三日間の恋人~レオナ
サバナクローの寮長、レオナ・キングスカラーが実家に帰りたがらないのには様々な理由があった。その理由を人に話すことはほとんどないが、いくつかの億劫な理由の中に、実家に「許嫁」が待っているというものがあった。
そもそも自分の立場が、王位継承権二位という不利な立場、そして兄である国王ファレナの比較対象として、知識や力をつければ「さすがはファレナ様の弟」と兄を引き合いに出されたり、「ファレナ様は同じ年の頃には…」と比較されたり、「力をつけて兄上を出し抜こうというおつもりか」と邪推される。そんな自分の妃に好き好んでなるような女は、夫の自分を使って国王に取り入りたい野心の塊か、第二王子と言えども「王族の妻」のステイタスが欲しいだけか、頭にお花が咲いているような愚かな者…なのではないかという皮肉な考えをレオナは持っていた。
許嫁の娘は2年前から、後宮の一室に寝泊まりし、家庭教師に勉強を教わり、王妃から妃教育を授けられてきたと聞く。どのような娘か、外見も、性格も、レオナは興味がない。だからこのまま面倒なので、放置しようと考えていたのだが、そういうわけにはいかなくなった。ホリデー休暇でもないのに、兄に呼び出されたのだ。
「婚約解消?」
「そういう話だ。2年間何も動きがなかったので、お役目に相応しくない娘を国に戻すのだそうだ」
許嫁は近隣の朝焼けの平原国の宰相の息女だった。
「一度でも顔を見に行ってあげればよかったのに。クローディアちゃんを2年間もほったらかしなんて」
王妃から言われると、レオナは反論できなかった。そもそも彼は義姉に弱い。さすがに、一度も顔を見に行かない自分に分がないと思ったレオナは、自分の許嫁のクローディアという名前の娘に面会に行くことにした。
「お初にお目にかかります、第二王子殿下。朝焼けの平原が宰相の第一息女、クローディア・フェルマンと申します」
栗色の肩までの髪、自分よりほぼ頭1つ小さいクロヒョウの雌の獣人。それがクローディアだった。瞳はハシバミの色。意志の強さと知性が感じられる。
「硬い挨拶はなしだ。俺はレオナ・キングスカラー。今迄放置して済まなかった」
「いえ。殿下はカレッジにいらっしゃいましたし、戻られてもお忙しいと伺いましたので」
確かに忙しくはあったが、面倒だからと放置したのは自分だ。
「明日発ちますのに、わざわざご挨拶に来ていただき、お目にかかれただけでも光栄ですわ」
「そのことだが」
硬い定型文のような挨拶を、レオナは遮った。
「三日間だけ出立を延ばしてはくれないか」
「はて?…それは、殿下のお望みでしたら延ばすことはできますが」
「今迄放置しておいて何だと言われるかもしれんが、縁のあった者がどんな人となりだったかを知っておいた方がよいと。貴女のことを少しでも知っていれば、今後の外交に良い風が吹くかもしれん」
「なるほど、恩を売っておこうと」
「…聡いな。王妃殿下から聞いた通りだ」
媚びず、自分の考えをはっきり伝えるクローディアに、レオナは少し好感を持った。(朝焼けの平原とは、農地の境界線で小競り合いが絶えん。おそらく俺に宰相の第一息女を寄越した理由も外交の理由が大きいだろう。彼女が国に帰る前に恩を売っておくのは悪い話ではない)
「おほめに預かり、恐れ入ります」
「どうだ、出立を三日延ばしてくれないか」
「わかりました。宰相には電話で伝えます。レオナ様直々のご希望と聞けば、愚痴は聞かされてもダメとは言われないでしょう」
「ありがたい。では、貴女の最後の三日間を俺に委ねてくれないか。せめて最後に許嫁らしいことをして、ここでの思い出をよいものとして持ち帰ってほしいのだ」
「そういうことでしたら、喜んで」
「それと」
レオナは言葉を切って、再びクローディアを眺めた。
猫耳の小さな頭。ふっくらとした丸い顔と聡明そうな瞳、意思の強そうな引き締まった口元。手足は細いが、ゆったりした服装からも少し伺える、母性的な豊かな胸と安産型の腰つき。長い尻尾がゆらゆらと揺れて、面白がっている。
「明日からの三日間は、俺に敬語は使わないでくれ。名前も、ただレオナと呼んでくれ」
「はい、ではそうさせていただきます」
「俺は何と呼べばいい」
「そうですね…クローディアと。子どもの頃はディアと呼ばれていました。お好きなように」
「ではクローディア。明日の朝お前を迎えに来る。着替えと身の回りの物をまとめておいてくれ」
クローディアは首を捻った。
「私の部屋へお通いになるのでは」
「いや、お前を俺の部屋に連れて行く。最後の三日間俺の部屋で過ごせ。俺のベッドはここの倍以上あるし、一緒に過ごした方がいいだろう」
