十九話
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十九話
船に乗るとあっという間に大泊に到着し、一行は樺太の地を踏んだ。北海道よりも空気が冷え、すでに薄く雪が積もっている。これから冬へ向かっていく季節のことを考えると、今の装備では心許ない。そこで街に出て防寒具などを買い足すことになり、尾形とナマエは二人で店を見てまわった。
「やっぱり寒いですね、樺太って……初めて来ました」
「北海道より北にあるんだから当たり前だ。これから更に北上するから、その格好じゃ凍死するぞ」
そう言いながら、めぼしい店を見つけて中に入ると襟巻きやら手袋やらを購入する。ナマエが遠慮していると、尾形は お前が凍傷になる方が面倒だ、とぶっきらぼうに言って、きちんと着込むようようにと説教を始めるのだった。その後別行動をしていた三人と合流したのだが、彼らはある情報を手に入れていた。大泊近くにあるロシア人の街に、変わった日本人の男がいるそうだ。北海道から来て、変わった刺青を持っているらしい。
「さて、今からその情報を確かめたいところだが……もうすぐ日暮れだな。今日のところは宿を探すぞ。近くに樺太アイヌの集落があるはずだ」
「樺太にもアイヌがいるのか」
押し黙っていたアシリパが久しぶりに口を開いたので、キロランケは優しげな表情になってから そうだ、と返事をする。
「ほら、見えてきたぞ」
その言葉に前を見てみると、森を抜けて開けた場所に木造の小屋が立ち並んでいるのが見えた。犬が何頭も飼われているのが見え、北海道アイヌとの生活様式の違いを感じる。すると、一軒の家から女の子が出てきたのが見えて、こちらに向かって歩いて来た。装飾のついた帽子をかぶっていて、アシリパより少し幼いくらいだろうか。
「あなたたち、知らない人。どうしたの?」
見慣れぬ訪問者の様子を見に来たらしい。キロランケが 今晩の宿を探している、礼はすると話すと、少女はにっこりと笑って自分の家らしき建物を指さしてから歩き始めた。それについて行くと、紐に繋げられた犬の脇を通り過ぎたところに玄関がある。樺太アイヌは夏の家と冬の家、二つの住居をもつそうで、ナマエたちは土でドームのように盛ってある冬の家に通された。中にはおじいさんが一人いて、二人で暮らしているようだ。
エノノカと名乗った少女は、悲しげに口を閉ざしているアシリパを気にかけて、木の器に赤い粒の果物らしきものを入れて持って来てくれた。
「これ、フレップ……とっても美味しい」
アシリパはゆっくり顔を上げると、ありがとう、と小さな声で言って赤い宝石のような一粒をつまむと口に入れる。すると青い目がきらりと光って、ぱくぱくとフレップを頬張った。
「ヒンナ」
少し笑ったアシリパを見て、エノノカも安心したように微笑んだ。ナマエもアシリパの様子にホッとすると、勧められたフレップを口に入れる。しょっぱくて酸っぱくて甘い味が口に広がって、たしかに手が止まらなくなる美味しさだ。エノノカはそんな二人の様子が嬉しいのか、ぽっと赤らんだ頬に笑みを浮かべると男達の方に視線を移して口を開いた。
「他のニシパ達も食べてみて」
尾形はもぐもぐ食べているナマエを見て、普通に食べられるものらしいと確認してから一粒口にする。キロランケと白石もエノノカにお礼を言うと、フレップを口に入れて味わった。美味しいものは場の空気を一つにしてくれるようだ、家の中には和やかな雰囲気が漂って、夜がゆっくりと更けていった。尾形は男二人から
ナマエを隠すような位置を陣取ると、さっさと寝ろと促すのだった。
翌日、例の日本人の噂を確かめに残留ロシア人の街へと向かう。ナマエはロシア語ができないので、キロランケに 白石達と待ってろ、と言われてそうする事にした。尾形も そうしろ、と言うように頷いたが、恐らくアシリパと親密になれと言う事だろう。
