十三話
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翌日、山の中で目を覚ましてみると尾形の姿はなかった。こういう事はたまにある。最初は驚いて心細くなったが、いつも必ず戻ってくるので気にしないようにしている。尾形はナマエの動向には口煩いが、自分の事となると自由奔放なところがあってフラリといなくなる事があった。
牛山とアシリパ、杉元ものそのそと起き出すと、川で顔を洗ったりして身支度を整えた。牛山は胴着に着替えると、身体が鈍らないようにだろう、運動して鍛錬している。ナマエは手拭いで顔をゴシゴシ拭いている杉元にそろりと近寄ると、おはようございます、と声をかけた。
「あ、お早う ナマエさん。……どうしたの」
「いえ、夕張でのお礼を言ってなかったなと思って…あの時、杉元さんが来てくれたので助かりました」
杉元は ああ、と言うと使った手拭いを簡単に畳んで懐へしまう。そして少し照れ臭そうに顎をかいた。
「あれは別に……結果的にナマエさんを助けることになっただけだし。お礼を言うような事じゃないよ」
「いえいえ、そんな。お礼だけでも言わせて下さい」
杉元は少し困ったように笑ってから、ナマエを茶色の鋭い瞳で見つめるとゆっくり口を開いた。
「ナマエさんと尾形って、変わった組み合わせだよね」
ナマエが そうですか?と聞き返すと、杉元は真面目な顔で頷いた。
「うん。なんかナマエさんは尾形と組むような感じの人には見えなくて……余計なお世話だろうけど、あいつは危険な奴だと思うから」
杉元は昨日のナマエの様子を思い返しながら言う。朗らかに笑う彼女に裏表は感じられなかったし、アシリパへ向ける態度も偏見や攻撃性が一切無く、何故尾形と共にいるのか不思議に感じたのが正直な所だった。ナマエは曖昧に微笑むと、視線を遠くにやる。前に月島にも同じような事を言われたのを思い出し、心の中で苦笑した。尾形というひとは、周囲に敵ばかり作るようだ。
「杉元さん、ありがとうございます。確かに尾形さんは怖い時もありますけど……私は、根っこは良い人だと思ってるんです」
杉元は何か言いたげにしていたが、結局 そっか、と相槌を打った。そこへアシリパがやってきて、罠を見にいくぞ、と声をかけられたので汗を流している牛山を残して三人で移動する。
「ナマエと尾形は夫婦なのか?」
くくり罠を見ている途中、アシリパから唐突に聞かれてナマエは変な声が出てしまった。
「ううん。私はその…多分、恋人だと思ってるけど……」
思えば尾形からはっきりと気持ちを聞いたわけではなかったのを思い出しながら言うと、杉元とアシリパは顔を見合わせた。
「ちょっと…多分ってなあに?女の人をここまで連れ回しておいてそれは駄目だろッ!責任とれ尾形ッ!」
にわかに熱くなり始めた杉元は、まるで女友達のような勢いで憤慨しているので何だか可笑しくて笑ってしまう。
「いいんですよ。私が勝手に付いてきただけなので……」
「そうなのか。ナマエにとって、尾形はすごく大切な人間なんだな」
アシリパは青い瞳でナマエを見上げて言うと、くくり罠に視線を落とす。獲物がかかっているのを発見すると、いるぞ杉元!と手早く作業に入った。
♢
「ヤマシギが罠で獲れた!」
「…けどみんなで食べるには足りないかも」
牛山の元へ戻ると、アシリパは罠の成果を披露するが2羽しか獲れなかったので、不満そうに獲物の羽を毟っている。するとそこへふらりと尾形が現れ、3羽のヤマシギをドサドサと落としていった。
「尾形さん、お帰りなさい。ヤマシギ撃ちに行ってたんですね」
ナマエが声をかけると、尾形は無言で頷いて応える。牛山から散弾じゃないのによく撃ち落とせたもんだ、と言われて、尾形は自慢げに息を吐いた。杉元は銃が下手らしく、面白くない様子でアシリパの手伝いを続けている。ナマエも協力し、5羽分の羽を毟り終えるとアシリパは背負い袋から鍋を取り出して焚火にかけ、お湯を沸かし始めた。
