三日間の恋人~レオナ
真夜中。大きなベッドの端で目を覚ましたクローディアはふうっと息を吐いた。
夕暮れの草原に来るまでのクローディアは社交の場に出てもレオナと顔を合わせたことはなかった。そういう場に出ることを厭うレオナはしばしば、顔だけを出してすぐ奥に引っ込んでしまう。
だから、自分がレオナの許嫁に選ばれたのは見初められたからではないとクローディアは知っていた。貴族の娘として、身分と釣り合いの取れたそれなりの相手に嫁ぐため振る舞いから正されてきたのだ。言われるままに夕暮れの草原に彼女はお供も連れずにやってきた。
後宮では、第二王子殿下は気難しい人だとか、機嫌を損ねると砂にされるとか、陰気で横暴だとかいい話は聞かなかった。
(私がこの国に来るのと入れ違いのように、黒い馬車があの人を賢者の島に連れていってしまった)
学園に行ったきり、ホリデー休暇に帰ってきてもほとんどチェカの相手をしていたレオナと、後宮の奥でひっそりと暮らしていたクローディアが顔を合わせることはなかった。だが後宮に雇われている者たちの評と、王妃から聞かされるレオナの話には食い違いがあった。王妃は義弟について、神経質なところはあるが、年頃のお嬢さんと接することが少ないからあなたの顔を見に行くのが恥ずかしいのだと鷹揚に答えるので、クローディアも特に深く考えずほったらかしにされても惨めではなかった。
三日前、初めてレオナと顔を合わせた時には、彼の顔の造作の美しさに見とれた。低い声もこの三日で、機嫌がいいとき、よくない時が聞き分けられるようになった。ぶっきら棒だが自分に気を使っていることもよくわかった。
(どうしてレオナは、あの時私の帰国を延ばしてくれと言ったのかしら)
ごろんと寝返りを打ち、目を開けて天井を眺めていると、ふと視線を感じた。
「なに?」
「眠れないのか」
「…なんとなく」
レオナは、クローディアに自分の方へ寄れと手招きした。クローディアはためらったが、結局起き上がってレオナのほうへ向き直った。
「眠れないついでに、私の話を聞いてくれる?」
「何だ?寝物語でもしてくれるのか」
「そうじゃない…。私がここへ来ることを決めた理由よ」
レオナは、クローディアの表情が沈んでいるのに気づいた。うっすらと事情は聞いていたが、他に話したいこともあるらしい。
クローディアは、夕焼けの草原の近隣にある小国、朝焼けの平原国の宰相、フェルマン家の第一息女だ。フェルマン宰相は軍人から文官に転向した変わり種で、国王の信頼厚い人物だ。
本来なら総領娘として期待がかかるはずのクローディアは、しかし男の子が欲しかった父親からは疎んじられた。
「私、今迄一度も父の期待には応えられていないの」
クローディアは吐き捨てた。この三日間ずっと、基本的には穏やかな表情を見せてきた彼女としては珍しく、難しい顔つきをして考え込む表情に、レオナもこれは何かあると悟った。
「お前が男の子ならと父親に言われなかったかとあなたは尋ねたわね。確かに言われたことがある。そのあと何を言われたか分かって?」
「分からん」
「娘は家督を継げない、だからできるだけ有利な縁談を取り付けて送り出さなければならないし、可愛げのないお前にどこまでできるのかと言われたわ」
それは全否定に等しいとレオナは考えた。クローディアは沈んだ表情で続けた。
「娘は愛らしく、従順で、控えめであれと言うのが私が父から言われていた言葉なの。私はすぐに要らないことを喋ってしまう慎みのない娘だから、せめて外見だけは整えろとも言われてた。
写真を見たでしょうからご存じでしょうけど、私は妹と年が離れていて、可愛がられていたのはいつも妹。確かに可愛らしい子よ、あの子は。でもファレナ様の前で”この子は器量がよろしくないので”とはっきり言われたわ」
謙遜で言っているのではなく、本当にそう思っての言葉だと聞かされて、レオナは驚いた。そういえば、兄からもその話は聞いた。
