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あなたと見る夜明け

 賢者の島内で最高級のホテル、それが「メイフェア・ホテル」だ。
時には政府要人や有名人がお忍びで泊まることもあるという。
レオナとシリルは、このメイフェア・ホテルの一室のドアをあけて部屋に入って立っていた。
 柔らかいクリーム色の壁紙、シンプルでモダンな照明。眼のまえに広がる夜景を映すガラス張りの窓。
「う、うわぁぁぁぁ…」
シリルは思わず息を呑んだ。つい先ほどまでレオナと二人で店を巡った賢者の島の中心街の夜景と、遠くに見える海岸。
「こりゃ、予想以上だな」
レオナもシリルの後ろから覗き込んだ。
「レオナ、あなた一体どういう部屋のオーダーをしたの?!」
「ああ…あまり室内の装飾がごてごてしてなくて、ベッドが広くて静かな部屋がいいと言ったんだが…」
確かにベッドは広かった。シリルが目を移すと、部屋の真ん中にはキングサイズのベッドがその存在感をたたえていた。そのベッドを見て、シリルは少しためらった。
「も、もしかしてその、こ、このベッドで…今日は…その」
「何だ、ここまで来て何をためらってる」
レオナが睨むと、シリルは困惑したように言った。
「あ、あのねレオナ…私、そ、その、すっごく、ね、寝相が悪いのよ…。夜中にベッドから落ちて床に背中を打ち付けて目が覚めたり。起きたら枕が足の方にいってて、頭がベッドのへりにあって、とか」
シリルは目を白黒させ、落ち着きのない様子で早口で喋った。
「起きたら頭が爆発してて、枕が床に落ちてたりとか…ねえちょっと!そんなに笑わないでよ!」
シリルの話を想像しながらレオナが大声で笑うと、シリルはすねたようにそっぽを向いた。相当気にしているらしい。
 レオナは言った。
「それなら俺が床で寝ればいい。お前はベッドを使え」
女性を尊重する国の王子なら言いそうなことだが、シリルは首を振った。
「駄目」
「なんでだ」
「私が床に寝ます」
「そんなことはさせられねえ」
「いいの。こんなすごいお部屋で、私がベッドを占領するなんて」
「じゃあ一緒に寝ればいい」
「え?!」
シリルの顔がさあっと紅潮した。(わかりやすい奴だな、別に襲おうなんて俺は一言も言ってないぞ)とレオナは面白がった。
「お前まだ発情してねえだろ」
「はい?」
シリルが目を丸くしたので、レオナは肩をすくめた。
「やっぱりな。俺が寝ると言ったら言葉通りの意味だ。それにだ。お前が寝相が悪いならますます、ベッドが広い方が落ちずに済むんじゃないか」
「でも…いいの?私と一緒で。本当に蹴っ飛ばすかもよ」
「ああ」
心配そうな顔のシリルを覗き込み、レオナは笑顔を見せた。
「言っただろう、今晩は俺がお前の抱き枕だって。
  シャワールームを先に使え。俺は待ってる」

シャワーを浴びながら、シリルは考え込んだ。
「初デートでお泊りまで経験することになるとは思わなかった」
考えながらシャワーを浴びていたらなんだかのぼせてきた。
「…私はまだ、キスされるだけで精一杯なんだけど」
レオナがどこまで期待しているのかが分からない。シリルは少しだけ不安になった。

 シリルに先にシャワーを使わせ、そのあとにシャワールームに入ったレオナも考え込んでいた。
「確かにあいつはまだ発情すらしてねえからな…据え膳食わないってわけじゃない」
 相手が「その気」ならこんなチャンスはないのだが、生憎そうではないことはレオナにもよくわかっている。後腐れないゆきずりの女ではなく、自分の番にするつもりの女に無粋なことはできなかった。自分が宣言した通り大人しく「抱き枕」に徹してやろうとレオナは考えた。
「それにしてもあいつはどれだけ寝相が悪いというんだ」

 レオナがシャワーを使い、バスローブを羽織って出てくるとほんのりと香りがした。
「このホテルすごいわね。紅茶とハーブティーそれぞれ2種類ずつが標準でルームサービスなんですって。お休み前だから、カモミールをいれてみたけど」
「ああ、せっかくだからもらおうか」
彼女の好意を無にしないようにと、レオナはカップを取り上げてカモミールティ―を飲んだ。穏やかな味がした。
 それから、ベッドの上にレオナは上がった。そして、シリルの腕を取り、ベッドの上に引き上げてその体を抱き寄せた。
「疲れたんじゃないのか」
「うん、よく歩いたわ。足が痛い」
シリルはニコニコしながら、レオナの頬を触った。
「つるつる」
「髭は剃ったぞ」
「ふふ」
「ゆっくり休め」
「あなたも」
「言われなくてもそうするつもりだ」
「蹴飛ばしちゃったらごめんね」
「そうされないことを祈るよ」
それからレオナはそっと自分の唇をシリルのおでこに触れた。
「お休み、お姫様。いい夢を」
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