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夜明けを告げる星~Morning Star~

 斑から外で会おうと呼び出され、茉弥は首を捻りながら出かけた。このところ星奏館に戻っている斑と会うのは久しぶりだった。
ワンピースを取り出した茉弥は斑からの追加メールに首を捻った。
「動きやすい服装で?暖かくして来いって?どこへ行くつもりなんだろう」
茉弥はワンピースをクローゼットにかけ直し、セーターとデニムのワイドパンツに着替え、ジャンパーを羽織って出かけた。

待ち合わせ場所の駅に着くと、斑は珍しくバイクで来ていた。
「あれ、バイクなの?」
「乗って」
ヘルメットを渡しながら淡々と声をかける斑に、茉弥は首を捻った。
「え?」
「ここ、あんまり長く駐車できないから」
斑にヘルメットを被せられ、、茉弥は言われるままに斑の後ろに跨った。それから、斑は一言も話さず運転に集中し、茉弥も声をかけられなかった。
(珍しい…斑さんが不機嫌だ)
何があったのかは聞けなかった。バイクの話を以前したときの斑は機嫌がよさそうだった。だが、こんなに不機嫌そうな斑は初めて見る。しかも、自分が斑の後ろに載せてもらうのは初めてなのだと、茉弥は気づいた。運転は乱暴ではないが、沈黙したままバイクを走らせる斑の背を見つめながら、茉弥は不安になった。

 高速に乗り、斑がバイクを止めたのはサービスエリアだった。
「なに?」
「トイレ休憩。あと1時間半はかかるから」
茉弥がトイレに行って戻ってくると、斑はおらず、茉弥はうろたえた。少しあって、斑がお茶のペットボトルを2本持って戻って来た。
「君のリュックにこれ、入るかあ?」
「うん、余裕はあるけど…」
茉弥がペットボトルをリュックに入れて背負うと、斑は声をかけた。
「行こうか」
普段とは違う、どこか不機嫌な、だがその原因がおそらく自分ではないだろうという斑の様子に、茉弥は本格的に不安になって来た。大体どこに連れていかれるのかもわからなかった。
 斑の不機嫌な理由は、高速を降りる頃に分かった。
「君のことで親に呼び出された話をしてなかったなあ」
バイクのスピードを法定速度に戻し、話す余裕が出来たらしく斑は前を見て言った。
「あら」
「週刊誌にでかでかと載ったからなあ。向こうから勘当したくせに、帰ってくるなと放り出したはずなのにいきなり父に呼び出しを喰らって。黒野尾の親父さんの悪口を散々聞かされた」
 そういえば、茉弥もやはり父から、斑の父とは実は因縁があると聞かされたことがあった。
「確か大学の同期、でしたっけ?私の父の話じゃ、三毛縞さんが一方的に”縁切りだ”って言ったくせに、会うと絡んでくるって」
「俺のお父さんは寂しがり屋さんかあ…。…そういえば、君のところに母が来たらしいなあ」
「はい。…貯金通帳とキャッシュカードと印鑑を押し付けてお帰りになられました。反社の人間だったと聞いていたからどんなおっかない人かと思ったけど…普通の人に見えた」
 斑は少しだけ口を閉じ、考えているようだった。
「そうかあ。何かされたかあ?脅されたり」
「ううん。貯金通帳とキャッシュカードと印鑑を目の前に置かれて、”迷惑かもしれないがもらってやってくれ”と頭を下げられた」
「何も脅されたりしなかったならいいんだ」
「そういう素振りは見えなかったわ。お母様、綺麗な方ね。横顔が斑さんに似てて、ああ、親子なんだって思った。お母様は頭を下げて、黒野尾のお嬢さんがついていたら安心だと、斑を真っ当な男にしてやってほしいと頼まれたわ」
「真っ当、なあ…。俺が真っ当にならなかったのは両親の責任もあるだろうが」
「そういうこと言わないの。それにこれからまだやり直せるわよ」
「…茉弥さんには叶わないなあ」
斑はため息をついたが悪い気分ではなかった。
「ね、機嫌悪かったの、そのせい?」
「いや。ありがたいことではあるが来週から仕事が山積みで、しばらく茉弥さんに会えないんだあ」
「そうだったの」
「だから、”でえと”をしたいなあと。…ああ、そのセーターやっぱりよく似合うなあ」
「この間選んでくれたやつだよね。初めて着るけど気にいった」
「本当は今日どこに行くつもりだったの?」
「くれば分かる」

