はじめてのデートで遅刻した
日没近くなり、あたりが暗くなりかけたころ、レオナはシリルを図書館通りの噴水公園で見つけた。
「ここにいたのか」
レオナが近づくと、シリルはあからさまに顔をしかめた。機嫌は直っていない。
「あなたに用はないと言ったはずです。帰ってください」
「そうはいかねえんだよ」
レオナはシリルと間合いを詰めた。
「手荒なことをしたら人を呼びます」
「何もしねえよ。頼むから俺の話だけは聞いてくれ」
シリルはため息をついた。
「5分だけ。それ以上長くなったらわたくしは帰ります」
「十分だ。 …男らしくはねえが、弁解させてほしい。それを聞いて、お前が今後どうするか決めてくれ」
「ふん」
シリルは鼻を鳴らした。軽蔑しているという表情だ。
「勝手に話せば」
それを了承の合図ととったレオナは話し始めた。
「俺は今朝とても気分がよかった。早起きしてマジフトの早朝練習をした。昼まで時間があるから、昨日の分の疲れを取ろうと思って温室に行った…」
「それで」
「…寝過ごした…」
レオナの耳が折れ、情けない表情になった。
「おバカ」
間髪入れずにシリルが罵倒した。
「どうして目覚まし時計をかけない?起きる自信がないなら、ラギー君に起こしてもらえばよかったのよ」
「なんで植物園に目覚まし時計なんか持っていかなきゃならねえ。もともとチェスをやるつもりだったんだよ。それに、今日はラギーが不在だった」
「はっ、二度寝?言い訳にもならない」
「全くもって返す言葉がない。だがな、昨夜は眠れなかったんだよ。この俺がだ。なんでかわかるか」
シリルは首を横に振った。わかるわけがない。
「お前と初めてのデートだと思ったら緊張した」
シリルが見上げると、レオナの耳も尻尾も完全にしおれていた。この男のこんな姿は見たことがなかった。
「レオナ…」
「お前が来る前に席を取ってて、びっくりさせてやるつもりだった。余裕だと思った。…それがこのざまだ。お前と初めて外で会うのが嬉しくて、浮かれすぎた…許せとは言わない。俺から言い出したのに約束を違えたことも、待たせちまったのも事実だからな」
頭を掻きながら、珍しく声のトーンがだんだん落ちていった。シリルが腹を立てているのは当然かもしれないが、こんなくだらないミスで彼女を失うことになるなど耐えられない。レオナは唸った。そして
「俺が悪かった」
シリルは、レオナがいきなり土下座をしたことに驚いた。(あの、プライドの高い人が…自分から謝ったことない人が?)
「もういい…レオナ、顔を上げてちょうだい」
「シリル…」
「私も…嫌いなんて言ってごめんなさい。傷ついた…よね…」
シリルの瞳からひとすじの涙が流れた。
「なんでお前が泣く」
「あなたがショックを受けて帰ってしまったら、二度と会えないって思って…」
シリルは立ち上がってレオナの腕に飛び込んだ。レオナは小さな恋人の体を抱き寄せた。取り返しのつかないことにならなくてよかった、と、レオナは安堵した。
「俺のうっかりのせいで時間が無駄になっちまったか」
「そうでもないわよ。ほら」
シリルが指さしたほうをレオナが見ると、街の灯がきらめいていた。
「ここから見る夜景ってすごくきれいだって」
「シリル」
「ほら見て」
レオナは尻尾をシリルの腰に巻き付け、肩を抱いた。走ってきた自分も、ベンチで待っていたシリルも、体が冷えていた。
「夜景がきれいね」
「お前の髪の色のほうがきれいだ」
レオナはそっぽを向いて呟いた。顔が紅潮していた。シリルはそっと身を寄せた。
「こんなに冷えて…寒かっただろう」
「ううん。頭を冷やすにはちょうどよかった」
「もう二度とこんなことはないようにする」
「二度もあったら困ります」
レオナがシリルを見ると、少し困り顔の笑顔があった。
「まったくだ」
「それにしても」
自分の腕の中でくすくす笑うシリルに、レオナは複雑な表情になった。
「あの、レオナ・キングスカラーが自分から頭を下げるとは」
「う…」
「しかも土下座とはね」
「な…!シリルっ!」
「安心して。あなたの弱みを握ったなんて言わない。そうじゃなくて、ちょっと嬉しかった」
「な、なんで俺が土下座したらお前が嬉しいんだ」
「自分の信念を曲げてまで私に誠意を見せてくださる、その姿に感動したのですわ、王子様」
