三話
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「結婚前のお嬢さんが……可哀想にねぇ」
兵隊さんが見つけて下さって、運が良かったですねぇとお婆さんに慰められる。
尾形とナマエは首尾よく民家に通されて、まずはお湯で身体を綺麗にしましょうねという事になった。
尾形が意外にも演技力を見せ、この家の人間は彼等の言い分を信じて世話を焼いてくれる。
軍服の威光もあるのかもしれない。
「あら髪まで……切られちゃったのかしら?結うには少し短いけど、なんとかしましょう」
お湯の温かさで生き返った後は、粗末な物ですが、と言って着物をきせられた。
その間尾形の姿は見えなかったので、別室で待たされているのだろう。
記憶喪失という設定を存分に活かし、着付けも教えてもらう。一度で覚えられるか不安だったが、慣れれば何とかなるだろう。
ますます哀れみの視線を向けられて申し訳なくなったが、背に腹は変えられない。
もといた時代に戻りたいとは当然思っているが、とにかく今は目立たずこの明治時代で過ごすしかないのだ。
銃を持った軍隊が闊歩しているような時代、100年先の世から来たなどと知れたらどの様な扱いを受けるかわからない。
髪もなんとか結ってもらい、鏡をのぞいてみると、見た目の違和感は無くなったように思う。
襖を開けて尾形が待たされている部屋へ入ると、彼は顔を上げてこちらを見やった。
すると尾形の目は驚いたように少し見開かれたけれど、また普段のようになる。
ナマエにはもう何となく、彼が柊子を思い出しているのがわかった。
着物と髪で、その見たこともない女の人の姿にまた近づいたのだろう。
この容姿がなければ、きっとこの男に拾われることはなかった。
他人に入れ替わっているような気がして良い気分ではないが、この状況では贅沢は言ってられない。
どんな動機でも、手を差し伸べてくれている事に変わりはないのだから。
「お待たせしました。ありがとうございます」
「礼ならこの家の婆さんに言えよ。用も済んだからもう出るぞ」
ナマエは改めてお婆さんにお礼を言うと、尾形に連れられて家を出た。
去り際に、彼がお婆さん何か渡しているのが視界の端に見えて、恐らく幾らかお金を渡したのだろうと思う。
尾形という人は口は悪いし態度も冷たいけれど、きっと悪い人ではないのだとナマエは考えた。
少し先を歩く彼の背中に向かってもう一度お礼を言うと、別にいいとぶっきらぼうな返事が返ってくる。
やがて、先ほど荷物をまとめた場所に戻ってくると、尾形は振り向いてナマエを見た。
「お前の荷物は全部燃やせ」
「えっ、全部ですか……」
唯一の現代から来た証拠であり、元の時代に戻る頼みの綱のように思っている品々だが、裏を返せばそれだけ危険なものでもあった。
ナマエもそれは理解しているつもりだが、燃やすとなると心細い。
「獣に荒らされるくらいならいいが、誰か他の人間の手に渡ったときのことを考えろ。俺みたいに優しい奴とは限らんぞ」
尾形が優しいかは別として、彼の言葉はもっともだったので、ナマエはゆっくりと頷いた。
「そうですよね。……わかりました」
ナマエが返事をすると、尾形はマッチを取り出して火をつけた。
ダウンやリュックの類は瞬く間に火が燃え移り、灰になっていく。
スマホは燃やせないのでビニール袋に包んで埋めた。
白い袋に土をかけていると、なんだか令和に生きていた自分自身を埋めているような錯覚に陥る。
これで一応は、未来から来た証拠を処理したことになるだろう。
自分の存在がさらに頼りなくなったような気がして、ナマエはしんみりと灰を見つめた。
尾形は俯き加減の彼女に、一瞬視線を向けてから口を開く。
「……お前が先の世から来た人間だということは、俺が知っている。それで十分だろ」
何か不足があるのか、と言うような尾形の表情に、ナマエはなんだか少し救われたような気がした。
「信じてくれるんですか」
彼は素っ気なく まあ一応はな、と返事をすると、街へ行くぞ、と先を歩いて行った。