イ反面ライダーEX-AID
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その日買い出しを終えた流星の目の前には軒下になすすべも無く佇む青年が一人。その背中に年相応とは言えない哀愁を感じて、思わず声をかけてしまった。
『君、傘持ってないの?』
「はは、そうなんです」
青年は身体の前で抱えた黒のリュックを更にキュッと掴み、困ったように笑った。
流星はいても立ってもいられず、青年を自分の傘に招き入れ、着いてくるように言った。こんな季節に雨上がりを待っているようではここて凍え死んでしまいそうだったからだ。道中青年はそわそわしながら傘持ちますよ、と声を掛けてきたが、俺はやんわりと断った。すると青年はまた困ったように笑うので、代わりにと買い出しのエコバッグを持ってもらった。
青年の名前は九条貴利矢と言うらしい。卒業を控えた大学院生だそうだ。これ以上聞くのは迷惑かと思いながらも就職先を尋ねてみると、地元の大学病院であった。どんな事が専門なのかと聞いてみれば解剖学などというあまり聞き馴染みのないものであったので少しばかり気になったが、そうこうしているうちに目的地にたどり着いたので質問をやめた。
『さあ着いたよ』
「えーと、喫茶店…?」
『そ。俺がやってんの』
「雰囲気良いですね」
『ありがとう。外で話すのもなんだし、入りな』
解錠し、少し重たい木の引き戸を開ければ、築80年の古民家を改装した店内が暖かく迎え入れる。
『隙間風は仕方ないけど、ガスストーブがあるからこっちの方においで。暖かいよ』
流星に言われるがまま貴利矢はストーブ近くのカウンターに腰掛けた。
確かに古民家の保温性は馬鹿にならない。
そういえば自分は今日大学に卒業論文を提出するだけのために出校したので、生憎と通勤定期しか持ち合わせがない。ここの店はICカードやカード払いには対応しているのだろうか。貴利矢の頭に一抹の不安が過ぎった。
しばらくすると湯の沸くやかんの音がした。
流星のゆっくりと珈琲を淹れる音はどうにも居心地が良かった。初対面のはずなのにこんなに緊張したり防御壁を作ったりしない相手は初めてかもしれない。
『お待たせ。できたよ』
「ありがとうございます…」
『そういえば聞かなかったけど、珈琲飲める?』
甘ければ、と貴利矢が答えれば流星はなんとも居心地が悪そうな顔をした。貴利矢は慌ててフォローを入れる。
「べつに嫌いなわけじゃないんです、香り好きですし。でも子供舌で苦いのがちょっと得意じゃないんですよね」
『そっか。ごめんね』
「気にしないでください」
流星は申し訳なさそうにミルクピッチャーに並々とミルクを注ぎ、角砂糖は好きなだけ入れていいから、と差し出してきた。
貴利矢のコーヒーカップが空になっても雨足は酷くなる一方で、狭い店内には地面を叩く雨音がこだましている。流星がテレビを点けると丁度天気予報のコーナーで、この時間以降の予報が行われていた。
『雨止まないみたいだね』
「そうですね」
『傘貸すから帰りな。返すのはいつでも大丈夫だから』
「恩に着ます」
『そんな古い言葉を使う大学院生、今どきいるんだ』
流星に軽く笑われた貴利矢は恥ずかしかったが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
そろそろお代を、と貴利矢が席を立つと、流星は「ここへ来るまでに買い物袋持ってくれたからいらない」と頑なに受け取らなかった。
翌日、お礼にと買った駅前の菓子と共に傘を返しに行き、貴利矢は一世一代の告白をした。流星は意外にも『こんなんでもよければ』とすんなり受け入れてくれた。
地方での研修を終えた永夢は、最寄り駅に着くなり前から気になっていた、近所で珈琲が美味しいと評判の喫茶店に向かった。
『いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ』
ドアを開けるとすぐさま人の良さそうな店員がカウンターから声をかけてきた。
窓辺の席に着くとメニュー表を開いた。メニューは定番ものが多く、安心する。
「すいません。ブレンドコーヒーをお願いします」
『はーい。お待ちくださいね』
注文を終えてスマホに目を向け数分、次の客が現れた。
「流星ー。今日も疲れちったー」
『はいはいお疲れ様。お客さんいるから静かにしてね』
聞き覚えのある声に永夢が顔を上げると、カウンターに腰掛けた客もこちらを見ており目が合う。
「貴利矢さん?」
「え、永夢?なんで?」
永夢にブレンドコーヒーを運んできた流星が楽しそうに声を弾ませた。
『なになに二人とも知り合い?』
「自分の後輩」
貴利矢がジャケットを椅子の背に掛けながら流星に答えた。
『へえ。貴利矢がいつもお世話になってます』
「どうも…こちらこそ」
話の見えない永夢は困惑するばかりである。
『ごめん名乗ってなかったね。平手流星って言います。貴利矢はぼくのパートナーだよ』
「どうも宝生永夢です。えってか貴利矢さん恋人いたんですか!?」
「いたら悪いかよ」
拗ねた様に貴利矢がカウンターで頬杖をついている。
「いやそういう意味で言ったんじゃないですけど」
『永夢くんだっけ。扱いづらいでしょこの人』
そんなことを言われても返答に困る、と永夢は思った。
永夢は愛想笑いを浮かべてコーヒーを啜った。
『はい貴利矢。飲んだら部屋に引っ込んでて』
「へいへい」
カウンターにおかれたアイスコーヒーに貴利矢がガムシロップとミルクを大量投入し一気飲みした姿を永夢は二度見した。
貴利矢はしばらくして奥へ引っ込む。
カウンターの上を片付けた流星が頃合いを見計らって永夢に声をかけてきた。
『永夢くん、貴利矢って職場でも甘いの飲んでるの?』
「飲んでますよ」
『バグスターやら何やらがあるから、やっぱストレス溜まるのかなあ』
「無きにしも非ずですね。ぼくも同じなので…とは言ってもぼくはダダ甘いコーヒーを飲んだりはしませんが」
『そうだよね…』
しばらくして永夢はまた来ます、と会計を済ませ店を出ていった。
流星は何か思いついたように「今日はもう閉店します」と店のSNSを更新し、戸に鍵をかけカーテンを降ろした。
二階の居室に上がると、貴利矢はゴロゴロとテレビを見ていた。
「もう店閉めたんだ?」
『うん。それにしても永夢くん可愛いね』
そう言いながら隣に座ると、貴利矢が途端にむくれた。
「おやおや、流星さんってば彼氏の前で堂々とそういう話をしてもいいんですかあー?」
『違う違う、貴利矢と馬が合いそうな子だなって。実際そうでしょ?職場で』
「まあね」
『貴利矢の方がもっと可愛いから安心しなよ』
「あっ、ちょ、やめろって」
流星が貴利矢の首筋にキスを落とすと、貴利矢は途端に弱々しい声を上げた。
『貴利矢って押しに弱いよね』
「んあ…そんなことねえ」
『はい嘘』
「んー…」
今度は口にキスを落とすと貴利矢は黙り込んでしまった。