Happy Birthday, Leona
誕生日だからといって、それがどうした、と言うのが彼の長年の心の内だった。周りに祝われるのは悪い気がしないが、心から嬉しい、とまでは思ったことがなかった。
毎年実家から送られてくる大量のプレゼントも、場所を取るだけなので寮の後輩たちに分け与えてしまい、自分の手元には何も残さなかった。自分が心から欲しいものはきっと得られない人生だろう。それに、自分が欲しいと思っているものが果たして、本当に自分が心から求めているものなのか、と言うことについて、彼はじっくり考える機会をあえて持たなかった。
(人が生まれた、ただそれだけの日が、何がめでたい)
そんな寮長、レオナ・キングスカラーだが、今年はプレゼントではなく、ある1通の封筒に目を止めた。
「あれ、珍しい封筒っスね」
荷物の選別をしていたラギーが、レオナが手に取った封筒を見て言った。オレンジシャーベット色の厚みのある封筒。封蝋で丁寧に封をしている。
「バースデーカードっスかね」
「バースデーカード、なあ」
「チェカくんが、”おじたんに”って送ってきたのかもしれないっスよ」
シシシシシッ、と、特徴的な笑い方をするラギーに、レオナは顔をしかめた。
「だったらプレゼントに同梱するだろう。カードだけ、なんてチェカが考えるわけがねえ」
「国王陛下が気を利かせて送ったかもしれないっスよ」
「兄貴がか?そんな気を利かせるならいい加減俺が欲しいものに気づけ。いやまてよ、兄貴じゃなくて、オネエサマ(義姉)ということもあるか」
あの義姉ならそういうこともやるだろう、とレオナは考えた。
「まあ、開けてみりゃわかるってことっスよ」
レオナはラギーを背に、ペーパーナイフを使って器用に封筒を開けた。(ハサミじゃなくてペーパーナイフを使うところが、王族って感じっスね)ラギーは心の中で独り言をつぶやいたが、いつもはめんどくさがって碌に手紙の封も切らないでたいていラギーに封切りをさせるのに、珍しく自分で封をあける、その姿に驚いてもいた。
「カードか…ん?」
封筒からは、赤いゼラニウムの写真が表紙になったカードが現れた。
カードを開くと
「Happy Birthday, Leona」
とだけ書いてあった。
(緑色のインク…これは)
名前の書かれていないカードの筆跡を見て、レオナは微笑んだ。普段見せることのない表情に、ラギーは驚いた。
「送り主分かったんスか」
「ああ、意外だったな」
「レオナ寮長、またお届け物が来ています」
後輩の寮生が小包を届けに来た。レオナはそれを受け取り、差出人をちらりと見てびりびりと包みを破った。
「箱?」
ラギーが首を捻ると、レオナはニヤリと笑い、箱のリボンを取り、蓋を開けた。
中には、翡翠とトパーズのブレスレットが入っていた。
「あいつ、なかなかいい趣味してるな」
箱の中の小さなカードを指でつまみ、そこに書かれた文字を読んだレオナは、納得したようにうなずいた。
カードにはこう書かれていた。
「いつもあなたの傍に
はちみつ色の髪と、翡翠色の瞳より」
謎めいた文言に、ラギーはますます首を捻った。
「一体なんなんスか」
「ああ、誰が送って来たか知りたいのか?
