イ反面ライダードライブ
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あー、寒い。手に持ったスーパーの袋がはたはたと呻く。仕事終わりに「金曜の夜だしパーッとやっちまおうぜ」なんて同僚と話をしていたときに、「今日夜空いてる?」なんて連絡が入った。だから誘いを断ってスーパーで買い物して帰宅。誘いを無碍にできないタイプだが、こいつには敵わない。
「よっす」
アパートの玄関前では剛が壁に背中を預け、片手をあげていた。息が白い。
『ずっと外にいたのか?』
「さっき来たばっかりだよ」
『んな訳ねえだろ。鼻先赤いぞ』
「およ?」
『ほら、入れ』
「お邪魔しまーす」
剛は俺の幼なじみである霧子の弟だ。霧子は最近結婚した。
式に呼ばれて行ったわけだが、相手の男も霧子と同じ職場の人だと聞いて安心した。新郎に『霧子はたまにドジ踏むんで...』と伝えたら「分かってますから」と言われ、幼なじみとして昔から霧子を支えてきた俺は、少し寂しい気持ちになった。そんなことより式場で驚いたのは、早瀬先輩が新郎の知り合いとして式に出席していたこと。大学以来の再会にお互い驚いた。携帯を新調したら電話帳がオールクリアされたため、ようやっと連絡先も交換できたし、先に先輩と新郎と俺で飲む約束を取り付けることが出来た。剛はといえば、家に居場所が無いのだそう。霧子に「家に居てもいい」と言われているらしいが、新郎新婦の家なんぞ、居づらいに決まっている。だからこうしてたまに(というか結構な頻度で)家に転がり込んでくるのだ。
「流星さんゴメンね、華金に連絡入れて」
『別にいいよ。剛かわいそうだもんな』
「うん、うん。俺かわいそう」
『自分で言うか』
「へへ。今日鍋?」
『おう。キムチ鍋。今日の飲み会は予定だと鍋専門店だったから、それなら家でやっても同じだろ?その上家で飲めばそのまま寝られる』
「飲み会予定あったんだ...流星さんゴメン」
『いーって。気にすんな。それに、家なら嫌いな奴と飲まないで済むから』
「それ俺も飲んでいいってこと?」
『ダメに決まってんだろ。剛は未成年だからあと一年待たないと』
「ケチー」
『俺に言うな。法律で決まってんだよ。剛これ手伝って。...あちっ』
「流星さん手の皮薄いんだから、鍋つかみしないとヤケドしちゃうよ」
『鍋つかみ買ってくれよ』
IHから机の鍋敷の上へと鍋を移した。
年末年始の特番ばかりで、TVはバラエティ色に富んでいる。ガハハと品の無い笑い声がテレビから流れてきたところで剛は電源を落とした。剛は律儀に約束を守り、酒を飲まないでいる。
「流星さん」
『ん?』
「今日ペース早すぎ」
夕食後、流星に酌をしながら剛は言った。
『そのくらい疲れてんだよ』
「あー!また一気に飲んじゃって!!」
『うるせー。剛、彼女は?』
「いない」
『だよな。居たら俺じゃなくて彼女の家に転がり込めば良いもんな』
「そう言う問題...じゃあ流星さん彼女は?」
『いない。今は剛を養っているからそんな暇ない。というかそもそもキョーミない』
「養ってるって...」
『なんだ、合ってるだろ?あ、そうだ。そろそろ剛に合鍵渡しておかないとな。最近寒いし、これからは勝手に家入ってていいから』
「いいの...?」
『いいよ。えーっと、合鍵合鍵...』
ガタッと立ち上がったものの、足元が覚束無いようだ。
「わっ!すっごい千鳥足!!!」
『...ふ』
結局、合鍵の入ったケースにたどり着く前にベッドに途中下車してしまった。
「流星さん...」
『剛も来いよ~』
ふっかふかだぞ。
その言葉に誘われるまま剛はベッドの方へと歩いてしまった。
