真実(ほんとう)の気持ち~エース
グリムの「誕生日」。学生の頃はみんなでお菓子を持ち寄ってオンボロ寮に泊まってトランプをしたり、ホラー映画を見た。
今はグリムと俺の二人だけだ。
「なあエース。子分は戻ってくると思うんだゾ?」
「どうだかな」
「オレ様を置いていくなんて、あいつらしくないんだゾ。絶対戻ってくるんだゾ」
「ひょっとしてグリム、ここに残ったのって…」
グリムの尻尾が垂れた。それで俺は全てを察した。
グリムはユウを待っている。戻ってくると信じて。俺はガシガシとグリムの頭を掻き、グリムに「エース、うるさいんだゾ」と怒られた。
その日の夜。
「あ、れ、どうしてまたここに?」
不意に声がした。この声は知っている。
「誰かいるのか?」
オンボロ寮の、ユウの部屋。灯もつけていないその部屋のベッドにいたのは、俺が知っているような知らないような女の人だった。
「あなたは…」
女の人は立ち上がって俺に泣きながら抱きついてきた。
「エース!!」
「俺サマもいるんだゾ。寂しかったんだゾ」
「…グリム…ごめん、ごめんね…」
突然戻って来たユウは混乱しているようだった。
学園長に聞いても、「はて…」と首を捻っている。
理由は分からないが、ユウが元の世界に戻ったのは、彼女の強い「想い」が鏡に作用した結果だということのようだった。俺は知らなかったが、学園長は学園長なりに責任を感じて、ユウが帰った現象について調べていたらしい。
こちらに戻って来たときに強い力が働いたせいか、ユウは疲れ切っているようだった。それで、オンボロ寮に寝かせることにした。
夜中。俺は眠れず、ユウの部屋を訪れた。
学生時代、ここにマブたちと何度か泊まった。
デュース。エペル。ジャック。セベク。
今はそれぞれの道を歩いている彼らと、ユウと、グリム。
ピザを何枚も持ち込んで夜食にし、エペルがヴィル先輩に大目玉を喰らったこととか。
なぜかレオナ先輩から肉の差し入れがあったこととか。
マレウス先輩の「がおがおドラコーンくん」がまた壊れてしまって、デュースが直したこととか。
カリム先輩までやってきて宴になってしまい、ゴーストが喜んで大騒ぎしたこととか。
昨日のことのようなのに、ものすごく昔の気がする。
「こいつ、寝顔だけは変わらないんだゾ」
ユウのベッドのへりに腰かけて、グリムが言った。
「そうだな」
「エース。お前、子分のこと好きだったんだゾ?」
「…知ってたのか」
「子分が、”エースに女の子だってバレた”って言ってたんだゾ。だけどお前、何も言わないから」
俺は黙り込んだ。だって言えなかった。ずっと、言えなかったんだ。
ユウはそれから、3日間ずっと眠り続けた。
そして。
「おはよう、グリム、エース」
「眠りすぎなんだゾ、子分」
「えへへ」
「えへへじゃねえよ…。心配させやがって。学園長が来るって言ってた。何か食べるか?」
「そうだね、おなかすいたな。まさかエースが?!大丈夫?」
「…ったくお前って…。飯はゴーストが作ってくれた」
湯気のたつスクランブルエッグとトースト。ユウは無言でそれを一心に食べ続けた。
朝、学園長が来て、談話室でユウと話をすると言っていた。俺はクルーウェル先生の助手をするために、グリムはサムさんの店に買い物に出かけた。
昼に戻ると、学園長はまだいた。
「実に珍しい話ではあります。ユウさんといろいろ話をしました」
「あいつが突然消えて、また戻って来た理由ってわかりましたか」
「そうですね、トラッポラ君…」
学園長は何か考え込んでいるようだった。
「ご本人から話を聞いた方がいいでしょう。特に君は」
どういう意味かわからなかったが、俺は談話室に招き入れられた。
この部屋はよく覚えている。VDCの合宿の時にヴィル先輩からミッションを言い渡されたことも。ユウは談話室の長椅子に腰かけていた。
「彼女が元の世界に戻ったのは、ある強い”想い”が作用したからです」
「想い」
「…祖母が、亡くなったの」
こちらの世界に呼ばれてきたとき、ユウの心に一番ひっかかっていたのは長く闘病生活を送っている彼女の祖母に黙っていなくなってしまったことだった。祖母はうわごとのように彼女の名前を呼ぶことがあったそうだ。
「ボクが」
