十八話
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
十八話
網走へ向かう中で季節は移ろい、気温が徐々に低下して秋がやってきた。空には雁が渡り、森の中はドングリやヤマブドウが実っている。網走に到着した日、ナマエは尾形と共に山の中から網走監獄を眺めた。五翼放射状平家舎房の特徴的な建築が印象的で、遂にこの金塊争奪戦の核心に触れるかと思うと否応なしに緊張感が高まる。一行は網走監獄近くのアイヌコタンに潜伏すると、偵察した内容を踏まえながら作戦を立てた。白石の提案によって、網走川に面した塀の下にトンネルを掘ることに決まり、網走監獄侵入大作戦の準備がひっそりと始まったのだった。尾形は彼らの作業に邪魔が入らないよう見張り役になったので、ナマエも彼の隣についたりインカラマッと網走川のほとりを散策したりして過ごした。彼女とは民族の違いはあれど、旅路で初めて行動を共にした成人女性なので、は今までとは違う落ち着きのようなものを感じて、たびたびインカラマッと言葉を交わすようになっていた。複雑な模様が入った赤い衣と青い鉢巻に、色白な肌へ施された化粧と刺青。切長の謎めいた美しい瞳が、狐の頭骨を見つめる様なんかを、ナマエは新鮮な思いで眺めていた。
「ナマエさんは不思議な人ですね。あなたのような人には初めて会いました」
網走川を眺めていたある日、インカラマッは見透かすような目をナマエに向けて言った。その視線にドキリとしながらも、そうですか、と返事をする。
「はい。私の名前は『見る女』という意味なんですが……あなたの過去が、何も分からないのです。こんな事は初めてです」
「……それは不思議ですね」
「はい。でも貴女は探しものをしているようですね。この危険な旅に同行しているのは、そのためでしょう」
「探しもの…そうかもしれません。自分がなぜここにいるのか、それをずっと探していますから。あの、さっき過去が見えないって言いましたよね。ならもしかして未来は見えるんですか?」
「占うことはできますよ。やりますか?」
ナマエは思わずごくりと唾を飲み込んだ。インカラマッの占いが、不思議なくらいによく当たることを旅の中で目の当たりにしていたので、なんだか恐ろしくなったのだ。しかし、試してみたいという欲求に逆らえず、お願いしますと答える。インカラマッはいつも携えている荷物からゴザを取り出して地面に敷くと、すっと腰を下ろしてナマエにも座るよう促した。ドキドキしながら正座をすると、インカラマッは白い手でそっと狐の頭骨を取り出して、頭の上に乗せた。彼女が厳かに体を傾けると、ゆっくりと骨が落ちていく。
「……悪い兆候です。あなたの探しものは中々見つからないか、多くの困難が待ち受けているでしょう。覚悟が必要だと思います」
「そうですか……。ありがとう、インカラマッ」
ナマエはその不吉に落ちた骨を見ていると、自分の未来に暗い影が落ちてくるように感じられて不穏な気持ちになったが、インカラマッが でも、と言葉を続けたので顔を上げる。
「運命は変えられます。占いは絶対ではありません。どんな未来へ進みたいかは、あなた自身が選ぶのです」
インカラマッは、意志の篭った目でナマエを見つめると、力強く言った。それに圧倒されるように頷くと、彼女の言う通りのような気がしてくる。
「でも占い師さんらしくない発言ですね。お陰で元気は湧いてきたけれど」
「仰る通りですね。……私はある方に、それを身を持って持って教えてもらったのです」
「もしかして、谷垣さんですか」
そう言うと、インカラマッは頬をカーッと赤らめたので、ナマエは思わずニヤニヤしてしまう。彼女は謎めいているようで、こういう素直なところがあるのだった。
♢
トンネルはキロランケの指揮で順調に掘り進んでいる。アイヌに扮装し、鮭漁を偽装しているのも功を奏しているようだった。そんな中、尾形は人目につかない森の中までナマエを引っ張ってくると、あたりを警戒しながら口を開いた。
「これからの予定を話す。よく聞けよ」
尾形がいつになく難しい顔をして切り出したので、ナマエは頷くと彼が語り始めるのを待った。
