十三話
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十三話
尾形は先を歩いていた三人に追いつくまでに、ナマエが眠っていた間分かった情報、つまりアシリパが刺青を彫ったのっぺら坊の娘であるということを聞かせた。ナマエは驚いて目を見張る。まだ15歳にもなっていないであろうあの少女は、なんと大きな重圧を背負っているのか。そして、彼女が杉元や白石と行動を共にし、金塊争奪戦に身を置いているのも合点がいく。第七師団、土方歳三、アシリパと杉元たち。それぞれの勢力が、違う理由で同じ金塊を追い求めているのだ。今はたまたま贋の判別法を探す、見つからない場合も考えて網走監獄ののっぺら坊に会いに行くという利害の一致があるので行動を共にしているが、いつ仲間割れが起こるとも分からない。ナマエは尾形の邪魔にならぬよう、気を引き締めなければと考える。
やがて先を歩いていた三人に追いついてみると、彼らは笹の影に隠れていた。何かを観察しているようだ。
「お前ら追い付いたか。喧嘩は終わったのか?」
振り向いたアシリパにそう言われて、ナマエは苦笑いしながら言葉を濁すと尾形と共に笹の影に座り込む。
「見ろ、トゥレ プタ チリがいる。ヤマシギだ」
アシリパは目の前をトコトコと歩く鳥を眺めながら、アイヌの使う道具についてなど解説してくれる。
「ヤマシギか。前に食べたけど美味しかったな……」
ナマエは現代にいた頃、ディナーで行ったフレンチのコース料理をふと思い出して、ポツリと呟くとアシリパは顔を上げた。
「本当か!脳ミソは食べたか?」
「脳…?いや、普通のお肉の方だと思うけど……」
そう返事をすると、アシリパはやれやれと言う顔で鉢巻をした額をペシリと叩く。
「動物で一番美味いのは脳ミソなんだぞ、ナマエ。獲ったら食べさせてやるから楽しみにしておけ」
すると尾形は鳥を撃つためにスッと銃を構えたが、アシリパに難しいからやめておけと止められ、気に入らない様子で銃を下げた。
「アシリパちゃん、尾形さん銃がすごく上手いんだよ。だからたぶん獲れるよ」
ナマエが力説すると、アシリパは 本当かなぁ〜?とニヤリと笑った。尾形はムスッとした顔でヤマシギを眺めているので、なんだか子供っぽくて少し笑ってしまう。
「なんだよ」
それに目敏く気付いた尾形はナマエをジロリと見たので すみません、と謝ると、杉元が顔を二人に向けて 痴話喧嘩やめてぇ?とニヤニヤしながら言う。今日はもう遅いので、ヤマシギ用の罠を仕掛けると野営することになり、薪を集めたり各自休む支度をする。アシリパは野宿に不慣れなナマエに薪の集め方や夜営に適した地形等を解説していて、ナマエは真剣に耳を傾けている。その横から杉元が アシリパさんこの薬草摘んどく?とか尋ねるので、3人は割と早く打ち解けたように見えた。少なくとも、尾形の目にはそう映った。彼はもうやる事も済んだので、焚火の前に銃を持ったまま座るとナマエの様子を眺めている。せっせと作業する彼女を見ていると、先程の接吻が脳裏に蘇った。好きです、尾形さん。ナマエは思い詰めたような顔で言い、自分の中で何かが揺さぶられたような気がしたのを自覚する。ナマエを誰にも渡したくない、どこにもやりたくない、そんな気持ちが湧き上がって、腕に彼女を包んだ。俺からずっと離れるな。どこにも行くな。そう思ったが、やはり言葉にはならない。だから代わりに、ナマエが潰れるほど強く抱きしめた。
「そんなにナマエが心配か?さっきからずっと見てるな」
横に座っている牛山に言われて、尾形はフンと息を吐く。
「……あの女はボンヤリしてやがるからな。危機感が足りんから余計なことに首を突っ込む。それに杉元の野郎には気をつけねぇと。ああいう強靭な男は性欲も旺盛な筈だぜ」
「まぁな。だが杉元は他人の女に手を出すような男には見えないけどな」
尾形は髪に手をやると後ろに撫でつけて、隣の大男をチラリと見やる。
「男なんて皆んなケダモノだろ。なあ、牛山」
「俺は紳士だぜ」
はッと短く笑うと、尾形は再びナマエへ視線を注ぐ。杉元が何かを話しかけ、笑顔で答えるナマエが見える。俺に接吻したその唇で、他の男に笑いかけるのか。重たい感情が腹の底から湧くような気がして不愉快になる。やがてナマエは顔を上げると尾形を見て、小走りに走り寄って来た。