気のいい兄がクローディアを不憫がるのも当然かもしれないとレオナは考えた。
「たとえかりそめの相手でも、決まってるのは楽だわ。お見合いのことを考えなくてすむし。でも、朝焼けの平原としては私にもっと早く成果を出させたかったみたいね」
どういうことかとレオナが尋ねると、クローディアは言った。
「ここに来る時に父に言い聞かされていた。第二王子殿下を篭絡しろと」
「篭絡、なあ…俺を色仕掛けで落とせということか」
「そういうこと。できれば、一日も早く第二王子の子を宿せと」
クローディアは口を尖らせていた。随分鬱屈としたものがあるのだろうということは、レオナにもわかった。
「あからさますぎるな。悪いが、宰相は本当にお前の親父か」
「残念ながらしっかり血縁です。外交に有利な駆け引きの道具として平気で娘を差し出すような父親ですけど」
険しい顔をしているクローディアに、レオナは声をかけた。
「ひでえ話だな」
「父にとって私はどうでもいい子、宰相閣下としての責務、フェルマン家の体面、大事なものはいつもそんなことばっかり。元軍人ですから職務のためには命がけです。いい意味でも悪い意味でも。おまけに私は父と性格的には相性が悪い」
クローディアの機嫌は悪く、レオナはその様子を黙って見ていた。
「帰ったらどうなる」
「…新しい縁談が待ってるはず。今度は私の魔法が必要な国にね。私は国王と宰相の手駒でしかない」
「お前それでいいのか」
「いいわけないじゃない!!」
クローディアは起き上がり、叫んだ。怒りと悲しみに体が震え、瞳から涙が零れた。
「逃げたって捕まる。国家反逆罪として処刑されるかも。だけどチェスの駒みたいにあっちこっちへ私の意思を無視して動かされるのなんて真っ平」
ベッドから降りて立ち上がったクローディアの体が固まった。クローディアは窓の方を見つめた。
それまでベッドに横たわりながら話を聞いていたレオナは起き上がり、クローディアに告げた。
「お前…泣いているのか」
言われるまで涙に気づかなかったほど、クローディアの心は怒りに満ちていた。
分かっていたのだ。男の子を望まれていたのに、生まれてきたのは女の自分。明らかに落胆した父親は、性格も合わない我が子を実の娘ながら煙たがった。6年後に生まれた妹への父親の溺愛ぶりと自分への冷えた態度の差に戸惑い、やがてそれが怒りと絶望に変わっていった。そんな自分が好きじゃなかったとクローディアは呟いた。誰に聞かせるわけでもなく。
「人生は、不公平だと思いませんか」
その言葉に、レオナは顔を上げた。そのことは自分が常に感じていることでもあったのだ。どんなに勉学に励み、知識を増やしても、王への道は閉ざされている。生まれた順番が違っていたらどうなったのかは分からない。だが、人生は誰にでも公平に開かれているほど甘いものではないということは、レオナが一番身をもって感じていることだった。同じ言葉を、自分の許嫁に決められた女の口から聞くとは思わなかった。
「ああ、そうだな」
「それでも私は、最後まで足掻きたいと思う。それは愚かなことと思う?」
「愚か…そうなのかもな。だが、そういう気概のあるやつは嫌いじゃない。お前が男に生まれていたら、人生が変わっていたかもしれんな」
「あなたも私が男の方がよかったと?」
「いや、違うな」
レオナはベッドから降り、厳しい目つきで窓の外を睨みながら涙があふれるのに任せているクローディアに声をかけた。
「お前が男だろうと女だろうと、俺はお前のその誇り高い魂を尊敬する。だが正直、お前が男でなくてよかったと思っている部分もある。なぜなら」
レオナはクローディアを抱きあげて運び、ベッドに横たわらせた。
「もしお前が男だったら、お前と得難い友情を紡いだかもしれん。それはそれでありかもしれんが、今俺の傍にいる可愛い雌に会うことはできなかっただろうからな」
「それって」
「明日は早い。もう寝ろ」
