十七話
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十七話
釧路から北へ約30キロの地点にある塘路湖周辺のコタンで、盲目の盗賊であり刺青を持っているという都丹庵士の情報を得ると、一行は北へ60キロ移動し屈斜路湖へとやって来た。白石によると、彼らが盲目なのは屈斜路湖近くの硫黄山で苦役したからだそうだ。この地でもアシリパの親戚の家で世話になり、杉元達が獲ってきたコタンコロカムイ(シマフクロウ)を食べる。谷垣はチタタプが初めてだったようだが、周りにやいのやいの言われながらやり遂げる事ができた。尾形も少し前から脳みそを克服し、ナマエの隣で大人しく口を開ける。
村人の話によれば、例の盗賊は新月の夜にやってくるそうで、以前には隣の村が襲われた。村を守るため命がけで戦う、と男が述べたとき、コタンコロカムイの鋭い叫びがこだまして外に出てみたが、何の気配も感じられなかった。
「新月までこの村で待ち伏せる必要はないだろう」
「確かに…奴らの寝床を見つけた方が手っ取り早い。昼間に奇襲をかけりゃすぐにカタがつく」
尾形と杉元が日露帰りの冷酷な声色で作戦を立てていると、家主のアイヌが「近くにある和人の温泉旅館で情報が集まるかもしれない」と助言をくれたので、翌日に移動することになった。
♢
日中、盗賊達の隠れ家を探して森の中を歩き回ったが成果は出ず、夕暮れ前に宿へ行く。このところ移動続きで疲れていて、温泉旅館に泊まれることが本当にありがたい。部屋に入ると、尾形とナマエは荷物を部屋の片隅へ置いてから、座卓に置いてあった急須でお茶を淹れて飲んだ。杉元達は別の部屋を取ったので、なんだか二人で旅行にでも来ているようで、そわそわと落ち着かない。そんな事を考えていると、いつのまにか尾形はナマエの隣であぐらをかいて座り、黒い瞳でじっとこちらを見つめた。なんですか、とナマエが問いかけると、彼は口元だけで笑って言う。
「何を考えてた。当ててやろうか」
尾形は右手を伸ばすと、ナマエの頬に触れてから顎に指先を滑らせ、少し持ち上げるようにした。彼の顔が近付くのを察して目を閉じると、唇が柔らかく塞がれる。尾形は顔を傾けると、何度も何度もナマエに接吻した。彼女の輪郭に触れていた掌は、自然と首筋を伝って下がってゆき、侵入を拒むように合わせられている着物の襟を緩めようとする。そんな彼の手の甲へ、ナマエの掌がそっと重ねられたので尾形は唇を離すと彼女を見やった。
「……温泉入ってからでもいいですか」
「何の話だ。はっきり言ってみろよ」
ナマエは少し睨む顔を作ってみせたが、尾形は意地悪く笑うばかりだ。
「そんな顔をしても無駄だ。耳まで赤いぜ」
そう言うと、ナマエの火照った耳たぶに唇をつける。彼女はびくりと身じろぎしてから、少しの間じっとしていたが、耐えられなくなったのかそそくさと立ち上がると、部屋の片隅に用意されていた浴衣の方へ歩いて行った。
「随分冷たい仕打ちじゃねえか」
少しからかうような調子で言うと、尾形も立ち上がって小銃を背負ってから浴衣を取りに来た。背後から畳を踏む足音がして、ナマエは心拍数が上がるのを感じる。この男と深い関係になってそこそこ経つというのに、未だに慣れるということがない。
「お風呂にも銃持っていくんですか」
「当たり前だ、襲われたらどうする。お前もチンタラ浸かってないでさっさと出ろよ。風呂なんて隙だらけだからな」
尾形はそこまで言うと、口を噤んでナマエを見下ろした。両手を伸ばして、彼女の肩を包むようにする。
「それとも一緒に入るか?それならゆっくり浸かってもいいぜ」
え、と言ったナマエの唇を、尾形は塞いだ。潤んだ舌が滑らかに動いて、口の中をなぞった。
「お前は隙だらけだな」
唇が離れると、尾形はそう言って口元だけで笑う。ナマエは折角おさまってきた顔の火照りが再燃するのを感じて目を逸らすと お風呂行きましょう、と照れ隠しに言った。