ボスンッ。
「おっ」
『な、ふっかふかだろ。これ今年のボーナスで買っちゃったんだよ』
確かにこれは寝心地いいぞ。安眠できそう。
「いいなあ、コレ」
『良いだろ...それにしても誰かとベッドで横になるなんて久しぶりだなあ』
「え?」
『え?こっちの話』
そんないわれ方したら気になるじゃないか...。
『さ、剛は帰った帰った。霧子が心配するぞ』
「姉ちゃんには流星さんのところに行ってくるって伝えてあるから大丈夫」
『だーめ』
「そんな、猫をしつけるような言い方しないでよ」
『剛はまだ未成年なんだぞ。帰る時間が遅くなったら、補導されかねない』
「じゃあ流星さんのところに泊まっていくよ」
『それはダメだ』
「なんで」
『霧子が心配する』
「どうしても...?」
『?』
「俺があの家に居場所がないの知ってるでしょ?もう、あそこに帰るの限界なんだよ」
『...』
流星も根負けしたようだった。
『...分かった。好きにしろ』
「流星さんありがとう」
『その代わり、ちゃんと霧子に連絡入れておけよ』
「もう入れた」
『はや。とりあえず俺、風呂入ってくるから』
「その千鳥足で?無理だよ」
『無理じゃねえ』
誰がどう見ても千鳥足だ。
こんな人が風呂へ行くと言ったら、止めるのが道理だ。
「明日休みなんだし、明日にしたら?」
『嫌だ』
なんでこんなにワガママなんかねえ。
「俺がお風呂入れてあげようか」
『あー...』
それ肯定の言葉?
充電していた流星のスマホに着信が入った。
『もしもし...あー、はい...オッケーですよ。今ウチに一人いますけど...霧子の弟です。霧子と新郎の家に帰るのが辛いって言ってて』
自分の話題が出てきて驚いた。誰と何を話しているのか?
『分かりました』
そこで通話は終了した。
「何だったの?俺の名前が出てきたけど」
『今から大学の先輩来るって。風呂入るのやめよう』
「今から?」
『そう。ていうか、剛知ってるでしょ...早瀬明』
「え、あの早瀬さん?進兄さんの昔のバディ?と言うことは...流星さんが早瀬さんと知り合いで、早瀬さんは進兄さんと知り合いで...すごいな」
『霧子の結婚式行った時に再会したんだよ』
「へえ。早瀬さん今から何しに来るの?」
『ヒミツ』
あ、悪いこと考えてる時の笑顔だこれ。
程なくして早瀬さんはやって来た。来た、と言っても流星さんは玄関を出た先で早瀬さんと会っていた。どうしても気になってドアの覗穴を覗いた。声は密閉性の高いドアのため、聞こえない。流星さんの顔がいつもより穏やかなのが見て取れる。こんな顔するんだ。早瀬さんも早瀬さんで、いつになく機嫌が良いようだ。あまり早瀬さんと話したことがないからよく分からないけど。早瀬さんは何事かを流星さんの耳元で囁いたあと、額を小突いて帰って行った。その後をいつまでも見送り続けている。流星さんの育ちの良さが分かった。
しばらくして流星はドアを開けた。
『あれ、剛見てたの』
「う、うん」
覗き見がバレてしまった。
『先輩の言ったとおりだ』
え?
『あの子は盗み見が上手だ、って言ってた。多分今の会話も覗いてるんじゃないかな、とも言ってた』
「流星さんは早瀬さんとどういう関係なの?耳打ちしたところを見ると...」
『彼氏だよ。今日は剛が部屋にいるから入らなかったんだって』
「い゛っ」
『ウソウソ。真に受けるなよ。さ、風呂入ろう』
「...」
なんでこんな時間に早瀬さんは訪ねて来たんだろう。やっぱり流星さんの恋人なのかな。流星さんは冗談だって言ってたけど。そう言えば先程から風呂場の方から音が聞こえない。もしかして、のぼせてる?
