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月明りの下で君とダンスを

 その夜、レオナは礼服のまま所在なさげにうろうろしていた。
「本当に来るんスか、シリルさん」
「ああ…そのはずだが」
「無理やり頼んだんじゃないですよね」
ラギーとジャックに挟まれたレオナは、待ち人を探していた。

 そこへ現れたのが、意外な組み合わせだった。
「ヴィル!何でお前が…」
「誤解しないでレオナ。この子はアタシの仕事仲間。来月アタシの出る朗読劇でピアノを弾くの」
「先輩の代理で、急に決まった話だから伝えられなかったの。このドレス、ヴィルの見立てなのよ。メイクも…」
レオナは、ヴィルと並んだシリルを見て心を乱された。
(俺より似合ってんじゃねえか)
「なに拗ねてるの、レオナ」
ヴィルの咎めるような声がした。レオナはむっとした。
「拗ねてねえ」
「拗ねてるわ。余裕ないわね」
ヴィルが呆れたようにレオナの顔を見た。シリルはレオナに近づき、頬を掴んで左右に引っ張った。
「なっ!」
レオナの眉が上がると、シリルは下から覗き込んで(元々身長差があるからそうなるのは当然だが)口を尖らせた。
「いつもされてるから、お返しよ、レオナ・キングスカラー。ヴィルはね、レオナが私の恋人だって話したら、気後れしないようにってトータルコーディネートしてくれたの。全部あなたのためよ、レオナ」
「ほんと、このお嬢さんの頑固さには手こずったわよ。全く、この玉子様のどこがいいんだか…顔以外のあんたの萌えポイントを散々聞かされて、甘ったるさに思わず胸やけしたアタシの身にもなってちょうだい」
ヴィルも呆れたように肩をすくめた。
「あら、レオナは素敵なのよ!本当に王子様なんだから。顔だけはヴィルだって認めてるでしょ」
「はいはい、分かったわよ。あんたの甘々なレオナの話はおなかいっぱい」
 ラギーがシシシシシっと笑った。こんなやり取りができるのはヴィルくらいしかいない。
「ほらレオナさん、ちゃんと大事なお姫様をエスコートするっス。王子様ならそれくらい、朝飯前っしょ」
「うるせえラギー」
「アンタが本当にこの子の王子様なら、王子様らしくエスコートなさい、レオナ」
ヴィルにたしなめられ、レオナは眉間に皺を寄せた。尻尾が呆れるほどぶんぶん動いている。その尻尾はシリルの丸くて細長い尻尾がくるんと巻き付くと、収まった。
「流石はプロだな。悔しいが、確かに今日のシリルは美しい」
「気に入った?」
「極上だ。俺はこういうところは気が回らねえからな…ありがとう、ヴィル」
「アンタにお礼を言われるなんてね。まあいいわ、楽しんでらっしゃい」
レオナはシリルの肩を抱き寄せ、背中を見せて手を振った。

「1曲踊ってくださいますか、お嬢さん」
「はい、喜んで。…ちゃんと踊れるのかなぁ」
「俺がリードしてやる。練習しただろ。背筋を伸ばせ。大丈夫だ」
シリルはレオナの腰に腕を伸ばし、もう一方の手はレオナに捕まった。
 ダンスが変だと言われて踊るのが嫌いになったシリルは、最初戸惑いを見せながら踊る人の流れの中フラフラと動いていた。レオナは不安そうな顔のシリルに耳打ちした。
「基本のステップは頭に入ってるだろう。その通り足を動かせ。音楽を聴いてリズムを取れれば踊れる。…お前は音楽家だ、出来ないはずがない」
「わ、わかるけど…間違えたら?」
「俺の足さえ踏まなきゃいい。いや、踏まれたとしても、3回までは許す」
「オッケー、やってみる」
「いい返事だ。そこでターン、重心をずらすな」
「あ、ごめ…」
シリルはうっかり躓き、レオナにもたれかかった。
「…っつ、今は早すぎだ。半拍待て」
「あ、これでいいのね」
「そうだ。上手いじゃねえか。次のターンはどうだ?」
「すごい!できたわ」
くるくると回りながら、他のペアの間をぬって踊る。音楽が止まると、少しだけ息が上がった。
「わ、なんか嬉しい!上手く踊れたわ」
無邪気に喜ぶシリルの肩をレオナは抱き寄せた。
「上出来だ。やっぱりお前はすごいな」
「え、何?私すごくないでしょ」
「ダンスなんか大して好きじゃねえ俺が…お前とならずっと踊っててもいいと思った。プロムなんてめんどくさいだけだと思ったが、お前と踊って、初めて楽しいと思った」
「レオナ…」
「お疲れさん。少し休むか」