そう言うとレオナは、クローディアの返事を待たず部屋付きの侍女に「お嬢様の荷物を運んでくれ」と頼んで部屋を出た。
そもそも自分の立場が、王位継承権二位という不利な立場、そして兄である国王ファレナの比較対象として、知識や力をつければ「さすがはファレナ様の弟」と兄を引き合いに出されたり、「ファレナ様は同じ年の頃には…」と比較されたり、「力をつけて兄上を出し抜こうというおつもりか」と邪推される。そんな自分の妃に好き好んでなるような女は、夫の自分を使って国王に取り入りたい野心の塊か、第二王子と言えども「王族の妻」のステイタスが欲しいだけか、頭にお花が咲いているような愚かな者…なのではないかという皮肉な考えをレオナは持っていた。
許嫁の娘は2年前から、後宮の一室に寝泊まりし、家庭教師に勉強を教わり、王妃から妃教育を授けられてきたと聞く。どのような娘か、外見も、性格も、レオナは興味がない。だからこのまま面倒なので、放置しようと考えていたのだが、そういうわけにはいかなくなった。ホリデー休暇でもないのに、兄に呼び出されたのだ。
「婚約解消?」
「そういう話だ。2年間何も動きがなかったので、お役目に相応しくない娘を国に戻すのだそうだ」
許嫁は近隣の朝焼けの平原国の宰相の息女だった。
「一度でも顔を見に行ってあげればよかったのに。クローディアちゃんを2年間もほったらかしなんて」
王妃から言われると、レオナは反論できなかった。そもそも彼は義姉に弱い。さすがに、一度も顔を見に行かない自分に分がないと思ったレオナは、自分の許嫁のクローディアという名前の娘に面会に行くことにした。
「お初にお目にかかります、第二王子殿下。朝焼けの平原が宰相の第一息女、クローディア・フェルマンと申します」
栗色の肩までの髪、自分よりほぼ頭1つ小さいクロヒョウの雌の獣人。それがクローディアだった。瞳はハシバミの色。意志の強さと知性が感じられる。
「硬い挨拶はなしだ。俺はレオナ・キングスカラー。今迄放置して済まなかった」
「いえ。殿下はカレッジにいらっしゃいましたし、戻られてもお忙しいと伺いましたので」
確かに忙しくはあったが、面倒だからと放置したのは自分だ。
「明日発ちますのに、わざわざご挨拶に来ていただき、お目にかかれただけでも光栄ですわ」
「そのことだが」
硬い定型文のような挨拶を、レオナは遮った。
「三日間だけ出立を延ばしてはくれないか」
「はて?…それは、殿下のお望みでしたら延ばすことはできますが」
「今迄放置しておいて何だと言われるかもしれんが、縁のあった者がどんな人となりだったかを知っておいた方がよいと。貴女のことを少しでも知っていれば、今後の外交に良い風が吹くかもしれん」
「なるほど、恩を売っておこうと」
「…聡いな。王妃殿下から聞いた通りだ」
媚びず、自分の考えをはっきり伝えるクローディアに、レオナは少し好感を持った。(朝焼けの平原とは、農地の境界線で小競り合いが絶えん。おそらく俺に宰相の第一息女を寄越した理由も外交の理由が大きいだろう。彼女が国に帰る前に恩を売っておくのは悪い話ではない)
「おほめに預かり、恐れ入ります」
「どうだ、出立を三日延ばしてくれないか」
「わかりました。宰相には電話で伝えます。レオナ様直々のご希望と聞けば、愚痴は聞かされてもダメとは言われないでしょう」
「ありがたい。では、貴女の最後の三日間を俺に委ねてくれないか。せめて最後に許嫁らしいことをして、ここでの思い出をよいものとして持ち帰ってほしいのだ」
「そういうことでしたら、喜んで」
「それと」
レオナは言葉を切って、再びクローディアを眺めた。
猫耳の小さな頭。ふっくらとした丸い顔と聡明そうな瞳、意思の強そうな引き締まった口元。手足は細いが、ゆったりした服装からも少し伺える、母性的な豊かな胸と安産型の腰つき。長い尻尾がゆらゆらと揺れて、面白がっている。
「明日からの三日間は、俺に敬語は使わないでくれ。名前も、ただレオナと呼んでくれ」
「はい、ではそうさせていただきます」
「俺は何と呼べばいい」
「そうですね…クローディアと。子どもの頃はディアと呼ばれていました。お好きなように」
「ではクローディア。明日の朝お前を迎えに来る。着替えと身の回りの物をまとめておいてくれ」
クローディアは首を捻った。
「私の部屋へお通いになるのでは」
「いや、お前を俺の部屋に連れて行く。最後の三日間俺の部屋で過ごせ。俺のベッドはここの倍以上あるし、一緒に過ごした方がいいだろう」
そう言うとレオナは、クローディアの返事を待たず部屋付きの侍女に「お嬢様の荷物を運んでくれ」と頼んで部屋を出た。
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