「流星さーん」
ドア越しに呼び掛けるが、返事はない。
「流星さん」
やっぱりダメだ。
「流星さんってば!!」
勢いよくドアを開けると、案の定、流星は浴槽で寝ていた。
「ほら、言わんこっちゃない」
『ん、ごう?』
あ、起きた。
「俺は、こうなるから入らない方がいいって言ったんだよ」
『でも...』
「でももへったくれもありません」
『...スー』
また寝た!!!!
...仕方ない。
風呂から流星を引き上げる。
『ごーくんやめて~変態~』
「...」
抱え上げると思ったより軽かった。
腰も細い。
成人男性にしては脂肪の付きが少ない。
ちゃんと飯食ってるのかな。
『ふぅ~...さむい~』
「ちょっと待って...寝間着どこ?」
『あそこ』
「あれ冷蔵庫だよ!!」
やっとのことで寝間着を着せ、ベッドへ放った。俺の服は濡れてダメになったから、流星さんの寝間着を拝借した。身長と体型は同じくらいだから、サイズは合う。晩酌セットを洗い、食器棚へ戻した。
「...っと」
ポケットの中で電話が鳴った。
画面に表示された名前を見ると...流星さんだった。流星さんに目を向けると、ベッドに仰向けになりながら、耳元に携帯を携えている。この近距離で何やってんだか。
「もしもし」
『今どこ』
「台所」
『はやく来て』
「えっ」
プツッ。
一方的に切られた。
「流星さん、どうしたの」
『そこ。電気消して』
「?うん」
言うとおりに消した。
『ほら見て、イルミネーション』
「...ホントだ」
駅前のアパートなので、さほど高い階に住んでいなくても綺麗にイルミネーションが見える。
そうか、こんな時間に早瀬さん?とか言ってたけど、まだ20時半だったんだ。
だからイルミネーションは消灯時間でもなく煌々としているのか。
『きれーだろ。さー、寒かろう。おふとんおいで』
「うん」
俺は布団に潜り込んだ。
俺が流星さんの家に来る理由もこれが一つ。
養ってるとかなんとかいいながら、自分から酔って甘えてくるんだ。
流星さんをこんな風にさせてしまったのは俺だ。
アメリカ仕込みの身のこなしで、到底日本では未成年に見られる事はないだろう。それだから、酒だって買える。だからこうやって家に上がり込んではこっそりと、買った酒たちを冷蔵庫に仕込んでいく。流星さんも気付いてはいるのだろうけど、何も言わない。俺が飲むのはダメ絶対状態だけど。
「今日はなんで早瀬さんが来たの?」
『剛を迎えにきたんだって』
「早瀬さんが?」
『うん』
「ホントに?」
『ウソ』
ニヤ、と笑われる。
「ホントは?」
『先輩、きっと俺のことが好きなんだろうなあ』
ヘラヘラと笑い出した。
「え?」
『剛に俺が取られてしまわないようにって、自分のところに引き留めようとしてる。俺が額を小突かれたの見てただろ?あれ、剛が見てるからワザとやったんだって。剛のことライバルだと思ってるみたい。剛にはそんな気無いんだろうけどさ』
「ホントにそう思ってる?」
『なにが』
「俺今、早瀬さんにバチバチ敵対心燃やしてるけど?早瀬さんが流星さんの先輩だからって容赦しないよ」
『何いってんの?』
「俺本気だから。なんのために今まで流星さんに手出してないと思ってたの?酒に酔った流星さんなんて、縛ればすぐ落ちると思うけどなあ。違う?」
『俺は先輩の方が好きだけどなあ。優しいし』
またヘラへラと笑う。
この期に及んでまだそんなこと言うのか。
「どうせ俺の気持ちなんて流星さんに分かりっこないよ」
『?』
「なんでもない。おやすみ」
『おー』
なんだよ、なんだよ。
ずっとヘラヘラしちゃってさ。
俺のことは弟みたいにしか思ってないわけ?
