ダークチェリー・パイとダージリン・ティ~トレイ
あたしにとってトレイは、最初は近所のお菓子屋さんのお兄ちゃん、だった。いつもチェーニャと、リドルと一緒だった。
時々、リドルがリドルのママに怒られて家から出してもらえない時、トレイがクッキーを焼いてるのをあたしは知ってた。なぜかというと、欠片をあたしにくれたから。
「え、リドルもナイトレイブンカレッジに行っちゃうの?」
「ええ。ローズハートさんちに黒い馬車が止まってるでしょ」
あたしは悲しかった。だって、ナイトレイブンカレッジは男子校だ。魔力はあたしにだってある。うちは代々、魔法士の家柄だ。だけど、女の子のあたしは絶対に黒い馬車が来ることはない。
リドルがうらやましかったのは、あたしがナイトレイブンカレッジに行けなくてリドルが行けるから、だけじゃなかった。
リドルだったら先に入学しているトレイと一緒にいられる。
でも、あたしはリドルじゃない。
「ドロシー」
トレイがあたしを呼ぶ声がする。この声が好き。そのうちまたあんまり聞けなくなるけど。そう思ったらちょっと涙が出た。
「ここにいたのか」
「トレイ」
「どうした?…なんで泣いてる」
「だって…リドルも行っちゃうんでしょ?
チェーニャだって、ロイヤルソードに行っちゃうし…またひとりぼっち」
「なんだ、そんなことか」
そんなことじゃないんだ、あたしにとっては。
「またホリデー休暇には戻ってくるから」
「…そうじゃないの、トレイ」
「ん?リドルに会えなくて寂しいんじゃないのか」
あああ、鈍感!この人勘違いしてる。あたしが会えなくて寂しいのは…。
言えなかった。
トレイからしたら、あたしは近所のちっちゃい女の子。お得意さんのお嬢さん。昔からずっとそう。
あたしだって、自分の気持ちを自覚したのは最近なのに。
「トレイ、ダークチェリーパイを焼いて」
「どうしたいきなり?誰か誕生日か?」
「うちの犬のダッフィーが誕生日…そうじゃなくて!」
「犬用のパイは焼いたことないし。とはいってもなあ、ダークチェリーの在庫、あっただろうか」
ほら、また噛み合わない。なんで?なんで?
「…トレイってほんっとに鈍感なんだ」
「へ?何か言ったか?」
「私、お砂糖入ってない紅茶だってもう飲めるのよ」
気のいいお兄さん、と言う感じの笑顔を振りまいていたトレイの表情が固まった。トレイは私を見つめた。
「俺は、ドロシーのことをそういう風に見たことがない。…見られない」
私の表情から何を読んだんだろう。鈍感なくせに、変なところ察しがいいんだもの。そういうところも好き、だったのに。
「君はうちのお得意さんのお嬢さん。幼馴染の、妹か、従妹みたいなもの。守ってやりたい存在、なんだ」
「うそ…やだ…」
「期待に応えられないんなら、早いうちに伝えたほうがいいって思った。ごめんな」
その言葉をきっかけに、私の目から涙があふれて止まらなくなった。本当は心のどこかで分かってたのかもしれない。自分が本気でトレイを好きなんじゃなくて「恋に恋している」だけなことも。トレイが恋愛対象として私のことを見てはいないってことも。
優しいトレイは、私の話に合わせてくれることもきっとできた。だけどそれをしないのがトレイの優しさなのだとすると、私はもうどうしたらいいのか分からない。
「ドロシーの気持ちは、嬉しかった。だけどその気持ちは本当に好きな相手にとっておいた方がいいと思うんだ」
そうなのかもしれない。
「トレイ、お願いがあるの」
「お願い?」
「もし私が本気の恋をして…うまくいったら。その時は、ダークチェリーのパイを焼いて。その日までもうダークチェリーパイは食べないことにするから」
「ドロシー」
「本当はね、まだお砂糖なしの紅茶なんて飲めないの。甘いものが大好きな、私はまだお子ちゃま、なんだ。
ごめんなさい、困らせて」
トレイは、そんな私にとびきりの笑顔をくれた。
「じゃあ、俺はドロシーが素敵な恋に出会えるように応援するよ。
…お茶、淹れようか」
トレイは手慣れた手つきでダージリンティーを淹れた。なんでも、寮でもお茶会があるからよく淹れているんだって。
「今日は、お砂糖なしで飲んでみる」
トレイの淹れてくれたダージリンティ―は、やっぱりちょっぴり苦く感じられた。
時々、リドルがリドルのママに怒られて家から出してもらえない時、トレイがクッキーを焼いてるのをあたしは知ってた。なぜかというと、欠片をあたしにくれたから。
「え、リドルもナイトレイブンカレッジに行っちゃうの?」
「ええ。ローズハートさんちに黒い馬車が止まってるでしょ」
あたしは悲しかった。だって、ナイトレイブンカレッジは男子校だ。魔力はあたしにだってある。うちは代々、魔法士の家柄だ。だけど、女の子のあたしは絶対に黒い馬車が来ることはない。
リドルがうらやましかったのは、あたしがナイトレイブンカレッジに行けなくてリドルが行けるから、だけじゃなかった。
リドルだったら先に入学しているトレイと一緒にいられる。
でも、あたしはリドルじゃない。
「ドロシー」
トレイがあたしを呼ぶ声がする。この声が好き。そのうちまたあんまり聞けなくなるけど。そう思ったらちょっと涙が出た。
「ここにいたのか」
「トレイ」
「どうした?…なんで泣いてる」
「だって…リドルも行っちゃうんでしょ?
