君は一等星
そういえば、自分は斑のステージを一度も生で見たことがない。
茉弥はいきなりそのことに気づいた。
もちろん、動画も上がっているし、ライブのDVDも(斑に内緒で)買った。だが、会場で、その場で、斑の歌い踊る様子を見たことはなかった。わざわざチケットを購入して見に行く、というのもなんだか気恥ずかしかった。
「ESアイドル感謝祭?」
ESビルのフロントで偶然、あんずに会った茉弥はその話を聞いて驚いた。
「そうなんです…。ES内の4つの事務所ごとにアイドルの合同ライブをやるっていうイベントです。先日リズリンが終わって、次がニューディなんです」
「うん、それは分かった。それと…私と、何か関係が」
あんずは無言で袖を引っ張り、指さした。
「残りは…青葉…先輩、から」
「ハイ、青葉です。お久しぶりです。説明は僕から」
つむぎの話では、感謝祭ライブの関係者チケットを用意しているのだが、余裕があるので茉弥にもどうか、という話らしい。
「今度のSwitchの”マジカルロードイベント”のオープニング曲をアレンジしてくださった、お礼、ですね」
傍であんずがうんうんとうなずいている。
「もしご都合が良ければ、なので無理にとは」
「あ、大丈夫です。でもいいんですか、私に」
「クロさんのアレンジのお陰で、イベントに間に合いました。だから事務所からというかSwichからのお礼です」
つむぎはニコニコと茉弥を見ていた。
つむぎと別れ、茉弥はあんずとともにカフェに入った。喉が渇いていた。
「よかった…ですね…」
「…え?」
「Double Faceのライブも見られますよ」
「ニューディのユニットだから当然だと思うけど、それが何か」
「茉弥さん、ライブ見たことないって言ってましたね。それに、最近三毛縞さんの話ばっかりしてるから…」
訥々と話すあんずの言葉に、茉弥は赤くなった。
「え、え?そ、そりゃ、私一応Double Faceのプロモーションの曲書いた繋がりで、三毛縞さんにはお世話に…でも他のアイドルにも書いてるし…」
「茉弥さん、ストローから、アイスラテが、垂れてます」
知らない間にストローを引き抜いて握りしめていたらしい。茉弥は混乱しながら、ペーパーナプキンでテーブルを拭った。
「単刀直入に、聞きます。…茉弥さんてひょっとして、三毛縞さんのことがす…」
「うわあああああああ!!!!」
茉弥は叫んだ。あんずはいい子だと思うが、プロデューサーという立場で打ち明けることはどうなのだと心配したのだ。
「うるさいですよ、茉弥さん。…声の大きさ、三毛縞さんみたい。あの人、いつもうるさいから…」
「ううううう」
「ふふ…」
あんずが静かに微笑んだ。バレていたのか。茉弥は頭を抱えた。
「あんずちゃんは口が堅いと思って信用して話すけど…
大当たり。私、三毛縞さんが好き…だし、お付き合い、してる」
あんずは驚いたように口をあけた。そして、またゆっくりと微笑んだ。
「それなら。猶更、三毛縞さんのステージを、見に行きましょう」
「ES感謝祭ニューディの日」当日。野外ステージのアリーナ。関係者用の席とあってなかなかいい席だ。ライブが始まると、その熱気に茉弥は驚いた。
(アイドルのステージって初めてだけど…すごい!!)
