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雪割草とテラリウムージェイド

 事件、という物は不意に予告なく起こるものだ。
セシリアは陸にある自宅の自分の部屋に、鉢植えを置いて育てている。だが、ある日その植木鉢が全て失われていたことに気づいた。

 もしや、と思い彼女が探したのは、資源ごみを入れる箱の中だった。

「セシリア、何を探してるの」
「お母さま、私の部屋の鉢植えは?」
「鉢植え?さあ、そんなもの見てないわ」
そそくさとその場を立ち去ろうとする母親に、セシリアは疑念を抱いた。そういえば…。セシリアはエレメンタリースクールの頃のことを思いだした。

(宿題の、海藻のプランターを落として、お母様が台無しにしてしまったことがあったわ)
 観察日記をつけるために、若芽を育てていた時のことを思いだしたのだ。
 まさかと思い、ごみ袋を見たところ、割れた鉢植えとしなびた何かの苗が入っていた。
「これ…」
最初にジェイドと出会った時に採取してきた雪割草がしおれ、その後に苗を買った方の雪割草も引き抜かれて枯れ、鉢植えが粉々になっていた。それ以外にも、セシリアが園芸店で買って育てていたオリヅルランの鉢も割れていた。今年は花が咲くかもしれないと楽しみにしていたものだ。
(うっかり落としただけじゃこんなに粉々にならない)
鉢植えの欠片を持って母親に見せると、やはり鉢を割ったのは母親だった。
「どうして鉢植えを…わざと落としたのね、お母様」
「セシリア。いつも言っているけど、あなたの趣味は変よ。教育のために陸の学校へ行かせているけれど、いずれ私たちは海の生活へ戻る身。なのに、山に何度も行ったり、陸のことばかり気にしたり、変なものを取ってきたりして…。娘が頭がおかしいのを見ていられないのよ」
「おかしくなんかありません!キノコの中にはお料理になっているものもありますし、苔も、植物も育てたら綺麗な花が咲いたり、見て心が和むわ。私は山が好きなの。その趣味を分からなくても、否定しないで」
セシリアは胸が苦しくなった。割れた鉢やしなびた植物の痛みが聞こえるようだった。
「それがおかしいのよ。私たちは人魚よ。そんな変な趣味を娘が持っているなんて」
「変なの?私、変じゃない…それに、お母様が割った鉢に植えてあったのはお友達と一緒にとった大事なお花なのに…」
「そのお友達、陸の人でしょう」
「違います…。私と同じ、人魚です」
「人魚?そんなはずないわ。あなた、騙されているのよ」
「ジェイドさんはそんな人じゃありません!」
「ジェイド…さん?男の子の名前ね。セシリア、あなたそのジェイドって子にからかわれてるのよ。上手く話を合わせてるだけなんだわ。その子があなたの言う通り人魚で、陸のものが好きなのだとしたら、その子もおかしな子よ。お付き合いするのは感心しないわ」
 セシリアの瞳に涙が浮かんだ。自分が母にとっておかしな子だと言われるのは、いい気分ではないが仕方がない。だが。
(ジェイドさんのことまで悪く言うなんて。お母様、ジェイドさんに会ったこともないのに…)
「ジェイドさんのことを悪く言わないで!お母様なんて大嫌い」
「とにかく、もう山へ行くのは禁止です」
母が去ったあとも、セシリアは膝を抱えて泣いていた。
(せっかく育てて来たのに…)
雪割草の、次の花を見たかった、と、セシリアは思った。それと同時に、悲しみが込み上げてきた。
(ジェイドさん…ごめんなさい)
涙が止まらなかった。自分と同じ趣味の、初めて普通に話ができた男の人。ジェイドはいつもセシリアに優しく、いろいろなことを教えてくれた。まだ陸に上がって2年ほどしかたっていないのが驚きだった。自分はミドルスクールから陸の学校にいたのに、知らないことばかりだった。
 ジェイドと会うのは楽しかった。時間があっという間に経ち、別れ際がいつも寂しかった。
(ジェイドさんの雪割草…。二つともなくなっちゃった)
「ごめんなさい、ジェイドさん」
もう、ジェイドに会えない。そう思って初めて、セシリアの心に穴が開いていることに気づいた。
(会いたくて、せつなくて、会ってると楽しくて、さようならするのが寂しくて、また会いたくなって…これは…恋)
 セシリアの脳裏に、ジェイドの姿が浮かんだ。笑顔で珍しい植物の話をするジェイド。特にキノコについて熱を帯びたような眼差しで話す。そして、自分を見つめるジェイドの視線に、彼がキノコのことを話す時に負けず劣らず、熱がこもっていることをセシリアは初めて自覚した。
(私…ジェイドさんが、好き…。会えないのは、嫌)
「嫌…。ジェイドさん…ジェイドさん…」
セシリアは泣きながら、何度もその名前を呼んだ。
 
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