言うと、レオナはクローディアの横に寝そべり、自分の腕の中にクローディアを抱きかかえた。
「あ、あの…?」
「抱き枕は大人しくしてろ」
クローディアは口をつぐんだ。気まぐれと言いつつ、レオナが自分に気を使っていることを彼女は感じていた。レオナはクローディアを胸に抱きながら言った。
「お前の親父はひでえ親父だ。ああ、クソだなクソ。だがそんな親父でもお前は憎み切れなかった。違うか」
「なぜそんな」
「本気で憎んでいたら、あの鏡を必死で取り返そうとするわけがない。実の親子なのに分かり合えないことに気づいていて、それでも親父を憎み切れない。俺とは違うが、お前も自分の待遇に恵まれてこなかったんだな」
クローディアは唇をかみしめた。レオナの言う通りかもしれない。心は通わなくても、少なくとも育ててはくれた父親を完全に断ち切ることはできなかった。あんな父でも父親だと思いたいから手鏡を直そうと思っていた。その気持ちをレオナに見抜かれていたことに、少し驚いた。
「お前が親父の愛情を求めて得られないように、俺は王の座を求めても得られない。だがこれは誰が悪いわけでもない。兄貴はよくやっている方だし、チェカを恨むのもお門違いだ。
そう、俺の境遇でだれも悪いわけじゃないのと同じように、お前も誰かが悪いわけでもないのだろう。お前の親父は確かに、お前とは馬が合わないだろうが憎んでまではいないと思うぜ」
「そうでしょうか」
「本気で憎んでいたら早々にどっかに養子にやっちまうだろう。親父がお前にあの手鏡を手土産にしたのは、少しはお前のことを思っていると伝えたかったのかもな。おそらくひどく感情表現が下手糞な男に違いない。だが」
レオナはクローディアを抱きしめる腕の力を強めた。
「クソ親父でもお前を俺のところに寄越したことだけは褒めてやるか」
クローディアはレオナの腕の中で頭を上げ、レオナを見上げた。
「お前に会えてよかった」
「レオナ」
「明日は早い。寝るぞ」
レオナはそう告げると、三秒で眠りに落ちた。
夕暮れの草原に来るまでのクローディアは社交の場に出てもレオナと顔を合わせたことはなかった。そういう場に出ることを厭うレオナはしばしば、顔だけを出してすぐ奥に引っ込んでしまう。
だから、自分がレオナの許嫁に選ばれたのは見初められたからではないとクローディアは知っていた。貴族の娘として、身分と釣り合いの取れたそれなりの相手に嫁ぐため振る舞いから正されてきたのだ。言われるままに夕暮れの草原に彼女はお供も連れずにやってきた。
後宮では、第二王子殿下は気難しい人だとか、機嫌を損ねると砂にされるとか、陰気で横暴だとかいい話は聞かなかった。
(私がこの国に来るのと入れ違いのように、黒い馬車があの人を賢者の島に連れていってしまった)
学園に行ったきり、ホリデー休暇に帰ってきてもほとんどチェカの相手をしていたレオナと、後宮の奥でひっそりと暮らしていたクローディアが顔を合わせることはなかった。だが後宮に雇われている者たちの評と、王妃から聞かされるレオナの話には食い違いがあった。王妃は義弟について、神経質なところはあるが、年頃のお嬢さんと接することが少ないからあなたの顔を見に行くのが恥ずかしいのだと鷹揚に答えるので、クローディアも特に深く考えずほったらかしにされても惨めではなかった。
三日前、初めてレオナと顔を合わせた時には、彼の顔の造作の美しさに見とれた。低い声もこの三日で、機嫌がいいとき、よくない時が聞き分けられるようになった。ぶっきら棒だが自分に気を使っていることもよくわかった。
(どうしてレオナは、あの時私の帰国を延ばしてくれと言ったのかしら)
ごろんと寝返りを打ち、目を開けて天井を眺めていると、ふと視線を感じた。
「なに?」
「眠れないのか」
「…なんとなく」
レオナは、クローディアに自分の方へ寄れと手招きした。クローディアはためらったが、結局起き上がってレオナのほうへ向き直った。
