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雪割草とテラリウムージェイド

 久しぶりに山で会ったセシリアは、普段でも白い肌が青白く、髪も乱れていた。
「元気がないようですね」
「…」
「鉢を捨てられたこと、伺いました。…残念でした」
「…」
「セシリアさん」
「ジェイドさん、私って変な子だと思いますか?」
「いいえ?一度もそんな風に思ったことはありませんよ。あなたは素敵な人だ」
「そう…。父も母も、私がキノコや山の草花に興味があるのがおかしいって言うんです。海の種族なのに変な子だと」
「好きなものを好きと言って何が悪いのでしょうね」
思わぬ言葉に、セシリアは驚いた。
「そんな簡単に言わないでくださ」
その表情を見ながら、ジェイドも思わず顔をそむけた。
「…ただの山友達でしかない僕に言えるのはそれくらいで」
「ただの山友達じゃありません…」
「え?」
ジェイドが驚いていると、セシリアが小さな声で、呟いた。
「今日で最後なんです。ジェイドさんにはもう会えません」
「セシリアさん、会えないって」
「そんな変な趣味の男の人なんていない、お前は騙されてるんだって父に言われて…お別れしてきますって言ってやっと出してもらえたの」
 先ほどまで晴れていた空が曇ってきた。まるでセシリアの今の表情のようだ、とジェイドは思った。冷たい風が二人の間を吹き抜ける。

「ジェイドさんと初めて山で会って、自分と同じような趣味の人がいるんだってわかって嬉しかった。雪割草のことも親切に教えてくれて、キノコを取ったり、景色を見たりして楽しかったです。偶然会えると嬉しくて、初めて、誘っていただいたときはほんとに、前の晩眠れないくらいだった…。
 いつも、日が暮れなければいいって…思ってた」
「セシリアさん、実は」
ジェイドの瞳は、真っすぐセシリアを見つめた。
「本物の雪割草を僕は見たことがなかったのですよ」
「え…」
「知ったような口をきいてしまいましたが、実物を見たのは初めてです」
「そう、だったんですね」
「あなたにいいところを見せたくて、つい。勿論、僕もあの花のことは気になっていて調べてあったから、嘘はついていません」
「それは、わかります…」
「あなたの鉢は捨てられてしまって残念でした。でも僕のところにはまだ苗があります。僕に、育てさせてくれませんか?あなたの雪割草を」
ジェイドの言葉に、セシリアは真っ赤になった。
「ジェイドさん、それって…」
「うまく株を増やせば、またあなたに苗をお渡しすることができる。僕の部屋にある鉢があなたと僕を繋いでくれる。素敵なことではありませんか」
「ジェイドさん」
「せめて株分けができるようになるまで、僕と会ってくれませんか」
「それは…」
 セシリアの不安げなかすれた声。うるんだ瞳。ジェイドはその姿を愛おしいと感じた。
「あなたが大切なんです。お会いできないのは僕も寂しいです」
「私も…寂しい…ジェイドさんに会えないのは、いや、です」
「よかった」
ジェイドはセシリアを自分の腕で包み込み、頬に唇を触れた。
「セシリアさん、あなたが好きです。心から、愛しています」
「ジェイドさん、私も…ジェイドさんが大好き…愛して、います」
ジェイドはもう一度セシリアを抱きしめ、今度は彼女と唇を重ねた。ほんの軽く、優しく触れるように。

「セシリアさん、今日はあなたにこれを渡したかったんですよ」
ジェイドは、ウインドブレーカーのポケットから掌に乗る包みを出した。
「テラリウム…可愛い」
「荷物になるといけないと思って、小さな瓶で作りましたが…ほら見てください」
「クラゲさんが入ってます…これ、私?」
「あなたに似てますか、セシリアさん」
「クラゲの姿を見せてないのに、どうしてこんなに似てるの?」
「こんな風じゃないか、と思って」
「ウツボさんもいる。きっとこれ、ジェイドさんね」
「ああ、わかってしまいましたか」
「このクラゲさんとウツボさんって何で出来てるんですか」
「水に入れると膨らむ透明の粘土のような材料ですよ。タコの人形を作った時に使ったものと同じですが」
「面白いな。…私も作れるかしら」
「一緒に、作りませんか?…セシリア」
不意に名前を呼ばれ、セシリアは赤くなった。
「ジェ、イド…さん?」
「僕のことはこれから、ジェイドと呼んでください。あなたと一緒にテラリウムを作りましょう。楽しみですね」
 もう一度二人はどちらからともなく唇を重ね、互いに笑顔を見せた。

「それで。結局セシリアさんのご両親は説得できたんですか」
アズールの質問に、ジェイドは答えた。
「ええ。偶然ですが、僕たちの父はセシリアのお父様の会社の顧問弁護士だったのですよ。ですから、リーチさんの息子さんのような立派な青年を疑って申し訳なかったと謝罪されましてね。ただし、もう気まぐれなお付き合いはできません。セシリアは僕の将来の番になる人ですから」
言いながら、ジェイドは心なしか嬉しそうだ。無理もない、とアズールは思った。この3人の中で、将来の「番」が決まったのがまさか、ジェイドが一番とは。
「親父が弁護士ってことは知ってるけどー、それって俺らに別に関係ねーもん。学費さえ払ってくれてりゃいーじゃん」
「お前たちらしいですね」
 アズールは少し呆れたが、リーチ兄弟はそんなもの、かもしれないと気を取り直した。
「フロイド、先を越されましたね」
「それなんだよな~。俺はジェイドとは女の子の趣味が違うから~、おめでとって言ってやったんだ。だけどさ、あいつらがデートしに行っちゃったら俺一人じゃん。つまんね~。俺も早く番見つけたい」
「で?ジェイド今日もセシリアさんとと山に行くのですか?」
「はい。テラリウムに入れる苔を探しに」
「相変わらずですね。ああ、また大きいテラリウムを作ったらください。モストロ・ラウンジじゃなくて実家の店が欲しいそうです」
「承知いたしました。では出かけます」
 いそいそとウインドブレーカーを羽織り、リュックをしょって出かけるジェイドの背中に、フロイドは言った。
「ジェイドってやっぱ、おもしれ―」
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