「……奴らが網走監獄に潜入する時、お前は敷地に入るな」
「え?そんな……どうしてもですか」
「そうだ。当日は何が起こるか分からん。お前を決まった場所に待たせておいて、後から迎えに行くほうが遥かに安全だ。……最初に言った約束を忘れたのか?俺の言うことには必ず従うんだろ?」
尾形は顔を寄せると、ナマエの瞳にじっと視線を注ぎながら言った。分かりました、と答えると、納得したように頷く。
「そして、あの娘……アシリパが暗号を解く重要な鍵を持っているのは、お前も分かっているな。あの娘の信頼を得るようにしろ」
「……分かりました。アシリパちゃんについてはバッチリです。私、結構仲良しなんですよ」
ナマエは少々しんみりとしながら答えた。
アシリパとの友情が、暗号を手に入れるための手段になってしまうのが悲しかったが、仕方のない事だった。
「そうらしいな。だが肩入れはするなよ、あくまでも信頼を得るためだからな。お前は甘ったれだから、すぐ友達になったとか言い出すだろ。インカラマッとも話してるようだが、必要以上のことはするな」
尾形はナマエの考えを読んだかのように釘を刺す。今行動を共にしている彼らの事を、ナマエは好きになっていたので、尾形の言葉にハッとさせられた。彼らと一緒にいると麻痺してしまうが、利害の一致で共にいるに過ぎないのだ。それぞれの目的の為に、全員が血眼で金塊を追っていることを肝に命じておかなくてはならない。
「……はい。でも尾形さん、アシリパちゃんと仲良くなれるんですか?そういうのは、私の方が得意だと思うんです。だからその辺りは私が担当するのはどうですか?勿論、尾形さん自身ももっとあの子に歩み寄った方がいいとは思いますけど……アシリパちゃんとだけ仲良くするのも不自然だし、満遍なく交流した方がいいと思うのですが」
「はッ、言うようになったじゃねぇか」
尾形は薄い笑みを浮かべてから、こっちに来いと言った。一歩近寄ってきたナマエの腕をぐいと引くと、少し乱暴に唇を塞ぐ。一瞬身を引いた女の体を、腕に力を込めて捕まえた。
「生意気な口だ」
彼はそう言うと、ナマエがもう話せないように深く接吻するのだった。
網走へ向かう中で季節は移ろい、気温が徐々に低下して秋がやってきた。空には雁が渡り、森の中はドングリやヤマブドウが実っている。網走に到着した日、ナマエは尾形と共に山の中から網走監獄を眺めた。五翼放射状平家舎房の特徴的な建築が印象的で、遂にこの金塊争奪戦の核心に触れるかと思うと否応なしに緊張感が高まる。一行は網走監獄近くのアイヌコタンに潜伏すると、偵察した内容を踏まえながら作戦を立てた。白石の提案によって、網走川に面した塀の下にトンネルを掘ることに決まり、網走監獄侵入大作戦の準備がひっそりと始まったのだった。尾形は彼らの作業に邪魔が入らないよう見張り役になったので、ナマエも彼の隣についたりインカラマッと網走川のほとりを散策したりして過ごした。彼女とは民族の違いはあれど、旅路で初めて行動を共にした成人女性なので、は今までとは違う落ち着きのようなものを感じて、たびたびインカラマッと言葉を交わすようになっていた。複雑な模様が入った赤い衣と青い鉢巻に、色白な肌へ施された化粧と刺青。切長の謎めいた美しい瞳が、狐の頭骨を見つめる様なんかを、ナマエは新鮮な思いで眺めていた。
「ナマエさんは不思議な人ですね。あなたのような人には初めて会いました」
網走川を眺めていたある日、インカラマッは見透かすような目をナマエに向けて言った。その視線にドキリとしながらも、そうですか、と返事をする。
「はい。私の名前は『見る女』という意味なんですが……あなたの過去が、何も分からないのです。こんな事は初めてです」
「……それは不思議ですね」
「はい。でも貴女は探しものをしているようですね。この危険な旅に同行しているのは、そのためでしょう」
「探しもの…そうかもしれません。自分がなぜここにいるのか、それをずっと探していますから。あの、さっき過去が見えないって言いましたよね。ならもしかして未来は見えるんですか?」
「占うことはできますよ。やりますか?」