気付いたら夜が明けていた。
隣に温もりを感じ、見やると、剛がいた。
『なんでここに...』
正直、昨日のことはあまり覚えが無い。
『鍋食って、酒飲んで、それから...』
「早瀬さんが来てたよ」
『え、あ...おはよう。何でここにいるの?』
「家に帰りたくなかったから。泊めさせてもらった」
『そうか』
「ねえ、これ着けてて」
剛の首から外される、チャリ、と鳴った鎖。
『ネックレス?』
シルバーでアルファベット、GOの文字。
「魔除け」
『魔除け!?』
「いい?肌身離さず、だよ」
『お、おう』
「よし」
『あ...今日土曜か』
「うん。二日酔い?」
『大丈夫。剛今日何時に帰るの』
「流星さんに帰れって言われたら帰るつもり」
『そっか。今日ここ行かねえ?』
スマホの画面をスクロールして現れたのは...
「ホテル...の、食べ放題?」
『霧子から連絡来ててさ、「どうせ昨日も飲んでたんでしょう。剛に飲ませてない?大丈夫?お酒のつまみばかりで剛お腹空かせてるだろうから、お腹いっぱい食べさせてあげて」って』
「昨日の夜鍋だったからいいよ」
『だーめ。さ、早く起きて支度しよう』
「まーた猫をしつけるような言い方...ねえ、ホテルなんかに俺パーカーで行って大丈夫?」
『俺の着て行けばいいだろ』
「それ彼服...」
『だれがお前の彼氏だって?』
「なんでもなーい」
『着替えたか?もう待てないんだけど』
「あとヘアセット~。アイロン貸して」
『まだかよ』
「まあまあ。流星さんもセットしてあげる」
『ホント、カメラとヘアセットだけはプロ並みだよな』
「…今日の帰りに、そこのイルミネーション街道一緒に歩かない?」
『いーよ。独り身同士肩寄せあってな』
「一言余計!!」
ま、長く待とう。いつか俺に振り向かせてみせる。早瀬さんなんかに取られたりしないからね。
「よっす」
アパートの玄関前では剛が壁に背中を預け、片手をあげていた。息が白い。
『ずっと外にいたのか?』
「さっき来たばっかりだよ」
『んな訳ねえだろ。鼻先赤いぞ』
「およ?」
『ほら、入れ』
「お邪魔しまーす」
剛は俺の幼なじみである霧子の弟だ。霧子は最近結婚した。
式に呼ばれて行ったわけだが、相手の男も霧子と同じ職場の人だと聞いて安心した。新郎に『霧子はたまにドジ踏むんで...』と伝えたら「分かってますから」と言われ、幼なじみとして昔から霧子を支えてきた俺は、少し寂しい気持ちになった。そんなことより式場で驚いたのは、早瀬先輩が新郎の知り合いとして式に出席していたこと。大学以来の再会にお互い驚いた。携帯を新調したら電話帳がオールクリアされたため、ようやっと連絡先も交換できたし、先に先輩と新郎と俺で飲む約束を取り付けることが出来た。剛はといえば、家に居場所が無いのだそう。霧子に「家に居てもいい」と言われているらしいが、新郎新婦の家なんぞ、居づらいに決まっている。だからこうしてたまに(というか結構な頻度で)家に転がり込んでくるのだ。
「流星さんゴメンね、華金に連絡入れて」
『別にいいよ。剛かわいそうだもんな』
「うん、うん。俺かわいそう」
『自分で言うか』
「へへ。今日鍋?」
『おう。キムチ鍋。今日の飲み会は予定だと鍋専門店だったから、それなら家でやっても同じだろ?その上家で飲めばそのまま寝られる』
「飲み会予定あったんだ...流星さんゴメン」
