七話
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軍病院を出ると、小樽の街の中を歩いて兵営に向かう。
出る前に尾形の様子を確認すると、相変わらず眠ったままだった。
顎の骨が折れているせいでまだ言葉も話せないそうで、ナマエの心配は日に日に募った。
そしてこれから鶴見中尉と話さなくてはならないと思うと、足が鉛になったかのようだった。
鶴見中尉を前に、うまく立ち回る自信など全く無かった。
暗澹たる思いで月島の後を歩いていると、とうとう兵舎に着いてしまい、見張りの兵士が月島に向かって敬礼する。
「入れ」
ナマエは唾を飲み込むと、意を決して建物に入った。
履物を脱いで木造の廊下を歩き、将校室の前で立ち止まると、月島が 鶴見中尉殿、と呼びかけた。
入れ、と返事が聞こえて中に通されると、丸テーブルと椅子が目に入る。
鶴見中尉は椅子に座っていて、かけなさい、と椅子を勧めた。
ナマエは蛇に睨まれた蛙のような気持ちで、そろそろと椅子に腰掛ける。
「よく来てくれたね。まあ、そう固くならずに。お茶でも飲みながら話そうじゃないか」
鶴見中尉は、ナマエの様子をちらりと見やってから月島に声をかけた。
やがてお茶と皿に乗せられたみたらし団子が出される。
鶴見中尉は 君も食べなさい、と言いながら、串団子を一つ手に取ると口に入れた。
「うんうん、花園公園の串団子はやはり旨いな。君は甘いものは好きかね」
ナマエは頂きます、と言ってから、とろりと蜜がかかった団子を口に入れた。
タレの甘辛さと、炙ってある団子の香ばしさが鼻腔に抜けて美味だった。
「はい、好きです。鶴見中尉もお好きなんですか」
「私は甘党でね。和菓子が好きでよく食べるが、君は何をお好みかな」
「そうですね、私は和菓子も好きですが、洋菓子も大好きです。エクレアとか、シュークリームとか…」
言いながら、ハッと口を噤む。
鶴見中尉は興味深そうにナマエの顔を見ていたが、やがて口を開いた。
「それらの洋菓子は、すでにこの時代にあるよ。そう広く食べられている訳ではないが」
「そうですか……あの、この時代と言うと」
ナマエはじっとりと嫌な汗をかくのを感じながら、絞り出すような声で問いかけると、鶴見中尉はさらりと言葉を続けた。
「ミョウジさん、単刀直入に聞こう。私の推測が正しければ、君は先の世から来たのではないかね。恐らく100年後くらいの」
ナマエは返事に困って、鶴見中尉の後ろに立っている月島を見た。
彼は信じられない、というような表情で2人を眺めているが、口を挟む気配はない。
鶴見中尉はそんな彼に、あれを持ってこいと命じた。
月島は機敏に近くの戸棚の引き出しを開けると、慎重に何かを取り出した。
風呂敷に包まれたものが出てきて、丸テーブルの上に置かれる。
月島の手が結び目を解いていくのを、ナマエは食い入るように見つめた。
出てきたのは、土で汚れた跡がある白くて薄い、カサカサと音がするもの。
ナマエにとっては馴染み深い、ビニール袋だった。
月島が中に手を突っ込むと、肌身離さず持ち歩いていたスマートフォンが顔を出して、ナマエは動揺を隠しきれない。
「これに見覚えが?」
鶴見中尉は穏やかに問いかけたが、ナマエは言葉が出てこなかった。
「ミョウジ、答えろ」
月島は、先ほどの優しさは何処へやら、有無を言わさぬ声色で言い、ナマエは汗がつうっとこめかみを流れるのを感じる。
「先日、尾形が人助けをしたそうでね…私は部下の行動を全て把握する。彼が誰を助けたのか、調べたんだよ。そしたら面白いものを見つけてね。このような物を造れる技術は、今現在どの国も持ち合わせていないだろう…実に見事だ」
鶴見中尉は ふふふ、と笑うと白いハンカチを取り出して眉間のあたりを押さえる。
