一話
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尾形は幼少期の出来事を、必要な箇所だけ簡潔に話した。
つまり、20年程前に柊子が嫁に行く前にその鏡を渡したこと、そのあと柊子は死んだこと、その二点だけを話したのだった。
話を聞き終わると、女は そうですか、と答えたきり黙っている。
服装や髪型は奇妙だが、顔は柊子によく似ていて、尾形は少し自分が混乱しているのを感じた。
「……俺にとっちゃその鏡は20年前くらいの品物だが、お前にとっては130年くらい前のものなんだろ。しかもお前の顔は柊子にそっくりだ。もし柊子が生きていて今ここにいるにしても、あの人は俺より十近く歳上だった筈だ。お前は明らかに俺より若い」
「私だって信じられませんけど……あの、一応聞きますけど、今は令和×年ですよね」
男は れいわ?と聞き返した。まるで聞いた事がない単語だというように。
「はい、令和です。平成から元号が変わって……」
男はますます奇妙なものを見るような目でナマエを見た。
「……今は明治四十年だ。二年前の九月まで、日露戦争があっただろ」
今度はナマエが彼を訝しげに眺める番だった。
日本兵マニアもここまで来ると脱帽ものだと思ったが、男の方も負けず劣らず引いた顔でナマエを見ている。
「すみませんけど、この状況でふざけないで下さい。
日露戦争って……なん年前の話だと思ってるんですか」
「お前こそふざけるなよ。たった二年前の話だろ」
「じゃあ、あなたタイムスリップでもしたんじゃないですか?明治時代から令和×年に」
訳の分からないことを言いやがって、と男は低く呟くと、ナマエをじろりと横目で見た。
「おまえ、柊子に顔はそっくりだが似ても似つかんな。
柊子はこんな妙な事は言わない筈だ。だいたいなんだ、その男みたいな格好は」
「さっきから柊子柊子って…知りませんよ。あとね、この格好はトレッキング用ですよ。こんな自然の中にスカート履いて来るわけには行かないでしょう」
二人が言い合っているうちに、日が暮れていよいよ暗くなって来る。
男はうるせぇから黙ってろ、と言うと、薪を集めるように命じてきた。
生まれてこのかた薪など集めたことがなかったので、乾いていそうな枝を適当に集めると、男は無いよりはマシだと言った。
二人で集めた薪に彼がマッチで火を付けると、ゆっくりと炎が燃え始める。
「…あの、町には戻らないんですか?ここで野宿するんですか?」
「当たり前だろ。夜の山を歩き回るのは危険だ」
辺りを見回すと、確かに真っ暗で何も見えない。
山の中だから、街灯がなくても仕方がない。
きっと歩き回っているうちに、山奥に来てしまったのだろう。
今頃は遭難届が出されているかもしれない。でも山に慣れていそうな人にたまたま出会ったし、きっと明日には町に降りられるだろう。
スマホのライトを使おうと思ったが、いつ充電がなくなるかも分からないので自分の中で却下した。
電波は残念ながら入っておらず、圏外だ。
ナマエは諦めて、野宿する覚悟を固める。
隣に座っている男は、燃えている炎をただじっと眺めていた。
「……お名前聞いてもいいですか」
「…尾形百之助。おまえは」
「ミョウジナマエです。あの、コレは本物じゃないですよね?」
ナマエは尾形が担いでいた銃を指差して聞くと、彼は呆れた顔をする。
「何言ってんだ……本物に決まってるだろ。三十年式歩兵銃だ。日露戦争でも使われていた」
ナマエはゴクリと唾を飲み込んだ。
言われてみれば、この銃といい、着ている軍服といい、妙にリアルだ。
もしかしたらこの男は幽霊なのでは?
日露戦争で死んだ兵隊の亡霊なのでは?と普段なら一笑に付してしまいそうな考えが頭をもたげる。
しかし、会ってからずっと噛み合わない会話や、ポーズとは思えない日本兵ぶりを考えると辻褄が合っているような気がする。
遭難とはまた違った恐怖に顔を引きつらせていると、尾形がちらりと彼女の方を見やった。
「なんだよ」
「いえ……あの、尾形さん、急に消えたりとかしないですよね……?」
はぁ?と尾形はナマエを見たが、彼女の目は真剣だった。
「……さぁな。お前がふざけた事ばかり言ってると置いてくからな」
ナマエは絶句すると、さらに青ざめたように見えたので、尾形は少し愉快になった。
生意気な女がしおらしくなるのは嫌いではない。
「すいません。ちょっと失礼します」
しかしそれも束の間、ナマエはいきなり手を伸ばすと尾形の腕に触れた。
さすがに驚いて彼女を見ると、真面目な顔で尾形の腕を揉むようにしている。
「……幽霊じゃないですね」
「幽霊?おまえ、俺が幽霊かもしれないと思ったのか」
予想の斜め上の発言で、なんだか力が抜けるような気がするが、腕には女の手の感触が残った。
そういえば最近女を抱いていないことを思い出すと、ナマエの方をちらりと見やった。
色々とふざけた女だが、顔は柊子にそっくりで嫌いな目鼻立ちではない。
「おまえ、ナマエとか言ったな。俺が幽霊じゃないかもっと確かめたらどうだ」
女は え?と間の抜けた返事をした。
「ほら、もっと触ってみろよ」
そう言うと、尾形はナマエの手を掴んで引き寄せる。
ようやく身の危険に気がついた彼女は、慌てて暴れ出した。
「いえ!!結構ですから!尾形さんが生きてるのはわかりましたから!!」
あまりにも喧しく騒ぐので、尾形は面倒になってきて、ぶっきらぼうにナマエの手を離す。
「わかりゃいい。五月蝿いからさっさと寝ろよガサツ女」
そう言うと、尾形はふいと彼女から視線を外した。
