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素直に言えない君への想い

 「ゴースト・マリッジ事件」
のちのNRC学園史にそんな名前で掲載されることになる、とんでもなくめんどくさい出来事。

  そんなとんでもなくめんどくさいことが終わり、俺は寮の自室でぐったりしていた。
 大体あのカイワレ大根、自分の落ち度じゃないとはいえ俺たちを巻き込みやがって、解決したのにお礼の一つも寄越してこねえ。まあそういうやつだよ、イデア・シュラウドって男は。
 もっとも、お礼に「おいしい棒」のタコ焼き味を大量に送ってこられたら、それはそれで別の問題が発生するから困るんだがな。うちの寮を『おいしい棒 タコ焼き味」の匂いで充満させるわけにはいかねえ。絶対だ。

 ところが、厄介ごとはもう1つ残っていた。
ある夜、普段は鳴らないはずのスマホが鳴った。ラギーはこんな時に限って夜食を作りに行かせていて不在だ。
「レオナ先輩、スマホ鳴ってますよ」
俺の髪を乾かすためにラギーが寄越したジャックに指摘され、仕方なく俺はスマホを取った。
「はい、キングスカラー」
「レオナっ!!どういうことなの?!」
珍しく響く、しかも女の声だ。義姉ではない。この声は…
「シリル?!何だこんな夜遅くに」
「何だじゃないわよ!!説明して、どういうことなの」
定期の手紙は先週送ったはずだが。何を怒っているのか全く俺には想像できなかった。
「ああ、うるせえな…何なんだよ」
「うるさくもなるわよ。あなた、他の女にプロポーズしたんですって?!」
 その言葉に俺は頭を抱えた。

 一体どこからバレたんだ。
 一応学園長命令だし、本気でプロポーズしたわけじゃない。
大体いくら女とはいえ、ゴーストと本当に結婚するなんて御免だ。
 だから、黙っていて済めばいいと思っていたのだが。俺の髪を乾かしている1年坊主や、後輩のエペルには面倒になるから口外するなと伝えてある。

 あの場でカメラを構えていたのは草食動物だし、あいつが撮ってたのは学園長に言われた偽花婿コスプレの奴らだけだ。

 リドル。
 1年のトラッポラ。
 ルーク。
 エペル。

 リドルがマジカメで拡散するとは思えない(あいつがそもそもマジカメをやってるかどうかも謎だ)。トラッポラの奴はお調子者だが、今回のことでかなり面倒なことになってるから、自分の写真を拡散する暇はないはずだ。
 ルークが一番怪しいが、奴なら拡散するなら別のネタを選ぶだろう。エペルに至ってはそういうことをしそうにないのは部活で見ていても分かっている。

 誰だ。

 俺が考え込んでいると、スマホの向こうで鼻をすする音が聞こえてきた。危ない危ない、あいつを放置してた。
「レオナ…私じゃやっぱり駄目なのかな…」
「なっ!?何言うんだシリル」
「だ、だって、プロポーズでしょ…け、結婚の…」
「速攻で振られたぞ」
大きなため息が聞こえた。
「許嫁がいながら他の女にプロポーズとか、いい度胸がおありで」
 やめてくれ、リドルみたいな口のきき方するのは。
「ていうか、私のこともう嫌になったの?飽きた?」
「…おい、ちょっと黙れ」
「いやです」
「ありゃ芝居だ。茶番ともいう」
「ふん、口では何とでも」
「お前なぁ…俺がデート中他の女をじろじろ見てたことあるのかよ」
「1回しかデートしてませんからわかりませ~ん」
 そこを突かれると痛い。だが俺にも言い分がある
「うっ…。まだお前とはキスしかしてねえんだ。その先もしたいのにその前にポイ捨てするわけねえだろ」
「ポイ捨てするんですか」
「…オイ、いい加減にしろ。そんなに俺が信用できねえのか」
すると小さな声で「だってずっと会ってないんだもん」と来た。

ああ、駄目だ。
可愛い。
つまり寂しくて拗ねてるのか。
俺は簡単にいきさつを話した。受話器の向こうが静かなので、聞いているのかどうか分からないが、途中で切られなかったということはそのまま聞いているんだろう。時々鼻をすする音が聞こえる。
「全くひどい目に遭った。だが、ゴースト女に殴られたなんてカッコ悪くて言えねえだろうが」
スマホの向こうからはまだ鼻をすする音だけが聞こえる。
「シリル?」
「う、あなたが、ご、ゴーストの花婿にならなくて、よ、よかったわ」
「ああ、俺も死んでる女なんて御免だ」
「レオ…」
こんな風に泣かせてしまった俺は、かなりいたたまれない気持ちになっていた。
「だ、だからっ!今度の、ホリデー休暇はお前のために使う!チェカに邪魔なんかさせねえ。お前の行きたいスイーツの店も、噂のナイトプールも全部付き合ってやる。可愛い水着買ったんだろ?見せてくれよ。だから泣くな」
「う…ぐすっ…約束してね。レオナ、愛してる」
「ああ。…俺も愛してる」
そして、ちゅっ、とスマホ越しにキスを送ると、ジャックが「うえええ」という顔をした。
「お、俺今いてよかったんすか…せ、席外してたほうが」
俺は頭を抱えた。この狼の後輩は、恋愛には真面目なのだ。
「今更おせえよ。俺もすっかりラギーがいるつもりで喋っちまった。…言うなよ、ジャック」
「助けてくださいよ、ラギー先輩」
 夜食を持ってきたラギーが、二人の様子を見て笑った。
「シシシシシッ、電話の相手、シリルさんでしょ」
「へ」
「ああ、レオナさんね、遠距離恋愛の大事な大事な彼女がいるんっスよ。ほらこのお嬢さん」
ラギーはいつの間にか俺とシリルのツーショットの写真を持っていた。いつ手に入れたんだ。と言うかやめろその写真をジャックに見せるのは。
「か、可愛い…というか、レオナ先輩この顔何なんですか」
「うおおお、や、やめてくれぇ」
シリルにせがまれてとったツーショットだが、何か恥ずかしいんだが。
「親が決めた許嫁らしいんスけど、どうやらレオナさんのドストライクらしくて、しかも大事にしててまだチューしかしてないらしいっス」
おいラギー、チューとか言うな、チューとか。
「レオナ先輩、恋愛に一途だったんですね。見直しました!!」
「ご本人はこの通り、恥ずかしがってるからジャック君もお口チャックっスよ」
「は、はあ…」
「全くレオナさん、黙って隠すつもりだったんスか?もし本当にゴーストの花婿にされちゃってたら大変でしょ。聞いたっスよ、リドル君から全部」
「お、お前かラギー!!」
「シシシシシッ、悪いことはできないっスね」
俺はため息をついた。ああ、女に惚れたばっかりに困ったことになった。だが、そんな風に困ってすら、やっぱりあいつを手放したくないという独占欲があるのに気づいて、俺はしばらく固まっていた。
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