温泉は露天で、男湯女湯に別れていたので入口で尾形と別れる。周りの客には用心しろ、少しでもおかしいと思ったら出て部屋に戻れ、等いろいろ言われたが、さすがに温泉宿で何かあるとも思えず、ナマエはランプを近くの岩場に置くと寛いだ気分でお湯に浸かっていた。女湯に他の客はいなかったが、隣接している男湯から微かに話し声が聞こえる。どうやら杉元達も浸かっているらしく、全員揃っているようだった。ナマエは岩にもたれると、疲れが取れていくのを感じながら目を閉じたのだが、カンカンという耳慣れない音が聞こえてきてあたりを見回す。何だお前ら!!と叫んだ谷垣の声が聞こえて、ナマエは体を硬直させると耳を澄ませた。こいつが都丹庵士だ、と白石の声が聞こえたかと思うと、銃声が響いてガラスが割れるような音がする。ナマエは急いで近くにあったランプを手に取ると、逃げるように湯から上がって脱衣所へと向かった。幸い盗賊達は男湯だけを狙ったようだが、尾形達は真っ暗闇での戦いを強いられることになるだろう。急いで体を拭くと、用意しておいた浴衣を着て帯を閉める。外を出歩くには頼りないが、背に腹は変えられない。尾形には、なぜ部屋に戻らなかったのかと怒られるだろうが、ナマエは宿の部屋で無事を祈るだけなのは嫌だった。射撃の達人も、光がなければ困るはずだ。自らを叱咤すると、尾形を探しに恐ろしげな暗い森へと足を踏み入れる。森は植物が生い茂り、足を進めるたびにガサガサと音がした。
「ナマエ?」
小声で名を呼ばれて振り返ると、松明を持ったアシリパが立っている。彼女も異変に気がついて森の中へ入ってきたらしい。
「アシリパちゃん……さっきお風呂に入ってたら、杉元さん達が都丹庵士に襲われて…灯りを奪われたみたい」
「そうか…早く見つけ出さないとな。杉元は丸腰のはずだ」
アシリパがそう答えたとき、前方の暗闇からパキッと枝を踏むような足音が聞こえた。杉元?と囁くように問いかけるが、現れたのは武器を持った見知らぬ男だった。灯を消せ、と低い声で命令される。
「松明に近づくなッ武器を持ってる奴がいるぞッ」
離れた所から別の男の叫び声が聞こえた刹那、銃声が響いて目の前の男から鮮血が吹き出し、アシリパの松明が返り血で消えた。ナマエはこの狙撃で尾形が近くにいることを確信したが、盗賊による数発の銃声で思考が中断される。
「ナマエ、お前は尾形を探しに行け!私は杉元を探してくる!」
「わ、わかった」
アシリパと別れてガサガサと道を進んでいると、暗闇からぬっと手が現れて引き寄せられる。慌てて体制を立て直すと、ランプの灯に照らし出されたのは尾形の不機嫌そうな顔だった。
「お前、また危ない橋を渡りに来たのか……だが今回は褒めてやる」
彼はランプの灯を見やって言ったので、ナマエはほっと胸を撫で下ろした。
「……しかしその格好はなんだ」
尾形に言われて視線を落とすと、胸元や裾がはだけて肌が露出している。慌てて山道を歩いた上に、浴衣一枚なので無理もない。ナマエはいそいそと胸元や足を隠したが、尾形は不服そうだった。
「俺だけならまだしも、他の奴らもいるんだぞ。そんな格好をあいつらに晒すつもりか」
「す、すみません……とにかく早く灯を持って行かないとと思って…」
尾形はそこまで聞くと銃の負い革を肩にかけ、ナマエを抱き寄せて筋肉質な腕に包んだ。彼は裸だったので、薄い浴衣越しに肌の温もりを生々しく感じる。尾形はそのまま木の影に座り込むと、ナマエを膝の上に乗せるようにした。
「…そんなこと言って、尾形さんは裸じゃないですか」
「俺は良いがお前の格好はダメだ。他の奴を誘う気か?」
そうじゃなくて……と否定の言葉を口にしようとしたナマエだったが、ふと硬く主張するものが当たる感触がして思わず黙った。尾形の指先が、緩まった浴衣の襟元へ伸びてくる。
「お前のせいだからな。責任取れよ」
ナマエが羞恥で黙っていると、尾形は耳元で意地悪く囁いた。
「やめて下さい……こんな状況で」
「ははッ、冗談だ。洋燈の灯で警戒しつつ、朝を待つぞ。もうじき夜明けのはずだ」
ナマエは頷くと、二人は無言で時間が経つのを待った。ランプの灯があるとはいえ、少し先は墨を流し込んだような暗闇だ。いつ敵が現れるかも分からない状況に神経が尖るのを感じていると、尾形がナマエに回した腕に少し力を込めて囁いた。
「……怖がるな。お前に近付く奴がいたら、俺が撃ち殺す」
ナマエにしか聞こえないような声だったが、心を落ち着かせるには十分だった。はい、と頷くと、敵が潜む森の中で尾形と共に夜明けを待った。