『いーって。気にすんな。それに、家なら嫌いな奴と飲まないで済むから』
「それ俺も飲んでいいってこと?」
『ダメに決まってんだろ。剛は未成年だからあと一年待たないと』
「ケチー」
『俺に言うな。法律で決まってんだよ。剛これ手伝って。...あちっ』
「流星さん手の皮薄いんだから、鍋つかみしないとヤケドしちゃうよ」
『鍋つかみ買ってくれよ』
IHから机の鍋敷の上へと鍋を移した。
年末年始の特番ばかりで、TVはバラエティ色に富んでいる。ガハハと品の無い笑い声がテレビから流れてきたところで剛は電源を落とした。剛は律儀に約束を守り、酒を飲まないでいる。
「流星さん」
『ん?』
「今日ペース早すぎ」
夕食後、流星に酌をしながら剛は言った。
『そのくらい疲れてんだよ』
「あー!また一気に飲んじゃって!!」
『うるせー。剛、彼女は?』
「いない」
『だよな。居たら俺じゃなくて彼女の家に転がり込めば良いもんな』
「そう言う問題...じゃあ流星さん彼女は?」
『いない。今は剛を養っているからそんな暇ない。というかそもそもキョーミない』
「養ってるって...」
『なんだ、合ってるだろ?あ、そうだ。そろそろ剛に合鍵渡しておかないとな。最近寒いし、これからは勝手に家入ってていいから』
「いいの...?」
『いいよ。えーっと、合鍵合鍵...』
ガタッと立ち上がったものの、足元が覚束無いようだ。
「わっ!すっごい千鳥足!!!」
『...ふ』
結局、合鍵の入ったケースにたどり着く前にベッドに途中下車してしまった。
「流星さん...」
『剛も来いよ~』
ふっかふかだぞ。
その言葉に誘われるまま剛はベッドの方へと歩いてしまった。
ボスンッ。
「おっ」
『な、ふっかふかだろ。これ今年のボーナスで買っちゃったんだよ』
確かにこれは寝心地いいぞ。安眠できそう。
「いいなあ、コレ」
『良いだろ...それにしても誰かとベッドで横になるなんて久しぶりだなあ』
「え?」
『え?こっちの話』
そんないわれ方したら気になるじゃないか...。
『さ、剛は帰った帰った。霧子が心配するぞ』
「姉ちゃんには流星さんのところに行ってくるって伝えてあるから大丈夫」
『だーめ』
「そんな、猫をしつけるような言い方しないでよ」
『剛はまだ未成年なんだぞ。帰る時間が遅くなったら、補導されかねない』
「じゃあ流星さんのところに泊まっていくよ」
『それはダメだ』
「なんで」
『霧子が心配する』
「どうしても...?」
『?』
「俺があの家に居場所がないの知ってるでしょ?もう、あそこに帰るの限界なんだよ」
『...』
流星も根負けしたようだった。
『...分かった。好きにしろ』
「流星さんありがとう」
『その代わり、ちゃんと霧子に連絡入れておけよ』
「もう入れた」
『はや。とりあえず俺、風呂入ってくるから』
「その千鳥足で?無理だよ」
『無理じゃねえ』
誰がどう見ても千鳥足だ。
こんな人が風呂へ行くと言ったら、止めるのが道理だ。
「明日休みなんだし、明日にしたら?」
『嫌だ』
なんでこんなにワガママなんかねえ。
「俺がお風呂入れてあげようか」
『あー...』
それ肯定の言葉?
充電していた流星のスマホに着信が入った。
『もしもし...あー、はい...オッケーですよ。今ウチに一人いますけど...霧子の弟です。霧子と新郎の家に帰るのが辛いって言ってて』
自分の話題が出てきて驚いた。誰と何を話しているのか?
