このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

君はまだ蛹~ヴィル

 約束の2週間後。
ヴィルがカフェで待っていると、着信があった。
「イーディ?あんたまだ家にいるの?」
「ご、ごめんなさいヴィリー、私、出かけられない…」
涙声のイディスにただならぬものを感じたヴィルは、尋ねた。
「あんたまさか、ダイエット失敗したんじゃ・・・」
「ううん、ダイエットは・・・うまくいってる・・・。2週間で25キロ痩せたし、筋力を落とさないためのトレーニングもちゃんとやってる」
「じゃあなんで」
スマホの向こうの声がかすれた。
「私、着られる服がないの・・・」
イディスは肥満体型になってから、体型に左右されないパジャマのようなスエットの上下を5枚だけ持っており、それを着ていた。だが、痩せた今、外に着ていく服がないというのだ。着ていたスエットはウエストのゴムが伸びていて、首回りも伸びているのだという。ヴィルは思わずため息を漏らした。
「せめてあんたのママの服を借りていくとかはできないの?」
「ヴィリー…」
電話の向こうの声は消え入りそうだった。
「私のママ、3年前から家を出て実家に帰っちゃってるの…。パパと離婚寸前で…。パパは仕事が忙しくてほとんど帰ってこないし」
(そういうこともあったのか)ヴィルは、勉強にしか楽しみを見いだせなくなっていたイディスを気の毒に思った。だが、それならばむしろ外に出たほうが彼女のためになる。
「本当になんにも着るものはないの?!」
「…あ、あった…。カレッジの制服…。太り始めたときに作ったやつだから、ホック外して安全ピンでスカートを止めたらいける」
「パジャマみたいなスエットよりましよ。いいから制服着て出ていらっしゃい。30分後よ」

「あんた本当に制服で来たのね」
ヴィルは腕組みをして仁王立ちをしてイディスを見た。
クイーンズ・ファブラ・ガールズカレッジはお嬢様学校で、イディスの着ている制服も丸襟のクリーム色のブラウスに水色のボレロとフレアーのジャンパースカート、紺と金色のチェックのリボンタイを結んでいる。だが、まだ体型が完全に戻っていないため膨張色の水色は無惨にもイディスのぼこぼこした体型を強調して見せてしまっていた。加えて茶色のローファーはサイズが合わないからか踵が靴からはみ出ており、カパカパと音がした。
「誰でもそこそこ見られる制服をこれほどダサく着られるのってどういう才能なのかしら」
「ご、ごめんなさい…」
二重顎をすくめたイディスをヴィルはにらみつけた。
「イーディ。この間も言おうと思ったけど、アンタ自分が悪いわけじゃないのにへこへこと謝るんじゃないわよ」
「う、うううう」
イディスは半べそをかいていた。
「謝るくらいなら、あとそうね…。20キロは絞ったほうがいいわ。いい、ただ痩せるだけじゃダメよ。急に痩せて体の皮がたるんだら美しくないでしょ。とにかくまず、今あんたが着るものをなんとかしなきゃ」
「なんとか、って…?」
「どこでも制服でってわけにはいかないでしょう。本当に痩せていた時の服は手元にないの?」
「ないの…。どうせもう着られないんだから取っておいてもしょうがないってパパが全部捨てた…」
ヴィルはため息をついた。そして、どこかに電話していたが、向き直って言った。
「さあ、行くわよ」

ヴィルがイディスを連れていったのは、セレクトショップだが比較的カジュアルなお値段のものもあるブティックだった。ヴィルは店の女性に耳打ちをし、たちまちイディスは試着室に放り込まれ、次々と服を着せ替えられた。
 最終的にヴィルは、イディスにスカート(ゴムが半分入っているもの)を2枚、パンツを2本、カットソーとシャツを合計6枚選び、慣れた手つきでカードにサインをした。
 それから、下着やパジャマにもなる部屋着、靴、ヘアアクセサリーの店へイディスを連れまわした。
「かなりマシね」
コーヒーブラウンのVネックのカットソーにネイビーのワイドパンツのイディスをヴィルは眺めた。以前の風船のように膨らんだ体系ではなく、「ややぽっちゃり」になったイディスはもう少し無駄な肉を落とせば、デコルテが奇麗に見えるはずだ。
「あんたにこれを上げるわ」
ヴィルはイディスの背中に回り、首にゴールドのネックレスをかけた。
「これは…」
「アタシからの誕生日プレゼント。ちょっと早いけど、明後日でしょう」
イディスはヴィルを見上げた。もうずいぶん会っていなかったのに、覚えていてくれたのだ。
「高いものじゃないから気づかいは無用よ。一応それ、磁気ネックレスなの。あんた勉強で肩こりがひどいんじゃないの?効くのよ、それ。デザインも凝ってて、マジカメでも人気よ」
「あ、ありがとう…」
「勉強もダイエットも頑張りなさい。今度はゆっくり時間をかけて絞るのよ。4週間後、またカフェで」
颯爽と立ち去るヴィルの後ろ姿を見つめて、イディスはため息をついた。
3/6ページ
スキ