釧路から北へ約30キロの地点にある塘路湖周辺のコタンで、盲目の盗賊であり刺青を持っているという都丹庵士の情報を得ると、一行は北へ60キロ移動し屈斜路湖へとやって来た。白石によると、彼らが盲目なのは屈斜路湖近くの硫黄山で苦役したからだそうだ。この地でもアシリパの親戚の家で世話になり、杉元達が獲ってきたコタンコロカムイ(シマフクロウ)を食べる。谷垣はチタタプが初めてだったようだが、周りにやいのやいの言われながらやり遂げる事ができた。尾形も少し前から脳みそを克服し、ナマエの隣で大人しく口を開ける。
村人の話によれば、例の盗賊は新月の夜にやってくるそうで、以前には隣の村が襲われた。村を守るため命がけで戦う、と男が述べたとき、コタンコロカムイの鋭い叫びがこだまして外に出てみたが、何の気配も感じられなかった。
「新月までこの村で待ち伏せる必要はないだろう」
「確かに…奴らの寝床を見つけた方が手っ取り早い。昼間に奇襲をかけりゃすぐにカタがつく」
尾形と杉元が日露帰りの冷酷な声色で作戦を立てていると、家主のアイヌが「近くにある和人の温泉旅館で情報が集まるかもしれない」と助言をくれたので、翌日に移動することになった。
♢
日中、盗賊達の隠れ家を探して森の中を歩き回ったが成果は出ず、夕暮れ前に宿へ行く。このところ移動続きで疲れていて、温泉旅館に泊まれることが本当にありがたい。部屋に入ると、尾形とナマエは荷物を部屋の片隅へ置いてから、座卓に置いてあった急須でお茶を淹れて飲んだ。杉元達は別の部屋を取ったので、なんだか二人で旅行にでも来ているようで、そわそわと落ち着かない。そんな事を考えていると、いつのまにか尾形はナマエの隣であぐらをかいて座り、黒い瞳でじっとこちらを見つめた。なんですか、とナマエが問いかけると、彼は口元だけで笑って言う。
「何を考えてた。当ててやろうか」
尾形は右手を伸ばすと、ナマエの頬に触れてから顎に指先を滑らせ、少し持ち上げるようにした。彼の顔が近付くのを察して目を閉じると、唇が柔らかく塞がれる。尾形は顔を傾けると、何度も何度もナマエに接吻した。彼女の輪郭に触れていた掌は、自然と首筋を伝って下がってゆき、侵入を拒むように合わせられている着物の襟を緩めようとする。そんな彼の手の甲へ、ナマエの掌がそっと重ねられたので尾形は唇を離すと彼女を見やった。
「……温泉入ってからでもいいですか」
「何の話だ。はっきり言ってみろよ」
ナマエは少し睨む顔を作ってみせたが、尾形は意地悪く笑うばかりだ。
「そんな顔をしても無駄だ。耳まで赤いぜ」
そう言うと、ナマエの火照った耳たぶに唇をつける。彼女はびくりと身じろぎしてから、少しの間じっとしていたが、耐えられなくなったのかそそくさと立ち上がると、部屋の片隅に用意されていた浴衣の方へ歩いて行った。
「随分冷たい仕打ちじゃねえか」
少しからかうような調子で言うと、尾形も立ち上がって小銃を背負ってから浴衣を取りに来た。背後から畳を踏む足音がして、ナマエは心拍数が上がるのを感じる。この男と深い関係になってそこそこ経つというのに、未だに慣れるということがない。
「お風呂にも銃持っていくんですか」
「当たり前だ、襲われたらどうする。お前もチンタラ浸かってないでさっさと出ろよ。風呂なんて隙だらけだからな」
尾形はそこまで言うと、口を噤んでナマエを見下ろした。両手を伸ばして、彼女の肩を包むようにする。
「それとも一緒に入るか?それならゆっくり浸かってもいいぜ」
え、と言ったナマエの唇を、尾形は塞いだ。潤んだ舌が滑らかに動いて、口の中をなぞった。
「お前は隙だらけだな」
唇が離れると、尾形はそう言って口元だけで笑う。ナマエは折角おさまってきた顔の火照りが再燃するのを感じて目を逸らすと お風呂行きましょう、と照れ隠しに言った。
