イ反面ライダードライブ
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『お疲れ様、剛くんバイク乗ってんだ?』
来週の撮影打ち合わせを先方の事務所で終え、駐輪場でバイクのヘルメットを被りかけた剛に流星が話しかけた。
「…ッス」
剛は突然話しかけられたことに驚き、思わずそっけない返しをしてしまった。バイク見せてと近寄ってくるこの人は先方の事務所に所属しているアシスタントの平手流星さん。いつ買ったの、いいカラーリングだね、なんでこのバイクに決めたの、とあれやこれやを俺に質問しながら人懐っこい笑みを浮かべる姿はどう見ても大学生だが、これで30歳と言うのだから驚きだ。
『俺もバイク持ってるよ。剛くん今度ツーリング行かない?』
___
『剛くん次コンビニ見つけたら入ろう、俺もう漏れそうだ』
「なんでもっと早くに言わないんですか」
『だっていけると思ったから』
小学生かよ、と前を走行する流星の背中に茶化して投げかけると、どーもすみませんでした!と鼓膜が破れるほどの返答があった。剛はキーキーする耳を労りながら、インカムを通してもう十数キロ走らない限りはコンビニは無いと流星に伝えた。
先日このツーリングに誘われた剛は流星に『剛くんのおすすめスポットへ行きたい』と言われていたので、行き先をパワースポットと名高い隣県の滝に決めた。今は地図を見てお互い前後を入れ替わりながら目的地までバイクを走らせている。
流星は親から譲り受けたという年代物のバイクを乗りやすいように色々とカスタムしており、道中インカム越しにカスタムの話を楽しげに話していた。
『あー危なかった』
「自分が早くに言っておかないからでしょ」
『なんとでもどうぞー。それより昼飯どこで食う?』
コンビニで用を足してすっきりした流星からそろそろ飯の話を振られるかもしれないと思っていた剛は、待ってましたと言わんばかりに自身のスマホを流星に見せた。
「ここへ行きます。ここから10分くらいなんで、今から走れば開店と同時に食べられると思いますよ。ちなみにオススメはソースカツ丼です」
『うまそうだな。早く行こうぜ』
そうして再びバイクを走らせること10数分。すでに店の前にはちらほらと人が並んでいた。二人もバイクを停めて同じように列に並ぶと、店員が寄ってきて人数を聞き取り、メニュー表を手渡してくれた。剛がそれを受け取り流星にメニュー表を渡そうとすると、流星には見る気は無いようで首を横に振られた。えっこの人本当に見ないの?メニュー他にも色々あるけど?
『剛くんがオススメしてくれたヤツ食う』
主体性がないなと剛は思ったが、よくよく考えればこのツーリング自体、流星が誘っておきながら結局は剛のオススメの場所や食べ物を案内しているだけのような気がする。嫌ではないが、途端に剛はつまらなく感じ、ラミネート加工されたメニュー表の角を爪で軽く弾いた。
数分のうちに自分たちの番が来て席に案内された。席に着くと流星は店員がおしぼりと水を机に置くより早く、ソースカツ丼ひとつ、と注文している。剛もそれに乗じて俺も、と声を上げた。程なくして注文の品が着丼すると、流星はスマホで数枚写真を撮った。
「誰かに送るんですか、その写真」
『んーん。ツィターに上げんの。剛くんSNSやってない?』
「やってるけど…見るだけですね」
『あーROM専なんだ。まー良かったらフォローしてよ。バイクと飯くらいしか写真上げてないけどさ。あ、一応職場には内緒な』
そう言いながら流星は仕事用とは別の、SNS交流用だという名刺を差し出してきた。この辺りはさすがデザイナーと言ったところで、シンプル且つ目を引く配色の名刺。名前はハンドルネームなのか、苗字が片仮名で表記されていた。
『冷めないうちに食おうぜ』