『分かりました』
そこで通話は終了した。
「何だったの?俺の名前が出てきたけど」
『今から大学の先輩来るって。風呂入るのやめよう』
「今から?」
『そう。ていうか、剛知ってるでしょ...早瀬明』
「え、あの早瀬さん?進兄さんの昔のバディ?と言うことは...流星さんが早瀬さんと知り合いで、早瀬さんは進兄さんと知り合いで...すごいな」
『霧子の結婚式行った時に再会したんだよ』
「へえ。早瀬さん今から何しに来るの?」
『ヒミツ』
あ、悪いこと考えてる時の笑顔だこれ。
程なくして早瀬さんはやって来た。来た、と言っても流星さんは玄関を出た先で早瀬さんと会っていた。どうしても気になってドアの覗穴を覗いた。声は密閉性の高いドアのため、聞こえない。流星さんの顔がいつもより穏やかなのが見て取れる。こんな顔するんだ。早瀬さんも早瀬さんで、いつになく機嫌が良いようだ。あまり早瀬さんと話したことがないからよく分からないけど。早瀬さんは何事かを流星さんの耳元で囁いたあと、額を小突いて帰って行った。その後をいつまでも見送り続けている。流星さんの育ちの良さが分かった。
しばらくして流星はドアを開けた。
『あれ、剛見てたの』
「う、うん」
覗き見がバレてしまった。
『先輩の言ったとおりだ』
え?
『あの子は盗み見が上手だ、って言ってた。多分今の会話も覗いてるんじゃないかな、とも言ってた』
「流星さんは早瀬さんとどういう関係なの?耳打ちしたところを見ると...」
『彼氏だよ。今日は剛が部屋にいるから入らなかったんだって』
「い゛っ」
『ウソウソ。真に受けるなよ。さ、風呂入ろう』
「...」
なんでこんな時間に早瀬さんは訪ねて来たんだろう。やっぱり流星さんの恋人なのかな。流星さんは冗談だって言ってたけど。そう言えば先程から風呂場の方から音が聞こえない。もしかして、のぼせてる?
「流星さーん」
ドア越しに呼び掛けるが、返事はない。
「流星さん」
やっぱりダメだ。
「流星さんってば!!」
勢いよくドアを開けると、案の定、流星は浴槽で寝ていた。
「ほら、言わんこっちゃない」
『ん、ごう?』
あ、起きた。
「俺は、こうなるから入らない方がいいって言ったんだよ」
『でも...』
「でももへったくれもありません」
『...スー』
また寝た!!!!
...仕方ない。
風呂から流星を引き上げる。
『ごーくんやめて~変態~』
「...」
抱え上げると思ったより軽かった。
腰も細い。
成人男性にしては脂肪の付きが少ない。
ちゃんと飯食ってるのかな。
『ふぅ~...さむい~』
「ちょっと待って...寝間着どこ?」
『あそこ』
「あれ冷蔵庫だよ!!」
やっとのことで寝間着を着せ、ベッドへ放った。俺の服は濡れてダメになったから、流星さんの寝間着を拝借した。身長と体型は同じくらいだから、サイズは合う。晩酌セットを洗い、食器棚へ戻した。
「...っと」
ポケットの中で電話が鳴った。
画面に表示された名前を見ると...流星さんだった。流星さんに目を向けると、ベッドに仰向けになりながら、耳元に携帯を携えている。この近距離で何やってんだか。
「もしもし」
『今どこ』
「台所」
『はやく来て』
「えっ」
プツッ。
一方的に切られた。
「流星さん、どうしたの」
『そこ。電気消して』
「?うん」
言うとおりに消した。
『ほら見て、イルミネーション』
「...ホントだ」
駅前のアパートなので、さほど高い階に住んでいなくても綺麗にイルミネーションが見える。
そうか、こんな時間に早瀬さん?とか言ってたけど、まだ20時半だったんだ。
だからイルミネーションは消灯時間でもなく煌々としているのか。