「ナマエ、待たせたな。これから脳みそを食べさせてやるぞ」
そう言いながら、アシリパは怪しげなものが乗った匙をナマエへ差し出す。それが脳ミソだと分かった時、動揺が隠しきれず杉元を見ると彼はいかにも旨そうに、指を使ってジュルジュルと食べている。牛山も同じような反応をして引き気味に杉元の様子を伺っているし、尾形に至ってはさりげなく数歩後ずさっていた。
「ナマエとチンポ先生、脳ミソは嫌いか?」
「いや嫌いっていうか……あんまり食べ慣れていないというか……」
牛山とナマエは葛藤の末、アシリパの視線に負けて恐る恐る口にする。ペチャッとした、何とも形容し難い食感と味で二人は無言になった。
「なんて顔してやがる」
尾形はナマエを見やると、珍しく少し笑いが含まれる声で言う。そんな尾形にもアシリパは脳ミソを勧めたが、彼は空気を読まず断ったのでナマエがもう一つ食べる羽目になった。
「よしよしナマエは素直だな?ヒンナだよな?あとは内臓ごとチタタプにする」
そう言うと、アシリパは木のまな板を取り出してヤマシギを刃物で叩き始めた。挽肉のような形状にするため皆で叩くそうで、ナマエにも順番が回ってきた。山刀と杉元の銃剣でチタタプと言いながら叩くのはなかなか面白い。
「よし、次は尾形だな」
どうするのかと見ていたら、彼は大人しく叩き始めたが当然チタタプとは言わない。杉元とアシリパにやいのやいの言われている様子を見て、これから尾形にとって受難の日々が続きそうだとナマエは思った。その後チタタプは団子状にされ、鍋で野菜と煮込まれる。アイヌ語でオハウと言うそうで、身体が温まって美味だった。尾形は美味しいとは言わなかったが、沢山食べているので口に合ったのだろう。
「美味しいですね。尾形さん、三羽も撃ってくるなんてすごいです」
熱いのでハフハフとしながら言うと、尾形はちらりとナマエを見遣ってから口を開く。
「……前食べて、美味かったんだろ。だから」
「…だから、獲ってきてくれたんですか」
「………」
尾形はそれきり口を噤んで喋らなくなってしまったが、ナマエは心の奥が温かくなるのを感じて、黙々と食事を進めた。
牛山とアシリパ、杉元ものそのそと起き出すと、川で顔を洗ったりして身支度を整えた。牛山は胴着に着替えると、身体が鈍らないようにだろう、運動して鍛錬している。ナマエは手拭いで顔をゴシゴシ拭いている杉元にそろりと近寄ると、おはようございます、と声をかけた。
「あ、お早う ナマエさん。……どうしたの」
「いえ、夕張でのお礼を言ってなかったなと思って…あの時、杉元さんが来てくれたので助かりました」
杉元は ああ、と言うと使った手拭いを簡単に畳んで懐へしまう。そして少し照れ臭そうに顎をかいた。
「あれは別に……結果的にナマエさんを助けることになっただけだし。お礼を言うような事じゃないよ」
「いえいえ、そんな。お礼だけでも言わせて下さい」
杉元は少し困ったように笑ってから、ナマエを茶色の鋭い瞳で見つめるとゆっくり口を開いた。
「ナマエさんと尾形って、変わった組み合わせだよね」
ナマエが そうですか?と聞き返すと、杉元は真面目な顔で頷いた。
「うん。なんかナマエさんは尾形と組むような感じの人には見えなくて……余計なお世話だろうけど、あいつは危険な奴だと思うから」
杉元は昨日のナマエの様子を思い返しながら言う。朗らかに笑う彼女に裏表は感じられなかったし、アシリパへ向ける態度も偏見や攻撃性が一切無く、何故尾形と共にいるのか不思議に感じたのが正直な所だった。ナマエは曖昧に微笑むと、視線を遠くにやる。前に月島にも同じような事を言われたのを思い出し、心の中で苦笑した。尾形というひとは、周囲に敵ばかり作るようだ。
「杉元さん、ありがとうございます。確かに尾形さんは怖い時もありますけど……私は、根っこは良い人だと思ってるんです」
