イ反面ライダードライブ
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『写真ばっかり撮ってないで行くぞ馬鹿』
「もう少しだけ」
ここまで俺が写真に拘るには訳がある。
北海道の青い空と雪景色。それに流星の羽織るチャコールグレーのチェスターコート。所謂「映える」写真を撮るためだ。彼は自分に似合う服を分かっていないと思う。センスがない。それなのに、狡い。本人は認めないけれど、持ち前の長身とルックスで与えられたものはこうやって何でも完璧に着こなしてしまうのだ。そんなの、ポートレート撮影しない訳が無いじゃないか。
『剛。お前の慰労会も兼ねた旅行なのになんで仕事ばりに写真撮ってんの。置いてくぞ』
「あっ待って!」
ふいとそっぽを向いてスタスタと歩き出した彼を追いかける。
段々、ふかふかな雪に脚をおろす感覚にも慣れてきた。
今回、このプチ旅行を発案したのは流星だった。俺が展示会で大賞を受賞したお祝いとして、前にテレビで見て「ここに泊まりたい」と口にした温泉宿を旅行のメインに置いて、空いた時間を見繕っては今日まで色んな観光名所を探ってくれていたみたいだ。
「流星だって存外ノリノリで被写体になってくれてるのに、なんて言い草だ」
『そりゃカメラ向けられてたらポーズとってしまう』
鼻をひくつかせて、にこりと笑う。
こういう少し外れた、天然ぽいところも好きだったりする。
「てか、ホントにモデルやったら?マジで」
『俺は裏方が落ち着くんだよ』
「勿体ないなあ」
彼はイベントやライブのスタッフをしていて、先週は人気ロックバンドのライブツアーなんかにも同行していた。
『そうかな』
「そうだよ」
『でも業界にそんな伝(つて)はないしなあ』
「ここにいるじゃん」
『剛?んー、まあ』
「だから、今後流星を売り込むために今日はせっせと宣材写真を撮ってる訳」
『今日くらいは仕事のこと考えないようにしなよ』
「無理だよ。俺は四六時中写真のこと考えてないと死んじゃう」
『ああ、そうですか』
「そうです」
『それにしても。空気がすっごく澄んでるな』
天を仰ぎ深呼吸する様を俺のカメラは逃しはしない。
ほらまたいい写真が撮れた。
「あークソ。腹立つ。早くモデル業やってよ」
『なんでお前が腹立てるのさ』
「だって仕事でも流星と一緒にいたいし」
『それ公私混同ってやつ』
「うるさいなあ」
一泊二日のプチ旅行を終えて2人の住むアパートへ帰ると、またいつもの日常が始まる。
『いってきます』
「いってらっしゃい。今回泊まりだっけ?」
『うん。2daysのライブ』
「おっけー。頑張って」
『あれ?剛も明日居ないんじゃなかったっけ』
「うん」
『お互いがんばろう』
剛に鍵閉めてくれと伝えて家を出た。
今回はガールズバンドのライブスタッフだ。
前日入り組から外れたため、早朝から現地へ向かうこととなったのだ。
「あー!流星ちゃんおはよー」
『おはよ』
眠い目をこすりながらライブハウスに到着すると、バンドのボーカルが一目見るなり弾むような挨拶を投げかけてくれた。俺より2つ歳下だが物怖じしない子で、誰の懐にも入り込むタイプだ。こちとら低血圧で朝弱いって言うのに。なんというテンションの差。
「前日入りメンバーじゃなかったから、今回流星ちゃん来ないかと思ってたんだ」
『あはは。今来た』
「じゃー今日もよろしくね」
『おう、任せろ』
リハを終え、最終チェックの後にすぐさま開場。
客が会場に流れ込み、物販も未だ忙しない。
控え室では未だスタッフが慌ただしく動き回っていた。
「ヘアスプレー切れたァ!!!」
突然ドラムのヘアスタイル担当が叫び声を上げた。
「ウッソやんお前!?」
続いてドラムが叫んだ。
『俺買ってきます』
リハを終え本番までは手持ち時間に空きがあったため、名乗りをあげる。ここからドラッグストアまでは遠くない。数分くらいで買って戻ってこられるはず。
「いつもの頼む!!」
『ハイっす!!』
「…俺、同じの持ってます」
「マジ!?」
ヒラヒラと手を挙げたのは…カメラマンだった。
しかもよく見ると剛。
『えーっ!?剛!?なんで!?』
「今日記録で入るんだ。よろしく」
今日一の衝撃だ。
朝なんにも言ってなかったじゃないか。
これはサプライズか。サプライズなのか。
「どう?驚いた?」
スタッフTシャツの裾を気にする剛が話しかけてきた。
『なんで…?つーか俺と同じ時間に家出れば良かったよね…?』
「まあ細かい話は置いといて」
ライブが始まると、自称ゆるふわガールなボーカルもピリリとした空気を纏う。
途中のトークタイムではゆるふわさを取り戻す。
ボーカルのゆるふわ、ギターの関西弁、ベースのツッコミ、ドラムの不思議ちゃん、一見バラバラだが、これが見事にマッチしているのがこのバンドのいい所だ。
みんなバラバラに動いてるように見えて、お互いを確認し合ってるんだよな。
そこがバンドの萌えポイントだったりする。
ファンにも色んな世代の人がいる。