チェーニャだって、ロイヤルソードに行っちゃうし…またひとりぼっち」
「なんだ、そんなことか」
そんなことじゃないんだ、あたしにとっては。
「またホリデー休暇には戻ってくるから」
「…そうじゃないの、トレイ」
「ん?リドルに会えなくて寂しいんじゃないのか」
あああ、鈍感!この人勘違いしてる。あたしが会えなくて寂しいのは…。
言えなかった。
トレイからしたら、あたしは近所のちっちゃい女の子。お得意さんのお嬢さん。昔からずっとそう。
あたしだって、自分の気持ちを自覚したのは最近なのに。
「トレイ、ダークチェリーパイを焼いて」
「どうしたいきなり?誰か誕生日か?」
「うちの犬のダッフィーが誕生日…そうじゃなくて!」
「犬用のパイは焼いたことないし。とはいってもなあ、ダークチェリーの在庫、あっただろうか」
ほら、また噛み合わない。なんで?なんで?
「…トレイってほんっとに鈍感なんだ」
「へ?何か言ったか?」
「私、お砂糖入ってない紅茶だってもう飲めるのよ」
気のいいお兄さん、と言う感じの笑顔を振りまいていたトレイの表情が固まった。トレイは私を見つめた。
「俺は、ドロシーのことをそういう風に見たことがない。…見られない」
私の表情から何を読んだんだろう。鈍感なくせに、変なところ察しがいいんだもの。そういうところも好き、だったのに。
「君はうちのお得意さんのお嬢さん。幼馴染の、妹か、従妹みたいなもの。守ってやりたい存在、なんだ」
「うそ…やだ…」
「期待に応えられないんなら、早いうちに伝えたほうがいいって思った。ごめんな」
その言葉をきっかけに、私の目から涙があふれて止まらなくなった。本当は心のどこかで分かってたのかもしれない。自分が本気でトレイを好きなんじゃなくて「恋に恋している」だけなことも。トレイが恋愛対象として私のことを見てはいないってことも。
優しいトレイは、私の話に合わせてくれることもきっとできた。だけどそれをしないのがトレイの優しさなのだとすると、私はもうどうしたらいいのか分からない。
「ドロシーの気持ちは、嬉しかった。だけどその気持ちは本当に好きな相手にとっておいた方がいいと思うんだ」
そうなのかもしれない。
「トレイ、お願いがあるの」
「お願い?」
「もし私が本気の恋をして…うまくいったら。その時は、ダークチェリーのパイを焼いて。その日までもうダークチェリーパイは食べないことにするから」
「ドロシー」
「本当はね、まだお砂糖なしの紅茶なんて飲めないの。甘いものが大好きな、私はまだお子ちゃま、なんだ。
ごめんなさい、困らせて」
トレイは、そんな私にとびきりの笑顔をくれた。
「じゃあ、俺はドロシーが素敵な恋に出会えるように応援するよ。
…お茶、淹れようか」
トレイは手慣れた手つきでダージリンティーを淹れた。なんでも、寮でもお茶会があるからよく淹れているんだって。
「今日は、お砂糖なしで飲んでみる」
トレイの淹れてくれたダージリンティ―は、やっぱりちょっぴり苦く感じられた。
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