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月明りの下で君とダンスを

「レオナさん、プロムの日に誰と踊るのか決めたんっスか」
寮長室のベッドに寝転がっていたレオナのところに、ラギーがやって来た。
「ああ、プロム?」
「四年生の送別会の夜っスよ。あんた学園長の話聞いてなかったんスか」
「学園長なんざいつも大した話しねえだろ」
ベッドの上で伸びをしたレオナを、ラギーは呆れたように見つめた。
「相手決めねえと、男同士踊ることになるっスよ」
「マレウス・ドラコニア以外の相手なら別に構わねえぜ」
すると、ラギーがシシシシシッという特徴のある笑いをした。
「ほんとにレオナさんって、マレウス先輩が嫌いなんっスね」
「好きとか嫌いとかじゃねえ。あのトカゲ野郎とは合わねえんだよ」
「重症っスね」
「俺以外に決まってなさそうな奴は他にもいるだろ、イデアなんざどうせまたタブレ…」
「それなんっスけどねぇ。イデア先輩珍しく生身で参加するらしいっス。許嫁さんが来るって」
「なに!?」
レオナは起き上がった。あの陰キャ引きこもり、会話は半分以上タブレットのあのイデアに婚約者と言うのは初耳だった。だが、冷静に考えればイデアも名門シュラウド家の御曹司だ。引きこもりのイデアのことを考えて親が早々に婚約者を決めたんだろうとレオナは思った。
「どこのもの好きな女だ。まさかまたゴーストじゃねえだろうな」
「さあ?俺もオルト君から聞いただけで、実際見たことないんすけどね、なかなか可愛らしい人らしいっス。どうするっスか」
寮長で相手がいないのはイデアだけだと思っていたレオナは焦った。もっともあのイデアのことだ、もし相手がいなければどうせタブレットでしか参加しないだろうと思っていたのが、「先を越された」とレオナは悔しがった。
「どうしますレオナさん。仮にもうちの寮長のあんたが、相手が決まらなくて男と踊るとは」
 レオナはため息をついた。「お前が踊れ」
 ラギーはうええ、と呻いた。
「俺が踊れるのはああいうお上品なダンスじゃないっス。それに、なんでレオナさんなんかと踊らなきゃならないんっスか。あんたにはちゃんと相手がいるでしょ」
「…申し込んでねえ」
「はああああああ????あんた本当に意味わかんないっス。
 一番適任の人がいるでしょうが!また怒られますよ」
「あいつは…駄目なんだよ…」
耳がぺしょんと折れ、だらしなく尻尾が下がった「元寮長」の様子に、ラギーは首を捻った。
「何でなんスか。シリルさん忙しいとか」
「いや、あいつの前でプロムの話は禁句なんだ」

 レオナが素直にシリルにパートナーを頼めないのには、理由がある。音楽院の学生をしながら、付属のアカデミー教師をしているシリルはそれなりに忙しいが、プロムへ行く都合くらいはつけられる。だが、理由はそんなことではなかった。

 シリルはプロムが大嫌いだった。
 まだレオナがシリルと今のように心を通わせる前、シリルが今の音楽院へ進む前に通っていたミドルスクールの卒業プロムの時の話だ。
「プロムなんて大嫌い。私ダンス下手なんだもん」
と、シリルは答えた。
「なんだそりゃ」
「でも本当なんだもん。大勢の前で、馬鹿にされたの。黒歴史なの」
 珍しく子どものようにふくれっ面でそっぽを向いたシリルに、レオナは手を焼いた。
「そりゃいつの話だ」
「ミドルスクールの卒業プロム。あんまり気分の良くない話だから、本当はレオナにも話したくなかったの。嫌な記憶が呼び覚まされるから」
そこで言葉を切って、シリルはレオナの目を見つめた。猫の目がまんまるくなり、尻尾が膨れて逆立った。
「聞きたい?」
 
 シリルが「プロム嫌い」なのにはこんな理由があった。
4年前の話だ。まだレオナとはそれほど親しく言葉を交わさない、というか許嫁としての交流がほとんどなかった頃、ミドルスクール時代の話だった。
 シリル・マクリーンは「マクリーン商会の社長令嬢」だ。本人はいたって普通の女の子だと思っているが、周りはそう見てくれなかったらしい。共学のミドルスクールで、男の子たちを振り切って成績トップになったシリルは、既にピアニストとしての片りんも見せていたことから、「お嬢様で成績トップでピアノがちょっと旨いからと言って鼻にかけている」と嫉妬の対象になった。

