十七話
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空がほんの少し白んできた頃、尾形は無言でナマエを膝から下ろすと、人差し指を口元に当てて しぃ〜、として見せた。ここで静かに待っていろということらしい。音もなく茂みから出ると銃を構え、ナマエが目を凝らしても良く見えないような一点をじっと狙っている。やがて引金を引くと、銃弾が命中した音が森に響いた。
「もうちょっと明るければ外さなかったのに……あと2発か。おいナマエ、もう出てきていいぞ。あいつらは撤退するはずだ、後をつける」
ナマエがガサガサと茂みから出てくると、光が入り始めた森の中で全裸の尾形が銃を持っている。目のやり場に困るが、隠せる衣服など持ち合わせていないので前を歩く尾形の白い体の後を追う。やがて古びた旅館が見えてきて、二人は木の影に隠れると建物の様子を伺った。尾形は視線を落とすと、真剣な表情で旅館を見つめている女を眺める。辺りが明るくなってくると、浴衣一枚という姿のナマエが目について、緩まっている胸元や薄い布一枚越しに感じる腰なんかが、彼を誘っているように思われた。
「尾形だ」
声がして振り返ると、アシリパと杉元が歩いてくるのが見えたのだが、杉元も全裸だったのでナマエは慌てて地面を見つめる。杉元の方もナマエがいるとは思っていなかったらしく、驚いた顔をした後に頬を赤らめると ごめん、と申し訳なさそうに軍帽を深く被った。
「おい杉元、服着ろよ。あとナマエを見るなよ」
「服持ってるわけねぇだろ!ナマエさんはっ……その、俺は見てないから!!」
「何をそんなに恥ずかしがってるんだ?杉元。よく脱いでるじゃないか」
アシリパは不思議そうに杉元を見やって言うが、見かけによらず繊細な彼は そう言うことじゃなくて…と歯切れ悪く言った。
「大丈夫です杉元さん、こういう状況なので……私の方こそこんな格好ですみません」
襟元や帯を直しつつ伝えると、尾形は杉元から引き離すようにナマエの腕を掴んで自分に寄せてから口を開いた。
「都丹庵士と手下2名が建物に入っていった。あの廃旅館が奴らのアジトだ」
「……銃を取りに戻っていたら逃げられる。このまま突入して一気にカタをつける。アシリパさんは外で待機しててくれ」
「ナマエ、お前もだ」
旅館の前に着いて杉元が扉をそっと開けると、中は真っ暗闇であった。
「灯がいるんじゃないですか?私持って入ります」
「……仕方がねぇな。俺から離れるなよ」
そう言うと、尾形はナマエを庇うように引き寄せた。杉元の 他でやってぇ?という声を聞き流しつつ、三人は暗く湿った廃旅館へと飛び込むように侵入する。杉元がぼんやりと照らされる壁へ駆け寄って窓を開けようとするが、板が打ち付けられていて光を取り入れることは叶わない。その瞬間、入り口が勢いよく閉められて三人は閉じ込められてしまった。光の届かない場所からカンッと音が響いたかと思うと、ナマエが手に持っていたランプが撃ち抜かれ、ガラスが飛び散って真っ暗闇になる。それとほぼ同時に尾形も引金を引いたので、敵の足は一瞬止まったが立て続けに発砲音が響いた。
「奥へ!!ナマエ、怪我はねぇか!」
「大丈夫です!」
尾形は一寸先も見えない闇の中で、ナマエの手をきつく掴むと室内を進んだ。やがてどこからか入ってきたアシリパの気配がするが、依然として彼らは動けないままだった。どこから襲われるか分からない緊張感で、掌にじっとりと嫌な汗をかくのを感じる。
「塘路湖のペカンペだ」
アシリパが小声で言った時、奥の方から男の呻き声が聞こえた。尾形が素早く反応して狙撃すると、それが合図となって男たちは激しく戦い始める。
「ナマエ、弾切れだ。こっちに来い」
尾形に言われて廊下の方へ出た時だった。壁がメキメキと音を立てたかと思うと、牛山が壁を壊して入ってきて、居合わせたアシリパが チンポ先生ッと顔を輝かせる。
「お嬢…また会ったな。ナマエは……随分色っぽい格好してるじゃないか。俺はそういうのも好きだぜ」