『きれーだろ。さー、寒かろう。おふとんおいで』
「うん」
俺は布団に潜り込んだ。
俺が流星さんの家に来る理由もこれが一つ。
養ってるとかなんとかいいながら、自分から酔って甘えてくるんだ。
流星さんをこんな風にさせてしまったのは俺だ。
アメリカ仕込みの身のこなしで、到底日本では未成年に見られる事はないだろう。それだから、酒だって買える。だからこうやって家に上がり込んではこっそりと、買った酒たちを冷蔵庫に仕込んでいく。流星さんも気付いてはいるのだろうけど、何も言わない。俺が飲むのはダメ絶対状態だけど。
「今日はなんで早瀬さんが来たの?」
『剛を迎えにきたんだって』
「早瀬さんが?」
『うん』
「ホントに?」
『ウソ』
ニヤ、と笑われる。
「ホントは?」
『先輩、きっと俺のことが好きなんだろうなあ』
ヘラヘラと笑い出した。
「え?」
『剛に俺が取られてしまわないようにって、自分のところに引き留めようとしてる。俺が額を小突かれたの見てただろ?あれ、剛が見てるからワザとやったんだって。剛のことライバルだと思ってるみたい。剛にはそんな気無いんだろうけどさ』
「ホントにそう思ってる?」
『なにが』
「俺今、早瀬さんにバチバチ敵対心燃やしてるけど?早瀬さんが流星さんの先輩だからって容赦しないよ」
『何いってんの?』
「俺本気だから。なんのために今まで流星さんに手出してないと思ってたの?酒に酔った流星さんなんて、縛ればすぐ落ちると思うけどなあ。違う?」
『俺は先輩の方が好きだけどなあ。優しいし』
またヘラへラと笑う。
この期に及んでまだそんなこと言うのか。
「どうせ俺の気持ちなんて流星さんに分かりっこないよ」
『?』
「なんでもない。おやすみ」
『おー』
なんだよ、なんだよ。
ずっとヘラヘラしちゃってさ。
俺のことは弟みたいにしか思ってないわけ?
気付いたら夜が明けていた。
隣に温もりを感じ、見やると、剛がいた。
『なんでここに...』
正直、昨日のことはあまり覚えが無い。
『鍋食って、酒飲んで、それから...』
「早瀬さんが来てたよ」
『え、あ...おはよう。何でここにいるの?』
「家に帰りたくなかったから。泊めさせてもらった」
『そうか』
「ねえ、これ着けてて」
剛の首から外される、チャリ、と鳴った鎖。
『ネックレス?』
シルバーでアルファベット、GOの文字。
「魔除け」
『魔除け!?』
「いい?肌身離さず、だよ」
『お、おう』
「よし」
『あ...今日土曜か』
「うん。二日酔い?」
『大丈夫。剛今日何時に帰るの』
「流星さんに帰れって言われたら帰るつもり」
『そっか。今日ここ行かねえ?』
スマホの画面をスクロールして現れたのは...
「ホテル...の、食べ放題?」
『霧子から連絡来ててさ、「どうせ昨日も飲んでたんでしょう。剛に飲ませてない?大丈夫?お酒のつまみばかりで剛お腹空かせてるだろうから、お腹いっぱい食べさせてあげて」って』
「昨日の夜鍋だったからいいよ」
『だーめ。さ、早く起きて支度しよう』
「まーた猫をしつけるような言い方...ねえ、ホテルなんかに俺パーカーで行って大丈夫?」
『俺の着て行けばいいだろ』
「それ彼服...」
『だれがお前の彼氏だって?』
「なんでもなーい」
『着替えたか?もう待てないんだけど』
「あとヘアセット~。アイロン貸して」
『まだかよ』
「まあまあ。流星さんもセットしてあげる」
『ホント、カメラとヘアセットだけはプロ並みだよな』
「…今日の帰りに、そこのイルミネーション街道一緒に歩かない?」
『いーよ。独り身同士肩寄せあってな』
「一言余計!!」
ま、長く待とう。いつか俺に振り向かせてみせる。早瀬さんなんかに取られたりしないからね。