彼女らと同世代の子や親世代、性別も様々だ。
インディーズの頃から比べて演奏技術も魅せ方も、かなり飛躍的に進化したなあ、となぜか親心に浸る。メンバーと2歳しか変わらないけど。
ラストとなる2日目はチケットが即完売しただけあって、客の熱もスタートから最高潮だった。
終演後、若干手の空いた俺は物販で人を捌いていたが、売り切れになったグッズもかなりあるみたいだった。
会場の撤収作業を終えると、打ち上げに乗り込んだ。
席はくじ引きでゆるふわボーカルの隣になった。
剛は対角線上のベースの隣だ。
乾杯の音頭が上がると皆一斉に騒ぎ出す。
『なんだよボーカル』
「流星ちゃんてボーカルとしか呼んでくれないよね?私だって名前あるのに…」
「あ、流星くんがゆるふわちゃん泣かせたー!」
『えっ』
「流星ちゃんのバカ!」
『えぇ…ごめん、ごめんって』
「はい嘘ー、ドッキリでしたー」
『マジお前そう言うトコなお前』
ボーカルは兄みたいだと俺を慕ってくれている。
SNSにも度々勝手に俺の写っている写真が上がっていたりするので、見張っていないといけない。
『つーかお前今日ライブ終わってから俺とのツーショSNSに上げてたろ』
「えーうん」
『恥ずかしいから消せ』
「やだー!てか流星ちゃん載せるとフォロワーの反応がクッソ良いんだけど!」
『クソとか言うのやめなさい。なんで?それ炎上の前触れじゃないのか?』
「違う違う!モデルさんみたいだって言ってくれるの!モデルやったら?」
『それお前…』
そんなことをボーカルと話をしていた所に剛がやってきた。右隣が剛、左隣がボーカル、と言った具合に挟まれた。
『剛。おつかれ』
「おつかれ」
「流星ちゃんこの人って」
『俺の同居人。昨日今日と記録やってた人だよ』
「同棲!?もしかして彼氏!?」
『うん』
「マ!?」
『…剛かなり飲んだろ?顔赤い』
「ん…」
「えー剛くんって言うの?かわいい!」
『ボーカルと同い年だけどな』
「マ!?かわいいー!」
『…なんか剛怒ってる?』
「…アンタあんま流星と離さないで」
「え?嫉妬?私に嫉妬してんの?剛くんかわいいー!」
『…』
「流星ちゃんマジで剛くん大事にしなよ」
『うん』
「じゃ、私ほかの人と話してくるから」
ボーカルがビールジョッキ片手に立ち去ると、隅のこの卓には俺たちしか残っていない。
右隣の剛はこてん、と俺の肩に頭をのせた。
『飲みすぎたか?』
「んー、まあまあ」
『嫉妬してる?』
「んー、まあまあ」
『かわいいね』
「モデル業、本気で考えて欲しいんだけど」
『さっきボーカルにも言われた』
「るせー!」
『あんだよ、落ち着け酔っ払い』
夜も更けてゆく。
2軒目へとハシゴする者やホテルに帰る者、色々だ。
俺は妹みたいなボーカルと剛を連れてホテルに戻ることにした。
ちなみに二人とも酔っ払ってしまっている。
誰か一人くらい俺の事を助けてくれてもいいのに、メンバーやスタッフは散り散りになってしまった。
「流星ー、早く帰ろうよ」
『うっせーわ、今帰るわ』
「流星ちゃんおんぶ」
『甘えんなボーカル』
「俺もおんぶ」
『できるかバカ』
なんとかタクシーを捕まえ、後部座席に二人を押し込んだ。
ホテルの場所を運転手に伝え、どうか二人とも寝落ちしたりゲロ吐かないでくれと心の中で祈る。
1,000円ちょっとで移動しただけなのに二人は寝てしまった。
叩き起してタクシーから引きずり下ろし、ホテルの各部屋に押し込む。
ボーカルのこんな姿をファンに見られたらと思うと血の気が引いた。
あー疲れた。
翌日二人は見事に二日酔いだった。
ボーカルはマネージャーに叱られ、剛はフラフラになりながらカメラとタブレット端末の入ったリュックを背負い、事務所の車に乗り込んだ。
「流星さんモデルやったらいいのに」
俺も乗ろうと扉に手をかけたタイミングでベースに話しかけられた。
『え、今それ言う?つーかベースまでそんなこと言うのか』
「うん」
『自信ないけどなー、俺』
「いいと思う。彼のためにも」
『彼?』
「あの子」
『ああ、剛』
「昨日の打ち上げであの子と席が隣になった時にその話で盛り上がったから」
『そうなんだ』
「あの子、流星さんのことホントに好きなんだね。羨ましい」
『お前にもそういう人出来るといいな』
「うん」
帰り道。
車内でたまたま隣同士に座った俺たちは剛が撮影したライブ写真を眺めていた。
『この写真。盛り上がってるの伝わってくる』
「じゃあこれはロッカーズベースに送るね」
『ロッカーズベース、最近編集凝ってるから使ってくれそう』
月刊音楽雑誌にもちらほら名前が載るようになってきたのは、すごく喜ばしいことだ。
『…俺さ、モデルやりたい』
「え」
『剛が言ってくれたし、妹分みたいなアイツらも後押ししてくれてる』
「…嬉しい。早速編集社に売り込むね。まずはロッカーズベース」
『俺は楽器やらねえよ?』
「イケメンの裏方って売り込んでくから覚悟しておいて。そしていずれは雑誌のモデルかなあ」
『はいはい』