そういうことにしておこうか、と、レオナは呟いた。
「ねえ。おなかすかない?お昼ご飯食べ損ねたんじゃない?」
そういわれると、急に空腹を感じた。レオナのおなかが鳴り、シリルは大笑いした。
「全く、腹の虫は正直だな。行こう。約束通り、夕飯の店を予約してあるんだ」
「それは忘れてなかったんだ。よかった」
「ラギーに散々つつかれたからな。店の予約なんて初めてやった。
そうだな、シリル…お前といるといろいろ初めてのことが多くて退屈しねえな」
ニヤリと悪巧みをするように笑うレオナの顔を見て、いつもの彼が戻ってきたとシリルは安心した。
「さ、遅刻の埋め合わせはどうしてくれるの、レオナおじたん」
「おじたん言うな…。まず。BPCグリルで飯を食う。あそこは肉が美味い。そして、お前の好きなごちゃごちゃした店に行く」
「雑貨のロゼギャラリーね。ライティングペンの新作、ヴィル・シェーンハイトモデルが出てるはずだから買おうっと。便せんにバースデーカードが欲しいな」
「それで俺に手紙をくれるわけか。お前本当に筆まめだな」
「レオナの素敵な字のお返事もらうの嬉しいんだよ。それから”パティスリー・クリエ”にもね」
「おやつを買い込むわけか。甘くないのも頼むぞ。それから」
「それから?」
「メイフェア・ホテルだ。今夜は…泊まるぞ」
大胆な言葉に、シリルの顔が赤くなった。
「う、うわ…」
「あそこのベッドは気持ちいいぞ。ふかふかで、枕も羽枕で、熟睡できる。お前このところ練習で疲れてるんだから俺が抱き枕になってやる」
「あ、ありがとう…」
「他にリクエストはあるか」
シリルの頬が真っ赤に染まっていた。シリルは小声で囁いた。
「…朝は…美味しいコーヒー、淹れてください」
レオナは満足げにうなずき、シリルの頭をそっと撫でて、期待してろ、とつぶやいた。
「ここにいたのか」
レオナが近づくと、シリルはあからさまに顔をしかめた。機嫌は直っていない。
「あなたに用はないと言ったはずです。帰ってください」
「そうはいかねえんだよ」
レオナはシリルと間合いを詰めた。
「手荒なことをしたら人を呼びます」
「何もしねえよ。頼むから俺の話だけは聞いてくれ」
シリルはため息をついた。
「5分だけ。それ以上長くなったらわたくしは帰ります」
「十分だ。 …男らしくはねえが、弁解させてほしい。それを聞いて、お前が今後どうするか決めてくれ」
「ふん」
シリルは鼻を鳴らした。軽蔑しているという表情だ。
「勝手に話せば」
それを了承の合図ととったレオナは話し始めた。
「俺は今朝とても気分がよかった。早起きしてマジフトの早朝練習をした。昼まで時間があるから、昨日の分の疲れを取ろうと思って温室に行った…」
「それで」
「…寝過ごした…」
レオナの耳が折れ、情けない表情になった。
「おバカ」
間髪入れずにシリルが罵倒した。
「どうして目覚まし時計をかけない?起きる自信がないなら、ラギー君に起こしてもらえばよかったのよ」
「なんで植物園に目覚まし時計なんか持っていかなきゃならねえ。もともとチェスをやるつもりだったんだよ。それに、今日はラギーが不在だった」
「はっ、二度寝?言い訳にもならない」
「全くもって返す言葉がない。だがな、昨夜は眠れなかったんだよ。この俺がだ。なんでかわかるか」
シリルは首を横に振った。わかるわけがない。
「お前と初めてのデートだと思ったら緊張した」
シリルが見上げると、レオナの耳も尻尾も完全にしおれていた。この男のこんな姿は見たことがなかった。
「レオナ…」
「お前が来る前に席を取ってて、びっくりさせてやるつもりだった。余裕だと思った。…それがこのざまだ。お前と初めて外で会うのが嬉しくて、浮かれすぎた…許せとは言わない。俺から言い出したのに約束を違えたことも、待たせちまったのも事実だからな」
頭を掻きながら、珍しく声のトーンがだんだん落ちていった。シリルが腹を立てているのは当然かもしれないが、こんなくだらないミスで彼女を失うことになるなど耐えられない。レオナは唸った。そして
「俺が悪かった」
シリルは、レオナがいきなり土下座をしたことに驚いた。(あの、プライドの高い人が…自分から謝ったことない人が?)
