十四話
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十四話
一行が月形の街中へ入り待合せ場所の宿へ到着すると、永倉が出迎えて白石が第七師団に捕まったことを知らせる。彼を取り戻すために土方とキロランケが動いていたが失敗に終わり、旭川まで約25キロの深川村までやって来た。恐らく白石は第七師団本部に連行されたに違いなく、詐欺師の鈴川を使って白石を取り戻すこととなった。旭川までの道中、逃げ惑う鈴川を捕まえると、軍都近くのアイヌコタンに潜伏して作戦を練る。住居は天井が高く、床にはむしろが敷いてあり、清潔に保ってある。飼われている犬が、家の外で吠えているのが聞こえた。
「お前が樺戸監獄に潜入して熊岸を脱獄させたように、第七師団から白石を助け出せ」
土方歳三にそう言われ、鈴川は狼狽えていたが杉元に凄まれると賢明にも黙った。話し合いの末、網走監獄の典獄 犬童四郎助に化けて潜伏することになり、ひとまず休むことになったが白石が土方と内通していた疑惑が持ち上がり、杉元勢には不穏な空気が漂った。一方、ナマエは尾形の「軍は上に行くほど横のつながりが強い」という言葉で、彼の父親に考えを巡らせていた。夕張の剥製屋で月島が言っていた、第七師団長の父君という言葉。茨戸で尾形が口にした、親殺しは巣立ちの通過儀礼。この二つが、重たくのしかかってくるのだった。あなたは何を見て、何を感じて生きて来たの。その冷たい目の奥には、一体何があるの。ナマエはそんなことを考えながら、家主の妻が用意してくれた寝具に入り、尾形の隣で眠りについた。
作戦当日を迎え、旭川の街中にある第七師団本部には、変装した鈴川と杉元が潜入している。尾形とナマエは不測の事態に備え、建物の外で事の成り行きを見守っている。もっとも、事態に備えているのは尾形であって、ナマエは尾形の横で息を潜めているだけである。彼は今回ナマエを連れて行くか思案していたが、はぐれる可能性を考えて別行動は避けたようだった。言われた事には必ず従うこと、夕張の時のように変な気を起こさない事をしつこく約束させられる。大丈夫ですよ、と言うのだが、尾形は「どうだかな」と疑り深い黒い瞳でナマエを見つめるのだった。彼は大変慎重な性格で、ナマエにも同じ事を求めるので時として過保護に感じる時もあるが、この物騒な旅ではそれくらいが丁度良いのかもしれない。
二人は今小高い木の上にいるのだが、これに登るのも一苦労だった。お前は木登りもできんのか、鈍臭い女だと呆れられ、自分で着いてこいと言った癖に嫌味を言われて散々だった。
「だから言ったじゃないですか、アシリパちゃん達と馬のところで待ってますよ」
「口答えするな。お前の木登りが下手すぎるのが悪いんだろ。うるさいから静かにしろ」
そんな会話をしながらも渋々手伝ってもらい、なんとか横に収まっている。
「おい、あいつらの作戦が失敗する可能性も十分にあるんだからな。すぐ逃げる心積りでいろよ」
尾形は小銃を片手に双眼鏡を覗きこみながら言った。ナマエは頷くと視線を前に戻したが、ん、と呟く声が隣から聞こえた。
「鯉登少尉が慌てて入っていった。まずいぞこれは……やつは鶴見中尉お気に入りの薩摩隼人だ」
「鯉登少尉……まえに月島さんが言ってた人ですね。まずいんですか?」
「鶴見中尉にバレた可能性が高いな」
そんな話をしているうちに、銃声が数回響き渡って尾形は素早く銃を構えた。ナマエも逃げることを想定し、ちらりと地面を見やる。明治に来てからというもの、逃げる機会が多いので逃げ足は早くなったように思う。少しの間の後、ガシャンと窓が壊れる大きな音がして、杉元と白石が飛び降りてくるのが見えた。尾形は追手を狙撃すると、ナマエを抱えて木から飛び降り、少々乱暴に手を離す。