杉元は何か言いたげにしていたが、結局 そっか、と相槌を打った。そこへアシリパがやってきて、罠を見にいくぞ、と声をかけられたので汗を流している牛山を残して三人で移動する。
「ナマエと尾形は夫婦なのか?」
くくり罠を見ている途中、アシリパから唐突に聞かれてナマエは変な声が出てしまった。
「ううん。私はその…多分、恋人だと思ってるけど……」
思えば尾形からはっきりと気持ちを聞いたわけではなかったのを思い出しながら言うと、杉元とアシリパは顔を見合わせた。
「ちょっと…多分ってなあに?女の人をここまで連れ回しておいてそれは駄目だろッ!責任とれ尾形ッ!」
にわかに熱くなり始めた杉元は、まるで女友達のような勢いで憤慨しているので何だか可笑しくて笑ってしまう。
「いいんですよ。私が勝手に付いてきただけなので……」
「そうなのか。ナマエにとって、尾形はすごく大切な人間なんだな」
アシリパは青い瞳でナマエを見上げて言うと、くくり罠に視線を落とす。獲物がかかっているのを発見すると、いるぞ杉元!と手早く作業に入った。
♢
「ヤマシギが罠で獲れた!」
「…けどみんなで食べるには足りないかも」
牛山の元へ戻ると、アシリパは罠の成果を披露するが2羽しか獲れなかったので、不満そうに獲物の羽を毟っている。するとそこへふらりと尾形が現れ、3羽のヤマシギをドサドサと落としていった。
「尾形さん、お帰りなさい。ヤマシギ撃ちに行ってたんですね」
ナマエが声をかけると、尾形は無言で頷いて応える。牛山から散弾じゃないのによく撃ち落とせたもんだ、と言われて、尾形は自慢げに息を吐いた。杉元は銃が下手らしく、面白くない様子でアシリパの手伝いを続けている。ナマエも協力し、5羽分の羽を毟り終えるとアシリパは背負い袋から鍋を取り出して焚火にかけ、お湯を沸かし始めた。
「ナマエ、待たせたな。これから脳みそを食べさせてやるぞ」
そう言いながら、アシリパは怪しげなものが乗った匙をナマエへ差し出す。それが脳ミソだと分かった時、動揺が隠しきれず杉元を見ると彼はいかにも旨そうに、指を使ってジュルジュルと食べている。牛山も同じような反応をして引き気味に杉元の様子を伺っているし、尾形に至ってはさりげなく数歩後ずさっていた。
「ナマエとチンポ先生、脳ミソは嫌いか?」
「いや嫌いっていうか……あんまり食べ慣れていないというか……」
牛山とナマエは葛藤の末、アシリパの視線に負けて恐る恐る口にする。ペチャッとした、何とも形容し難い食感と味で二人は無言になった。
「なんて顔してやがる」
尾形はナマエを見やると、珍しく少し笑いが含まれる声で言う。そんな尾形にもアシリパは脳ミソを勧めたが、彼は空気を読まず断ったのでナマエがもう一つ食べる羽目になった。
「よしよしナマエは素直だな?ヒンナだよな?あとは内臓ごとチタタプにする」
そう言うと、アシリパは木のまな板を取り出してヤマシギを刃物で叩き始めた。挽肉のような形状にするため皆で叩くそうで、ナマエにも順番が回ってきた。山刀と杉元の銃剣でチタタプと言いながら叩くのはなかなか面白い。
「よし、次は尾形だな」
どうするのかと見ていたら、彼は大人しく叩き始めたが当然チタタプとは言わない。杉元とアシリパにやいのやいの言われている様子を見て、これから尾形にとって受難の日々が続きそうだとナマエは思った。その後チタタプは団子状にされ、鍋で野菜と煮込まれる。アイヌ語でオハウと言うそうで、身体が温まって美味だった。尾形は美味しいとは言わなかったが、沢山食べているので口に合ったのだろう。
「美味しいですね。尾形さん、三羽も撃ってくるなんてすごいです」
熱いのでハフハフとしながら言うと、尾形はちらりとナマエを見遣ってから口を開く。
「……前食べて、美味かったんだろ。だから」
「…だから、獲ってきてくれたんですか」
「………」
尾形はそれきり口を噤んで喋らなくなってしまったが、ナマエは心の奥が温かくなるのを感じて、黙々と食事を進めた。