「もういい…レオナ、顔を上げてちょうだい」
「シリル…」
「私も…嫌いなんて言ってごめんなさい。傷ついた…よね…」
シリルの瞳からひとすじの涙が流れた。
「なんでお前が泣く」
「あなたがショックを受けて帰ってしまったら、二度と会えないって思って…」
シリルは立ち上がってレオナの腕に飛び込んだ。レオナは小さな恋人の体を抱き寄せた。取り返しのつかないことにならなくてよかった、と、レオナは安堵した。
「俺のうっかりのせいで時間が無駄になっちまったか」
「そうでもないわよ。ほら」
シリルが指さしたほうをレオナが見ると、街の灯がきらめいていた。
「ここから見る夜景ってすごくきれいだって」
「シリル」
「ほら見て」
レオナは尻尾をシリルの腰に巻き付け、肩を抱いた。走ってきた自分も、ベンチで待っていたシリルも、体が冷えていた。
「夜景がきれいね」
「お前の髪の色のほうがきれいだ」
レオナはそっぽを向いて呟いた。顔が紅潮していた。シリルはそっと身を寄せた。
「こんなに冷えて…寒かっただろう」
「ううん。頭を冷やすにはちょうどよかった」
「もう二度とこんなことはないようにする」
「二度もあったら困ります」
レオナがシリルを見ると、少し困り顔の笑顔があった。
「まったくだ」
「それにしても」
自分の腕の中でくすくす笑うシリルに、レオナは複雑な表情になった。
「あの、レオナ・キングスカラーが自分から頭を下げるとは」
「う…」
「しかも土下座とはね」
「な…!シリルっ!」
「安心して。あなたの弱みを握ったなんて言わない。そうじゃなくて、ちょっと嬉しかった」
「な、なんで俺が土下座したらお前が嬉しいんだ」
「自分の信念を曲げてまで私に誠意を見せてくださる、その姿に感動したのですわ、王子様」
そういうことにしておこうか、と、レオナは呟いた。
「ねえ。おなかすかない?お昼ご飯食べ損ねたんじゃない?」
そういわれると、急に空腹を感じた。レオナのおなかが鳴り、シリルは大笑いした。
「全く、腹の虫は正直だな。行こう。約束通り、夕飯の店を予約してあるんだ」
「それは忘れてなかったんだ。よかった」
「ラギーに散々つつかれたからな。店の予約なんて初めてやった。
そうだな、シリル…お前といるといろいろ初めてのことが多くて退屈しねえな」
ニヤリと悪巧みをするように笑うレオナの顔を見て、いつもの彼が戻ってきたとシリルは安心した。
「さ、遅刻の埋め合わせはどうしてくれるの、レオナおじたん」
「おじたん言うな…。まず。BPCグリルで飯を食う。あそこは肉が美味い。そして、お前の好きなごちゃごちゃした店に行く」
「雑貨のロゼギャラリーね。ライティングペンの新作、ヴィル・シェーンハイトモデルが出てるはずだから買おうっと。便せんにバースデーカードが欲しいな」
「それで俺に手紙をくれるわけか。お前本当に筆まめだな」
「レオナの素敵な字のお返事もらうの嬉しいんだよ。それから”パティスリー・クリエ”にもね」
「おやつを買い込むわけか。甘くないのも頼むぞ。それから」
「それから?」
「メイフェア・ホテルだ。今夜は…泊まるぞ」
大胆な言葉に、シリルの顔が赤くなった。
「う、うわ…」
「あそこのベッドは気持ちいいぞ。ふかふかで、枕も羽枕で、熟睡できる。お前このところ練習で疲れてるんだから俺が抱き枕になってやる」
「あ、ありがとう…」
「他にリクエストはあるか」
シリルの頬が真っ赤に染まっていた。シリルは小声で囁いた。
「…朝は…美味しいコーヒー、淹れてください」
レオナは満足げにうなずき、シリルの頭をそっと撫でて、期待してろ、とつぶやいた。