3つのユニットどれも、聞きごたえ、見ごたえがあると茉弥は感じた。だが舞台が静まり返り、斑がひとりで登場したときは、驚いた。客席もざわついた。
(どうして?今日はDouble Faceで出てるはず)
MCもなく、斑は歌い始めた。
(この衣装…この曲は…Blooming World…?私が初めてMaMを知った曲…)
誰が歌っているのか知らないまま、何度も聴いた曲だった。いつもこの歌に励まされてきた。
…斑さんはやっぱり、アイドルだよ。私とは、違う…
「みんなありがとう!Double FaceもMaMもよろしくなあ!三毛縞斑でした!」
斑が舞台を去ってからも、茉弥は震えが止まらなかった。
アンコールの時、後ろから背中を突かれた。あんずだった。
「え、なに?」
「こちらに…静かに…ついてきて…」
首を捻りながら、手荷物を持ってあんずの後を追った。人がまばらなロビーを走り、あんずに誘導されたのは楽屋だった。
「はい…茉弥さん?!」
着替えの途中なのか、上半身裸になっている斑と、帽子を外し上衣を脱ごうとしていたこはくがいた。
「ご案内…しました…」
「おう、ありがとうなあ、あんずさん」
こはくが目で「中に入れ」と合図し、茉弥はドアから中へ入った。
「汗、拭いてください」
バスタオルを首から下げた斑に、茉弥は言った。上半身だけと言えども裸の斑を見るのは初めてだ。桜河こはくが近づいてきた。
「あんたか…斑はんのええ人ってのは」
「黒野尾 茉弥です」
「クロはんな。知っとるえ。わしんとこのCrazy:Bのライブアレンジもしとる人やな」
「茉弥さんが来るなんて、あんずさんから聞く迄知らなかったぞお」
「お宅の副所長からチケットをいただきまして。これでも関係者ですので」
目で、早く服を着ろと促し、茉弥はそっぽを向いた。
「何だあ?俺の生着替えを見るのがそんなに」
「何を言ってるんですかっ…ちょっと、近い近い近い!!」
Tシャツを着た斑が近づいてきて、茉弥は後ずさった。が、回り込まれてしまった!
斑にぎゅうぎゅう抱きしめられて潰されそうになっている茉弥を見て、こはくはため息をついた。
「斑はん、…ちょっとは自重せえ」
「お?」
「潰されとるやないか、クロはん」
「お?おおう、すまんなあ茉弥さん」
「…」
「全く。あんたは力の加減ができひんのか。楽屋だからええけどな、外で同じことやったら、たちまち炎上やで。わしが言うことでもないが、斑はんもちっとは自重せなあかんえ」
こはくに完全に呆れられてしまったようだ。
「…あんたも苦労するなあ、クロはんj」
こはくに同情の目を向けられ、茉弥は肩を竦めた。斑はクーラーバッグに入っているスポーツドリンクを1本、茉弥に勧めた。茉弥は目で「着替えろ」と合図し、自分は後ろを向いてスマホを見始めた。
「着替え、済んだぞお」
「こっちも終わったで。すまんな、気ぃ使ってもらって」
「いえ、お邪魔したのは私ですから」
「ほなごゆっくり。わしがおっても邪魔やろ」
「いやあ、もう帰るつもりだったが。こはくさんも一緒にご飯、行かないかあ?」
こはくは手をひらひらさせた。
「遠慮しとくで。まだ馬に蹴られて死にとうないし、それに、今日は坊と食事する約束してんや」
坊、とは、Knightsの朱桜 司だ。親戚筋だということを聞いているが、普段それほど密な関りはない。だが、司もたまにはこはくと積もる話があるのだろうと斑は考え、無理に誘うことはやめた。
「お疲れ様でした、桜河くん」
「こはくでええで。ほなな。巨人に襲われんようにしいや」
含みのある表情でこはくが出ていった。その意図するところを察して、茉弥は赤面した。
「こはくさんは何を言っているんだあ?…さてと、帰ろうか」
「う、あ、はい。荷物、持ちます」
「女の子に荷物を持たせるのはなあ…」
「ま、マネージャーのふりしてないと、ひ、人目が…うっかり炎上ネタ振りまくわけには」
「うーん。じゃあこれ」
斑は茉弥に帽子を被せ、紙袋を渡した。
「重いものは俺が持つからなあ。じゃあよろしく頼んだぞお、”マネージャー”」
斑は自分で車を運転してきたと言って、茉弥を驚かせた。アイドルってお抱え運転手の車とかで移動するんじゃないのかと素朴な疑問をぶつけてきた茉弥に、斑は苦笑しながら答えた。
「ニューディは人手も資金もぎりぎりでなあ。時間で動くには自分で運転したほうが早い」
帽子を被せられたまま、助手席に乗った茉弥は落ち着かなかった。斑は真顔でハンドルを握っているし、疲れているだろうにあまりおしゃべりをするのも良くないと思う。それに、茉弥はずっと感じていたことがあった。
「ご飯、ファミレスでもいいかあ?…どうしたあ、静かだなあ」
「うん…すごいなって」
茉弥は呟いた。初めて見た、アイドルのステージ。知らない世界だった。そして、傍らに今いる、自分を好きだと言ってくれる男がそんな「知らない世界」の住人なのだと思い知らされた。
「私なんかが、斑さんの…」