見ると、なにか液体が漏れ出していてナマエはギョッとした。
「失礼、興奮すると変な汁が出るんだ。気にしなくていい」
「そ、そうですか…」
彼から狂気じみたものを感じて、ナマエは顔が青ざめていく。
「部下の調べた所によると、ある民家に記憶喪失の婦人が兵士に連れられてやって来たと。その近くにこれが埋まっていたそうだよ。……これは君のだね?ミョウジさん。隠したくてわざわざ埋めたのだろう?誰にも見つからないように。それ程の事情がある代物なのだね」
笑った口元から、綺麗に並んだ白い歯が見える。
徐々に距離を詰めつつ、不気味な風貌で尋問してくる鶴見中尉は、まるでホラー映画のようだった。
「話してごらん、ミョウジさん。秘密を抱えるのは嘸 かし不安で疎外感も感じることだろう。そんな重荷は、手放していいのだから」
彼はナマエの根本的な不安を見事に言い当てていて、彼女の心はぐらりと揺れた。
少なくとも彼らは、追われる立場ではない筈だ。
彼らに全てを話した方が、この明治の世で安全に過ごせるかもしれない。
しかしあと一歩のところで、尾形の言葉が蘇った。
お前が先の世から来た人間だということは、おれが知っている。
彼は確かにそう言ったのだ。
この秘密を一緒に抱えてくれる人がいる。
尾形がそのように受け止めているかは微妙な所ではあったが、ナマエの心を支えるには十分だった。
「……何のことだか、分かりません。確かに尾形さんに助けて頂いたのは私ですが、それについてはなにも知りません」
部屋はシンと静まり返った。
ナマエは心臓が脈打つ音が聞こえそうなほど緊張していたが、鶴見中尉は そうかい、と言うと、ゆったりと足を組んだ。
「今日は戻ってよろしい。ご足労ありがとう」
ナマエはほっとして席を立つと、一礼して退室する。
鶴見中尉は月島を呼ぶと、ミョウジの監視を続けろ、小声で命じる。
「尾形はほぼ黒だ。ミョウジは使えるかもしれないからな、こちらを信頼させろ」
月島は はい、と返事をすると、ナマエの後を追って部屋を出て行った。
出る前に尾形の様子を確認すると、相変わらず眠ったままだった。
顎の骨が折れているせいでまだ言葉も話せないそうで、ナマエの心配は日に日に募った。
そしてこれから鶴見中尉と話さなくてはならないと思うと、足が鉛になったかのようだった。
鶴見中尉を前に、うまく立ち回る自信など全く無かった。
暗澹たる思いで月島の後を歩いていると、とうとう兵舎に着いてしまい、見張りの兵士が月島に向かって敬礼する。
「入れ」
ナマエは唾を飲み込むと、意を決して建物に入った。
履物を脱いで木造の廊下を歩き、将校室の前で立ち止まると、月島が 鶴見中尉殿、と呼びかけた。
入れ、と返事が聞こえて中に通されると、丸テーブルと椅子が目に入る。
鶴見中尉は椅子に座っていて、かけなさい、と椅子を勧めた。
ナマエは蛇に睨まれた蛙のような気持ちで、そろそろと椅子に腰掛ける。
「よく来てくれたね。まあ、そう固くならずに。お茶でも飲みながら話そうじゃないか」
鶴見中尉は、ナマエの様子をちらりと見やってから月島に声をかけた。
やがてお茶と皿に乗せられたみたらし団子が出される。
鶴見中尉は 君も食べなさい、と言いながら、串団子を一つ手に取ると口に入れた。
「うんうん、花園公園の串団子はやはり旨いな。君は甘いものは好きかね」
ナマエは頂きます、と言ってから、とろりと蜜がかかった団子を口に入れた。
タレの甘辛さと、炙ってある団子の香ばしさが鼻腔に抜けて美味だった。
「はい、好きです。鶴見中尉もお好きなんですか」
「私は甘党でね。和菓子が好きでよく食べるが、君は何をお好みかな」
「そうですね、私は和菓子も好きですが、洋菓子も大好きです。エクレアとか、シュークリームとか…」
言いながら、ハッと口を噤む。