ナマエは思わずごくりと唾を飲み込んだ。インカラマッの占いが、不思議なくらいによく当たることを旅の中で目の当たりにしていたので、なんだか恐ろしくなったのだ。しかし、試してみたいという欲求に逆らえず、お願いしますと答える。インカラマッはいつも携えている荷物からゴザを取り出して地面に敷くと、すっと腰を下ろしてナマエにも座るよう促した。ドキドキしながら正座をすると、インカラマッは白い手でそっと狐の頭骨を取り出して、頭の上に乗せた。彼女が厳かに体を傾けると、ゆっくりと骨が落ちていく。
「……悪い兆候です。あなたの探しものは中々見つからないか、多くの困難が待ち受けているでしょう。覚悟が必要だと思います」
「そうですか……。ありがとう、インカラマッ」
ナマエはその不吉に落ちた骨を見ていると、自分の未来に暗い影が落ちてくるように感じられて不穏な気持ちになったが、インカラマッが でも、と言葉を続けたので顔を上げる。
「運命は変えられます。占いは絶対ではありません。どんな未来へ進みたいかは、あなた自身が選ぶのです」
インカラマッは、意志の篭った目でナマエを見つめると、力強く言った。それに圧倒されるように頷くと、彼女の言う通りのような気がしてくる。
「でも占い師さんらしくない発言ですね。お陰で元気は湧いてきたけれど」
「仰る通りですね。……私はある方に、それを身を持って持って教えてもらったのです」
「もしかして、谷垣さんですか」
そう言うと、インカラマッは頬をカーッと赤らめたので、ナマエは思わずニヤニヤしてしまう。彼女は謎めいているようで、こういう素直なところがあるのだった。
♢
トンネルはキロランケの指揮で順調に掘り進んでいる。アイヌに扮装し、鮭漁を偽装しているのも功を奏しているようだった。そんな中、尾形は人目につかない森の中までナマエを引っ張ってくると、あたりを警戒しながら口を開いた。
「これからの予定を話す。よく聞けよ」
尾形がいつになく難しい顔をして切り出したので、ナマエは頷くと彼が語り始めるのを待った。
「……奴らが網走監獄に潜入する時、お前は敷地に入るな」
「え?そんな……どうしてもですか」
「そうだ。当日は何が起こるか分からん。お前を決まった場所に待たせておいて、後から迎えに行くほうが遥かに安全だ。……最初に言った約束を忘れたのか?俺の言うことには必ず従うんだろ?」
尾形は顔を寄せると、ナマエの瞳にじっと視線を注ぎながら言った。分かりました、と答えると、納得したように頷く。
「そして、あの娘……アシリパが暗号を解く重要な鍵を持っているのは、お前も分かっているな。あの娘の信頼を得るようにしろ」
「……分かりました。アシリパちゃんについてはバッチリです。私、結構仲良しなんですよ」
ナマエは少々しんみりとしながら答えた。
アシリパとの友情が、暗号を手に入れるための手段になってしまうのが悲しかったが、仕方のない事だった。
「そうらしいな。だが肩入れはするなよ、あくまでも信頼を得るためだからな。お前は甘ったれだから、すぐ友達になったとか言い出すだろ。インカラマッとも話してるようだが、必要以上のことはするな」
尾形はナマエの考えを読んだかのように釘を刺す。今行動を共にしている彼らの事を、ナマエは好きになっていたので、尾形の言葉にハッとさせられた。彼らと一緒にいると麻痺してしまうが、利害の一致で共にいるに過ぎないのだ。それぞれの目的の為に、全員が血眼で金塊を追っていることを肝に命じておかなくてはならない。
「……はい。でも尾形さん、アシリパちゃんと仲良くなれるんですか?そういうのは、私の方が得意だと思うんです。だからその辺りは私が担当するのはどうですか?勿論、尾形さん自身ももっとあの子に歩み寄った方がいいとは思いますけど……アシリパちゃんとだけ仲良くするのも不自然だし、満遍なく交流した方がいいと思うのですが」
「はッ、言うようになったじゃねぇか」
尾形は薄い笑みを浮かべてから、こっちに来いと言った。一歩近寄ってきたナマエの腕をぐいと引くと、少し乱暴に唇を塞ぐ。一瞬身を引いた女の体を、腕に力を込めて捕まえた。
「生意気な口だ」
彼はそう言うと、ナマエがもう話せないように深く接吻するのだった。