その先は、言えなかった。茉弥は両手で頭を抱え、首を垂れた。改めて半分一般人の自分と、アイドルの斑の距離を感じた。
「奇々怪々、茉弥さん、まーた変な思考ループにハマっているなあ?」
ぎょっとした茉弥は、自分の顔の至近距離で覗き込む斑の目と合ってのけぞった。
「うわ!」
「今日、見てどうだったかあ?」
「…すごくて…すごすぎて…語彙が貧弱でごめん、でも」
「うん?」
「斑さんも、こはく君も、他の人も…私なんかとは違う、世界が…居場所が…。私には届かない場所…斑さんにはもっと他に…」
「茉弥さん」
斑は茉弥の鼻先まで顔を近づけ、真剣な表情で茉弥を見た。車は、ファミレスの駐車場に止めていた。
「他に、なんだあ?」
「もっとふさわしい人が…。私…あんなにキラキラしてない…斑さんは、まぎれもなくアイドルだよ。オーラが、違う」
「そんなこ」
茉弥は斑の言葉を遮り、頭を横に何度も振った。
「そんなこと、ある。私は平凡な女の子。違いを嫌というほど見せつけられた」
「茉弥さんは茉弥さんだあ。他の誰とも違う、かけがえのない人だ」
「でも」
「ちょっと静かにしなさい」
言いながら斑は茉弥にかぶせていた帽子をとり、帽子で顔を隠しながら茉弥の唇を奪った。
「こうでもしないと、わかんないのかあ?」
怒っているのか、と、茉弥は思った。無言の茉弥に、再び斑は唇を重ねた。
「わかるまで、何度もするぞお」
「ま、だらさ…」
「MaMの俺を茉弥さんに見せてあげたかった。今日茉弥さんが来るってあんずさんから聞いたから、急遽曲を差し替えた」
「Blooming Worldを歌ったのは、まさか」
「他の誰でもない、茉弥さんのためだあ」
目の前の斑の笑顔に、茉弥の表情が崩れた。
「もう一回、するぞお」
斑は再び茉弥に顔を近づけ、唇を触れた。今度は、心の底まで溶かすような甘く、深いキスだった。
茉弥はいきなりそのことに気づいた。
もちろん、動画も上がっているし、ライブのDVDも(斑に内緒で)買った。だが、会場で、その場で、斑の歌い踊る様子を見たことはなかった。わざわざチケットを購入して見に行く、というのもなんだか気恥ずかしかった。
「ESアイドル感謝祭?」
ESビルのフロントで偶然、あんずに会った茉弥はその話を聞いて驚いた。
「そうなんです…。ES内の4つの事務所ごとにアイドルの合同ライブをやるっていうイベントです。先日リズリンが終わって、次がニューディなんです」
「うん、それは分かった。それと…私と、何か関係が」
あんずは無言で袖を引っ張り、指さした。
「残りは…青葉…先輩、から」
「ハイ、青葉です。お久しぶりです。説明は僕から」
つむぎの話では、感謝祭ライブの関係者チケットを用意しているのだが、余裕があるので茉弥にもどうか、という話らしい。
「今度のSwitchの”マジカルロードイベント”のオープニング曲をアレンジしてくださった、お礼、ですね」
傍であんずがうんうんとうなずいている。
「もしご都合が良ければ、なので無理にとは」
「あ、大丈夫です。でもいいんですか、私に」
「クロさんのアレンジのお陰で、イベントに間に合いました。だから事務所からというかSwichからのお礼です」
つむぎはニコニコと茉弥を見ていた。
つむぎと別れ、茉弥はあんずとともにカフェに入った。喉が渇いていた。
「よかった…ですね…」
「…え?」
「Double Faceのライブも見られますよ」
「ニューディのユニットだから当然だと思うけど、それが何か」
「茉弥さん、ライブ見たことないって言ってましたね。それに、最近三毛縞さんの話ばっかりしてるから…」
訥々と話すあんずの言葉に、茉弥は赤くなった。
「え、え?そ、そりゃ、私一応Double Faceのプロモーションの曲書いた繋がりで、三毛縞さんにはお世話に…でも他のアイドルにも書いてるし…」
「茉弥さん、ストローから、アイスラテが、垂れてます」
知らない間にストローを引き抜いて握りしめていたらしい。茉弥は混乱しながら、ペーパーナプキンでテーブルを拭った。
「単刀直入に、聞きます。…茉弥さんてひょっとして、三毛縞さんのことがす…」
「うわあああああああ!!!!」
茉弥は叫んだ。あんずはいい子だと思うが、プロデューサーという立場で打ち明けることはどうなのだと心配したのだ。
「うるさいですよ、茉弥さん。…声の大きさ、三毛縞さんみたい。あの人、いつもうるさいから…」
「ううううう」
「ふふ…」
あんずが静かに微笑んだ。バレていたのか。茉弥は頭を抱えた。
「あんずちゃんは口が堅いと思って信用して話すけど…
大当たり。私、三毛縞さんが好き…だし、お付き合い、してる」
あんずは驚いたように口をあけた。そして、またゆっくりと微笑んだ。
「それなら。猶更、三毛縞さんのステージを、見に行きましょう」
「ES感謝祭ニューディの日」当日。野外ステージのアリーナ。関係者用の席とあってなかなかいい席だ。ライブが始まると、その熱気に茉弥は驚いた。
(アイドルのステージって初めてだけど…すごい!!)