「もうあなたは女性であることを隠す必要はありませんから、一人称は普段通りでよろしいでしょう」
「はい、学園長。…私が急に戻らなきゃならなくなったのは…”呼ばれた”からなの」
「呼ばれた」
「私が戻ったとき、祖母が息を引き取る直前だった。ここの制服を着たままいきなり病室の近くの鏡の前に出てきたから、私も戸惑ったけど両親も驚いたみたい。
結局、私が病室に入るのと祖母が亡くなったのが同じだったから、声はかけられなかった。そして…
私が戻ってくる意味は、なくなってしまった」
ユウは椅子に座り、手を重ねていた。その手をきゅっと握り締めたのが俺の立っているところからも見えた。
「あなたがこちらに引き戻されたのは、あなたが本来いるべき世界で、あなたの存在意義がなくなったから、ということでしょうか?ご両親はあなたが戻ったことを喜ばなかった、と」
「はい…。両親は不仲で、私は高校も全寮制のところに入る予定でした。私が高校を卒業するときに離婚をすると、復縁はあり得ないと…。私が戻っても、それは覆されませんでした。私には本当に居場所がなくなりました」
「ユウ」
「私を呼び戻す声が夢の中で聞こえて…気が付いたらまた戻って来た…。オンボロ寮へ」
「なるほど」
「…私はどうすればいいのか分からない…戻って来たけど、ここにいてもいいのか…」
「いいんだよ、ユウ」
俺は思わず叫んだ。
「戻って来たんだ。ここでお前ができることはきっとある。グリムだって、ずっとお前を待ってた。俺だって」
「エース?」
「学園長、すみません。俺…こいつが女だって知ってました。知ってて…ずっと、黙ってた。それと…」
「エースの奴、子分に惚れてたんだゾ。今もずっと惚れてるんだゾ」
「グリム!」
「俺様は知ってたゾ。子分の写真を見て、エースがため息をついてたことも」
「お前そういうこと言うなって!!」
「俺様は子分が戻ってきて嬉しいんゾ。エースだってきっと、嬉しいんだゾ」
ユウの顔を見ると、なんだかくしゃくしゃになっていた。
なんでそんな顔してんだよ。
戻りたくなかったのか?
…なんて、言えないよな。
「エース」
不意に、ユウが俺の顔を見た。そんな顔で見ないでくれ。
「私を呼んでたのは、エースなんじゃない?」
「え、べ、別に呼んでねーし」
「おばあちゃんのお葬式が終わって、疲れて眠ってた時…。夢の中で聞こえたのは、私が良く知ってる声だったの」
「だから、呼んでねえって」
「…私は、エースにまた会えて嬉しかった。ほっとした」
「…」
「あのね。卒業式が終わったら…。私が、自分が女の子だっていうことを隠さなくてもよくなったら、言おうと思ってたことがあるんだ」
あいつの声だけが響く。
「なんだよ」
「…そんな言い方しないでよ…言えなくなっちゃうじゃん」
なんだよ、俺が悪いのか?というか、ユウの奴何を言おうとしてるんだ?
いつの間にか、学園長もグリムも、同じ部屋にいなくなっていることに俺は気づいていなかった。ユウは悲しげな、切なそうな表情で俺を見た。
「…エースの傍にいたい…。元の世界に戻ってわかったの。私、エースと離れたくなかったんだ、って」
「お前なあ…」
「迷惑、かもしれないけど」
「なわけねえだろ、バーカ」
苦しかった。ずっとずっと苦しかった。俺だけが、あいつが女だって知ってて。あいつを抱いたことも。あいつがいなきゃ俺が絶えられないことも。誰にも…デュースにすら言えなくて。
消えてしまった時に、全部「思い出」にしてしまい込んだつもりだった。俺はそんな器用な真似できっこねえんだよな。忘れてた。
「バカとか言わないでよ」
「お前な、急に何も言わずに消えちまったことの方が迷惑だっつーの!もう消えるな。ずっと俺の傍にいろ、ユウ」
「エース」
「…お前が好きだ。お前がいない人生とか…無理だ」
「う…ぐす…」
「だーかーら!泣くなってば、バーカ。俺と一緒にいたいんだろ?だから戻って来たんだろ」
「うん。…エースが、好き…。ずっと、一緒にいる」
「全く、世話かけやがって。…ってお前最初から」
「世話かけたのはエースもだけどね」
「ったく。言うよなお前。そういうとこも…嫌いじゃねえよ」
「ふふ」
「ユウ」
「うん」
「その…戻ってきてくれて、ありがとう」
