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君は一等星

 三毛縞 斑。
ソロユニットMaMとして、そして近年では神出鬼没の謎めいたユニット、Double Faceとして、Crazy:Bの桜河こはくとともに活動している。
 声も、体もでかいお祭り男。面倒見がよいが風来坊のようにふらっとどこかへ行ってしまう。そんな男も二十歳の誕生日を迎え、干されているというほどではないが微妙に仕事の立ち位置が取りづらいと感じるようになってきた。
自分がやりたいことと自分のポテンシャル、そして立ち位置が少しずつずれた状態のまま立っているのはとても不安定だ。一方で彼は自分が「主役」にはなれないとずっと思ってきた。いや、アイドルとしての主役にはなれなくてもいい。だが自分は自分の人生の主役に果たしてなれているのか、いつもそんなことを考えているわけではないがふとした時にそんな思いが心をよぎるのだ。


 彼がその歌声を耳にしたのはほんの偶然のことだった。

 アイドルユニット「Switch」のシングルのための新曲コンペ。
久しぶりの新譜、今までの作家以外の才能を探す、いわゆる新人発掘のために、ESの各事務所で作曲コンペが行われることとなり、ニューディメンションでは「Switch」のシングルのためにコンペが行われた。
 多くのデモテープが送られてきたが、採用されるのは1曲のみ。その山積みのデモテープからたまたま、三毛縞斑が耳にしたのが、「彼女」の声だったのだ。
「ふむ?このデモテープの仮歌って、作曲者本人かなぁ?」
「ああ、そうみたいですね」
デモテープの整理をしていたあんずが手を止めた。
「いい曲だと思うがなあ」
「今回激戦でしたから。私もこの曲好きなんですけど、Switchの
イメージとは違うというか」
 珍しく腕組みをして考えている三毛縞の様子に、あんずは目を見張った。
「三毛縞先輩、気になりますかこの曲」
「うーん。確かにちょっとダークな曲調だから、使わないならDouble Faceがもらってもいいと思うんだなあ。というか、この仮歌のヴォーカル、使わないのはもったいないんだなあ」
「へえ…」
「あんずさん、このデモテープの送り主に連絡は取れるだろうか」
「連絡先は分かりますけど…珍しいですね、そんなふうに直接アポをとろうとされるなんて」
あんずの問いかけに、三毛縞は遠くを見て呟いた。
「この”声”を出す人間に、会ってみたいんだなあ」

 その後、あんずからデモテープの連絡先をもらった三毛縞は、送り主とニューディメンションの事務所で面会した。
「あ、あの、デモテープの仮歌の件で…」
「ああ、初めまして。三毛縞 斑です」
「はじめまして」
デモテープの送り主は、黒野尾 茉弥(くろのお まや)という名前だった。音大生で作曲を学んでいるが、アイドルの曲を作るのは初めてだと言う話だった。あんずよりも少し背が低い、愛らしいが落ち着いた雰囲気の女性だ。
「私のデモテープは落選したはずでは」
「それなんだけどなあ。アレンジ次第で、Double Faceで使えないかと思ってなあ」
「だいぶん曲想が違いますけど」
「それもありだと思うがなあ。それに、俺は君の仮歌の声が気に入ったんだなあ」
「声、ですか」
 茉弥は首を傾げた。
自分の声を褒められた経験はないらしい。勿体ないと三毛縞は思った。
「他の作品も聞かせてほしいんだが」
「珍しいですね、アイドルが直接クリエイターと交渉するんですか」
「うちの事務所は人手不足らしくてなあ。上に許可は取っているから安心してもいいぞお」
 三毛縞の台詞に、茉弥も声を上げて笑った。

三毛縞が茉弥を誘ったのは、都心の音楽スタジオだった。
録音設備はあるが、この日はただ音出しのために訪れただけなのでそちらは使わない。
 広い板張りのスタジオの真ん中に、グランドピアノがぽつんと置かれていた。
 茉弥は蓋をあけ、音出しを始めた。
「発声練習、しますか」
「そうだな、お願いするぞお」
ピアノの鍵盤を叩き、音程を確かめながら声を出す茉弥の姿に、三毛縞は発声練習をするのも忘れてつい見入ってしまった。
 声を出しながら、改めて茉弥を見る。暖かい包み込むような声だ。本人はどう思っているかわからないが、この声をなんとか生かしたい。いつものような「お手伝い心」を出しかけて、改めて彼女とともに声を出しながら、彼は今までに感じたことのない感情に囚われていた。

(何かが、始まるのかもしれない)

その時の彼の心に何が起こっているのか、彼は気づいていなかった。
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