3つのユニットどれも、聞きごたえ、見ごたえがあると茉弥は感じた。だが舞台が静まり返り、斑がひとりで登場したときは、驚いた。客席もざわついた。
(どうして?今日はDouble Faceで出てるはず)
MCもなく、斑は歌い始めた。
(この衣装…この曲は…Blooming World…?私が初めてMaMを知った曲…)
誰が歌っているのか知らないまま、何度も聴いた曲だった。いつもこの歌に励まされてきた。
…斑さんはやっぱり、アイドルだよ。私とは、違う…
「みんなありがとう!Double FaceもMaMもよろしくなあ!三毛縞斑でした!」
斑が舞台を去ってからも、茉弥は震えが止まらなかった。
アンコールの時、後ろから背中を突かれた。あんずだった。
「え、なに?」
「こちらに…静かに…ついてきて…」
首を捻りながら、手荷物を持ってあんずの後を追った。人がまばらなロビーを走り、あんずに誘導されたのは楽屋だった。
「はい…茉弥さん?!」
着替えの途中なのか、上半身裸になっている斑と、帽子を外し上衣を脱ごうとしていたこはくがいた。
「ご案内…しました…」
「おう、ありがとうなあ、あんずさん」
こはくが目で「中に入れ」と合図し、茉弥はドアから中へ入った。
「汗、拭いてください」
バスタオルを首から下げた斑に、茉弥は言った。上半身だけと言えども裸の斑を見るのは初めてだ。桜河こはくが近づいてきた。
「あんたか…斑はんのええ人ってのは」
「黒野尾 茉弥です」
「クロはんな。知っとるえ。わしんとこのCrazy:Bのライブアレンジもしとる人やな」
「茉弥さんが来るなんて、あんずさんから聞く迄知らなかったぞお」
「お宅の副所長からチケットをいただきまして。これでも関係者ですので」
目で、早く服を着ろと促し、茉弥はそっぽを向いた。
「何だあ?俺の生着替えを見るのがそんなに」
「何を言ってるんですかっ…ちょっと、近い近い近い!!」
Tシャツを着た斑が近づいてきて、茉弥は後ずさった。が、回り込まれてしまった!