鶴見中尉は興味深そうにナマエの顔を見ていたが、やがて口を開いた。
「それらの洋菓子は、すでにこの時代にあるよ。そう広く食べられている訳ではないが」
「そうですか……あの、この時代と言うと」
ナマエはじっとりと嫌な汗をかくのを感じながら、絞り出すような声で問いかけると、鶴見中尉はさらりと言葉を続けた。
「ミョウジさん、単刀直入に聞こう。私の推測が正しければ、君は先の世から来たのではないかね。恐らく100年後くらいの」
ナマエは返事に困って、鶴見中尉の後ろに立っている月島を見た。
彼は信じられない、というような表情で2人を眺めているが、口を挟む気配はない。
鶴見中尉はそんな彼に、あれを持ってこいと命じた。
月島は機敏に近くの戸棚の引き出しを開けると、慎重に何かを取り出した。
風呂敷に包まれたものが出てきて、丸テーブルの上に置かれる。
月島の手が結び目を解いていくのを、ナマエは食い入るように見つめた。
出てきたのは、土で汚れた跡がある白くて薄い、カサカサと音がするもの。
ナマエにとっては馴染み深い、ビニール袋だった。
月島が中に手を突っ込むと、肌身離さず持ち歩いていたスマートフォンが顔を出して、ナマエは動揺を隠しきれない。
「これに見覚えが?」
鶴見中尉は穏やかに問いかけたが、ナマエは言葉が出てこなかった。
「ミョウジ、答えろ」
月島は、先ほどの優しさは何処へやら、有無を言わさぬ声色で言い、ナマエは汗がつうっとこめかみを流れるのを感じる。
「先日、尾形が人助けをしたそうでね…私は部下の行動を全て把握する。彼が誰を助けたのか、調べたんだよ。そしたら面白いものを見つけてね。このような物を造れる技術は、今現在どの国も持ち合わせていないだろう…実に見事だ」
鶴見中尉は ふふふ、と笑うと白いハンカチを取り出して眉間のあたりを押さえる。
見ると、なにか液体が漏れ出していてナマエはギョッとした。
「失礼、興奮すると変な汁が出るんだ。気にしなくていい」
「そ、そうですか…」
彼から狂気じみたものを感じて、ナマエは顔が青ざめていく。
「部下の調べた所によると、ある民家に記憶喪失の婦人が兵士に連れられてやって来たと。その近くにこれが埋まっていたそうだよ。……これは君のだね?ミョウジさん。隠したくてわざわざ埋めたのだろう?誰にも見つからないように。それ程の事情がある代物なのだね」
笑った口元から、綺麗に並んだ白い歯が見える。
徐々に距離を詰めつつ、不気味な風貌で尋問してくる鶴見中尉は、まるでホラー映画のようだった。
「話してごらん、ミョウジさん。秘密を抱えるのは
彼はナマエの根本的な不安を見事に言い当てていて、彼女の心はぐらりと揺れた。
少なくとも彼らは、追われる立場ではない筈だ。
彼らに全てを話した方が、この明治の世で安全に過ごせるかもしれない。
しかしあと一歩のところで、尾形の言葉が蘇った。
お前が先の世から来た人間だということは、おれが知っている。
彼は確かにそう言ったのだ。
この秘密を一緒に抱えてくれる人がいる。
尾形がそのように受け止めているかは微妙な所ではあったが、ナマエの心を支えるには十分だった。
「……何のことだか、分かりません。確かに尾形さんに助けて頂いたのは私ですが、それについてはなにも知りません」
部屋はシンと静まり返った。
ナマエは心臓が脈打つ音が聞こえそうなほど緊張していたが、鶴見中尉は そうかい、と言うと、ゆったりと足を組んだ。
「今日は戻ってよろしい。ご足労ありがとう」
ナマエはほっとして席を立つと、一礼して退室する。
鶴見中尉は月島を呼ぶと、ミョウジの監視を続けろ、小声で命じる。
「尾形はほぼ黒だ。ミョウジは使えるかもしれないからな、こちらを信頼させろ」
月島は はい、と返事をすると、ナマエの後を追って部屋を出て行った。