 あまり人が多いところは避けたいとレオナは思った。考えに考えて選んだ場所は、植物園の温帯ゾーンだった。
「ここなら休めるだろう」
「綺麗なお花…学園にこんな場所があるなんてね」
レオナは不意に顔を背け、遠くを見て呟いた。
「親が勝手に決めた相手、だったのにな…」
 そうだったのだ。レオナの父とシリルの祖父の間で決められた縁談。本人たちのあずかり知らぬところで決まったことに、レオナは最初反発した。無理もないとシリルは思った。この男は上から何かを押し付けられるのが死ぬほど耐えられないのだ。
「最初、無愛想でしたね、王子様」
「今更その名で呼ぶか。自分と年の近い女の子と喋るなんてあんまりなくて、どうしたらいいかわかんなかったんだよ」
「険しい顔のまま、しかも別れ際に私の頬を引っ張って。おこちゃまだから気に入らなかったんだと思ってたのに、”貴女とまたお会いしたい”なんて素敵なカードをもらったもんだから」
 そこまで真面目な顔で告げ、シリルは言葉を切っていった。
「ほんとかしらって思ったわ」
「兄貴にカードを書けってうるさく言われたんだ。じゃないと会えないって。…お前に会いたいと思ったのは嘘じゃねえ」
「ひとことだけなのに丁寧に書いてあった。綺麗な虹の絵のカード。音楽院の寮の部屋に飾ってるわ」
 シリルは目を伏せてしばし思い出に浸っていた。
「あなたは相変わらず無愛想で。だけど」
そこで言葉を切り、シリルはもう一度レオナの顔を下から覗き込んだ。
「会うたびに、惹かれていく。その気持ちが止められなかった」
二人の言葉がハモり、互いに驚いて顔を見合わせた。
「あなたが許嫁でよかったと思っています」
「俺もだ。お前以外の女は考えられん」
 植物園の温室の月明りが照らすシリルの顔を眺め、レオナは声をかけた。
「一曲踊ってくださいますか、お嬢さん」
いつものぞんざいな口調ではなく、どこまでも洗練された立ち居振る舞い。シリルはレオナのそんな様子を見て、改めてこの人は「王子様」なのだと気づいた。
跪いて自分に手を差し伸べる男の手を、シリルはとった。
「はい、喜んで、殿下」
レオナはシリルの腰に手を回してしっかりと支えると、もう一方の手をとり、囁いた。
「もう一度、お前と二人で…二人だけで、踊りたかったんだ」
「私も…」
シリルは柔らかな微笑みをレオナに向けた。
「殿下と…あなたと二人だけで、踊りたいと思っていました」
レオナはシリルを抱き寄せ、唇をそっと重ねた。月明りが植物園の温室に差し込み、二人を照らした。

  のちに、レオナは「夕暮れの草原」の名宰相として歴史にその名を遺す。傍らには常に聡明な夫人が寄り添っていた。子宝にも恵まれ、少年の頃の「無愛想で陰気」と言う印象は、「思慮深い、聡明な男性」に変わっていった。夫人の誕生日に毎年カードを贈るまめさは、「愛妻家」として国内外に好感を持って伝えられた。
 レオナは兄王のファレナが老齢を理由に息子のチェカに王位を譲ったのちも10年ほど宰相としてチェカを支え、老後は夫人とともに諸国外遊をして暮らしたという。
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