九話
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九話
二人は暖をとるために身を寄せ合って眠った。
翌朝目を覚ますと、尾形は「鳥を撃ちに行く」という事なので、ナマエは米の支度をするべく尾形に飯盒を置いて行ってもらう。本当に炊けるのか、と疑いの目で見られたが、何とか貸してもらうことができた。飯盒に4合の米と雪を溶かした水を入れて、しばらく浸けた後に火にかける。
軍病院の食堂で聞いたところによれば、兵営で兵士は一日6合の米を食べるそうだ。
一食2合の計算になり、食事量に驚くがそれくらい食べないと屈強な身体は造られないのだろう。
最初は強火になるよう、薪をどんどん入れる。吹きこぼれたら、今度は弱火に調節するのだが、ガスコンロでコントロールできる訳でもないので難しい。
明治に来て2ヶ月以上過ぎ、慣れてしまえばど何とかなるのだが、やはり令和の文明が恋しい。
最後の蒸らす工程に入ったところで、立て付けの悪い引き戸がガタガタと開いて、尾形が戻ってきた。手に種類はよく分からないが、鳥を二羽持っている。
彼は室内に漂う匂いをクンクンと吸い込むと、米は無駄にならなかったらしいな、と言って中に入り、ナマエの横へ鳥をどさりと置いた。そのまま中へ上がりこむと羽を手際よく毟り始めたので、ナマエも残った一羽を手伝う。
尾形は丸裸になった鳥を、米を水に浸けている間にナマエが見つけた板切れの上に乗せると、銃剣でぶつ切りにして手近なところにあった鍋に入れていく。水も足した後火にかけたので、どうやら水炊きにするらしい。塩もパラパラと足して暫くすると、鶏肉の香りが広がって食欲を刺激した。
「尾形さん料理とかするんですね」
「……鳥はよく撃ってたからな」
だから二羽も獲ってこれたんですね、すごい、と言ったナマエの言葉には答えずに、尾形は火の通り具合を確認すると飯盒の中蓋と外蓋に水炊きをよそう。
「わあ、ありがとうございます。ご飯はおにぎりにしておきました」
尾形の手から熱くなった中蓋を受け取りながらナマエは言った。アルミ製のそれは現代のものと変わらない姿をしていて、そう言えば小学校だか中学校だかの林間学校で飯盒炊爨をしたのを思い出し、なんとなく懐かしいような気もしてくる。
ナマエはいただきますと言い、尾形は無言で食事を始める。単純な調理のみだが、新鮮な肉と飯盒で炊いた米は不思議と旨かった。
「美味しいですね、尾形さん。鳥、本当にありがとうございます。また食べたいなぁ」
空腹だったので、どうやらガツガツ食べていたようだ。尾形はフンと鼻で笑うようにすると、食い始めたばかりで何を言ってやがる、と呆れたように呟く。
「……まあ、鳥ならまた撃ってきてやるよ。大食漢」
そう言うと、ナマエは大食漢と言われたのが気に入らなかったようでブツブツ言っていたが、鳥が食べられる事については嬉しいようだった。尾形は鳥肉を噛みながら、撃ってきた獲物を受け入れられるとは、こういう状態なのだと考えた。感謝され、美味しいと言われ、また食べたいと期待される。その感覚を観察しながら、彼は無表情で食事を続けた。
食事もあらかた終わった頃、扉の方からナマエが聞き取れないくらいの、カタ、と僅かな音がする。尾形は素早く視線を走らせると、持っていた飯盒の外蓋を置いて近くに立てかけていた銃を構えた。機械のように精密な動きに目を見張るが、緊張が一瞬にして指先まで広がるのを感じる。尾形が小声で 物陰に隠れろ、と言ったので言う通りにした。
やがてガタガタと扉が開く音がして、交戦するのかと思いきや、聞こえてきたのは「尾形上等兵殿」という聞き覚えのある声だった。
「……二階堂か。おい、出てきていいぞ」
尾形の声が降ってきて、ナマエがそろりと身を出すと、そこに居たのは冷たい目をした一等卒だった。
「ミョウジ、だったか…本当に連れているんですね。大丈夫なんですか」
二階堂はナマエを一瞥すると、中へ上がり込んで囲炉裏に近づくと胡座をかいた。手をかざしして暖をとっている。尾形も銃を置いて少し残った水炊きを食べ始めたので、ナマエもそろりと彼らの間に座った。
「こいつが寝返るような事があれば、俺が撃ち殺すから安心しろよ」
尾形はそう返すと、飯盒の外蓋を空にして食事を終える。ナマエは彼の物騒な発言に背筋が寒くなりながらも、箸を進めながらちらりと二階堂を見やった。
「二階堂さん、よかったらおにぎりと水炊きがあるので食べませんか」
二階堂は尾形がかすかに頷いたのを確認して、自らの背嚢から飯盒を取り外すと外蓋を差し出した。
空腹だったのだろう、よそわれた食事を黙々と食べながら、その合間に口を開く。
「この辺りの村で聞き込みをしたところ、怪我をした兵士が身を寄せている家があるとの情報を得ました」
「そうか。ではその負傷兵に会いに行くとするかね」