樺太についてから知ったことだが、尾形はロシア語が堪能だった。ナマエが感心していると「鶴見中尉の命令だったから」と言ったが、満更でもない表情を浮かべているのが分かる。
「尾形さんすごいですね。ハラショーとボルシチぐらいしか知りませんでした。あとピロシキ」
「食い物ばかりだな」
「そうですね……じゃあ、これから使う機会もあると思いますし、挨拶とか教えてもらってもいいですか」
尾形は面倒くさそうな顔をしたが、ナマエが食い下がったので渋々口を開いた。
「…… Здравствуйте、いつでも使える挨拶だ。別れる時はДо свидания、礼を言う時はСпасибо」
「ちょっと待ってください、今メモとるんで」
そう言うと、ナマエは荷物から慌てて紙と鉛筆を取り出して走り書きをする。その手元をじっと見ながら、尾形はゆっくり口を開いた。
「勉強熱心なのは結構だが、無闇にロシア人に話しかけるなよ。この辺りはガラの悪い連中ばかりだからな。俺がいない時に絡まれでもしたらどうする」
「わかりました。まあ、尾形さんもかなりガラ悪い方だと思いますけど…」
「そりゃあ悪かったな」
尾形は口もとに悪そうな笑みを浮かべると、人目がないのをいいことにナマエの腕を掴んでぐいと引き寄せた。樺太へ来てから落ち着く暇がなかったということもあり、二人はあまり恋人らしいことをしていなかった。尾形はふいに、掴んでいるこの腕を引っ張って、二人だけになってしまいたいと考えたが、自身のやるべき事を思い返してやめにする。しかしこちらを見返すナマエの顔を見ていると、その唇を塞ぎたい欲望が湧いて出て、結局彼はその通りにした。一歩後ずさろうとしたナマエの体を、掌に力を込めて引き留める。
「……急に、びっくりしました」
ナマエはあたりを憚るように視線を走らせたが、幸い見ている者はいない。視線の下にある女の頬がさっと赤らんで、それが寒さのせいではないのを尾形は好ましく思った。
「俺はお前の言う通りお上品なガラではないからな。そんな顔で見つめるなよ」
今すぐお前を抱いてもいいんだぜ。引き寄せた耳元にそう言うと、ナマエは ええと、その、とかまごまご言っていたが、完全に拒否しているわけではないのが見て取れて、尾形は満足するともう一度接吻した。女の頬に触れてみると、縫合跡のある自分の肌とは違う、柔らかな感触がする。舌先に交わる体温は、まるで脳を支配するように尾形を誘った。濡れた舌が、ナマエの身体のそこかしこを思い起こさせる。
「……阿呆」
それを振り切るように唇を離すと、心中を悟られないように左手で髪の毛を撫で付けた。ほかの誰でもなく、俺に生きていてほしいと言う女。愛なんてものは信じちゃいないが、ナマエのこの想いはなんという名前だろう。
尾形さん、と名前を呼ばれて女の顔を見ると、照れ臭そうにこちらを見つめていて、手が汚れていない無垢を感じる。尾形はそれを見ていると、ナマエだけは守りたいと思う反面、誰かに奪われるくらいなら、自分から離れていくくらいなら、この手でめちゃくちゃにしてやりたいという、矛盾した感情を抱えるのだった。
♢
ナマエは例のメモを片手に、白石、アシリパと共に村唯一の酒場へ入った。
「Здравствуйте」
「え!?ナマエちゃんロシア語話せるの?」
白石が驚いて言うと、ナマエは いえいえ挨拶だけです、と否定する。そうしていると席に通されて、三人はサモワールが置かれているテーブルについた。見様見真似でサモワール上部のティーポットを手に取り、金属製のホルダーがついたコップに紅茶を注ぐ。そのままでは濃いので、サモワールで沸かされている熱湯で割って飲むと、紅茶の香りが鼻に抜けていった。
「美味しい、やっぱり紅茶はいいなぁ」
ナマエがポツリと感想を漏らすと、白石は不思議そうな顔でその様子を眺める。
「ナマエちゃん、ずいぶんハイカラなものが好きなんだね。前から思ってたけど、上流階級出身なんじゃない?」
