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雪割草とテラリウムージェイド

 ジェイド・リーチは「山を愛する会」の会員だ。
この風変わりな会の会員はジェイド一人で、新しく部員になりそうな人物もいないが、マイペースな活動ができることがジェイドには性に合っていた。
 もともとウツボの人魚で、陸にいる時は魔法薬で人間の姿になっているが、海に産まれて暮らしてきたジェイドがなぜそれほど、「山」にこだわるのか、片割れのフロイドには全く理解ができなかった。
理解が出来ないまでも、相方の(そして、幼馴染のアズールの)やっていることは「なんとなく、おもしれ」でフロイドが済ませていることもあり、ジェイドは今日も一人で山へ入っていた。

 ドワーフ鉱山の端、うっそうと木が茂る森。
大好物のキノコを見つけるにうってつけな場所だ。
だがこの日は、既に先客がいた。
「その場所、いいキノコは取れそうですか」
恐る恐る近づいて、ジェイドは相手に声をかける。振り向いたその顔は、はかなげな少女のものだった。

 自分やフロイド、またアズールとも違うが、ごく薄い青みがかった髪は肩で綺麗に切りそろえられていた。琥珀色の瞳、青白い肌。
「あ、え?」
「失礼。あまり熱心にキノコを探しておられたようなので」
「いえ…ここ、ひょっとして私有地だったりしますか?その、勝手に入っちゃったから…」
やや怯えたような少女に、ジェイドはいつものアルカイックスマイルを振りまいた。
「いえ、ご心配には及びませんよ。確かにこの鉱山は、ナイトレイブンカレッジの野外活動で使われていますが」
「ナイトレイブンカレッジ…聞いたことあります。あなたはそこの」
「ああ、申し訳ありません。自己紹介がまだでしたね。
 僕はジェイド・リーチと言います。ナイトレイブンカレッジの学生です」
「ジェイド、さん…。私はセシリア・ロイドと申します。勝手に敷地に入ってすみませんでした」
 愛らしい姿を眺めながら、ジェイドは何か引っかかるものがあった。
「ロイド…琥珀色の瞳…ひょっとして、セシリアさんは人魚ですか」
すると、セシリアはそれまで伏し目がちだった瞳を大きく見開いた。
「それが分かるって、ジェイドさんもまさか」
「はい。僕はウツボの人魚です」
セシリアは頬を両手で抑えて「やっぱり」と呟いた。
「私はクラゲの人魚です。私が今いる学校では、陸に上がっている人魚は私くらいしかいなくて。でも海にはない珍しいお花や、景色が好きで時々山登りをしてるんです」
 はにかみながら答える少女の笑顔に、ジェイドは好ましいものを感じた。
「それはいいですね。この鉱山はうちの学校が課外学習で使っていますが、私有地ではないようなので多少植物の採取をしてもかまわないと思いますよ。ですから、そのキノコとお花はご遠慮なくセシリアさんが持って帰ってください」
「あ、ありがとうございます」
「その花…雪割草ですか」
ジェイドが尋ねると、皮膚の薄いセシリアの顔が紅潮した。
「雪割草!そういう名前なのですね。実物は初めてです」
「上手に根を掘って帰って、育てれば根付きますよ」
「本当ですか!?すごい、じゃあこのお花がずっと見られるのですね」
「セシリアさんが”みどりのゆび”というものを持っておられるなら、思った以上の成果が出るかもしれません。ああ、みどりのゆびというのは、植物を育てる才能があるということらしいです」
 (最近仕入れた知識を自慢げにひけらかしていないだろうか)と少し心配しながら、ジェイドは伝えた。
 セシリアは「みどりのゆび」と呟き、リュックから採取用の袋と移植ごてを取り出した。
「土が少し硬いようですね。僕の移植ごてで掘ってみますね」
ジェイドはキノコを採取するときのように、慣れた手つきで植物の株を掘り起こした。
「うまく根付くとよいですね」
「あ、あの、ジェイドさん」
「はい、何でしょう」
「二株取れたので、おひとつ差し上げます。掘ってくださったお礼です」
「よろしいのですか」
「私は植木鉢1つしか用意していないですし、もしもらってくださったら嬉しいです」
「では遠慮なく」
 ジェイドはセシリアが差し出した根を袋に入れ、丁寧にリュックにしまった。

 山の好きな風変わりなウツボの人魚が、同じ趣味を持つクラゲの人魚と出会った時はこんなふうだった。

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