教えてやるよ。贈り主は”俺の番”だ」
その言葉に、ラギーは最近ホリデー休暇にレオナが大人しく帰るようになった理由である、はちみつ色の髪に碧色の瞳のお嬢さんを思い出した。
あの人は、お金持ちのお嬢さんとは思えないほどの倹約家だ。物の値段を見ずに買い物をしてしまうレオナを時々たしなめ、着ている服もおばあさんのお下がりを仕立て直したとか、そういう珍しいところがある。ラギーも彼女には好感を持っていた。
「あの人ですか」
レオナさんがあれほど溺愛系になるとは思わなかったっス、と、ラギーは言った。
「しかしレオナさんその顔なんっスか。顔がにやけてるっスよ」
「うるせえ」
レオナはぐるる、と唸った。
「あんたらがイチャコラしてるのは平和でいいっスよ。いつまでもイチャコラしといてくださいっス」
「羨ましいか」
「羨ましくないと言ったら嘘になるっス。
…しかし、あんた変わりましたね。ホリデー休暇前に突然外出許可を取って出かけちまったかと思ったら、帰ってきたら手紙を待ち、まめに手紙を出すような男に変わっちまったんっスから」
「そんなに変わったのか」
「おや、気づいてなかったんスか?ユウ君が言ってたっスよ。レオナ先輩の顔が優しくなったって。その意見には俺も賛成っス」
ラギーがニヤニヤし、レオナは顔が赤くなった。そんなに自分の様子が違うのかとも思う。
その時、スマホの着信音が鳴った。
「ああ、お前か…もちろん受け取った。しかしカードとバラして送る意味があったのか?…カードを入れるのを忘れて後から送った?お前たまにそういうところあるよな。大丈夫だ、うん、ちゃんと届いたし中身も確認した。
お前の趣味はいいな。たまに人に物をもらうってのもいいもんだ」
レオナの表情が崩れ、ラギーは本格的に驚いた。
(こ、これ指摘したら死ぬやつ…)
そのレオナは、電話の相手からの言葉に、ますますにやけ顔が止まらなくなった。(全く俺の番は可愛い奴だ)
「ねえレオナ。その二色の石の色、わかるかしら」
彼女の声に、レオナは箱から腕輪を取り出し、陽に透かした。
「翡翠は俺の瞳の色だろう。お前と同じ。だがトパーズは」
「あなたがいつも傍に置いておきたい大切なものは?」
その答えを考え、レオナは気づいた。
当たり前のように彼に笑いかけ、時には第二王子の尻を蹴り飛ばし、自分の腕の中で甘えてくる存在。唯一の存在。
「ああ、そういうことか」
「ええ。…いつも傍にはいられないから、腕輪を見て思い出して」
「シリル」
レオナは電話口の相手に呼び掛けた。
「お誕生日、おめでとう。去年は、タイミングが悪くてお祝いできなかったから」
「そうか」
「大事にしてね」
「勿論だ。初めてお前がくれた誕生日プレゼントだからな」
「嬉しい」
「本当はお前の顔を見たいが…今晩はお前のことを思って寝ることにしよう」
「大好きよ、レオナ。生まれて来てくれて…私と出会ってくれてありがとう」
「ああ。俺も、お前に祝ってもらえるならなかなか悪くねえな。愛してるよ」
レオナはスマホの送話口に向けてキスを送った。
その決まりすぎるほど決まるしぐさと、甘すぎる台詞に、ラギーが目を回したのは言うまでもない。
毎年実家から送られてくる大量のプレゼントも、場所を取るだけなので寮の後輩たちに分け与えてしまい、自分の手元には何も残さなかった。自分が心から欲しいものはきっと得られない人生だろう。それに、自分が欲しいと思っているものが果たして、本当に自分が心から求めているものなのか、と言うことについて、彼はじっくり考える機会をあえて持たなかった。
(人が生まれた、ただそれだけの日が、何がめでたい)
そんな寮長、レオナ・キングスカラーだが、今年はプレゼントではなく、ある1通の封筒に目を止めた。
「あれ、珍しい封筒っスね」
荷物の選別をしていたラギーが、レオナが手に取った封筒を見て言った。オレンジシャーベット色の厚みのある封筒。封蝋で丁寧に封をしている。
「バースデーカードっスかね」
「バースデーカード、なあ」
「チェカくんが、”おじたんに”って送ってきたのかもしれないっスよ」
シシシシシッ、と、特徴的な笑い方をするラギーに、レオナは顔をしかめた。
「だったらプレゼントに同梱するだろう。カードだけ、なんてチェカが考えるわけがねえ」
「国王陛下が気を利かせて送ったかもしれないっスよ」
「兄貴がか?そんな気を利かせるならいい加減俺が欲しいものに気づけ。いやまてよ、兄貴じゃなくて、オネエサマ(義姉)ということもあるか」
あの義姉ならそういうこともやるだろう、とレオナは考えた。
「まあ、開けてみりゃわかるってことっスよ」
レオナはラギーを背に、ペーパーナイフを使って器用に封筒を開けた。(ハサミじゃなくてペーパーナイフを使うところが、王族って感じっスね)ラギーは心の中で独り言をつぶやいたが、いつもはめんどくさがって碌に手紙の封も切らないでたいていラギーに封切りをさせるのに、珍しく自分で封をあける、その姿に驚いてもいた。
「カードか…ん?」
封筒からは、赤いゼラニウムの写真が表紙になったカードが現れた。
カードを開くと
「Happy Birthday, Leona」
とだけ書いてあった。
(緑色のインク…これは)
名前の書かれていないカードの筆跡を見て、レオナは微笑んだ。普段見せることのない表情に、ラギーは驚いた。
「送り主分かったんスか」
「ああ、意外だったな」
「レオナ寮長、またお届け物が来ています」
後輩の寮生が小包を届けに来た。レオナはそれを受け取り、差出人をちらりと見てびりびりと包みを破った。
「箱?」
ラギーが首を捻ると、レオナはニヤリと笑い、箱のリボンを取り、蓋を開けた。
中には、翡翠とトパーズのブレスレットが入っていた。
「あいつ、なかなかいい趣味してるな」
箱の中の小さなカードを指でつまみ、そこに書かれた文字を読んだレオナは、納得したようにうなずいた。
カードにはこう書かれていた。
「いつもあなたの傍に
はちみつ色の髪と、翡翠色の瞳より」
謎めいた文言に、ラギーはますます首を捻った。
「一体なんなんスか」
「ああ、誰が送って来たか知りたいのか?