斑にぎゅうぎゅう抱きしめられて潰されそうになっている茉弥を見て、こはくはため息をついた。
「斑はん、…ちょっとは自重せえ」
「お?」
「潰されとるやないか、クロはん」
「お?おおう、すまんなあ茉弥さん」
「…」
「全く。あんたは力の加減ができひんのか。楽屋だからええけどな、外で同じことやったら、たちまち炎上やで。わしが言うことでもないが、斑はんもちっとは自重せなあかんえ」
こはくに完全に呆れられてしまったようだ。
「…あんたも苦労するなあ、クロはんj」
こはくに同情の目を向けられ、茉弥は肩を竦めた。斑はクーラーバッグに入っているスポーツドリンクを1本、茉弥に勧めた。茉弥は目で「着替えろ」と合図し、自分は後ろを向いてスマホを見始めた。
「着替え、済んだぞお」
「こっちも終わったで。すまんな、気ぃ使ってもらって」
「いえ、お邪魔したのは私ですから」
「ほなごゆっくり。わしがおっても邪魔やろ」
「いやあ、もう帰るつもりだったが。こはくさんも一緒にご飯、行かないかあ?」
こはくは手をひらひらさせた。
「遠慮しとくで。まだ馬に蹴られて死にとうないし、それに、今日は坊と食事する約束してんや」
坊、とは、Knightsの朱桜 司だ。親戚筋だということを聞いているが、普段それほど密な関りはない。だが、司もたまにはこはくと積もる話があるのだろうと斑は考え、無理に誘うことはやめた。
「お疲れ様でした、桜河くん」
「こはくでええで。ほなな。巨人に襲われんようにしいや」
含みのある表情でこはくが出ていった。その意図するところを察して、茉弥は赤面した。
「こはくさんは何を言っているんだあ?…さてと、帰ろうか」
「う、あ、はい。荷物、持ちます」
「女の子に荷物を持たせるのはなあ…」
「ま、マネージャーのふりしてないと、ひ、人目が…うっかり炎上ネタ振りまくわけには」
「うーん。じゃあこれ」
斑は茉弥に帽子を被せ、紙袋を渡した。
「重いものは俺が持つからなあ。じゃあよろしく頼んだぞお、”マネージャー”」
斑は自分で車を運転してきたと言って、茉弥を驚かせた。アイドルってお抱え運転手の車とかで移動するんじゃないのかと素朴な疑問をぶつけてきた茉弥に、斑は苦笑しながら答えた。
「ニューディは人手も資金もぎりぎりでなあ。時間で動くには自分で運転したほうが早い」
帽子を被せられたまま、助手席に乗った茉弥は落ち着かなかった。斑は真顔でハンドルを握っているし、疲れているだろうにあまりおしゃべりをするのも良くないと思う。それに、茉弥はずっと感じていたことがあった。
「ご飯、ファミレスでもいいかあ?…どうしたあ、静かだなあ」
「うん…すごいなって」
茉弥は呟いた。初めて見た、アイドルのステージ。知らない世界だった。そして、傍らに今いる、自分を好きだと言ってくれる男がそんな「知らない世界」の住人なのだと思い知らされた。
「私なんかが、斑さんの…」
その先は、言えなかった。茉弥は両手で頭を抱え、首を垂れた。改めて半分一般人の自分と、アイドルの斑の距離を感じた。
「奇々怪々、茉弥さん、まーた変な思考ループにハマっているなあ?」
ぎょっとした茉弥は、自分の顔の至近距離で覗き込む斑の目と合ってのけぞった。
「うわ!」
「今日、見てどうだったかあ?」
「…すごくて…すごすぎて…語彙が貧弱でごめん、でも」
「うん?」
「斑さんも、こはく君も、他の人も…私なんかとは違う、世界が…居場所が…。私には届かない場所…斑さんにはもっと他に…」
「茉弥さん」
斑は茉弥の鼻先まで顔を近づけ、真剣な表情で茉弥を見た。車は、ファミレスの駐車場に止めていた。
「他に、なんだあ?」
「もっとふさわしい人が…。私…あんなにキラキラしてない…斑さんは、まぎれもなくアイドルだよ。オーラが、違う」
「そんなこ」
茉弥は斑の言葉を遮り、頭を横に何度も振った。
「そんなこと、ある。私は平凡な女の子。違いを嫌というほど見せつけられた」
「茉弥さんは茉弥さんだあ。他の誰とも違う、かけがえのない人だ」
「でも」
「ちょっと静かにしなさい」
言いながら斑は茉弥にかぶせていた帽子をとり、帽子で顔を隠しながら茉弥の唇を奪った。
「こうでもしないと、わかんないのかあ?」
怒っているのか、と、茉弥は思った。無言の茉弥に、再び斑は唇を重ねた。
「わかるまで、何度もするぞお」
「ま、だらさ…」
「MaMの俺を茉弥さんに見せてあげたかった。今日茉弥さんが来るってあんずさんから聞いたから、急遽曲を差し替えた」
「Blooming Worldを歌ったのは、まさか」
「他の誰でもない、茉弥さんのためだあ」
目の前の斑の笑顔に、茉弥の表情が崩れた。
「もう一回、するぞお」
斑は再び茉弥に顔を近づけ、唇を触れた。今度は、心の底まで溶かすような甘く、深いキスだった。