尾形は弾薬盒を開けて、残弾数を確認しながら冷たい声で呟いた。
二人は暖をとるために身を寄せ合って眠った。
翌朝目を覚ますと、尾形は「鳥を撃ちに行く」という事なので、ナマエは米の支度をするべく尾形に飯盒を置いて行ってもらう。本当に炊けるのか、と疑いの目で見られたが、何とか貸してもらうことができた。飯盒に4合の米と雪を溶かした水を入れて、しばらく浸けた後に火にかける。
軍病院の食堂で聞いたところによれば、兵営で兵士は一日6合の米を食べるそうだ。
一食2合の計算になり、食事量に驚くがそれくらい食べないと屈強な身体は造られないのだろう。
最初は強火になるよう、薪をどんどん入れる。吹きこぼれたら、今度は弱火に調節するのだが、ガスコンロでコントロールできる訳でもないので難しい。
明治に来て2ヶ月以上過ぎ、慣れてしまえばど何とかなるのだが、やはり令和の文明が恋しい。
最後の蒸らす工程に入ったところで、立て付けの悪い引き戸がガタガタと開いて、尾形が戻ってきた。手に種類はよく分からないが、鳥を二羽持っている。
彼は室内に漂う匂いをクンクンと吸い込むと、米は無駄にならなかったらしいな、と言って中に入り、ナマエの横へ鳥をどさりと置いた。そのまま中へ上がりこむと羽を手際よく毟り始めたので、ナマエも残った一羽を手伝う。
尾形は丸裸になった鳥を、米を水に浸けている間にナマエが見つけた板切れの上に乗せると、銃剣でぶつ切りにして手近なところにあった鍋に入れていく。水も足した後火にかけたので、どうやら水炊きにするらしい。塩もパラパラと足して暫くすると、鶏肉の香りが広がって食欲を刺激した。
「尾形さん料理とかするんですね」
「……鳥はよく撃ってたからな」
だから二羽も獲ってこれたんですね、すごい、と言ったナマエの言葉には答えずに、尾形は火の通り具合を確認すると飯盒の中蓋と外蓋に水炊きをよそう。
「わあ、ありがとうございます。ご飯はおにぎりにしておきました」
尾形の手から熱くなった中蓋を受け取りながらナマエは言った。アルミ製のそれは現代のものと変わらない姿をしていて、そう言えば小学校だか中学校だかの林間学校で飯盒炊爨をしたのを思い出し、なんとなく懐かしいような気もしてくる。
ナマエはいただきますと言い、尾形は無言で食事を始める。単純な調理のみだが、新鮮な肉と飯盒で炊いた米は不思議と旨かった。
「美味しいですね、尾形さん。鳥、本当にありがとうございます。また食べたいなぁ」
空腹だったので、どうやらガツガツ食べていたようだ。尾形はフンと鼻で笑うようにすると、食い始めたばかりで何を言ってやがる、と呆れたように呟く。
「……まあ、鳥ならまた撃ってきてやるよ。大食漢」
そう言うと、ナマエは大食漢と言われたのが気に入らなかったようでブツブツ言っていたが、鳥が食べられる事については嬉しいようだった。尾形は鳥肉を噛みながら、撃ってきた獲物を受け入れられるとは、こういう状態なのだと考えた。感謝され、美味しいと言われ、また食べたいと期待される。その感覚を観察しながら、彼は無表情で食事を続けた。
食事もあらかた終わった頃、扉の方からナマエが聞き取れないくらいの、カタ、と僅かな音がする。尾形は素早く視線を走らせると、持っていた飯盒の外蓋を置いて近くに立てかけていた銃を構えた。機械のように精密な動きに目を見張るが、緊張が一瞬にして指先まで広がるのを感じる。尾形が小声で 物陰に隠れろ、と言ったので言う通りにした。
やがてガタガタと扉が開く音がして、交戦するのかと思いきや、聞こえてきたのは「尾形上等兵殿」という聞き覚えのある声だった。
「……二階堂か。おい、出てきていいぞ」
尾形の声が降ってきて、ナマエがそろりと身を出すと、そこに居たのは冷たい目をした一等卒だった。
「ミョウジ、だったか…本当に連れているんですね。大丈夫なんですか」
二階堂はナマエを一瞥すると、中へ上がり込んで囲炉裏に近づくと胡座をかいた。手をかざしして暖をとっている。尾形も銃を置いて少し残った水炊きを食べ始めたので、ナマエもそろりと彼らの間に座った。
「こいつが寝返るような事があれば、俺が撃ち殺すから安心しろよ」
尾形はそう返すと、飯盒の外蓋を空にして食事を終える。ナマエは彼の物騒な発言に背筋が寒くなりながらも、箸を進めながらちらりと二階堂を見やった。
「二階堂さん、よかったらおにぎりと水炊きがあるので食べませんか」
二階堂は尾形がかすかに頷いたのを確認して、自らの背嚢から飯盒を取り外すと外蓋を差し出した。
空腹だったのだろう、よそわれた食事を黙々と食べながら、その合間に口を開く。
「この辺りの村で聞き込みをしたところ、怪我をした兵士が身を寄せている家があるとの情報を得ました」
「そうか。ではその負傷兵に会いに行くとするかね」
尾形は弾薬盒を開けて、残弾数を確認しながら冷たい声で呟いた。