ツーリングから帰宅した剛はテレビの前に腰を下ろし、一息ついていた。なんだかんだその日のツーリングは楽しかった。飯を食った後に無事パワースポットである滝へ辿り着いた。ソースカツ丼を食べる前に感じたつまらなさは、気が付けば壮大な滝から放出されるマイナスイオンのおかげなのかどこかへ消し去られていた。夕方頃には出発地点周辺に戻ってきていて、また行こうぜと言う流星と別れた。
剛はふと思い出し、財布の中を漁る。飯屋で流星に貰った名刺をここへ入れたのだ。裏面に印刷されたQRコードを読み取ると、流星のSNSのアカウントが表示された。
「マジかよ…」
フォロー数5、フォロワー数23,000。
思わず0の数を二度見したが、どうやら間違いでは無いらしい。プロフィール欄には「Pです」と記載されている。メディア欄にはバイクと飯の写真ばかりだが、ものすごい数のいいねが付けられている。プロフィール欄にはリンクが貼ってあり、タップすると動画サイトへ飛ばされた。チャンネル登録者数5万人。そこには数々のキャラクターPVが並んでいる。PVのひとつをタップすると曲が流れた。そこではたと剛は気付く。PってボカロPのことだったんだ。知っている曲は無いかと他の動画も漁ると、流星本人が有名曲の歌ってみた動画を上げていた。
甘く切なげな、儚ささえ感じるウィスパーボイス。
普段の快活そうな流星の雰囲気からは外れた声であった為、剛はしばらく驚いた。これホントに流星さん?
剛はそのギャップをオカズに数日抜いた。
翌週の撮影現場で剛は流星を直視する事が出来なくなっていた。あの動画のせいだ。そんなことを知ってか知らずか流星はいつも通り剛に声をかけてきた。
『剛くんお疲れ様。どう、撮影順調?』
「…ッス」
『あはは、剛くんって突然声掛けると絶対その返答だよね。ウケる』
「別にいつもこんな感じでは…流星さんがあんな名刺渡してこなけりゃ驚いてないですよ」
『あー職場でその話はナシだよ、剛くん』
流星はお口チャック、と剛の唇を人差し指でトントンと叩いた。あ、ダメだ、と剛は思った。
「じゃあ今日飯行きません?感想言いたいので」
『良いよー。じゃ、残り頑張ろう』
その日の仕事を難なく終え、二人は剛の予約した焼肉屋へ向かった。当日予約ということもあって座席は隣同士に座るカップルシートしか空いていなかったが、それを流星に伝えると別に良いと言われた。
『ほいじゃ乾杯。案件も一件落着だね』
「お疲れ様でした」
『んで、名刺がどうしたって?』
お互い生で乾杯すると、案件の話もそこそこに流星が尋ねてきた。
「なんで俺に渡したんですか」
『剛くんなら別に教えても良いかなって思って』
「他に身内で知ってる人いるんですか?」
『職場では言ってない。あと家族にも伝えてない』
「なんで俺だけ…」
『だって剛くん俺のこと好きでしょ』
「はァ!?」
剛が思わず声を上げたところで店員が肉の盛り合わせを運んできた。小さく流星が謝り剛をうるさいとつつく。
『剛くんが俺の事をいつも目で追ってるの、嫌でも気付くよ』
「いやそんなつもりは…」
と言いながらもばっちり剛には心当たりがある。ここ最近、打ち合わせの数週間、名刺を貰う前からそれとなく流星のことを自然と追っていた。
『だから名刺渡したらどんな反応するか気になってさ。で、実際どうだった?』
流星はタン塩を焼き始めた。
「流星さんの歌ってみた動画で抜きました…」
『まじで!?やば、なんで?』
「いつも喋ってるテンションとのギャップで」
『んはー、まじか。肉焼ける前にそれだけで白飯がすすむわ』
「ちょっと恥ずかしいんで肉食ってください」
白飯をかき込む流星とは対照的に、剛はしどろもどろになりながら焼けた肉を流星の皿に移し、網の上に肉を補充した。
『食うよ、食う。んで、可愛い話聞けたから今日は俺の奢り。沢山食ってね』
あと俺も剛くん好きだよ、と流星は付け加えた。
