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夜の眷属との出会い

 その客は、ある1点だけ見るととても奇妙な客と言えた。
シアトルスタイルのカフェで常に注文をするのは「トマトジュース」。それ以外のものは一切注文しない。

 彼は、決まって夜になってからカフェに訪れた。
やや癖のある肩にかかる黒髪。魂を抜かれるほどの美形で、スタイルもいい。同じシフトに入っている高校生の女の子が、
「サクマ レイ」
と呼んでいた。なんとかいうアイドルユニットのリーダーらしい。
 いち華がその「サクマ レイ」と言葉を交わしたのは、ほんのちょっとしたきっかけだった。バイト仲間では「トマトジュースの君」という隠れ名をつけられているその男が、どういうわけかトマトジュースではないものを注文したのである。
「シナモンティー、ホットで。…それと、これ」
彼がショーケースを覗いて指さしたのは、パンプキンパイだった。そう、あれはハロウィン近くのことだったのだ。
「お時間かかりますがよろしいですか」
「うむ」
「ではこちらの番号札をお持ちください。お席にお運びします」
彼は窓際の、いつも座っている席に腰を下ろしていた。手帳に何か書き込んでいたと思ったら、スマホでメールをチェックする。だが、そのしぐさが優雅で、ついうっかりいち華も見とれてしまうほどだった。

 シナモンティーとパンプキンパイをトレイに載せ、いち華は彼の前に注文の品を運んだ。
「お待たせいたしました、シナモンティーとパンプキンパイです」
顔を上げた彼と目を合わせて、いち華は彼の瞳が赤いことに気づいた。(ハーフかな)そのまま何となく視線を反らせずにいると、くくくっという笑い声が聞こえた。
「わしの顔に何かついておるかな、お嬢ちゃん」
「い、いえ…」
びくりとすくみ上ったいち華は、普段なら絶対にそんなことをしないような行動にうっかり出てしまった。
「今日は、トマトジュースをご注文されなかったのですね」
彼はいち華を見上げ、また笑った。
「冷えるからの。それに…パイを食べたい気分だったんじゃ」
端正な顔立ちなのに、年寄りのような口調で話すのがなんだか奇妙で、だが惹きつけられる。
「あ、ありがとうございます!パンプキンパイは季節商品なので…気にいって頂ければ嬉しいです」
「ふっふっふ。…怯えずともよい。取って食ったりはしないぞよ」
何か見透かされているような気がして、いち華は冷や汗が出た。怖いのに、目をそらせない。
「嬢ちゃんはこの時間帯に店にいるのかな」
「…はい、平日はほぼ…」
「じゃあ、次に来た時には嬢ちゃんのおすすめを頂くとしよう」
不思議な男だ、と、いち華は思った。

 バイト仲間から、やはりあれは「サクマ レイ」だと聞かされ、いち華は「サクマ レイ」について検索をしてみた。
 彼は名だたるアイドルを輩出した「夢ノ咲学院」の卒業生だった。留年したので年齢が自分より1つ上だということ、昼の光に弱い体質であること、「UNDEAD」というユニットのリーダーだということ、「サクマ レイ」は「朔間 零」と書くのだと言うことが分かって、はっとした。

「どこかで見たって思ったら…朔間 凛月くんのお兄さん…?」

 そういえば、高校時代のいち華の同級生で、「Knights」というユニットのファンの子がいた。その子が応援していたのが「朔間 凛月」という名前の、日光に弱いという体質の子だった。アイドルに疎く、お祭りでイベントに来た「流星隊」というユニットがアイドルだと言うことを最近知ったくらいのいち華は、自分がアルバイトしているカフェがESの「音楽特区」に面した敷地に立っていることすら知らなかったのだった。
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