「眠れないついでに、私の話を聞いてくれる?」
「何だ?寝物語でもしてくれるのか」
「そうじゃない…。私がここへ来ることを決めた理由よ」
レオナは、クローディアの表情が沈んでいるのに気づいた。うっすらと事情は聞いていたが、他に話したいこともあるらしい。
クローディアは、夕焼けの草原の近隣にある小国、朝焼けの平原国の宰相、フェルマン家の第一息女だ。フェルマン宰相は軍人から文官に転向した変わり種で、国王の信頼厚い人物だ。
本来なら総領娘として期待がかかるはずのクローディアは、しかし男の子が欲しかった父親からは疎んじられた。
「私、今迄一度も父の期待には応えられていないの」
クローディアは吐き捨てた。この三日間ずっと、基本的には穏やかな表情を見せてきた彼女としては珍しく、難しい顔つきをして考え込む表情に、レオナもこれは何かあると悟った。
「お前が男の子ならと父親に言われなかったかとあなたは尋ねたわね。確かに言われたことがある。そのあと何を言われたか分かって?」
「分からん」
「娘は家督を継げない、だからできるだけ有利な縁談を取り付けて送り出さなければならないし、可愛げのないお前にどこまでできるのかと言われたわ」
それは全否定に等しいとレオナは考えた。クローディアは沈んだ表情で続けた。
「娘は愛らしく、従順で、控えめであれと言うのが私が父から言われていた言葉なの。私はすぐに要らないことを喋ってしまう慎みのない娘だから、せめて外見だけは整えろとも言われてた。
写真を見たでしょうからご存じでしょうけど、私は妹と年が離れていて、可愛がられていたのはいつも妹。確かに可愛らしい子よ、あの子は。でもファレナ様の前で”この子は器量がよろしくないので”とはっきり言われたわ」
謙遜で言っているのではなく、本当にそう思っての言葉だと聞かされて、レオナは驚いた。そういえば、兄からもその話は聞いた。
気のいい兄がクローディアを不憫がるのも当然かもしれないとレオナは考えた。
「たとえかりそめの相手でも、決まってるのは楽だわ。お見合いのことを考えなくてすむし。でも、朝焼けの平原としては私にもっと早く成果を出させたかったみたいね」
どういうことかとレオナが尋ねると、クローディアは言った。
「ここに来る時に父に言い聞かされていた。第二王子殿下を篭絡しろと」
「篭絡、なあ…俺を色仕掛けで落とせということか」
「そういうこと。できれば、一日も早く第二王子の子を宿せと」
クローディアは口を尖らせていた。随分鬱屈としたものがあるのだろうということは、レオナにもわかった。
「あからさますぎるな。悪いが、宰相は本当にお前の親父か」
「残念ながらしっかり血縁です。外交に有利な駆け引きの道具として平気で娘を差し出すような父親ですけど」
険しい顔をしているクローディアに、レオナは声をかけた。
「ひでえ話だな」
「父にとって私はどうでもいい子、宰相閣下としての責務、フェルマン家の体面、大事なものはいつもそんなことばっかり。元軍人ですから職務のためには命がけです。いい意味でも悪い意味でも。おまけに私は父と性格的には相性が悪い」
クローディアの機嫌は悪く、レオナはその様子を黙って見ていた。
「帰ったらどうなる」
「…新しい縁談が待ってるはず。今度は私の魔法が必要な国にね。私は国王と宰相の手駒でしかない」
「お前それでいいのか」
「いいわけないじゃない!!」
クローディアは起き上がり、叫んだ。怒りと悲しみに体が震え、瞳から涙が零れた。
「逃げたって捕まる。国家反逆罪として処刑されるかも。だけどチェスの駒みたいにあっちこっちへ私の意思を無視して動かされるのなんて真っ平」
ベッドから降りて立ち上がったクローディアの体が固まった。クローディアは窓の方を見つめた。
それまでベッドに横たわりながら話を聞いていたレオナは起き上がり、クローディアに告げた。
「お前…泣いているのか」