「行くぞ!走れッ」
ナマエは尾形の白い外套を追いかけるようにして、必死に走った。途中で右手から杉元と白石が、息を切らして走ってくる。
「杉元こっちはダメだッ南へ逃げろ!さっきの銃声で蜂どもがあちこちの巣から飛び出して来た」
見ると杉元の外套は両肩の辺りに血が滲んでいて、撃たれているのがわかる。苦しそうに走る姿に、ナマエは心配になって声をかけた。
「杉元さん、大丈夫ですか?血が……」
「そうなんだよナマエちゃん、さっき杉元が撃たれちまって」
白石も焦った声色で返事をするが、尾形は死ぬ気で走れと言うのみだった。全員無我夢中で全力疾走していると、開けた場所に大きな風船が見えて来た。
「飛行船……?」
ナマエが呟く横で、杉元と白石は驚いたのか 何だありゃあ!と素っ頓狂な声を上げる。
「気球隊の試作機だ!!」
尾形が叫ぶように返事をすると、白石が あれを奪うと言って飛行船に飛び乗り、エンジンをかけている兵士を脅す。尾形は追手を牽制しながら、ナマエの方に視線を走らせると鋭い声で 早く乗れッと急かした。ナマエは必死で木枠のような機体にしがみつくと、尾形を振り返る。ふわりと浮き上がった所を見計らって、彼は素早く乗り込んだので、ナマエはほっと胸を撫で下ろした。兵士達が飛行船が飛び立とうとするのを阻止しようと集まっているが、杉元と尾形は小銃で彼らを払い落とし、無事に逃げる事が出来そうだったのだが、一人の軍人が身軽に兵達の上を駆け上がったかと思うと、軍刀を片手に乗り込んで来た。
「鯉登少尉…!」
尾形はナマエに 落ちるなよ、と言いながら木枠を改めて握らせると、銃剣よこせと言った杉元に鞘から抜いたそれを手渡す。
「自顕流を使うぞ。2発撃たれた状態で勝てる相手じゃない」
鯉登少尉はその声で尾形がいることに気がついたらしく、薩摩弁で激しく捲し立てた。尾形は嫌味たらしい笑みを口元に浮かべると、彼の方言を揶揄ったので、鯉登少尉の日に焼けた端正な顔に怒りが露わになる。次の瞬間には軍刀を振り下ろしたので、衝撃で機体が揺れて恐ろしい。やがて一瞬の隙を突き、白石が少尉を蹴落としたのでようやく危機は去り、アシリパも合流して風に吹かれるまま移動となった。
「尾形さん、無事に逃げられましたね」
ナマエが話しかけると、尾形は手に入れた銃を満足気に眺めているので、三十年式ですか?と聞くと彼は視線をこちらに向けた。
「違う。三八式歩兵銃だ。最新式だぜ」
そう言うと、再び視線を手元に落として銃のあちこちに触れる。その俯いた横顔はなんだか少し楽しげにも見えて、ナマエは心の中で微笑ましく思った。そんな風にしているうちに、飛行船はどんどん風に流されていくが、エンジンがプスンプスンと嫌な音を立て、やがて止まってしまった。ナマエが杉元達の機械を叩く音に振り返ると、アシリパも加わっているのが見える。
「壊れちゃったんですか?」
「そうだ。ナマエも叩いてみろ」
アシリパにそう言われ、ナマエも掌で叩いてみるがエンジンはうんともすんとも言わない。
「こういうのってだいたい叩けば復活するんだけどなぁ」
そう言いながらアシリパと共に拳を振り上げていると、尾形に やかましいッと叱られた。
「叩いて直るわけないだろ。お前は落ちないことだけ考えろ」
尾形がそう言った時、眼下に岩場が広がっているのが見えて、足がすぅっと浮くような錯覚に陥る。思わず尾形の白い外套を掴むと、彼は無言でそれを見遣ってから、おもむろに手を伸ばしてナマエの指先を掴む。普段武器を扱うざらついた掌が、ナマエの手をがっちりと包んで離さない。尾形は じっとしてろ、と無愛想な声で言って、追手を警戒するように地表を見やった。
