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出会いのとき

 レオナに会ったのは、彼が15歳のときだったわ。
私が13歳。まだ二人とも子どもね。
 父から、自分に許嫁がいるという話を聞いたのは10歳の時よ。
うちの父はとてもレオナを高く評価していてね。「第二王子殿下は大変思慮深く、賢いお方だ」といつも言ってたの。
「へえ、親父さんそんなことを。珍しいっスね」

 ふふ、うちの両親らしいかも。まず普通の人はてこずるはずのレオナの性格を、「思慮深くてよい」と評価したのが私の父だったの。
だから、娘がレオナの許嫁になるのを強力に推したのが父なのよ。

「じゃあ、シリルさんの親父さんは、自分が見染めた第二王子様に娘を嫁がせたいと考えたんっスね」

 ああ、そういうことになるんだ…。
そういえばよく父は、
「王宮が居心地が良くないのなら、国王陛下に頼んでうちに婿入りしたらどうだ」
なんてレオナに言ってたわ。何しろ王族のレオナを「レオナ君」呼びするような父ですからね。

「はあ。さすが傾きかけたマクリーン商会を立て直した大人物っス。俺も拾った新聞で読んでたから、そのことは知ってたっスけど、話を聞けば聞くほど大人物のようっスね」
 
「ところで。シリルさんのおふくろさんはどうだったんスか」
 ああ、母ね。
 うちの母は妄想炸裂な人でね。娘の許嫁がまず王子様ってとこで悶えてたわよ。
「なんスかそれ」
 ラギー君は男の子だから、ロマンス小説なんて興味ないと思うんだけど、「ジリアン・ローハイド」って作家知ってる?
 ドラマにもなったわ「あなたに赤い薔薇の花束を」っていうロマンス小説。DVDも出てる。あれの原作者がうちの母なのよ。
「なるほど、ミーハーなんすね」
そういうこと。そのうち、自分の娘の結婚をネタにするんじゃないかって思ってるわ。作家ってそういう生き物よ。
 
「ところでシリルさんは、許嫁が王家のひとって聞いてどうおもったんスか?」
 
 そんな高貴な家柄に嫁ぐって、どういう意味なのか子どもの私には全然わからなかった。だって、お伽噺では王子様の結婚相手はお姫様でしょ?私はお姫様なんかじゃ…

「シシシッ、お嬢様が何言ってるんスか」

 そりゃ、確かに私の父はマクリーン商会の社長よ。だけど私はその娘でしかない。うちはもともと質実剛健の家風で、王宮とは遠縁だということ、私が選ばれたのもレオナと年が近いから、ってことらしいのよ。

 スラムまではさすがにいかないけど、市下の集合住宅に住んでて、水は濾過しないと飲めない泥水だったことがあるの。音楽院の学生ってお金持ちばかりだと思われてるけど、私は奨学金を受けている貧乏学生で、食事は自炊、学生時代からアルバイトしてるの。

「なんだ、俺と似たようなもんじゃないっスか。お嬢様なのにどっか違うなと思ったのはそういう経験があるからっスね」
 
 レオナの第一印象を聞きたいんだったっけ。

 そうね…目つきがとても鋭くて、怖いって思った。
今より痩せてて、身長もまだ今ほどじゃなくて。
まだ完全に少年の印象なのに、もうすでにあの声だったの。口を開いても、ほとんど話さなくてね。「ああ」とか「そうだな」とか。
 すごく怖くて、声かけづらくて…。最初はそうね、神な風だった。

「はじめまして、第二王子様」
きっととても小さな声だったんだと思うわ。レオナは顔を上げて
「ああ?」
って。どうしたらいいのかわからなくて、また私は呼びかけたの。
「シリルと申します。よろしくお願いします、王子様」
そしたらね。あの人ってば大きな声で笑い転げたのよ。
「ハハハハハ、王子様か!確かにな。だが初対面で呼んできたのはお前が初めてだ」
 あっけにとられている私を見て、レオナは意った。
「よろしくな、お姫様」
 そんな風に呼ばれたことなんてない。私、お姫様じゃないのに。そう言うと、レオナはさらに笑いながら言ったの。
「俺が王子様なら、お前はお姫様だろう」
 そのあと、私の手を取ってその甲にキスして言ったの。
「お初にお目にかかります。私は夕暮れの草原が第二王子、レオナ・キングスカラー。あなたの許嫁です。以後お見知りおきを」

「げっ、なんすかそれ!まるっきり王子様みたいじゃないっスか」
「王子様”みたい”じゃなくて俺は王子様だろうが」
いつの間にかラギー君の背後に、レオナが立っていた。

「レ、レオナさん!驚かさないでくださいっス」
「お前らが下らねえ話をしてるから気づかないんだろうが」
そして、私の方を見てレオナは意った。
「全く、何の話をしてるんだか」
「初めてあなたと会った時の話よ。ここまでは完璧王子様だった」
「ああ?俺はいつでも王子様だろうが」
「…自分で言うか…っス」
「うるせえラギー。シリルもそんな恥ずかしい話今更するなよ」
「あら、その後にあなたがわたくしになさったことをお忘れですか、第二王子殿下」
 いきなり現れてびっくりさせた仕返しだ。私はラギー君の方を見て、言った。
「そのあとこの方は、わたくしの顔を引っ張っておもちゃになさいました」
「おい、シリル!」
「なんで照れてるの」
「お、俺がお前の頬っぺたを引っ張るのはだな、あれは、その…お、お前がか、可愛いと思ったからだっ!!!」

 私の顔はさあっと赤くなった。え、うそ、ここでそれ言っちゃうわけ?と言うか本当に?

「俺の周りにいた女は口うるさいばあやか侍女、城の兵士ばかりだからな。加えて兄貴の嫁にも頭が上がらねえ。それに比べて、シリルは腕っぷしが強いわけでもないし、こんな弱い雌で大丈夫かとまで思ったんだ。…悪いか」
「だからと言って、いきなり人の頬っぺたを引っ張るなんて」
「あの時はああするしか思いつかなかった。お前の反応が面白すぎてな」

なんなのそれは。
「俺が単純な男じゃないことは知ってるだろう」
「ええ、この5年間で学びました。それでも」

私は言葉を切って、レオナの方に向き直った。これだけは伝えなきゃいけない。

「あなたはずっと、私の王子様ですわ。お慕い申し上げております、レオナ様」

 あっけにとられて赤面しているレオナに、私はしてやったりという笑みを浮かべた。

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