言われるまで涙に気づかなかったほど、クローディアの心は怒りに満ちていた。
分かっていたのだ。男の子を望まれていたのに、生まれてきたのは女の自分。明らかに落胆した父親は、性格も合わない我が子を実の娘ながら煙たがった。6年後に生まれた妹への父親の溺愛ぶりと自分への冷えた態度の差に戸惑い、やがてそれが怒りと絶望に変わっていった。そんな自分が好きじゃなかったとクローディアは呟いた。誰に聞かせるわけでもなく。
「人生は、不公平だと思いませんか」
その言葉に、レオナは顔を上げた。そのことは自分が常に感じていることでもあったのだ。どんなに勉学に励み、知識を増やしても、王への道は閉ざされている。生まれた順番が違っていたらどうなったのかは分からない。だが、人生は誰にでも公平に開かれているほど甘いものではないということは、レオナが一番身をもって感じていることだった。同じ言葉を、自分の許嫁に決められた女の口から聞くとは思わなかった。
「ああ、そうだな」
「それでも私は、最後まで足掻きたいと思う。それは愚かなことと思う?」
「愚か…そうなのかもな。だが、そういう気概のあるやつは嫌いじゃない。お前が男に生まれていたら、人生が変わっていたかもしれんな」
「あなたも私が男の方がよかったと?」
「いや、違うな」
レオナはベッドから降り、厳しい目つきで窓の外を睨みながら涙があふれるのに任せているクローディアに声をかけた。
「お前が男だろうと女だろうと、俺はお前のその誇り高い魂を尊敬する。だが正直、お前が男でなくてよかったと思っている部分もある。なぜなら」
レオナはクローディアを抱きあげて運び、ベッドに横たわらせた。
「もしお前が男だったら、お前と得難い友情を紡いだかもしれん。それはそれでありかもしれんが、今俺の傍にいる可愛い雌に会うことはできなかっただろうからな」
「それって」
「明日は早い。もう寝ろ」
言うと、レオナはクローディアの横に寝そべり、自分の腕の中にクローディアを抱きかかえた。
「あ、あの…?」
「抱き枕は大人しくしてろ」
クローディアは口をつぐんだ。気まぐれと言いつつ、レオナが自分に気を使っていることを彼女は感じていた。レオナはクローディアを胸に抱きながら言った。
「お前の親父はひでえ親父だ。ああ、クソだなクソ。だがそんな親父でもお前は憎み切れなかった。違うか」
「なぜそんな」
「本気で憎んでいたら、あの鏡を必死で取り返そうとするわけがない。実の親子なのに分かり合えないことに気づいていて、それでも親父を憎み切れない。俺とは違うが、お前も自分の待遇に恵まれてこなかったんだな」
クローディアは唇をかみしめた。レオナの言う通りかもしれない。心は通わなくても、少なくとも育ててはくれた父親を完全に断ち切ることはできなかった。あんな父でも父親だと思いたいから手鏡を直そうと思っていた。その気持ちをレオナに見抜かれていたことに、少し驚いた。
「お前が親父の愛情を求めて得られないように、俺は王の座を求めても得られない。だがこれは誰が悪いわけでもない。兄貴はよくやっている方だし、チェカを恨むのもお門違いだ。
そう、俺の境遇でだれも悪いわけじゃないのと同じように、お前も誰かが悪いわけでもないのだろう。お前の親父は確かに、お前とは馬が合わないだろうが憎んでまではいないと思うぜ」
「そうでしょうか」
「本気で憎んでいたら早々にどっかに養子にやっちまうだろう。親父がお前にあの手鏡を手土産にしたのは、少しはお前のことを思っていると伝えたかったのかもな。おそらくひどく感情表現が下手糞な男に違いない。だが」
レオナはクローディアを抱きしめる腕の力を強めた。
「クソ親父でもお前を俺のところに寄越したことだけは褒めてやるか」
クローディアはレオナの腕の中で頭を上げ、レオナを見上げた。
「お前に会えてよかった」
「レオナ」
「明日は早い。寝るぞ」
レオナはそう告げると、三秒で眠りに落ちた。