アシリパは眼下を見やると、パウチシャシだ、と言ってアイヌの言い伝えを教えてくれる。この奇岩にはパウチカムイという淫魔が住んでいて、取り憑かれた人間は素っ裸になって踊り狂うのだそうだ。やがて気球はゆっくりと木々に近づいてその動きを止めたので、一行は山道を進んで追手から逃れる事になった。第七師団の兵営から東に40キロと、かなり距離を稼いだが追いつかれるのは時間の問題である。途中で杉元の手当てのため足を止めたが、少しでも距離を稼ぐために慌ただしく森を移動し、開けた場所にやってきた。目の前には雄大な山々が連なり、その巨大さに大自然の脅威を感じる。
「見つかった!急げッ 大雪山を越えて逃げるしかない」
双眼鏡で周囲を警戒していた尾形が鋭い声で言うと、杉元は この山を?と驚いた顔をする。無理もない、登山の装備もなく二千メートル級の山を越えなくてはならないのだから。とは言え後に引けるはずもなく、一行は大雪山に向かって足を進める。途中で天候が崩れ始め、寒さに震えていると尾形は背嚢から毛布を取り出してナマエにかけた。
「これで少しは凌げるだろ。体を冷やすなよ、低体温症になるぞ」
尾形も寒さで鼻の頭や耳を赤くしながら言うと、強く吹き付ける風からナマエを庇うようにして歩き続ける。やがて白石が低体温症によってブツブツと独り言を言い始めたあたりで、アシリパが鹿の群れ見つけた。
「杉元オスを撃てッ 大きいのが3頭必要だ。ユクの体で風を避けるッ」
彼女の声に、尾形は杉元よりも早く銃を構えると2頭同時に撃ち抜き、あっという間に3頭斃す。アシリパは鹿に素早く近寄ると急いで皮を剥がし始め、尾形と杉元もそれに倣う。低体温症で錯乱し、全裸になった白石を捕まえると全員鹿の体内へと避難した。
一行が月形の街中へ入り待合せ場所の宿へ到着すると、永倉が出迎えて白石が第七師団に捕まったことを知らせる。彼を取り戻すために土方とキロランケが動いていたが失敗に終わり、旭川まで約25キロの深川村までやって来た。恐らく白石は第七師団本部に連行されたに違いなく、詐欺師の鈴川を使って白石を取り戻すこととなった。旭川までの道中、逃げ惑う鈴川を捕まえると、軍都近くのアイヌコタンに潜伏して作戦を練る。住居は天井が高く、床にはむしろが敷いてあり、清潔に保ってある。飼われている犬が、家の外で吠えているのが聞こえた。
「お前が樺戸監獄に潜入して熊岸を脱獄させたように、第七師団から白石を助け出せ」
土方歳三にそう言われ、鈴川は狼狽えていたが杉元に凄まれると賢明にも黙った。話し合いの末、網走監獄の典獄 犬童四郎助に化けて潜伏することになり、ひとまず休むことになったが白石が土方と内通していた疑惑が持ち上がり、杉元勢には不穏な空気が漂った。一方、ナマエは尾形の「軍は上に行くほど横のつながりが強い」という言葉で、彼の父親に考えを巡らせていた。夕張の剥製屋で月島が言っていた、第七師団長の父君という言葉。茨戸で尾形が口にした、親殺しは巣立ちの通過儀礼。この二つが、重たくのしかかってくるのだった。あなたは何を見て、何を感じて生きて来たの。その冷たい目の奥には、一体何があるの。ナマエはそんなことを考えながら、家主の妻が用意してくれた寝具に入り、尾形の隣で眠りについた。