ナマエが驚いて白石を見返すと、彼は特に気に留めた素振りも見せずに言葉を続ける。
「紅茶って庶民は飲まないからさ。茨城出身なんだよね?地元の名士とか当たれば家が分かるかもよ。色々終わったら、尾形ちゃんに連れてってもらったら?そしたらそのまま結婚かねぇ〜」
ナマエが思わず赤面すると、アシリパが そうだな、と頷く。彼女はフレップを食べて以来、少しずつ笑うことも増えていたけれど、まだその表情には影がある。
「尾形はナマエと話すときは楽しそうだからな」
ナマエは段々と恥ずかしさが込み上げてきたので、照れ隠しに紅茶を飲み込んだ。
「尾形ちゃん結構わかりやすいからね」
それから三人は黙ってお茶を啜ったが、話題は網走監獄の夜に戻った。アシリパは父がアイヌを裏切ったことを受け止めきれずにいたが、白石は「父ちゃんの味方になってあげなよ」と励ます。
「それから杉元の事なんだけどさぁ…… ナマエちゃんも、誰が撃ったのかは見てないんだよね?」
はい、と返事をすると、彼は坊主頭に手をやってシャリシャリと擦る。
「あいつまだ生きてんじゃねえかなぁ?俺はあんな野郎が簡単に死ぬとは思えないんだよ」
すると、アシリパの目がきらりと光って、きっぱりとした口調で言った。
「何言ってるんだシライシ、杉元が死んでるわけないだろッ あいつは不死身の杉元だぞ」
きっと生きている、そう言ったアシリパの表情は晴れやかで、ナマエは彼らの結びつきの強さを感じた。同時に、彼らが言うように杉元が生きていたらいいなと思う。アシリパにとって杉元がどれだけ大切な存在なのかは理解していたので、アシリパの為にも、杉元には生きていて欲しかった。そうなると尾形の死亡確認が間違っていることになるが、杉元の生命力は侮れない。
「そうだね、アシリパちゃん。杉元さん、きっと今頃元気になってるよ」
ナマエの言葉にアシリパは力強く頷くと、紅茶に添えられたスーシュカに手を伸ばして ヒンナだ!と笑顔で言った。
船に乗るとあっという間に大泊に到着し、一行は樺太の地を踏んだ。北海道よりも空気が冷え、すでに薄く雪が積もっている。これから冬へ向かっていく季節のことを考えると、今の装備では心許ない。そこで街に出て防寒具などを買い足すことになり、尾形とナマエは二人で店を見てまわった。
「やっぱり寒いですね、樺太って……初めて来ました」
「北海道より北にあるんだから当たり前だ。これから更に北上するから、その格好じゃ凍死するぞ」
そう言いながら、めぼしい店を見つけて中に入ると襟巻きやら手袋やらを購入する。ナマエが遠慮していると、尾形は お前が凍傷になる方が面倒だ、とぶっきらぼうに言って、きちんと着込むようようにと説教を始めるのだった。その後別行動をしていた三人と合流したのだが、彼らはある情報を手に入れていた。大泊近くにあるロシア人の街に、変わった日本人の男がいるそうだ。北海道から来て、変わった刺青を持っているらしい。
「さて、今からその情報を確かめたいところだが……もうすぐ日暮れだな。今日のところは宿を探すぞ。近くに樺太アイヌの集落があるはずだ」
「樺太にもアイヌがいるのか」
押し黙っていたアシリパが久しぶりに口を開いたので、キロランケは優しげな表情になってから そうだ、と返事をする。
「ほら、見えてきたぞ」
その言葉に前を見てみると、森を抜けて開けた場所に木造の小屋が立ち並んでいるのが見えた。犬が何頭も飼われているのが見え、北海道アイヌとの生活様式の違いを感じる。すると、一軒の家から女の子が出てきたのが見えて、こちらに向かって歩いて来た。装飾のついた帽子をかぶっていて、アシリパより少し幼いくらいだろうか。
「あなたたち、知らない人。どうしたの?」