 次の休憩はガソリンスタンドだった。給油をして、ガソリンスタンド併設のカフェスタンドに二人は寄った。
「休憩しようなあ」
斑に手招きされ、茉弥は斑に近づいた。斑は茉弥の手を取り、言った。
「君のところに母が貯金通帳を押し付けていった件なんだが」
「ええ、父に頼んで一旦預かってもらってるけど」
「もらっておこう」
「は?」
茉弥はホットコーヒーを零しそうになった。
「俺の大学の学費になる予定だったお金らしい。父は俺を警察幹部にしたかったみたいだしなあ…」
「あなた成績よかったらしいのに、大学進学しないでアイドル一本にしてしまったものね」
「これでも念のためにと思って、大学は通信課程で卒業しているんだあ。ただ学費は自分の稼ぎから出したから親の援助は受けていないぞお。それに」
 茉弥は斑の顔を覗き込んだ」
「突っ返しに行くにはまた実家に戻る必要があるが、不肖の息子の俺は父に嫌がられて入れてもらえないからなあ。もちろん君が返しにいくのもなしだなあ。だから遠慮なくもらっておこう」
 茉弥は頷いた。斑の複雑な家庭の事情は聞いている。本心では、斑の妹とはせめて和解したいが、それも難しいかもしれない。自分にも妹がいる茉弥は心が痛んだ。
「この話はこれで終わりだあ。今日の目的はツーリングだからなあ!」
「え、そっちなの?!」
「うむ。茉弥さんを俺の後ろに載せてあげる約束だったからなあ。ここからはのんびり走るぞお」
「お昼過ぎから出てきて間に合うところなの?」
 斑はニッと笑って頷いた。「そんなに遠いところじゃないぞお」

 山は陽が落ちるのが早い。次の休憩は、山あいの蕎麦屋だった。海外仕事も多い斑だが、どちらかというと和食が好きで、殊に蕎麦については一家言ある、ということを、茉弥は知っていた。その証拠に、この蕎麦屋もなかなかの味だった。
「天ざるが美味しいんだが、普通のざる蕎麦も一人2枚ついてくるからなあ。蕎麦をそれぞれ頼んで、天ぷらは別に頼もう」
茉弥は蕎麦茶を飲みながら頷いた。
 テーブルに蕎麦と天ぷらがきたあと、茉弥は言った。
「そういえばあなたのお母様の話だけど」
「その話は終わったはずだが」
「そうじゃなくて。お母様がいらしたとき、祖父がちょうどいたのよ。…祖父の顔を見てお母様は驚いてた。知り合いだと言っていたけど」
「ああ、なんでも、母が昔関わっていた反社の団体を、君のおじいさんがぶっ潰したらしいぞお」
「ええ?!そっちなの?」
茉弥は頭を抱えた。茉弥の祖父、黒野尾 信造は「火の玉の黒」と呼ばれた武闘派だ。頭も切れ、大学法学部をトップの成績で出たが喧嘩上等で、弁護士資格を取ったのに突然外人部隊に志願して国外へ出てしまったらしい。
「この間、父から斑さんが事務所に来たって聞いたから、父からも聞いているかもしれないけど、祖父は空手の師範で、過激派の連中ともやり合うような豪傑なのよ…誰かさんに通じるところがあるわねえ」
 ニコニコしながらエノキの天ぷらを箸で引き上げる茉弥に、斑は困ったような表情だった。
「茉弥さんはきのこの天ぷらが好きなのかあ?」
「そうだね。エノキも、しいたけも。舞茸の天ぷらなんか美味しいわよ。家では上手く揚げられないから、お店で食べるだけ」
「覚えておこう」
「お父さんが言ってたけど、おじいちゃんと斑さんはきっと気が合うわよ。まだ会ってなかったでしょ」
「そのようだなあ」
「おじいちゃんの空手の弟子で、鬼龍さんって人がいて、息子さんが蓮巳さんちの敬人と同じユニットだって」
「…紅月かあ…。紅郎さんとそんなところで繋がるとはなあ」
「世間は狭いってそういうことなんだね」
 それから茉弥は静かに蕎麦を啜っていたが、1枚目のざるが終わるころ頭を上げて言った。
「おじいちゃんと言えば。昔、斑さんに届けてもらった藤色の傘のこと覚えてる?」
「うむ。あれは珍しい傘だったからなあ」
「あの傘はね、おじいちゃんがおばあちゃんに贈ったものなの」
「ほう」
「藤色にしたのは、おばあちゃんの名前が藤乃だから。大きな傘でしょ、あれ」
その傘に茉弥と共に入ったことがある斑は頷いた。
「あれを持って、おじいちゃんはおばあちゃんに結婚を申し込んだんですって。傘が大きいのは、二人で入れるから…二人で一緒に歩きたいと」
 その言葉に、斑は顔を上げ、呆然とした。
「…同じか、俺と」
茉弥は頷いた。
「おじいちゃんが斑さんに、孫娘の婿になる男に会いたいんですって」
斑は蕎麦湯を飲み干して、言った。
「俺も茉弥さんのおじいさんに会ってみたいなあ」


