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雪割草とテラリウムージェイド

 ジェイドはセシリアと、マジカメのアカウントを交換し、雪割草の写真や山の写真、キノコの写真を送り合った。

2週間に一度、ジェイドは鏡を通ってセシリアと山に出かけた。
学園には「山を愛する会の、課外活動」と断って。
ある雨上がりの日、ジェイドはセシリアと山歩きに出かけていた。
「苔を採集するんですか」
「ええ。テラリウムの中に入れるのにちょうどいいものが」
「この間、マジカメにジェイドさんがアップしていた、タコさんのお人形が入ってる瓶ですね」
ジェイドは、アズールを模したテラリウムを作っていた。インテリアの一つに置いてもいいとアズールから言われていたからだ。そのため、普段より大きな瓶を使っていた。園芸店で苔を入手してもいいのだが、山で採取したほうが早いとジェイドは考えていた。
「あのタコさん可愛いですね」
「ああ、気づいてくださいましたか」
「以前お話してくださった、アズールさんという方へのプレゼントですか」
「プレゼントというか、僕の寮がやっているモストロ・ラウンジと言うお店のインテリアの1つにする予定です。お店に案内して差し上げたいところですが、生憎NRCは男子校で女性が入れるのはハロウィンイベントなど外部のお客が入る行事くらいで」
「そうなんですね。ジェイドさんがお店で働いているの、見てみたいと…ああっ」
セシリアはぬかるみに足を滑らせ、転びそうになった。ジェイドがすかさずセシリアの左腕を引きあげ、セシリアを自分の腕に抱きとめた。その勢いでジェイドは地面に尻餅をつき、セシリアが覆いかぶさるような体制になってしまった。
「大丈夫ですか」
「は、はい…ありがとう、ございます」
ジェイドの腕の中で、セシリアの息は上がっていた。目の前に大きな水たまりがあるのに気づかなかったのだ。
「ごめんなさい!お、重かった、でしょ」
「ああ…お気になさらず。女性一人くらい支えられますよ」
「で、でも泥で服が…」
立ち上がったセシリアに腕を引っ張ってもらって立ったジェイドは、登山ズボンが泥で汚れていることに気づいた。
「やはり、引き返した方がよさそうですね。下の休憩所で着替えましょう。セシリアさん、あなたもズボンが泥で汚れていますよ」
 確かに、泥はねが酷かった。
だが、セシリアはそれよりも心臓の鼓動が激しくなるのを感じて戸惑った。
(私…どきどきしてる…どうして)
「おや、暑いですか」
ジェイドがセシリアの顔を覗き込んだ。
「い、いえ…滑ったのでちょっと」
「それはいけませんね。さあ、麓迄下りましょう」
ジェイドはセシリアに左手を差し出した。セシリアがぎこちなくその手を取ると、ジェイドはその手を軽く握った。
(ジェイドさんと手を繋ぐのは、初めてかもしれない)
心臓の鼓動が聞こえないように、セシリアは気持ちを落ち着けようとしたが、繋がれた手にこもる熱は収まりそうになかった。

 「ジェイド、そんなにうわの空では手を切ってしまいますよ」
モストロ・ラウンジのキッチンで、ジェイドの手つきが危ないのを見てアズールが忠告した。
「これは…人参が全然切れないと思っていました」
「今日のジェイドは使い物になりませんね。もう上がっていいので休みなさい」
「ですが」
「今日はお客さんも少ないので、早めに閉店しましょう。お前は先に上がっていいですよ」
アズールは心ここにあらず、と言ったジェイドの後ろ姿を見送って溜息をついた。
「なに、アズール。ジェイドあんなに早く上がらせちゃっていいの~」
「これを見てもジェイドが使い物になると思いますか、お前は」
フロイドがまな板の人参を見ると、蛇腹のような人参がいくつも出来ていた。
「げー、何なのこれ。こんなん料理に使えねえじゃん。ねえアズール、この謎物体作ったのってジェイド?」
「だから、そう言ってるじゃありませんか。今ラウンジにいるお客様が帰ったら閉めますよ」
「えー、なんなんだよ」

ジェイドは自分の部屋に戻り、作りかけのテラリウムが載っている机に向かった。
(グリーンとベルガモット、それに百合のブレンド…セシリアさんは良い香りの趣味をしていらっしゃる)
抱き止めたセシリアの残り香が、山歩きをしたときのウインドブレーカーから少しだけ香った。
(腕の中の柔らかい感触、愛らしい頬と不安げな表情)
思い出すと、不思議な切ない気持ちが、ジェイドの心の奥から立ち上る。
(あのまま彼女を連れてどこかへ行ってしまいたかった…これが、前に本で読んだ”恋”というものなのでしょうか…)
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