教えてやるよ。贈り主は”俺の番”だ」
その言葉に、ラギーは最近ホリデー休暇にレオナが大人しく帰るようになった理由である、はちみつ色の髪に碧色の瞳のお嬢さんを思い出した。
あの人は、お金持ちのお嬢さんとは思えないほどの倹約家だ。物の値段を見ずに買い物をしてしまうレオナを時々たしなめ、着ている服もおばあさんのお下がりを仕立て直したとか、そういう珍しいところがある。ラギーも彼女には好感を持っていた。
「あの人ですか」
レオナさんがあれほど溺愛系になるとは思わなかったっス、と、ラギーは言った。
「しかしレオナさんその顔なんっスか。顔がにやけてるっスよ」
「うるせえ」
レオナはぐるる、と唸った。
「あんたらがイチャコラしてるのは平和でいいっスよ。いつまでもイチャコラしといてくださいっス」
「羨ましいか」
「羨ましくないと言ったら嘘になるっス。
…しかし、あんた変わりましたね。ホリデー休暇前に突然外出許可を取って出かけちまったかと思ったら、帰ってきたら手紙を待ち、まめに手紙を出すような男に変わっちまったんっスから」
「そんなに変わったのか」
「おや、気づいてなかったんスか?ユウ君が言ってたっスよ。レオナ先輩の顔が優しくなったって。その意見には俺も賛成っス」
ラギーがニヤニヤし、レオナは顔が赤くなった。そんなに自分の様子が違うのかとも思う。
その時、スマホの着信音が鳴った。
「ああ、お前か…もちろん受け取った。しかしカードとバラして送る意味があったのか?…カードを入れるのを忘れて後から送った?お前たまにそういうところあるよな。大丈夫だ、うん、ちゃんと届いたし中身も確認した。
お前の趣味はいいな。たまに人に物をもらうってのもいいもんだ」
レオナの表情が崩れ、ラギーは本格的に驚いた。
(こ、これ指摘したら死ぬやつ…)
そのレオナは、電話の相手からの言葉に、ますますにやけ顔が止まらなくなった。(全く俺の番は可愛い奴だ)
「ねえレオナ。その二色の石の色、わかるかしら」
彼女の声に、レオナは箱から腕輪を取り出し、陽に透かした。
「翡翠は俺の瞳の色だろう。お前と同じ。だがトパーズは」
「あなたがいつも傍に置いておきたい大切なものは?」
その答えを考え、レオナは気づいた。
当たり前のように彼に笑いかけ、時には第二王子の尻を蹴り飛ばし、自分の腕の中で甘えてくる存在。唯一の存在。
「ああ、そういうことか」
「ええ。…いつも傍にはいられないから、腕輪を見て思い出して」
「シリル」
レオナは電話口の相手に呼び掛けた。
「お誕生日、おめでとう。去年は、タイミングが悪くてお祝いできなかったから」
「そうか」
「大事にしてね」
「勿論だ。初めてお前がくれた誕生日プレゼントだからな」
「嬉しい」
「本当はお前の顔を見たいが…今晩はお前のことを思って寝ることにしよう」
「大好きよ、レオナ。生まれて来てくれて…私と出会ってくれてありがとう」
「ああ。俺も、お前に祝ってもらえるならなかなか悪くねえな。愛してるよ」
レオナはスマホの送話口に向けてキスを送った。
その決まりすぎるほど決まるしぐさと、甘すぎる台詞に、ラギーが目を回したのは言うまでもない。