剛は途端に肉の味が分からなくなった。
こんな恥ずかしい焼肉、後にも先にもこれだけだ。
来週の撮影打ち合わせを先方の事務所で終え、駐輪場でバイクのヘルメットを被りかけた剛に流星が話しかけた。
「…ッス」
剛は突然話しかけられたことに驚き、思わずそっけない返しをしてしまった。バイク見せてと近寄ってくるこの人は先方の事務所に所属しているアシスタントの平手流星さん。いつ買ったの、いいカラーリングだね、なんでこのバイクに決めたの、とあれやこれやを俺に質問しながら人懐っこい笑みを浮かべる姿はどう見ても大学生だが、これで30歳と言うのだから驚きだ。
『俺もバイク持ってるよ。剛くん今度ツーリング行かない?』
___
『剛くん次コンビニ見つけたら入ろう、俺もう漏れそうだ』
「なんでもっと早くに言わないんですか」
『だっていけると思ったから』
小学生かよ、と前を走行する流星の背中に茶化して投げかけると、どーもすみませんでした!と鼓膜が破れるほどの返答があった。剛はキーキーする耳を労りながら、インカムを通してもう十数キロ走らない限りはコンビニは無いと流星に伝えた。
先日このツーリングに誘われた剛は流星に『剛くんのおすすめスポットへ行きたい』と言われていたので、行き先をパワースポットと名高い隣県の滝に決めた。今は地図を見てお互い前後を入れ替わりながら目的地までバイクを走らせている。
流星は親から譲り受けたという年代物のバイクを乗りやすいように色々とカスタムしており、道中インカム越しにカスタムの話を楽しげに話していた。
『あー危なかった』
「自分が早くに言っておかないからでしょ」
『なんとでもどうぞー。それより昼飯どこで食う?』
コンビニで用を足してすっきりした流星からそろそろ飯の話を振られるかもしれないと思っていた剛は、待ってましたと言わんばかりに自身のスマホを流星に見せた。
「ここへ行きます。ここから10分くらいなんで、今から走れば開店と同時に食べられると思いますよ。ちなみにオススメはソースカツ丼です」
『うまそうだな。早く行こうぜ』
そうして再びバイクを走らせること10数分。すでに店の前にはちらほらと人が並んでいた。二人もバイクを停めて同じように列に並ぶと、店員が寄ってきて人数を聞き取り、メニュー表を手渡してくれた。剛がそれを受け取り流星にメニュー表を渡そうとすると、流星には見る気は無いようで首を横に振られた。えっこの人本当に見ないの?メニュー他にも色々あるけど?
『剛くんがオススメしてくれたヤツ食う』
主体性がないなと剛は思ったが、よくよく考えればこのツーリング自体、流星が誘っておきながら結局は剛のオススメの場所や食べ物を案内しているだけのような気がする。嫌ではないが、途端に剛はつまらなく感じ、ラミネート加工されたメニュー表の角を爪で軽く弾いた。
数分のうちに自分たちの番が来て席に案内された。席に着くと流星は店員がおしぼりと水を机に置くより早く、ソースカツ丼ひとつ、と注文している。剛もそれに乗じて俺も、と声を上げた。程なくして注文の品が着丼すると、流星はスマホで数枚写真を撮った。
「誰かに送るんですか、その写真」
『んーん。ツィターに上げんの。剛くんSNSやってない?』
「やってるけど…見るだけですね」
『あーROM専なんだ。まー良かったらフォローしてよ。バイクと飯くらいしか写真上げてないけどさ。あ、一応職場には内緒な』
そう言いながら流星は仕事用とは別の、SNS交流用だという名刺を差し出してきた。この辺りはさすがデザイナーと言ったところで、シンプル且つ目を引く配色の名刺。名前はハンドルネームなのか、苗字が片仮名で表記されていた。
『冷めないうちに食おうぜ』