俺はユウを抱きしめた。もう、離さない。
今はグリムと俺の二人だけだ。
「なあエース。子分は戻ってくると思うんだゾ?」
「どうだかな」
「オレ様を置いていくなんて、あいつらしくないんだゾ。絶対戻ってくるんだゾ」
「ひょっとしてグリム、ここに残ったのって…」
グリムの尻尾が垂れた。それで俺は全てを察した。
グリムはユウを待っている。戻ってくると信じて。俺はガシガシとグリムの頭を掻き、グリムに「エース、うるさいんだゾ」と怒られた。
その日の夜。
「あ、れ、どうしてまたここに?」
不意に声がした。この声は知っている。
「誰かいるのか?」
オンボロ寮の、ユウの部屋。灯もつけていないその部屋のベッドにいたのは、俺が知っているような知らないような女の人だった。
「あなたは…」
女の人は立ち上がって俺に泣きながら抱きついてきた。
「エース!!」
「俺サマもいるんだゾ。寂しかったんだゾ」
「…グリム…ごめん、ごめんね…」
突然戻って来たユウは混乱しているようだった。
学園長に聞いても、「はて…」と首を捻っている。
理由は分からないが、ユウが元の世界に戻ったのは、彼女の強い「想い」が鏡に作用した結果だということのようだった。俺は知らなかったが、学園長は学園長なりに責任を感じて、ユウが帰った現象について調べていたらしい。
こちらに戻って来たときに強い力が働いたせいか、ユウは疲れ切っているようだった。それで、オンボロ寮に寝かせることにした。
夜中。俺は眠れず、ユウの部屋を訪れた。
学生時代、ここにマブたちと何度か泊まった。
デュース。エペル。ジャック。セベク。
今はそれぞれの道を歩いている彼らと、ユウと、グリム。
ピザを何枚も持ち込んで夜食にし、エペルがヴィル先輩に大目玉を喰らったこととか。
なぜかレオナ先輩から肉の差し入れがあったこととか。
マレウス先輩の「がおがおドラコーンくん」がまた壊れてしまって、デュースが直したこととか。
カリム先輩までやってきて宴になってしまい、ゴーストが喜んで大騒ぎしたこととか。
昨日のことのようなのに、ものすごく昔の気がする。
「こいつ、寝顔だけは変わらないんだゾ」
ユウのベッドのへりに腰かけて、グリムが言った。
「そうだな」
「エース。お前、子分のこと好きだったんだゾ?」
「…知ってたのか」
「子分が、”エースに女の子だってバレた”って言ってたんだゾ。だけどお前、何も言わないから」
俺は黙り込んだ。だって言えなかった。ずっと、言えなかったんだ。
ユウはそれから、3日間ずっと眠り続けた。
そして。
「おはよう、グリム、エース」
「眠りすぎなんだゾ、子分」
「えへへ」
「えへへじゃねえよ…。心配させやがって。学園長が来るって言ってた。何か食べるか?」
「そうだね、おなかすいたな。まさかエースが?!大丈夫?」
「…ったくお前って…。飯はゴーストが作ってくれた」
湯気のたつスクランブルエッグとトースト。ユウは無言でそれを一心に食べ続けた。
朝、学園長が来て、談話室でユウと話をすると言っていた。俺はクルーウェル先生の助手をするために、グリムはサムさんの店に買い物に出かけた。
昼に戻ると、学園長はまだいた。
「実に珍しい話ではあります。ユウさんといろいろ話をしました」
「あいつが突然消えて、また戻って来た理由ってわかりましたか」
「そうですね、トラッポラ君…」
学園長は何か考え込んでいるようだった。
「ご本人から話を聞いた方がいいでしょう。特に君は」
どういう意味かわからなかったが、俺は談話室に招き入れられた。
この部屋はよく覚えている。VDCの合宿の時にヴィル先輩からミッションを言い渡されたことも。ユウは談話室の長椅子に腰かけていた。
「彼女が元の世界に戻ったのは、ある強い”想い”が作用したからです」
「想い」
「…祖母が、亡くなったの」
こちらの世界に呼ばれてきたとき、ユウの心に一番ひっかかっていたのは長く闘病生活を送っている彼女の祖母に黙っていなくなってしまったことだった。祖母はうわごとのように彼女の名前を呼ぶことがあったそうだ。
「ボクが」
「もうあなたは女性であることを隠す必要はありませんから、一人称は普段通りでよろしいでしょう」
「はい、学園長。…私が急に戻らなきゃならなくなったのは…”呼ばれた”からなの」
