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はじめてのデートで遅刻した

 しくじった、と、咄嗟にレオナは思った。
まさかこの自分が寝坊など、しかも大切な相手との約束を反故にして眠りこけていたなど、なんたる失態だと自分をなじった。
 とはいえ、自分が寝坊したのは事実だ。しかも不名誉なことに、二度寝をして。
 相手は、おそらく下手な言い訳では納得しないだろう。どういう反応がかえってくるかが恐ろしい。レオナは普段は履かない革靴に足を入れ直して、気を引き締めた。

 その日は、授業がない土曜日。珍しくレオナはラギーが起こしにくる前に目を覚まし、日課のマジフトのトレーニングをして朝食を取った。
 ラギーが買い出しに出かけるというので、レオナは自室に帰ってきてから暇つぶしがてら植物園の温室のいつもの場所でまどろんだが、これがいけなかった。
 はっとして飛び起き、寮の自室に戻って時計を見ると午後3時を指している。起こしに来ないラギーに声を上げようとし、そういえばラギーは夕方まで帰らないことを思いだした。悪態をつきながらクローゼットをあけ、待ち合わせの時間と場所を思い出そうと眉間に皺を寄せる。服装はどうしようか。あまりくだけすぎた格好で出かけたら、既に遅刻という失態を侵しているのに火を注ぐと考えた。
 しばしクローゼットの中身を眺め、おもむろにレオナはその中の1つのハンガーに手を伸ばした。せめて相手に誠意は見せようと思った。


 最初に思い出したのが、バスターミナルだった。だが、残念ながらバスターミナルは閑散としていて待ち合わせの相手らしい人物は見かけなかった。うろうろしながら頭をひねり、ようやく相手と約束したときの話を思い出した。
(ちくしょう、俺としたことが…)
 きっと怒っているだろう。もう帰っていないかもしれない。それでも、行かずに済ますことはできなかった。

 果たして、待ち合わせの相手はいた。
バスターミナルと真逆方向の駅のショッピングモール。テラス席のあるガレットの店の、まさにテラス席に彼女は座っていた。
 はちみつ色の髪。小さな獣耳。白い肌に鋭い眼光の翡翠色の瞳。尻尾が不機嫌そうに、彼女の座っているワイヤーの椅子の背を打つ。
「待ったか」
「遅い」
 普段よりも一段低い声で叱責された。
「もう帰ろうと思っていました。今日の予定はパア。ああ、こんなことなら予定なんか入れないで練習室にこもってればよかったわ」
恨みがましく、自分と同じ瞳の色が睨みつける。
「ああ、そうすればよかったな。ご苦労様でした」
「遅れてきてその態度?!もういい、帰る!」
シリルはバッグを掴んで立ち上がる。
「何だよ、待ち合わせ場所にはちゃんと着いただろうが」
「4時間遅れでね!」
眉間に皺をよせ、口を尖らせてシリルはレオナを睨みつけた。尻尾がいら立ちを隠せず、ばたんばたんと打ち付ける。
「ありえない。第二王子様はご自分で時計もご覧にならない。時間になったら誰かが連れてってくれる。いいご身分ですこと」
「俺の身分なんてわかって付き合ってるんじゃねえのか」
「たった今、それ、解消しましたから。自分で約束して、自分で破って、挙句の果てに俺様は悪くありませーんって?待ちぼうけくらわされたこっちの気持ちも想像できないなんて、そんな男だと思わなかった」
「おい、シリル…」
「名前を軽々しく呼ばないでくださらない?!約束を違える相手に用はありません。帰ります」
きっと真正面を睨みつけ、シリルは肩を怒らせて店を出て行ってしまった。
 後に残されたレオナは呆然とたたずんでいた。
「四時間だと?!」

 店を出て行ったシリルを追いかけてレオナは街へ出た。すぐに見つかると高をくくっていたが、シリルの匂いは思った以上に薄くすぐ消えてしまい、おまけにレオナには駅前の土地勘がない。レオナは、立ち去る前にすれ違いながらシリルが呟いた言葉を思い出した。
「レオナの馬鹿、嫌い」
まるで細くて長い毒針のように、レオナの胸に突き刺さった。
(あいつ、泣いていた)
一番傷つけたくない相手を自分は傷つけてしまった。心も足取りも重く、もう二度とシリルに会えないのではないか。そんなことをふと考えて、レオナはぶるっと震えた。それほど冷える日ではないし、ジャケットも着ているのだが…。

(俺が悪いのは一目瞭然だな)
歩きながら、レオナは考えた。
今迄は自分の実家である王宮で顔を合わせることがほとんどだった。少し長く話せたのは、つい最近シリルの父親が入院していた病院に見舞いに行ったときが初めてだった。普段は、シリルは輝石の国の音楽院で勉強をしていて、今日は賢者の島で行われる音楽祭のスタッフとして仕事をするが、ついでに休日を取るために、前倒しでここに来ているのだ。貴重な時間のはずだった。
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