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つまり、20年程前に柊子が嫁に行く前にその鏡を渡したこと、そのあと柊子は死んだこと、その二点だけを話したのだった。
話を聞き終わると、女は そうですか、と答えたきり黙っている。
服装や髪型は奇妙だが、顔は柊子によく似ていて、尾形は少し自分が混乱しているのを感じた。
「……俺にとっちゃその鏡は20年前くらいの品物だが、お前にとっては130年くらい前のものなんだろ。しかもお前の顔は柊子にそっくりだ。もし柊子が生きていて今ここにいるにしても、あの人は俺より十近く歳上だった筈だ。お前は明らかに俺より若い」
「私だって信じられませんけど……あの、一応聞きますけど、今は令和×年ですよね」
男は れいわ?と聞き返した。まるで聞いた事がない単語だというように。
「はい、令和です。平成から元号が変わって……」
男はますます奇妙なものを見るような目でナマエを見た。
「……今は明治四十年だ。二年前の九月まで、日露戦争があっただろ」
今度はナマエが彼を訝しげに眺める番だった。
日本兵マニアもここまで来ると脱帽ものだと思ったが、男の方も負けず劣らず引いた顔でナマエを見ている。
「すみませんけど、この状況でふざけないで下さい。
日露戦争って……なん年前の話だと思ってるんですか」
「お前こそふざけるなよ。たった二年前の話だろ」
「じゃあ、あなたタイムスリップでもしたんじゃないですか?明治時代から令和×年に」
訳の分からないことを言いやがって、と男は低く呟くと、ナマエをじろりと横目で見た。
「おまえ、柊子に顔はそっくりだが似ても似つかんな。
柊子はこんな妙な事は言わない筈だ。だいたいなんだ、その男みたいな格好は」
「さっきから柊子柊子って…知りませんよ。あとね、この格好はトレッキング用ですよ。こんな自然の中にスカート履いて来るわけには行かないでしょう」
二人が言い合っているうちに、日が暮れていよいよ暗くなって来る。
男はうるせぇから黙ってろ、と言うと、薪を集めるように命じてきた。
生まれてこのかた薪など集めたことがなかったので、乾いていそうな枝を適当に集めると、男は無いよりはマシだと言った。
二人で集めた薪に彼がマッチで火を付けると、ゆっくりと炎が燃え始める。
「…あの、町には戻らないんですか?ここで野宿するんですか?」
「当たり前だろ。夜の山を歩き回るのは危険だ」
辺りを見回すと、確かに真っ暗で何も見えない。
山の中だから、街灯がなくても仕方がない。
きっと歩き回っているうちに、山奥に来てしまったのだろう。
今頃は遭難届が出されているかもしれない。でも山に慣れていそうな人にたまたま出会ったし、きっと明日には町に降りられるだろう。
スマホのライトを使おうと思ったが、いつ充電がなくなるかも分からないので自分の中で却下した。
電波は残念ながら入っておらず、圏外だ。
ナマエは諦めて、野宿する覚悟を固める。
隣に座っている男は、燃えている炎をただじっと眺めていた。
「……お名前聞いてもいいですか」
「…尾形百之助。おまえは」
「ミョウジナマエです。あの、コレは本物じゃないですよね?」
ナマエは尾形が担いでいた銃を指差して聞くと、彼は呆れた顔をする。
「何言ってんだ……本物に決まってるだろ。三十年式歩兵銃だ。日露戦争でも使われていた」
ナマエはゴクリと唾を飲み込んだ。
言われてみれば、この銃といい、着ている軍服といい、妙にリアルだ。
もしかしたらこの男は幽霊なのでは?
日露戦争で死んだ兵隊の亡霊なのでは?と普段なら一笑に付してしまいそうな考えが頭をもたげる。
しかし、会ってからずっと噛み合わない会話や、ポーズとは思えない日本兵ぶりを考えると辻褄が合っているような気がする。
遭難とはまた違った恐怖に顔を引きつらせていると、尾形がちらりと彼女の方を見やった。
「なんだよ」
「いえ……あの、尾形さん、急に消えたりとかしないですよね……?」
はぁ?と尾形はナマエを見たが、彼女の目は真剣だった。
「……さぁな。お前がふざけた事ばかり言ってると置いてくからな」
ナマエは絶句すると、さらに青ざめたように見えたので、尾形は少し愉快になった。
生意気な女がしおらしくなるのは嫌いではない。
「すいません。ちょっと失礼します」
しかしそれも束の間、ナマエはいきなり手を伸ばすと尾形の腕に触れた。
さすがに驚いて彼女を見ると、真面目な顔で尾形の腕を揉むようにしている。
「……幽霊じゃないですね」
「幽霊?おまえ、俺が幽霊かもしれないと思ったのか」
予想の斜め上の発言で、なんだか力が抜けるような気がするが、腕には女の手の感触が残った。
そういえば最近女を抱いていないことを思い出すと、ナマエの方をちらりと見やった。
色々とふざけた女だが、顔は柊子にそっくりで嫌いな目鼻立ちではない。
「おまえ、ナマエとか言ったな。俺が幽霊じゃないかもっと確かめたらどうだ」
女は え?と間の抜けた返事をした。
「ほら、もっと触ってみろよ」
そう言うと、尾形はナマエの手を掴んで引き寄せる。
ようやく身の危険に気がついた彼女は、慌てて暴れ出した。
「いえ!!結構ですから!尾形さんが生きてるのはわかりましたから!!」
あまりにも喧しく騒ぐので、尾形は面倒になってきて、ぶっきらぼうにナマエの手を離す。
「わかりゃいい。五月蝿いからさっさと寝ろよガサツ女」
そう言うと、尾形はふいと彼女から視線を外した。
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