 蕎麦屋を出る頃にはすっかり辺りが暗くなっていた。斑は茉弥を後ろに載せ、更に40分ほど走った。
森の中は静まりかえり、人気がなかった。あたりはすっかり暗く、星が瞬いている。
「すごいね、ここ…星が落ちてきそう」
「スターウオッチングの穴場らしい。人があまり寄り付かないんだあ。最近知って、茉弥さんを連れてきたくなったんだなあ」
茉弥がきょとんとしていると、斑は耳元に囁いた。
「今、北極星はどっちに出ているかあ?」
「え?」
茉弥が驚くと、なおも斑は囁いた。
「天文ファンの茉弥さんならすぐ見つけられるはずだなあ」
「え、待って…あった!」
紺碧の空に一つだけ瞬く星を、茉弥は見つけた。
「どうして北極星の話を今」
「最近知った話だが、北極星と言われているポラリスは1つの星じゃないらしいぞお」
 茉弥は一瞬考えて、頷いた。最近そんなネットニュースを読んだことがあった。
「じゃあポラリスは…ひとりぼっちじゃ、ない?」
「そういうことになるなあ」
「ふーむ」
「それを聞いて俺はちょっと安心したなあ」
きょとんと首を傾げている茉弥に、斑は笑顔を見せた。
「俺も、ポラリスも、ひとりぼっちじゃなかったんだなあって」
「まだら、さん…」
「茉弥さんが一緒にいてくれて、俺は嬉しいぞお」
「私も、斑さんが一緒にいて嬉しいよ」
茉弥の言葉に、斑は笑って茉弥の背中を抱き寄せ、少しかがんで茉弥の唇をついばんだ。
「茉弥さん、好きだぞお」
「うん…斑さん、大好き」
「俺はこんなだし、あちこち仕事で飛び回って落ち着いてないけど」
「それはいいの。分かってるから…。人を笑顔にして、楽しいことを探すのが、斑さんの笑顔の元なんだもの」
「今は、それだけじゃないんだなあ。俺の世界一可愛い大好きちゃんがいてくれるから、俺は笑えるんだあ」
その言葉に、茉弥は笑顔を見せた。
「ちょっとかがんで」
「うん?こうかあ?」
かがんだ斑の左ほおに、茉弥は唇を寄せた。斑が自分を更に抱き寄せたので、茉弥は思い切って自分の唇を斑のそれに重ねた。冷たい夜の空気で冷えた斑の舌が割って入り、茉弥は身を預けたまま、斑の舌を迎え入れた。
「顔が冷たいわ」
「案外、大胆なことをするなあ」
「今の私は無敵だもの。大きくて強い人が私を守ってくれるから」
「そりゃ、無敵だあ」
斑は、茉弥と顔を見合わせ、互いに笑った。こんなふうに笑える日がずっと続いていくのが、半年前には信じられなかった。
(だが今は)
斑は茉弥を抱き寄せて思った。
(俺には守るべき人がいる。もう一人じゃないし、仲間もいるし、生きていく理由が出来た。こはくさん、君が言っていたことは、こういうことだったかあ)
 その笑顔は、二人の歩く道は、未来へと続いていく。斑も、茉弥も、静まり返った時間の中でそう感じた。
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