温泉は露天で、男湯女湯に別れていたので入口で尾形と別れる。周りの客には用心しろ、少しでもおかしいと思ったら出て部屋に戻れ、等いろいろ言われたが、さすがに温泉宿で何かあるとも思えず、ナマエはランプを近くの岩場に置くと寛いだ気分でお湯に浸かっていた。女湯に他の客はいなかったが、隣接している男湯から微かに話し声が聞こえる。どうやら杉元達も浸かっているらしく、全員揃っているようだった。ナマエは岩にもたれると、疲れが取れていくのを感じながら目を閉じたのだが、カンカンという耳慣れない音が聞こえてきてあたりを見回す。何だお前ら!!と叫んだ谷垣の声が聞こえて、ナマエは体を硬直させると耳を澄ませた。こいつが都丹庵士だ、と白石の声が聞こえたかと思うと、銃声が響いてガラスが割れるような音がする。ナマエは急いで近くにあったランプを手に取ると、逃げるように湯から上がって脱衣所へと向かった。幸い盗賊達は男湯だけを狙ったようだが、尾形達は真っ暗闇での戦いを強いられることになるだろう。急いで体を拭くと、用意しておいた浴衣を着て帯を閉める。外を出歩くには頼りないが、背に腹は変えられない。尾形には、なぜ部屋に戻らなかったのかと怒られるだろうが、ナマエは宿の部屋で無事を祈るだけなのは嫌だった。射撃の達人も、光がなければ困るはずだ。自らを叱咤すると、尾形を探しに恐ろしげな暗い森へと足を踏み入れる。森は植物が生い茂り、足を進めるたびにガサガサと音がした。
「ナマエ?」
小声で名を呼ばれて振り返ると、松明を持ったアシリパが立っている。彼女も異変に気がついて森の中へ入ってきたらしい。
「アシリパちゃん……さっきお風呂に入ってたら、杉元さん達が都丹庵士に襲われて…灯りを奪われたみたい」
「そうか…早く見つけ出さないとな。杉元は丸腰のはずだ」
アシリパがそう答えたとき、前方の暗闇からパキッと枝を踏むような足音が聞こえた。杉元?と囁くように問いかけるが、現れたのは武器を持った見知らぬ男だった。灯を消せ、と低い声で命令される。
「松明に近づくなッ武器を持ってる奴がいるぞッ」
離れた所から別の男の叫び声が聞こえた刹那、銃声が響いて目の前の男から鮮血が吹き出し、アシリパの松明が返り血で消えた。ナマエはこの狙撃で尾形が近くにいることを確信したが、盗賊による数発の銃声で思考が中断される。
「ナマエ、お前は尾形を探しに行け!私は杉元を探してくる!」
「わ、わかった」
アシリパと別れてガサガサと道を進んでいると、暗闇からぬっと手が現れて引き寄せられる。慌てて体制を立て直すと、ランプの灯に照らし出されたのは尾形の不機嫌そうな顔だった。
「お前、また危ない橋を渡りに来たのか……だが今回は褒めてやる」
彼はランプの灯を見やって言ったので、ナマエはほっと胸を撫で下ろした。
「……しかしその格好はなんだ」
尾形に言われて視線を落とすと、胸元や裾がはだけて肌が露出している。慌てて山道を歩いた上に、浴衣一枚なので無理もない。ナマエはいそいそと胸元や足を隠したが、尾形は不服そうだった。
「俺だけならまだしも、他の奴らもいるんだぞ。そんな格好をあいつらに晒すつもりか」
「す、すみません……とにかく早く灯を持って行かないとと思って…」
尾形はそこまで聞くと銃の負い革を肩にかけ、ナマエを抱き寄せて筋肉質な腕に包んだ。彼は裸だったので、薄い浴衣越しに肌の温もりを生々しく感じる。尾形はそのまま木の影に座り込むと、ナマエを膝の上に乗せるようにした。
「…そんなこと言って、尾形さんは裸じゃないですか」
「俺は良いがお前の格好はダメだ。他の奴を誘う気か?」
そうじゃなくて……と否定の言葉を口にしようとしたナマエだったが、ふと硬く主張するものが当たる感触がして思わず黙った。尾形の指先が、緩まった浴衣の襟元へ伸びてくる。
「お前のせいだからな。責任取れよ」
ナマエが羞恥で黙っていると、尾形は耳元で意地悪く囁いた。
「やめて下さい……こんな状況で」
「ははッ、冗談だ。洋燈の灯で警戒しつつ、朝を待つぞ。もうじき夜明けのはずだ」
ナマエは頷くと、二人は無言で時間が経つのを待った。ランプの灯があるとはいえ、少し先は墨を流し込んだような暗闇だ。いつ敵が現れるかも分からない状況に神経が尖るのを感じていると、尾形がナマエに回した腕に少し力を込めて囁いた。
「……怖がるな。お前に近付く奴がいたら、俺が撃ち殺す」
ナマエにしか聞こえないような声だったが、心を落ち着かせるには十分だった。はい、と頷くと、敵が潜む森の中で尾形と共に夜明けを待った。