見慣れぬ訪問者の様子を見に来たらしい。キロランケが 今晩の宿を探している、礼はすると話すと、少女はにっこりと笑って自分の家らしき建物を指さしてから歩き始めた。それについて行くと、紐に繋げられた犬の脇を通り過ぎたところに玄関がある。樺太アイヌは夏の家と冬の家、二つの住居をもつそうで、ナマエたちは土でドームのように盛ってある冬の家に通された。中にはおじいさんが一人いて、二人で暮らしているようだ。
エノノカと名乗った少女は、悲しげに口を閉ざしているアシリパを気にかけて、木の器に赤い粒の果物らしきものを入れて持って来てくれた。
「これ、フレップ……とっても美味しい」
アシリパはゆっくり顔を上げると、ありがとう、と小さな声で言って赤い宝石のような一粒をつまむと口に入れる。すると青い目がきらりと光って、ぱくぱくとフレップを頬張った。
「ヒンナ」
少し笑ったアシリパを見て、エノノカも安心したように微笑んだ。ナマエもアシリパの様子にホッとすると、勧められたフレップを口に入れる。しょっぱくて酸っぱくて甘い味が口に広がって、たしかに手が止まらなくなる美味しさだ。エノノカはそんな二人の様子が嬉しいのか、ぽっと赤らんだ頬に笑みを浮かべると男達の方に視線を移して口を開いた。
「他のニシパ達も食べてみて」
尾形はもぐもぐ食べているナマエを見て、普通に食べられるものらしいと確認してから一粒口にする。キロランケと白石もエノノカにお礼を言うと、フレップを口に入れて味わった。美味しいものは場の空気を一つにしてくれるようだ、家の中には和やかな雰囲気が漂って、夜がゆっくりと更けていった。尾形は男二人から
ナマエを隠すような位置を陣取ると、さっさと寝ろと促すのだった。
翌日、例の日本人の噂を確かめに残留ロシア人の街へと向かう。ナマエはロシア語ができないので、キロランケに 白石達と待ってろ、と言われてそうする事にした。尾形も そうしろ、と言うように頷いたが、恐らくアシリパと親密になれと言う事だろう。
樺太についてから知ったことだが、尾形はロシア語が堪能だった。ナマエが感心していると「鶴見中尉の命令だったから」と言ったが、満更でもない表情を浮かべているのが分かる。
「尾形さんすごいですね。ハラショーとボルシチぐらいしか知りませんでした。あとピロシキ」
「食い物ばかりだな」
「そうですね……じゃあ、これから使う機会もあると思いますし、挨拶とか教えてもらってもいいですか」
尾形は面倒くさそうな顔をしたが、ナマエが食い下がったので渋々口を開いた。
「…… Здравствуйте、いつでも使える挨拶だ。別れる時はДо свидания、礼を言う時はСпасибо」
「ちょっと待ってください、今メモとるんで」
そう言うと、ナマエは荷物から慌てて紙と鉛筆を取り出して走り書きをする。その手元をじっと見ながら、尾形はゆっくり口を開いた。
「勉強熱心なのは結構だが、無闇にロシア人に話しかけるなよ。この辺りはガラの悪い連中ばかりだからな。俺がいない時に絡まれでもしたらどうする」
「わかりました。まあ、尾形さんもかなりガラ悪い方だと思いますけど…」
「そりゃあ悪かったな」
尾形は口もとに悪そうな笑みを浮かべると、人目がないのをいいことにナマエの腕を掴んでぐいと引き寄せた。樺太へ来てから落ち着く暇がなかったということもあり、二人はあまり恋人らしいことをしていなかった。尾形はふいに、掴んでいるこの腕を引っ張って、二人だけになってしまいたいと考えたが、自身のやるべき事を思い返してやめにする。しかしこちらを見返すナマエの顔を見ていると、その唇を塞ぎたい欲望が湧いて出て、結局彼はその通りにした。一歩後ずさろうとしたナマエの体を、掌に力を込めて引き留める。
「……急に、びっくりしました」
ナマエはあたりを憚るように視線を走らせたが、幸い見ている者はいない。視線の下にある女の頬がさっと赤らんで、それが寒さのせいではないのを尾形は好ましく思った。
「俺はお前の言う通りお上品なガラではないからな。そんな顔で見つめるなよ」
