四話
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尾形は一日ぶりに兵舎へ戻った。
兵卒の外泊は認められないため、内務班で尾形は早速月島軍曹から追及を受ける事になった。
「貴様、今までどこで何をしていた」
「人助けです、軍曹殿」
「人助け?貴様がか?」
月島は訝しげに尾形の顔を見る。
その目は 嘘を言うな、と言っているようだった。
「はい。その際に民家で世話になりましたから、確認すれば解るかと」
月島はフンと溜息をつくと、その民家の住所を訪ねてきたので答える。
鶴見中尉の忠実な部下の彼は、きっと確認しに行くのだろう。
「……今回は鶴見中尉殿には報告しないでおいてやる。次は無いと思え」
月島は睨むように尾形を見ると立ち去って行った。
尾形は無表情で彼の背中を見てから、背嚢を壁に備え付けられた棚に仕舞う。
刺青の囚人を探っている男。
その男に気がついて、山で単独行動を取っていた。
そう遠くないうちに、上官である鶴見中尉を裏切り、第七師団を離れる事になるだろう……と、尾形は見慣れた室内の壁を見ながら考えた。
そのときは、あの女を連れて行こう。
俺に縋る事しかできないあの女を連れて行こう。
俺がいる暗い闇の底まで、沈み込ませてしまおう。
お互いの顔が見えないくらいの暗闇へ潜って、手を握り合えばいい。
体温を分け合って、血肉を感じて、俺だけのために生きればいい。
尾形は普段と変わらぬ顔の下でそんな事を考えながら、部屋を後にした。
♢
ナマエは宣言通り、翌日から働き始めた。
仕事は果てしなくあり、早くも辛くなったがやる事がないよりマシだった。
余計な事を考えなくて済むし、きちんとお腹も空いて眠くなる。
そして時折思い出す尾形の唇についても、頭の中で搔き消す事もできる。
あんなに荒々しい、性急なキスは初めてだった。
でもあれはきっと、何か事故のようなもので、気まぐれだったのだろう。
何度かあのキスについて考えた結果、ナマエはそういう結論を出して自分を納得させる。
あれに何か意味を持たせるのが怖いのかもしれない。
それに、彼が見ているのは柊子なのだ。自分自身ではない。
考えてしまうのを避けるために、ナマエはひたすら手を動かした。
一週間もすれば、生活の流れにも慣れてくるし、下手くそながらも身の回りのことをなんとかこなせるようにもなった。
お使いを頼まれたり、店番を頼まれたりしているうちに、近所の人とも徐々に顔見知りになっていく。
身寄りがなくて置いてもらっていると分かると、多くの人が優しく接してくれた。
尾形はなかなか姿を見せなかった。
軍には来るなと言われているし、連絡手段もない。
街を歩いた時に、兵士が見張りに立っている建物があって、きっとあれが兵舎だろうと思ったけれど、訪ねる勇気は出ない。
そして流石に心細くなってきた日曜日、ようやく彼はふらりと現れた。
ナマエはお使いに行った帰りで、重たい荷物を玄関に置いて一息ついたところだった。
「尾形さん!?」
彼はかすかに頷くようにして応えた。
今日は山で会った時のようなマントは身につけておらず、軍帽を被り軍服の上に外套を着用した姿だ。
非番なのか、小銃は持っていなかった。
ナマエは思わず尾形の方へ駆け寄ると、安堵で笑顔になる。
「来てくれたんですね。良かった……」
さすがに不安だったので、と呟いたナマエを、尾形はにやりと笑って見下ろした。
「そんなに俺に会いたかったのか?」
するとナマエは大きく頷いた。
「もちろんですよ。本当、もう一度会えて良かった」
その時背後から宿屋の引戸がガラガラと開く音がして、女将が顔を出した。
「おや、兵隊さん。この子、本当に何もできなかったけど最近はサマになってきましたよ。あ、ちょっと前からこの子の希望で雇っててね」
尾形は少し意外そうにナマエを見たが、笑顔を作ると口を開いた。
「そうでしたか。それは助かりますなぁ。何も出来ない女を娶るわけにもいかんですから」
女将は俄かに色めき立つと、やっぱりそうことだったんだねぇ、とにやりと笑った。
「アンタ、久し振りに会ったんだろ?どっか行っておいでよ」
そういうと、ピシャリと引戸を閉めてしまった。
閉まった瞬間尾形の作り笑顔が消え去って、真顔でナマエを見下ろしている。
色々と突っ込みたい所はあったが、気まずさで何も言い出せない。
「行くぞ」