ツーリングから帰宅した剛はテレビの前に腰を下ろし、一息ついていた。なんだかんだその日のツーリングは楽しかった。飯を食った後に無事パワースポットである滝へ辿り着いた。ソースカツ丼を食べる前に感じたつまらなさは、気が付けば壮大な滝から放出されるマイナスイオンのおかげなのかどこかへ消し去られていた。夕方頃には出発地点周辺に戻ってきていて、また行こうぜと言う流星と別れた。
剛はふと思い出し、財布の中を漁る。飯屋で流星に貰った名刺をここへ入れたのだ。裏面に印刷されたQRコードを読み取ると、流星のSNSのアカウントが表示された。
「マジかよ…」
フォロー数5、フォロワー数23,000。
思わず0の数を二度見したが、どうやら間違いでは無いらしい。プロフィール欄には「Pです」と記載されている。メディア欄にはバイクと飯の写真ばかりだが、ものすごい数のいいねが付けられている。プロフィール欄にはリンクが貼ってあり、タップすると動画サイトへ飛ばされた。チャンネル登録者数5万人。そこには数々のキャラクターPVが並んでいる。PVのひとつをタップすると曲が流れた。そこではたと剛は気付く。PってボカロPのことだったんだ。知っている曲は無いかと他の動画も漁ると、流星本人が有名曲の歌ってみた動画を上げていた。
甘く切なげな、儚ささえ感じるウィスパーボイス。
普段の快活そうな流星の雰囲気からは外れた声であった為、剛はしばらく驚いた。これホントに流星さん?
剛はそのギャップをオカズに数日抜いた。
翌週の撮影現場で剛は流星を直視する事が出来なくなっていた。あの動画のせいだ。そんなことを知ってか知らずか流星はいつも通り剛に声をかけてきた。
『剛くんお疲れ様。どう、撮影順調?』
「…ッス」
『あはは、剛くんって突然声掛けると絶対その返答だよね。ウケる』
「別にいつもこんな感じでは…流星さんがあんな名刺渡してこなけりゃ驚いてないですよ」
『あー職場でその話はナシだよ、剛くん』
流星はお口チャック、と剛の唇を人差し指でトントンと叩いた。あ、ダメだ、と剛は思った。
「じゃあ今日飯行きません?感想言いたいので」
『良いよー。じゃ、残り頑張ろう』
その日の仕事を難なく終え、二人は剛の予約した焼肉屋へ向かった。当日予約ということもあって座席は隣同士に座るカップルシートしか空いていなかったが、それを流星に伝えると別に良いと言われた。
『ほいじゃ乾杯。案件も一件落着だね』
「お疲れ様でした」
『んで、名刺がどうしたって?』
お互い生で乾杯すると、案件の話もそこそこに流星が尋ねてきた。
「なんで俺に渡したんですか」
『剛くんなら別に教えても良いかなって思って』
「他に身内で知ってる人いるんですか?」
『職場では言ってない。あと家族にも伝えてない』
「なんで俺だけ…」
『だって剛くん俺のこと好きでしょ』
「はァ!?」
剛が思わず声を上げたところで店員が肉の盛り合わせを運んできた。小さく流星が謝り剛をうるさいとつつく。
『剛くんが俺の事をいつも目で追ってるの、嫌でも気付くよ』
「いやそんなつもりは…」
と言いながらもばっちり剛には心当たりがある。ここ最近、打ち合わせの数週間、名刺を貰う前からそれとなく流星のことを自然と追っていた。
『だから名刺渡したらどんな反応するか気になってさ。で、実際どうだった?』
流星はタン塩を焼き始めた。
「流星さんの歌ってみた動画で抜きました…」
『まじで!?やば、なんで?』
「いつも喋ってるテンションとのギャップで」
『んはー、まじか。肉焼ける前にそれだけで白飯がすすむわ』
「ちょっと恥ずかしいんで肉食ってください」
白飯をかき込む流星とは対照的に、剛はしどろもどろになりながら焼けた肉を流星の皿に移し、網の上に肉を補充した。
『食うよ、食う。んで、可愛い話聞けたから今日は俺の奢り。沢山食ってね』
あと俺も剛くん好きだよ、と流星は付け加えた。
剛は途端に肉の味が分からなくなった。
こんな恥ずかしい焼肉、後にも先にもこれだけだ。
19/19ページ