今すぐお前を抱いてもいいんだぜ。引き寄せた耳元にそう言うと、ナマエは ええと、その、とかまごまご言っていたが、完全に拒否しているわけではないのが見て取れて、尾形は満足するともう一度接吻した。女の頬に触れてみると、縫合跡のある自分の肌とは違う、柔らかな感触がする。舌先に交わる体温は、まるで脳を支配するように尾形を誘った。濡れた舌が、ナマエの身体のそこかしこを思い起こさせる。
「……阿呆」
それを振り切るように唇を離すと、心中を悟られないように左手で髪の毛を撫で付けた。ほかの誰でもなく、俺に生きていてほしいと言う女。愛なんてものは信じちゃいないが、ナマエのこの想いはなんという名前だろう。
尾形さん、と名前を呼ばれて女の顔を見ると、照れ臭そうにこちらを見つめていて、手が汚れていない無垢を感じる。尾形はそれを見ていると、ナマエだけは守りたいと思う反面、誰かに奪われるくらいなら、自分から離れていくくらいなら、この手でめちゃくちゃにしてやりたいという、矛盾した感情を抱えるのだった。
♢
ナマエは例のメモを片手に、白石、アシリパと共に村唯一の酒場へ入った。
「Здравствуйте」
「え!?ナマエちゃんロシア語話せるの?」
白石が驚いて言うと、ナマエは いえいえ挨拶だけです、と否定する。そうしていると席に通されて、三人はサモワールが置かれているテーブルについた。見様見真似でサモワール上部のティーポットを手に取り、金属製のホルダーがついたコップに紅茶を注ぐ。そのままでは濃いので、サモワールで沸かされている熱湯で割って飲むと、紅茶の香りが鼻に抜けていった。
「美味しい、やっぱり紅茶はいいなぁ」
ナマエがポツリと感想を漏らすと、白石は不思議そうな顔でその様子を眺める。
「ナマエちゃん、ずいぶんハイカラなものが好きなんだね。前から思ってたけど、上流階級出身なんじゃない?」
ナマエが驚いて白石を見返すと、彼は特に気に留めた素振りも見せずに言葉を続ける。
「紅茶って庶民は飲まないからさ。茨城出身なんだよね?地元の名士とか当たれば家が分かるかもよ。色々終わったら、尾形ちゃんに連れてってもらったら?そしたらそのまま結婚かねぇ〜」
ナマエが思わず赤面すると、アシリパが そうだな、と頷く。彼女はフレップを食べて以来、少しずつ笑うことも増えていたけれど、まだその表情には影がある。
「尾形はナマエと話すときは楽しそうだからな」
ナマエは段々と恥ずかしさが込み上げてきたので、照れ隠しに紅茶を飲み込んだ。
「尾形ちゃん結構わかりやすいからね」
それから三人は黙ってお茶を啜ったが、話題は網走監獄の夜に戻った。アシリパは父がアイヌを裏切ったことを受け止めきれずにいたが、白石は「父ちゃんの味方になってあげなよ」と励ます。
「それから杉元の事なんだけどさぁ…… ナマエちゃんも、誰が撃ったのかは見てないんだよね?」
はい、と返事をすると、彼は坊主頭に手をやってシャリシャリと擦る。
「あいつまだ生きてんじゃねえかなぁ?俺はあんな野郎が簡単に死ぬとは思えないんだよ」
すると、アシリパの目がきらりと光って、きっぱりとした口調で言った。
「何言ってるんだシライシ、杉元が死んでるわけないだろッ あいつは不死身の杉元だぞ」
きっと生きている、そう言ったアシリパの表情は晴れやかで、ナマエは彼らの結びつきの強さを感じた。同時に、彼らが言うように杉元が生きていたらいいなと思う。アシリパにとって杉元がどれだけ大切な存在なのかは理解していたので、アシリパの為にも、杉元には生きていて欲しかった。そうなると尾形の死亡確認が間違っていることになるが、杉元の生命力は侮れない。
「そうだね、アシリパちゃん。杉元さん、きっと今頃元気になってるよ」
ナマエの言葉にアシリパは力強く頷くと、紅茶に添えられたスーシュカに手を伸ばして ヒンナだ!と笑顔で言った。