少しの沈黙の後に、尾形が口を開いて街の中へ歩いて行ったので、ナマエもそれに続いて歩き始めた。
兵卒の外泊は認められないため、内務班で尾形は早速月島軍曹から追及を受ける事になった。
「貴様、今までどこで何をしていた」
「人助けです、軍曹殿」
「人助け?貴様がか?」
月島は訝しげに尾形の顔を見る。
その目は 嘘を言うな、と言っているようだった。
「はい。その際に民家で世話になりましたから、確認すれば解るかと」
月島はフンと溜息をつくと、その民家の住所を訪ねてきたので答える。
鶴見中尉の忠実な部下の彼は、きっと確認しに行くのだろう。
「……今回は鶴見中尉殿には報告しないでおいてやる。次は無いと思え」
月島は睨むように尾形を見ると立ち去って行った。
尾形は無表情で彼の背中を見てから、背嚢を壁に備え付けられた棚に仕舞う。
刺青の囚人を探っている男。
その男に気がついて、山で単独行動を取っていた。
そう遠くないうちに、上官である鶴見中尉を裏切り、第七師団を離れる事になるだろう……と、尾形は見慣れた室内の壁を見ながら考えた。
そのときは、あの女を連れて行こう。
俺に縋る事しかできないあの女を連れて行こう。
俺がいる暗い闇の底まで、沈み込ませてしまおう。
お互いの顔が見えないくらいの暗闇へ潜って、手を握り合えばいい。
体温を分け合って、血肉を感じて、俺だけのために生きればいい。
尾形は普段と変わらぬ顔の下でそんな事を考えながら、部屋を後にした。
♢
ナマエは宣言通り、翌日から働き始めた。
仕事は果てしなくあり、早くも辛くなったがやる事がないよりマシだった。
余計な事を考えなくて済むし、きちんとお腹も空いて眠くなる。
そして時折思い出す尾形の唇についても、頭の中で搔き消す事もできる。
あんなに荒々しい、性急なキスは初めてだった。
でもあれはきっと、何か事故のようなもので、気まぐれだったのだろう。
何度かあのキスについて考えた結果、ナマエはそういう結論を出して自分を納得させる。
あれに何か意味を持たせるのが怖いのかもしれない。
それに、彼が見ているのは柊子なのだ。自分自身ではない。
考えてしまうのを避けるために、ナマエはひたすら手を動かした。
一週間もすれば、生活の流れにも慣れてくるし、下手くそながらも身の回りのことをなんとかこなせるようにもなった。
お使いを頼まれたり、店番を頼まれたりしているうちに、近所の人とも徐々に顔見知りになっていく。
身寄りがなくて置いてもらっていると分かると、多くの人が優しく接してくれた。
尾形はなかなか姿を見せなかった。
軍には来るなと言われているし、連絡手段もない。
街を歩いた時に、兵士が見張りに立っている建物があって、きっとあれが兵舎だろうと思ったけれど、訪ねる勇気は出ない。
そして流石に心細くなってきた日曜日、ようやく彼はふらりと現れた。
ナマエはお使いに行った帰りで、重たい荷物を玄関に置いて一息ついたところだった。
「尾形さん!?」
彼はかすかに頷くようにして応えた。
今日は山で会った時のようなマントは身につけておらず、軍帽を被り軍服の上に外套を着用した姿だ。
非番なのか、小銃は持っていなかった。
ナマエは思わず尾形の方へ駆け寄ると、安堵で笑顔になる。
「来てくれたんですね。良かった……」
さすがに不安だったので、と呟いたナマエを、尾形はにやりと笑って見下ろした。
「そんなに俺に会いたかったのか?」
するとナマエは大きく頷いた。
「もちろんですよ。本当、もう一度会えて良かった」
その時背後から宿屋の引戸がガラガラと開く音がして、女将が顔を出した。
「おや、兵隊さん。この子、本当に何もできなかったけど最近はサマになってきましたよ。あ、ちょっと前からこの子の希望で雇っててね」
尾形は少し意外そうにナマエを見たが、笑顔を作ると口を開いた。
「そうでしたか。それは助かりますなぁ。何も出来ない女を娶るわけにもいかんですから」
女将は俄かに色めき立つと、やっぱりそうことだったんだねぇ、とにやりと笑った。
「アンタ、久し振りに会ったんだろ?どっか行っておいでよ」
そういうと、ピシャリと引戸を閉めてしまった。
閉まった瞬間尾形の作り笑顔が消え去って、真顔でナマエを見下ろしている。
色々と突っ込みたい所はあったが、気まずさで何も言い出せない。
「行くぞ」
少しの沈黙の後に、尾形が口を開いて街の中へ歩いて行ったので、ナマエもそれに続いて歩き始めた。