牛山はナマエを頭の先からつま先までじっと見つめると、いつもの調子で言った。尾形はムッとした顔になると、大男の視線を遮るようにナマエの前に立つ。その頃には戦いも終わったらしく、土方や永倉も中へ入ったので都仁の処遇は彼らに委ねられることになり、尾形達は一旦宿へ引き上げた。一晩中神経を張り詰めてていたので、ナマエは部屋に入るなり布団へ潜り込むと泥のように眠る。やがて尾形に叩き起こされて温泉に入ったり、食事や睡眠をとって身体を休めると、土方勢を加えた一行は次の街である北見へ向かう事となった。
♢
北見へ到着すると、杉元の提案で写真館へ寄ることになり、それぞれカメラの前に立っている。杉元はアシリパの祖母へ写真を送るため、と言ったが実際の狙いは他にあるようだ。恐らくは、釧路で疑惑の矛先が向けられたインカラマッとキロランケの素性を探る目的だろう。写真師は田本さんといって土方の古い知り合いだそうで、熟練の手つきで被写体を写していく。ナマエはその様子を興味深く眺めていたが、ふとある考えが浮かんで隣に立っている尾形へ一歩近付いた。
「尾形さん。一緒に撮りませんか」
「別に写真なんていらねぇよ」
「そんなこと言わずに……お願いします」
珍しくナマエが食い下がったので、尾形が怪訝な顔をすると、その様子を見ていた土方が静かに歩み寄る。
「いいじゃないか、尾形。写真の一枚くらい撮ってやれ。田本、次はこいつらを頼めるか」
あぁ?と尾形は迷惑そうな顔をしたが、ナマエは表情を明るくすると土方と田本に頭を下げる。思った以上にナマエが喜んでいるので、尾形は乗り気ではないもののカメラの前に立つと、無表情に前を見つめた。杉元達は撮影を終えて建物の外へ出ていたので、写真館の中は先程よりも静かだった。その静寂の中で、田本は丁寧な手つきで機材へ触れると撮影の準備をしている。
「はい、ではお二人共もう少し近付いて。ええ、それくらいです、大変結構ですよ。……お二人はご夫婦ですか」
ナマエがまごまごと否定すると、田本は そうですか、と返事をした後にゆっくりと口を開く。
「私も写真師をして長いものですから、結婚写真を撮ることもございましてね。色々な方々を見て参りましたが……あなた方は、何か強い縁で結ばれているのを感じます。…はい、動かないで」
そう言うと、彼は年齢を重ねた手でカメラの蓋を取る。6秒間、二人は黙ってレンズを見つめた。ナマエはこの瞬間が、一枚の写真に閉じ込められていくのを感じる。尾形と二人、白黒の写真の中へと永遠に。
「結構です。……運命の糸があるとすれば、あなた方は固く結ばれているのでしょうな……そう、ちょうど綾繋ぎのように」
「綾繋ぎ、ですか」
姿勢を楽にしてからナマエが問うと、年老いた写真師は朗らかに笑った。
「ええ。二本の紐同士を結ぶ、結び目が大変固い結び方です。あなた方の縁はほどけることがない……そう感じますよ」
そう言うと、もう宜しいですよ、と言われて二人は写真館の外へ出た。この町でとっている宿へと戻る道を歩きながら、ナマエはちらりと尾形を見る。
「尾形さん、写真撮ってくれてありがとうございました。……あの、私」
ナマエは一呼吸おくと、思い切って口を開いた。
「……私は、尾形さんとずっと縁を結んでいたいです」
言い終わると、尾形はぴたりと足を止めてナマエを見た。黒い瞳から彼の心を推し量るのは困難だが、その奥に感情のさざめきがあるのをナマエは知っている。
「安心しろよ。……俺は運命の糸なんてあやふやな物は信じちゃいないが、もしそれがあるのなら……手放すようなことはしない」
下らないこと言ってねぇで早く行くぞ、と急かす尾形の後姿を、ナマエは焦がれるような気持ちで眺めた。いつからだろう。早く元の場所へ帰りたいという希望が、いつまでもここにいたい、という願いに変化していったのは。
後日土方からそれぞれの手に渡された写真は、尾形とナマエが身を寄せ合うように並んで立っていて、あの日の一瞬が切り取られて目の前に現れたようだった。違う時間が流れている二人だが、こうして写真に収まると、まるで同じ時を生きているようだ。いや、もはや今は、二人の時間の糸は絡み合って一本の紐になっていた。交わるはずのなかった彼らの人生は、もう後戻りできないほどに重なっていた。手の中にあるこの写真はその証のように思われて、ナマエはそれを食い入るように見つめる。
「尾形さん、これ……私の宝物です。ずっと大切にします」