「もう今日はこれくらいにして、休むそうです」
「……こっちに来い」
もう夕暮れが迫り、夜行性の動物が動き始める気配がする。ナマエの腕を強引に引っ張ると、自らの隣に座らせた。ナマエは目を白黒させながら、尾形の顔を見返している。
「お前杉元と何話してた。余計なこと言ってねぇだろうな」
尾形は離れたところでアシリパと何か作業している杉元を見やって言う。
「そろそろ暗くなるね、とかそんな話です。世間話しかしてないですよ、大事な話は尾形さんとしか出来ないですから」
最後の方は声を落として、辺りに気を配るようにしながら言う。尾形はその一言で不思議と先ほどのどす黒いモヤが晴れていくのを感じて、自分でもよく分からないうちに機嫌が治ってきた。そうだ、この女には俺しかいないのだ。
「いい心がけだな。あいつらと……特に杉元と必要以上に仲良くなるんじゃねぇぞ」
ナマエは少しの間不思議そうな顔をしたが、すぐに合点がいったように頷いた。
「分かりました。やっぱり、殺し合った相手ですもんね……今は目的が同じとはいえ、そんな直ぐ仲良くしないですよね」
「……まあそういうことだ」
自分の意図とは少し違うような気がしたが、面倒なのでそう言うことにしておくことにした尾形は、じっとナマエを見つめた。何だろうか、この湧いてくる気持ちは。
やがて杉元やアシリパも戻ってきて、彼らが持っていたアイヌの携行食で食事となった。円形の平べったいお団子のような食べ物で、炙ると美味しいそうだ。ナマエは遠慮したが、アシリパは温めた携行食を手渡しながら、食わないと力が出ないと言って勧めてくれる。
「今こうして行動を共にしているのも何かの縁だ、遠慮せず食べろ。チンポ先生と尾形もな」
アシリパの口から飛び出した思わぬ単語に目を見張るが、例の講座を彼女も聞いたのだろう。小樽の隠れ家で、牛山に男はチンポで見極めろと澄んだ瞳で言われたのを思い出す。それにしても、この青い目の少女の心はなんて清らかなのだろう。相棒の杉元が不信感を持っている尾形の連れにも、分け隔てなく優しくしてくれるとは。
「ありがとう、アシリパちゃん」
ナマエは気遣いをありがたく受け取ると、頂きますと言って一口食べる。初めて食べる食感と味だったが、美味しい。殆どアイヌに関する知識を持っていなかったナマエは、アシリパは新鮮に映った。そのせいか、つい彼女のことをじっと眺めていたようだ。アシリパに、何だ?と聞かれて慌てて目を逸らす。
「いいえ、アシリパちゃんの持ち物って綺麗な刺繍とか柄が彫ってあって可愛いと思って……この携行食も、初めて食べたけど美味しいね」
アシリパと杉元は一瞬意外そうな顔をしたが、すぐに朗らかな表情になる。
「そうか。なら明日から色々食べさせてやるからな」
「アシリパさんは本当に物知りだからね、勉強になるよ」
杉元はそう言うと、携行食を美味しそうに食べた。尾形は対照的に無表情でモグモグと咀嚼しているが、彼は何故だかこういう時に少年のような顔をする。まるで母親の言いつけを守る子どものような。
食事が済むと、尾形は お前はこっちだ、と言って杉元や牛山からナマエを隠すように自分の方へ寄せて横になる。尾形の軍服を着た背中をしばらく眺めていると、皆が寝静まった頃を見計らって彼は寝返りを打った。そして顔を寄せると耳元で、ナマエ、と囁く。夜の森は静かで、焚火が燃える音や川のせせらぎ、葉が風に揺れる音が聞こえるばかりだ。尾形は水音がするのをいいことに、ナマエに深く接吻した。
「お、尾形さん。皆さんいますから……」
「そっけないな。昼間は随分大胆だったじゃねぇか」
意地悪く笑うと、再びナマエの唇を吸う。ナマエは抵抗を諦めたのか、大人しく尾形の接吻を受け入れた。この女を今抱きたい、と性欲を感じたが、焚火を囲んで眠っている他の面々を考慮して、太腿や腰の辺りを撫でるだけで勘弁してやる事にした。
「……集団行動ってのは不便だな」
元々つるむのは好きじゃない。軍でも必要最低限の人間関係しか築いてこなかった。一人で十分だったから。しかし今は、この女と二人だけになりたい。俺はお前がいればいい。誰のことも信じちゃいないが、ナマエ、お前は俺のために死ねるそうじゃないか。そんなお前のことなら、信じてやってもいい。そんな事を考えながら、尾形はナマエの体を温もりを分けるように抱き寄せた。そうしてやると、ナマエは安心したように目を閉じる。腕の中でうつらうつらし始めたナマエを、尾形はじっと眺めていた。
