらでも。ですが、辞表を出すなら私に一言相談を。君の書類仕事、いつもミスだらけですからね」
流星は笑いながら涙をこぼし、七海の胸に額を押し付けた。
「七海くん、そう言うトコ…でも、うん、大好きだ」
待機室の窓から差し込む光が、二人の影を長く伸ばした。呪術師としての未来も、主夫としての夢も、今はこの小さな指輪と、唇に残る温もりに繋がれていた。