 シリルは大人しく目立たないでいることが是と学び、元来の自分の性質を抑えてひっそりと学園生活を送っていた。プロムの時も当日までダンスをする気がなく、欠席したいと申し出たところダメだと言われ、壁の花でいいと思っていた。ドレスも用意せず、制服で出ようとしてさすがに親に止められ、地味なワンピースをしぶしぶ着た。
 大体私がダンスをすると下手くそだとか変な踊りと言われるから、踊るのって好きじゃなかったんだとシリルは嫌そうに言った。
 「そしたら、ダンスを申し込んできた相手がいた」
 大人しいシリルとは普段ほとんど交流しない、賑やかな一団の男の子だった。「級長が踊らなきゃ」と言われて、しぶしぶ踊りの輪に加わった。ところが終わったとたん。
「何と言ったと思う」
「わからん」
「…級長ってダンス下手糞だなって。損したって」
屈辱的だとシリルは吐き捨てた。
 彼女は優秀な学生で、学年主席で級長をしていた。音楽院では寮長をしている。パートナーに申し込んできた男の子は、女の自分に成績で負けたのがずっと悔しかったのだろうとシリルは言った。
「級長です、主席ですって見下してるくせに、ダンスの一つもまともに踊れないんですかって。これだから野蛮な獣人族はって」
 シリルは唇を噛んだ。尻尾は相変わらず大きくふくれている。
「確かに足踏んだかもしれないけど…たった1回じゃない…」
「シリル、もういい、分かった…」
「やだ!やだやだやだ!」
「おい…わかったよ、頼まねえよもう…だから」
「だって全校生徒の前で言われたのよ!こんな屈辱」
シリルが泣き出したので、レオナは困った。大人しくさせるには抱きしめてキスするしかない。いつもより腕に力を込めてシリルを抱きかかえ、普段以上に優しくシリルの唇を自分の唇でレオナは塞いだ。
「落ち着いたか」
「…ごめんなさい。ねえレオナ、たとえダンスが下手くそでも私のこと嫌にならない?」
「は?何言ってんだ。関係ねえだろ」
シリルは下を向いた。
「そいつにまた最近、偶然会っちゃったのよ。私がレオナ・キングスカラーの恋人だってどっかから聞いて、こうよ。『お前みたいながり勉眼鏡ブスがオウジサマなんかに本気で相手にされるわけねえだろ。金持ちだから仕方なく付き合ってんじゃねえのか』って。『ああ、お前んちの国獣人の王様だもんな。そのオウジサマってやつも獣くせえな』って。ああムカつく!!」
 さすがにレオナも、この言い草には腹を立てた。
「今度そいつに会うことがあったら食いちぎっていいか」
「やめといたら。きっと不味いわよ」
「ところで、ガリ勉ブスってなんだよ」
「う、いやあの、私ミドルスクールの頃ほんとにブスだったから…瓶底眼鏡で髪の毛ひっつめてて、ほら」
 シリルがスマホに入っている昔の写真を見せると、レオナは笑った。
「確かに真面目な優等生に見えるな。でも結構可愛いじゃねえか」
ちゅっ、と音をさせて頬にキスをするレオナに、シリルは赤くなった。
「あああ、レオナはそうやってすぐ私を甘やかす…」
「いいじゃねえか。それに、お前随分綺麗になったぜ」
お世辞は言わないレオナの言葉に、シリルはますます赤くなった。
「そういや眼鏡、かけないとあまり見えないんだったか」
「遠くはね。足元が危ないかも。…ダンス下手だし、プロムなんていい思い出ないし、ドレスで眼鏡とかダサくって嫌だなって」
「下手糞なら練習すればいいっていうシリル先生が、ダンスが下手で練習しねえとか、らしくないぜ」
「んん…そうだよね、ちびっこたちに顔向けできない」
「練習すりゃいい。眼鏡外せ」
言うなり、レオナはシリルの眼鏡を外し、テーブルに置いてしまった。
「俺の顔見えるか」
「見える」
それなら大丈夫だ、と、レオナは音楽をかけはじめた。
 
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