尾形は先を歩いていた三人に追いつくまでに、ナマエが眠っていた間分かった情報、つまりアシリパが刺青を彫ったのっぺら坊の娘であるということを聞かせた。ナマエは驚いて目を見張る。まだ15歳にもなっていないであろうあの少女は、なんと大きな重圧を背負っているのか。そして、彼女が杉元や白石と行動を共にし、金塊争奪戦に身を置いているのも合点がいく。第七師団、土方歳三、アシリパと杉元たち。それぞれの勢力が、違う理由で同じ金塊を追い求めているのだ。今はたまたま贋の判別法を探す、見つからない場合も考えて網走監獄ののっぺら坊に会いに行くという利害の一致があるので行動を共にしているが、いつ仲間割れが起こるとも分からない。ナマエは尾形の邪魔にならぬよう、気を引き締めなければと考える。
やがて先を歩いていた三人に追いついてみると、彼らは笹の影に隠れていた。何かを観察しているようだ。
「お前ら追い付いたか。喧嘩は終わったのか?」
振り向いたアシリパにそう言われて、ナマエは苦笑いしながら言葉を濁すと尾形と共に笹の影に座り込む。
「見ろ、トゥレ プタ チリがいる。ヤマシギだ」
アシリパは目の前をトコトコと歩く鳥を眺めながら、アイヌの使う道具についてなど解説してくれる。
「ヤマシギか。前に食べたけど美味しかったな……」
ナマエは現代にいた頃、ディナーで行ったフレンチのコース料理をふと思い出して、ポツリと呟くとアシリパは顔を上げた。
「本当か!脳ミソは食べたか?」
「脳…?いや、普通のお肉の方だと思うけど……」
そう返事をすると、アシリパはやれやれと言う顔で鉢巻をした額をペシリと叩く。
「動物で一番美味いのは脳ミソなんだぞ、ナマエ。獲ったら食べさせてやるから楽しみにしておけ」
すると尾形は鳥を撃つためにスッと銃を構えたが、アシリパに難しいからやめておけと止められ、気に入らない様子で銃を下げた。
「アシリパちゃん、尾形さん銃がすごく上手いんだよ。だからたぶん獲れるよ」
ナマエが力説すると、アシリパは 本当かなぁ〜?とニヤリと笑った。尾形はムスッとした顔でヤマシギを眺めているので、なんだか子供っぽくて少し笑ってしまう。
「なんだよ」
それに目敏く気付いた尾形はナマエをジロリと見たので すみません、と謝ると、杉元が顔を二人に向けて 痴話喧嘩やめてぇ?とニヤニヤしながら言う。今日はもう遅いので、ヤマシギ用の罠を仕掛けると野営することになり、薪を集めたり各自休む支度をする。アシリパは野宿に不慣れなナマエに薪の集め方や夜営に適した地形等を解説していて、ナマエは真剣に耳を傾けている。その横から杉元が アシリパさんこの薬草摘んどく?とか尋ねるので、3人は割と早く打ち解けたように見えた。少なくとも、尾形の目にはそう映った。彼はもうやる事も済んだので、焚火の前に銃を持ったまま座るとナマエの様子を眺めている。せっせと作業する彼女を見ていると、先程の接吻が脳裏に蘇った。好きです、尾形さん。ナマエは思い詰めたような顔で言い、自分の中で何かが揺さぶられたような気がしたのを自覚する。ナマエを誰にも渡したくない、どこにもやりたくない、そんな気持ちが湧き上がって、腕に彼女を包んだ。俺からずっと離れるな。どこにも行くな。そう思ったが、やはり言葉にはならない。だから代わりに、ナマエが潰れるほど強く抱きしめた。
「そんなにナマエが心配か?さっきからずっと見てるな」
横に座っている牛山に言われて、尾形はフンと息を吐く。
「……あの女はボンヤリしてやがるからな。危機感が足りんから余計なことに首を突っ込む。それに杉元の野郎には気をつけねぇと。ああいう強靭な男は性欲も旺盛な筈だぜ」
「まぁな。だが杉元は他人の女に手を出すような男には見えないけどな」
尾形は髪に手をやると後ろに撫でつけて、隣の大男をチラリと見やる。
「男なんて皆んなケダモノだろ。なあ、牛山」
「俺は紳士だぜ」
はッと短く笑うと、尾形は再びナマエへ視線を注ぐ。杉元が何かを話しかけ、笑顔で答えるナマエが見える。俺に接吻したその唇で、他の男に笑いかけるのか。重たい感情が腹の底から湧くような気がして不愉快になる。やがてナマエは顔を上げると尾形を見て、小走りに走り寄って来た。
「もう今日はこれくらいにして、休むそうです」
「……こっちに来い」