作戦当日を迎え、旭川の街中にある第七師団本部には、変装した鈴川と杉元が潜入している。尾形とナマエは不測の事態に備え、建物の外で事の成り行きを見守っている。もっとも、事態に備えているのは尾形であって、ナマエは尾形の横で息を潜めているだけである。彼は今回ナマエを連れて行くか思案していたが、はぐれる可能性を考えて別行動は避けたようだった。言われた事には必ず従うこと、夕張の時のように変な気を起こさない事をしつこく約束させられる。大丈夫ですよ、と言うのだが、尾形は「どうだかな」と疑り深い黒い瞳でナマエを見つめるのだった。彼は大変慎重な性格で、ナマエにも同じ事を求めるので時として過保護に感じる時もあるが、この物騒な旅ではそれくらいが丁度良いのかもしれない。
二人は今小高い木の上にいるのだが、これに登るのも一苦労だった。お前は木登りもできんのか、鈍臭い女だと呆れられ、自分で着いてこいと言った癖に嫌味を言われて散々だった。
「だから言ったじゃないですか、アシリパちゃん達と馬のところで待ってますよ」
「口答えするな。お前の木登りが下手すぎるのが悪いんだろ。うるさいから静かにしろ」
そんな会話をしながらも渋々手伝ってもらい、なんとか横に収まっている。
「おい、あいつらの作戦が失敗する可能性も十分にあるんだからな。すぐ逃げる心積りでいろよ」
尾形は小銃を片手に双眼鏡を覗きこみながら言った。ナマエは頷くと視線を前に戻したが、ん、と呟く声が隣から聞こえた。
「鯉登少尉が慌てて入っていった。まずいぞこれは……やつは鶴見中尉お気に入りの薩摩隼人だ」
「鯉登少尉……まえに月島さんが言ってた人ですね。まずいんですか?」
「鶴見中尉にバレた可能性が高いな」
そんな話をしているうちに、銃声が数回響き渡って尾形は素早く銃を構えた。ナマエも逃げることを想定し、ちらりと地面を見やる。明治に来てからというもの、逃げる機会が多いので逃げ足は早くなったように思う。少しの間の後、ガシャンと窓が壊れる大きな音がして、杉元と白石が飛び降りてくるのが見えた。尾形は追手を狙撃すると、ナマエを抱えて木から飛び降り、少々乱暴に手を離す。
「行くぞ!走れッ」
ナマエは尾形の白い外套を追いかけるようにして、必死に走った。途中で右手から杉元と白石が、息を切らして走ってくる。
「杉元こっちはダメだッ南へ逃げろ!さっきの銃声で蜂どもがあちこちの巣から飛び出して来た」
見ると杉元の外套は両肩の辺りに血が滲んでいて、撃たれているのがわかる。苦しそうに走る姿に、ナマエは心配になって声をかけた。
「杉元さん、大丈夫ですか?血が……」
「そうなんだよナマエちゃん、さっき杉元が撃たれちまって」
白石も焦った声色で返事をするが、尾形は死ぬ気で走れと言うのみだった。全員無我夢中で全力疾走していると、開けた場所に大きな風船が見えて来た。
「飛行船……?」
ナマエが呟く横で、杉元と白石は驚いたのか 何だありゃあ!と素っ頓狂な声を上げる。
「気球隊の試作機だ!!」
尾形が叫ぶように返事をすると、白石が あれを奪うと言って飛行船に飛び乗り、エンジンをかけている兵士を脅す。尾形は追手を牽制しながら、ナマエの方に視線を走らせると鋭い声で 早く乗れッと急かした。ナマエは必死で木枠のような機体にしがみつくと、尾形を振り返る。ふわりと浮き上がった所を見計らって、彼は素早く乗り込んだので、ナマエはほっと胸を撫で下ろした。兵士達が飛行船が飛び立とうとするのを阻止しようと集まっているが、杉元と尾形は小銃で彼らを払い落とし、無事に逃げる事が出来そうだったのだが、一人の軍人が身軽に兵達の上を駆け上がったかと思うと、軍刀を片手に乗り込んで来た。
「鯉登少尉…!」
尾形はナマエに 落ちるなよ、と言いながら木枠を改めて握らせると、銃剣よこせと言った杉元に鞘から抜いたそれを手渡す。
「自顕流を使うぞ。2発撃たれた状態で勝てる相手じゃない」