ナマエはそういうと、慎重に懐へと仕舞い込んだ。尾形はその様子を見て 大袈裟だな、と言ったけれど、彼もまた軍衣の物入れへと写真をしまう。網走監獄はもう間近だ。金塊の核心へ迫ることで、二人の前にはあらゆる困難や危険が立ちはだかるだろう。一体何が起こるのかわからない。しかしナマエは、この写真を胸に尾形の後をついてゆくのだった。
「もうちょっと明るければ外さなかったのに……あと2発か。おいナマエ、もう出てきていいぞ。あいつらは撤退するはずだ、後をつける」
ナマエがガサガサと茂みから出てくると、光が入り始めた森の中で全裸の尾形が銃を持っている。目のやり場に困るが、隠せる衣服など持ち合わせていないので前を歩く尾形の白い体の後を追う。やがて古びた旅館が見えてきて、二人は木の影に隠れると建物の様子を伺った。尾形は視線を落とすと、真剣な表情で旅館を見つめている女を眺める。辺りが明るくなってくると、浴衣一枚という姿のナマエが目について、緩まっている胸元や薄い布一枚越しに感じる腰なんかが、彼を誘っているように思われた。
「尾形だ」
声がして振り返ると、アシリパと杉元が歩いてくるのが見えたのだが、杉元も全裸だったのでナマエは慌てて地面を見つめる。杉元の方もナマエがいるとは思っていなかったらしく、驚いた顔をした後に頬を赤らめると ごめん、と申し訳なさそうに軍帽を深く被った。
「おい杉元、服着ろよ。あとナマエを見るなよ」
「服持ってるわけねぇだろ!ナマエさんはっ……その、俺は見てないから!!」
「何をそんなに恥ずかしがってるんだ?杉元。よく脱いでるじゃないか」
アシリパは不思議そうに杉元を見やって言うが、見かけによらず繊細な彼は そう言うことじゃなくて…と歯切れ悪く言った。
「大丈夫です杉元さん、こういう状況なので……私の方こそこんな格好ですみません」
襟元や帯を直しつつ伝えると、尾形は杉元から引き離すようにナマエの腕を掴んで自分に寄せてから口を開いた。
「都丹庵士と手下2名が建物に入っていった。あの廃旅館が奴らのアジトだ」
「……銃を取りに戻っていたら逃げられる。このまま突入して一気にカタをつける。アシリパさんは外で待機しててくれ」
「ナマエ、お前もだ」
旅館の前に着いて杉元が扉をそっと開けると、中は真っ暗闇であった。
「灯がいるんじゃないですか?私持って入ります」
「……仕方がねぇな。俺から離れるなよ」
そう言うと、尾形はナマエを庇うように引き寄せた。杉元の 他でやってぇ?という声を聞き流しつつ、三人は暗く湿った廃旅館へと飛び込むように侵入する。杉元がぼんやりと照らされる壁へ駆け寄って窓を開けようとするが、板が打ち付けられていて光を取り入れることは叶わない。その瞬間、入り口が勢いよく閉められて三人は閉じ込められてしまった。光の届かない場所からカンッと音が響いたかと思うと、ナマエが手に持っていたランプが撃ち抜かれ、ガラスが飛び散って真っ暗闇になる。それとほぼ同時に尾形も引金を引いたので、敵の足は一瞬止まったが立て続けに発砲音が響いた。
「奥へ!!ナマエ、怪我はねぇか!」
「大丈夫です!」
尾形は一寸先も見えない闇の中で、ナマエの手をきつく掴むと室内を進んだ。やがてどこからか入ってきたアシリパの気配がするが、依然として彼らは動けないままだった。どこから襲われるか分からない緊張感で、掌にじっとりと嫌な汗をかくのを感じる。
「塘路湖のペカンペだ」
アシリパが小声で言った時、奥の方から男の呻き声が聞こえた。尾形が素早く反応して狙撃すると、それが合図となって男たちは激しく戦い始める。
「ナマエ、弾切れだ。こっちに来い」
尾形に言われて廊下の方へ出た時だった。壁がメキメキと音を立てたかと思うと、牛山が壁を壊して入ってきて、居合わせたアシリパが チンポ先生ッと顔を輝かせる。
「お嬢…また会ったな。ナマエは……随分色っぽい格好してるじゃないか。俺はそういうのも好きだぜ」
牛山はナマエを頭の先からつま先までじっと見つめると、いつもの調子で言った。尾形はムッとした顔になると、大男の視線を遮るようにナマエの前に立つ。その頃には戦いも終わったらしく、土方や永倉も中へ入ったので都仁の処遇は彼らに委ねられることになり、尾形達は一旦宿へ引き上げた。一晩中神経を張り詰めてていたので、ナマエは部屋に入るなり布団へ潜り込むと泥のように眠る。やがて尾形に叩き起こされて温泉に入ったり、食事や睡眠をとって身体を休めると、土方勢を加えた一行は次の街である北見へ向かう事となった。