もう夕暮れが迫り、夜行性の動物が動き始める気配がする。ナマエの腕を強引に引っ張ると、自らの隣に座らせた。ナマエは目を白黒させながら、尾形の顔を見返している。
「お前杉元と何話してた。余計なこと言ってねぇだろうな」
尾形は離れたところでアシリパと何か作業している杉元を見やって言う。
「そろそろ暗くなるね、とかそんな話です。世間話しかしてないですよ、大事な話は尾形さんとしか出来ないですから」
最後の方は声を落として、辺りに気を配るようにしながら言う。尾形はその一言で不思議と先ほどのどす黒いモヤが晴れていくのを感じて、自分でもよく分からないうちに機嫌が治ってきた。そうだ、この女には俺しかいないのだ。
「いい心がけだな。あいつらと……特に杉元と必要以上に仲良くなるんじゃねぇぞ」
ナマエは少しの間不思議そうな顔をしたが、すぐに合点がいったように頷いた。
「分かりました。やっぱり、殺し合った相手ですもんね……今は目的が同じとはいえ、そんな直ぐ仲良くしないですよね」
「……まあそういうことだ」
自分の意図とは少し違うような気がしたが、面倒なのでそう言うことにしておくことにした尾形は、じっとナマエを見つめた。何だろうか、この湧いてくる気持ちは。
やがて杉元やアシリパも戻ってきて、彼らが持っていたアイヌの携行食で食事となった。円形の平べったいお団子のような食べ物で、炙ると美味しいそうだ。ナマエは遠慮したが、アシリパは温めた携行食を手渡しながら、食わないと力が出ないと言って勧めてくれる。
「今こうして行動を共にしているのも何かの縁だ、遠慮せず食べろ。チンポ先生と尾形もな」
アシリパの口から飛び出した思わぬ単語に目を見張るが、例の講座を彼女も聞いたのだろう。小樽の隠れ家で、牛山に男はチンポで見極めろと澄んだ瞳で言われたのを思い出す。それにしても、この青い目の少女の心はなんて清らかなのだろう。相棒の杉元が不信感を持っている尾形の連れにも、分け隔てなく優しくしてくれるとは。
「ありがとう、アシリパちゃん」
ナマエは気遣いをありがたく受け取ると、頂きますと言って一口食べる。初めて食べる食感と味だったが、美味しい。殆どアイヌに関する知識を持っていなかったナマエは、アシリパは新鮮に映った。そのせいか、つい彼女のことをじっと眺めていたようだ。アシリパに、何だ?と聞かれて慌てて目を逸らす。
「いいえ、アシリパちゃんの持ち物って綺麗な刺繍とか柄が彫ってあって可愛いと思って……この携行食も、初めて食べたけど美味しいね」
アシリパと杉元は一瞬意外そうな顔をしたが、すぐに朗らかな表情になる。
「そうか。なら明日から色々食べさせてやるからな」
「アシリパさんは本当に物知りだからね、勉強になるよ」
杉元はそう言うと、携行食を美味しそうに食べた。尾形は対照的に無表情でモグモグと咀嚼しているが、彼は何故だかこういう時に少年のような顔をする。まるで母親の言いつけを守る子どものような。
食事が済むと、尾形は お前はこっちだ、と言って杉元や牛山からナマエを隠すように自分の方へ寄せて横になる。尾形の軍服を着た背中をしばらく眺めていると、皆が寝静まった頃を見計らって彼は寝返りを打った。そして顔を寄せると耳元で、ナマエ、と囁く。夜の森は静かで、焚火が燃える音や川のせせらぎ、葉が風に揺れる音が聞こえるばかりだ。尾形は水音がするのをいいことに、ナマエに深く接吻した。
「お、尾形さん。皆さんいますから……」
「そっけないな。昼間は随分大胆だったじゃねぇか」
意地悪く笑うと、再びナマエの唇を吸う。ナマエは抵抗を諦めたのか、大人しく尾形の接吻を受け入れた。この女を今抱きたい、と性欲を感じたが、焚火を囲んで眠っている他の面々を考慮して、太腿や腰の辺りを撫でるだけで勘弁してやる事にした。
「……集団行動ってのは不便だな」
元々つるむのは好きじゃない。軍でも必要最低限の人間関係しか築いてこなかった。一人で十分だったから。しかし今は、この女と二人だけになりたい。俺はお前がいればいい。誰のことも信じちゃいないが、ナマエ、お前は俺のために死ねるそうじゃないか。そんなお前のことなら、信じてやってもいい。そんな事を考えながら、尾形はナマエの体を温もりを分けるように抱き寄せた。そうしてやると、ナマエは安心したように目を閉じる。腕の中でうつらうつらし始めたナマエを、尾形はじっと眺めていた。