「呼ばれた」
「私が戻ったとき、祖母が息を引き取る直前だった。ここの制服を着たままいきなり病室の近くの鏡の前に出てきたから、私も戸惑ったけど両親も驚いたみたい。
結局、私が病室に入るのと祖母が亡くなったのが同じだったから、声はかけられなかった。そして…
私が戻ってくる意味は、なくなってしまった」
ユウは椅子に座り、手を重ねていた。その手をきゅっと握り締めたのが俺の立っているところからも見えた。
「あなたがこちらに引き戻されたのは、あなたが本来いるべき世界で、あなたの存在意義がなくなったから、ということでしょうか?ご両親はあなたが戻ったことを喜ばなかった、と」
「はい…。両親は不仲で、私は高校も全寮制のところに入る予定でした。私が高校を卒業するときに離婚をすると、復縁はあり得ないと…。私が戻っても、それは覆されませんでした。私には本当に居場所がなくなりました」
「ユウ」
「私を呼び戻す声が夢の中で聞こえて…気が付いたらまた戻って来た…。オンボロ寮へ」
「なるほど」
「…私はどうすればいいのか分からない…戻って来たけど、ここにいてもいいのか…」
「いいんだよ、ユウ」
俺は思わず叫んだ。
「戻って来たんだ。ここでお前ができることはきっとある。グリムだって、ずっとお前を待ってた。俺だって」
「エース?」
「学園長、すみません。俺…こいつが女だって知ってました。知ってて…ずっと、黙ってた。それと…」
「エースの奴、子分に惚れてたんだゾ。今もずっと惚れてるんだゾ」
「グリム!」
「俺様は知ってたゾ。子分の写真を見て、エースがため息をついてたことも」
「お前そういうこと言うなって!!」
「俺様は子分が戻ってきて嬉しいんゾ。エースだってきっと、嬉しいんだゾ」
ユウの顔を見ると、なんだかくしゃくしゃになっていた。
なんでそんな顔してんだよ。
戻りたくなかったのか?
…なんて、言えないよな。
「エース」
不意に、ユウが俺の顔を見た。そんな顔で見ないでくれ。
「私を呼んでたのは、エースなんじゃない?」
「え、べ、別に呼んでねーし」
「おばあちゃんのお葬式が終わって、疲れて眠ってた時…。夢の中で聞こえたのは、私が良く知ってる声だったの」
「だから、呼んでねえって」
「…私は、エースにまた会えて嬉しかった。ほっとした」
「…」
「あのね。卒業式が終わったら…。私が、自分が女の子だっていうことを隠さなくてもよくなったら、言おうと思ってたことがあるんだ」
あいつの声だけが響く。
「なんだよ」
「…そんな言い方しないでよ…言えなくなっちゃうじゃん」
なんだよ、俺が悪いのか?というか、ユウの奴何を言おうとしてるんだ?
いつの間にか、学園長もグリムも、同じ部屋にいなくなっていることに俺は気づいていなかった。ユウは悲しげな、切なそうな表情で俺を見た。
「…エースの傍にいたい…。元の世界に戻ってわかったの。私、エースと離れたくなかったんだ、って」
「お前なあ…」
「迷惑、かもしれないけど」
「なわけねえだろ、バーカ」
苦しかった。ずっとずっと苦しかった。俺だけが、あいつが女だって知ってて。あいつを抱いたことも。あいつがいなきゃ俺が絶えられないことも。誰にも…デュースにすら言えなくて。
消えてしまった時に、全部「思い出」にしてしまい込んだつもりだった。俺はそんな器用な真似できっこねえんだよな。忘れてた。
「バカとか言わないでよ」
「お前な、急に何も言わずに消えちまったことの方が迷惑だっつーの!もう消えるな。ずっと俺の傍にいろ、ユウ」
「エース」
「…お前が好きだ。お前がいない人生とか…無理だ」
「う…ぐす…」
「だーかーら!泣くなってば、バーカ。俺と一緒にいたいんだろ?だから戻って来たんだろ」
「うん。…エースが、好き…。ずっと、一緒にいる」
「全く、世話かけやがって。…ってお前最初から」
「世話かけたのはエースもだけどね」
「ったく。言うよなお前。そういうとこも…嫌いじゃねえよ」
「ふふ」
「ユウ」
「うん」
「その…戻ってきてくれて、ありがとう」
俺はユウを抱きしめた。もう、離さない。
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