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夜の眷属との出会い

 自分がバイトしているカフェにお客としてくるのは不思議な感じだ。たまたま図書館の自習室が満席で、仕方なくカフェに流れてきたいち華はノートパソコンを取り出し、課題をやっていた。これでも大学生なのだ。単位を落とすわけにはいかない。

「おや、嬢ちゃん、今日はお店に立ってはおらんのじゃな」
頭の上から声が降ってきて、見上げると零の顔があった。
今日は珍しく白いデニムシャツの下に水色のTシャツを着ている。
「あ、こんばんは」
「向かい、座ってもよいかや」
「どうぞ」
 いち華が文章を打ち込み、リターンキーを押してレポートを完成させると、零は向かいに座った。
いち華は零に疑問をぶつけてみた。
「あの…お店のバイト仲間が噂していたんですが、あなたは”サクマ レイ”さんなんですか」
零は一瞬だけ目を見開き、それから笑った。
「ふっふっふ、左様。じゃが、あまり大声で名前を呼びたてぬようにな」
「…すみません。あの…朔間さん、と呼んでよろしいでしょうか」
「ふむ…それだと弟とどちらかわからぬな。気軽に零さんと呼んでくれればいいぞい。それよりも、嬢ちゃんと呼びづつけるのもなんだ、名前を教えてはくれぬか」
「…満嶋みつしま、いち華と言います」
いち華は手帳に挟んだメモ用紙を一枚破り、自分の名前を書いた。
「いち華…さんか。いい名前じゃな」
「…私は自分の名前があんまり好きじゃありません」
「おや」
「イツカとかイチゴとか、間違えられやすいので。小学校1年生の名札なんて”マンシマ イチハナ”なんて書いてあったんですよ」
 あまりにひどい間違えように、零は笑いをかみ殺しきれず「くくく」と声を上げた。
「それは、間違える方が失礼じゃな。それでは、吾輩はいち華さんの名前を間違えぬようにしようかの」
 そんなことを男の人に言われるのは初めてだった。

 零はいち華に「友達になった記念に」と、ドリンクをおごってくれた。カフェのバイトをしていて気になっても、なかなか自分では注文できなかった「加賀棒茶クリーミーアイスラテ」だ。
珈琲ではなく加賀棒茶というお茶ベースのラテに、ホイップクリームとクラッシュアーモンドが載っている。零がホットのカフェラテを頼んだので「今日はトマトジュースじゃなくていいんですか」といち華は尋ねた。
「トマトジュースはの、朝飲んできたんじゃ。ここでは違う物を飲むつもりでおった」
という返事に、何となく納得した。

 いち華は、自分は大学生で、カフェのアルバイト以外に家庭教師を掛け持ちしているという話をした。零がUNDEADの朔間零だということを調べて、それからUNDEADの曲を聴くようになった、と正直に伝えると、零は笑顔を見せた。
「あんまり曲を聴く習慣がなかったんです。友達がKnightsのファンで、その曲は聴かされてたんですけど」
 そして小声で「なので、凛月くんのことは知ってました」と付け加えた。
「零さんが凛月くんのお兄さんだって知って驚きました。でもUNDEADの曲を聴いたら、カッコイイって思いました。…正直に言うと、大神晃牙くんが」
「ほう。わんこのファンか。あやつに伝えるときっと喜ぶぞい」
「案外、”けっ、女に俺様のロックが分かるってのか?!”なんてリアクションじゃないですか?」
「それがあやつの照れ隠しなんじゃ」
「零さんは大神くんのことを買っているんですね」
いち華がそう言うと、零さんは慈愛に満ちた笑顔を見せた。
「わんこは、吾輩の子どものようなものじゃからな」
「子ども、ですか?随分と大きな子どもですね」
「いち華さんもなかなか言うのう」
 零は声を上げて笑った。カフェで見かけても、そんな風に笑い声を聞くことがなかったいち華は少しだけどきどきした。

「お話できて楽しかったです。ありがとうございました」
「わしも可愛らしい女の子とお話出来て楽しかったぞい」
「また、カフェに来てくださいね」
「勿論じゃ。あの店は『音楽特区』に近いわりに落ち着く。それでな、いち華さん。今度からは気楽に話してくれ」
「はい」
いち華が大学名の入ったレポート用紙を鞄に入れているのを見て、零は目を止めた。
「おや、それは」
「大学のレポートなので…」
「ははあ、なるほど。いち華さん、“仁兎なずな”という子を知っておるかや?」
「仁兎くんですか?同じ学科です。講義でよく見かけます。知り合いですか」
「うちの事務所の子、というか同級生でな。”Ra*bits"というアイドルユニットをやっておる…ああ、最近復帰したと言っておったな」
「仁兎くんが?確かに綺麗な顔の子だとは思ってましたけど」
「ほっほっほ、いち華さんは本当にアイドルに疎いのじゃな。だからこそ、『音楽特区』に近いカフェで働けるのかもしれんのう」
 そうなのかもしれない。音楽特区でライブをするバンドやアイドルの追っかけみたいな子はなかなか採用されないと聞いていた。バイトの単価がやや高めなのと採用条件が厳しかったのはそれが理由なのか、と、いち華は納得した。
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