鯉登少尉はその声で尾形がいることに気がついたらしく、薩摩弁で激しく捲し立てた。尾形は嫌味たらしい笑みを口元に浮かべると、彼の方言を揶揄ったので、鯉登少尉の日に焼けた端正な顔に怒りが露わになる。次の瞬間には軍刀を振り下ろしたので、衝撃で機体が揺れて恐ろしい。やがて一瞬の隙を突き、白石が少尉を蹴落としたのでようやく危機は去り、アシリパも合流して風に吹かれるまま移動となった。
「尾形さん、無事に逃げられましたね」
ナマエが話しかけると、尾形は手に入れた銃を満足気に眺めているので、三十年式ですか?と聞くと彼は視線をこちらに向けた。
「違う。三八式歩兵銃だ。最新式だぜ」
そう言うと、再び視線を手元に落として銃のあちこちに触れる。その俯いた横顔はなんだか少し楽しげにも見えて、ナマエは心の中で微笑ましく思った。そんな風にしているうちに、飛行船はどんどん風に流されていくが、エンジンがプスンプスンと嫌な音を立て、やがて止まってしまった。ナマエが杉元達の機械を叩く音に振り返ると、アシリパも加わっているのが見える。
「壊れちゃったんですか?」
「そうだ。ナマエも叩いてみろ」
アシリパにそう言われ、ナマエも掌で叩いてみるがエンジンはうんともすんとも言わない。
「こういうのってだいたい叩けば復活するんだけどなぁ」
そう言いながらアシリパと共に拳を振り上げていると、尾形に やかましいッと叱られた。
「叩いて直るわけないだろ。お前は落ちないことだけ考えろ」
尾形がそう言った時、眼下に岩場が広がっているのが見えて、足がすぅっと浮くような錯覚に陥る。思わず尾形の白い外套を掴むと、彼は無言でそれを見遣ってから、おもむろに手を伸ばしてナマエの指先を掴む。普段武器を扱うざらついた掌が、ナマエの手をがっちりと包んで離さない。尾形は じっとしてろ、と無愛想な声で言って、追手を警戒するように地表を見やった。
アシリパは眼下を見やると、パウチシャシだ、と言ってアイヌの言い伝えを教えてくれる。この奇岩にはパウチカムイという淫魔が住んでいて、取り憑かれた人間は素っ裸になって踊り狂うのだそうだ。やがて気球はゆっくりと木々に近づいてその動きを止めたので、一行は山道を進んで追手から逃れる事になった。第七師団の兵営から東に40キロと、かなり距離を稼いだが追いつかれるのは時間の問題である。途中で杉元の手当てのため足を止めたが、少しでも距離を稼ぐために慌ただしく森を移動し、開けた場所にやってきた。目の前には雄大な山々が連なり、その巨大さに大自然の脅威を感じる。
「見つかった!急げッ 大雪山を越えて逃げるしかない」
双眼鏡で周囲を警戒していた尾形が鋭い声で言うと、杉元は この山を?と驚いた顔をする。無理もない、登山の装備もなく二千メートル級の山を越えなくてはならないのだから。とは言え後に引けるはずもなく、一行は大雪山に向かって足を進める。途中で天候が崩れ始め、寒さに震えていると尾形は背嚢から毛布を取り出してナマエにかけた。
「これで少しは凌げるだろ。体を冷やすなよ、低体温症になるぞ」
尾形も寒さで鼻の頭や耳を赤くしながら言うと、強く吹き付ける風からナマエを庇うようにして歩き続ける。やがて白石が低体温症によってブツブツと独り言を言い始めたあたりで、アシリパが鹿の群れ見つけた。
「杉元オスを撃てッ 大きいのが3頭必要だ。ユクの体で風を避けるッ」
彼女の声に、尾形は杉元よりも早く銃を構えると2頭同時に撃ち抜き、あっという間に3頭斃す。アシリパは鹿に素早く近寄ると急いで皮を剥がし始め、尾形と杉元もそれに倣う。低体温症で錯乱し、全裸になった白石を捕まえると全員鹿の体内へと避難した。