♢
北見へ到着すると、杉元の提案で写真館へ寄ることになり、それぞれカメラの前に立っている。杉元はアシリパの祖母へ写真を送るため、と言ったが実際の狙いは他にあるようだ。恐らくは、釧路で疑惑の矛先が向けられたインカラマッとキロランケの素性を探る目的だろう。写真師は田本さんといって土方の古い知り合いだそうで、熟練の手つきで被写体を写していく。ナマエはその様子を興味深く眺めていたが、ふとある考えが浮かんで隣に立っている尾形へ一歩近付いた。
「尾形さん。一緒に撮りませんか」
「別に写真なんていらねぇよ」
「そんなこと言わずに……お願いします」
珍しくナマエが食い下がったので、尾形が怪訝な顔をすると、その様子を見ていた土方が静かに歩み寄る。
「いいじゃないか、尾形。写真の一枚くらい撮ってやれ。田本、次はこいつらを頼めるか」
あぁ?と尾形は迷惑そうな顔をしたが、ナマエは表情を明るくすると土方と田本に頭を下げる。思った以上にナマエが喜んでいるので、尾形は乗り気ではないもののカメラの前に立つと、無表情に前を見つめた。杉元達は撮影を終えて建物の外へ出ていたので、写真館の中は先程よりも静かだった。その静寂の中で、田本は丁寧な手つきで機材へ触れると撮影の準備をしている。
「はい、ではお二人共もう少し近付いて。ええ、それくらいです、大変結構ですよ。……お二人はご夫婦ですか」
ナマエがまごまごと否定すると、田本は そうですか、と返事をした後にゆっくりと口を開く。
「私も写真師をして長いものですから、結婚写真を撮ることもございましてね。色々な方々を見て参りましたが……あなた方は、何か強い縁で結ばれているのを感じます。…はい、動かないで」
そう言うと、彼は年齢を重ねた手でカメラの蓋を取る。6秒間、二人は黙ってレンズを見つめた。ナマエはこの瞬間が、一枚の写真に閉じ込められていくのを感じる。尾形と二人、白黒の写真の中へと永遠に。
「結構です。……運命の糸があるとすれば、あなた方は固く結ばれているのでしょうな……そう、ちょうど綾繋ぎのように」
「綾繋ぎ、ですか」
姿勢を楽にしてからナマエが問うと、年老いた写真師は朗らかに笑った。
「ええ。二本の紐同士を結ぶ、結び目が大変固い結び方です。あなた方の縁はほどけることがない……そう感じますよ」
そう言うと、もう宜しいですよ、と言われて二人は写真館の外へ出た。この町でとっている宿へと戻る道を歩きながら、ナマエはちらりと尾形を見る。
「尾形さん、写真撮ってくれてありがとうございました。……あの、私」
ナマエは一呼吸おくと、思い切って口を開いた。
「……私は、尾形さんとずっと縁を結んでいたいです」
言い終わると、尾形はぴたりと足を止めてナマエを見た。黒い瞳から彼の心を推し量るのは困難だが、その奥に感情のさざめきがあるのをナマエは知っている。
「安心しろよ。……俺は運命の糸なんてあやふやな物は信じちゃいないが、もしそれがあるのなら……手放すようなことはしない」
下らないこと言ってねぇで早く行くぞ、と急かす尾形の後姿を、ナマエは焦がれるような気持ちで眺めた。いつからだろう。早く元の場所へ帰りたいという希望が、いつまでもここにいたい、という願いに変化していったのは。
後日土方からそれぞれの手に渡された写真は、尾形とナマエが身を寄せ合うように並んで立っていて、あの日の一瞬が切り取られて目の前に現れたようだった。違う時間が流れている二人だが、こうして写真に収まると、まるで同じ時を生きているようだ。いや、もはや今は、二人の時間の糸は絡み合って一本の紐になっていた。交わるはずのなかった彼らの人生は、もう後戻りできないほどに重なっていた。手の中にあるこの写真はその証のように思われて、ナマエはそれを食い入るように見つめる。
「尾形さん、これ……私の宝物です。ずっと大切にします」
ナマエはそういうと、慎重に懐へと仕舞い込んだ。尾形はその様子を見て 大袈裟だな、と言ったけれど、彼もまた軍衣の物入れへと写真をしまう。網走監獄はもう間近だ。金塊の核心へ迫ることで、二人の前にはあらゆる困難や危険が立ちはだかるだろう。一体何が起こるのかわからない。しかしナマエは、この写真を胸に尾形の後をついてゆくのだった。