七話
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七話
明け方にナマエが目を開けると、病院の天井が見えて昨日の出来事を思い出す。
横のベッドには、包帯を巻かれた酷い状態の尾形が眠っているのが見えて、ナマエはそっと身を起こすと彼のベッド脇の椅子に腰掛けた。
「尾形さん、とにかく生きてて良かったですけど……大変なことになってますよ」
彼は陸軍を離れる、と言っていた以上、ここにいるのはまずい筈だ。
ナマエは不安げな目で尾形を見ながら、独り言を続けた。
「尾形さんは大怪我するし水に落ちるし、鶴見中尉には速攻で見つかるし、色々ありましたね」
ついでにナマエは昨晩、鶴見中尉に言った嘘を思い出す。
将来を約束、などと言って、それが尾形に知れたらどんな嫌味を言われるか分かったものではない。
ナマエは溜息をつくと、尾形の回復を祈りつつも、もう一眠りすることにした。
心身共に疲れ果てていたせいか、熟睡してしまったようだ。
ナマエは おい、という男の声で目を覚ますと、月島が冷たい目でこちらを見ているのがわかった。
「いつまで寝てるつもりだ」
慌てて身を起こすと、すっかり明るくなっている。
ナマエは慌ててベッドから出ると、月島の迫力に思わず気をつけの姿勢をとってしまった。
月島は呆れたように溜息をついてから、付いて来いと扉の方を顎でしゃくって言う。
廊下を歩き、外に出て建物の裏手に回ると、物干し竿やらタライやらが置かれている場所が見えてくる。
「お前は今日から洗濯係だ。尾形はあの分だとしばらく目を覚まさないだろう。その間は鶴見中尉殿のご配慮でここに居る事を許すが、働かざるもの食うべからずだ」
月島はそれだけ告げると、励めよといって立ち去っていった。
見ると尾形のものらしき軍服の他に、軍病院で出たのであろう洗濯物がどっさりと置かれている。
この時代の洗濯といえば、タライに水を張って揉み洗いが基本で、重労働に絶望しそうになったが、文句は言っていられないのでナマエは仕事に取り掛かった。
♢
尾形は一度意識を取り戻したが、ふじみと指で文字を書いてからはまた昏睡状態で目を覚まさず、毎日洗濯物に追われる日々を過ごす。
ふじみ、というのは尾形に銃を投げた男のことを言っているのだろうか。
尾形が眠っている今は確かめる術がなく、あの時もっと目を凝らしておけばと後悔する。
尾形の元には一度お見舞いの兵士も現れた。
彼らは玉井、野間、岡田と名乗り、彼らの他に谷垣という兵士を加えた4人で、尾形を追い詰めた犯人を捜しに行くのだという。
「いやしかし、尾形上等兵に婚約者が居たとは知りませんでしたな」
玉井伍長にそう言われ、ナマエは引きつった笑みを浮かべた。
この分だと、鶴見中尉の下にいる人間にこの件は知れ渡っているのだろう。
ますます尾形の報復が恐ろしくなったが、今更覆すことはできない。
「ははは…ええと、百之助さんは恥ずかしがり屋ですから」
3人が若干ザワついているのがわかったが、見て見ぬ振りをする。
後は野となれ山となれ。もはやナマエはそんな気分になっていた。
毎日洗濯をしていると、たまに月島が現れて少し話すが、恐らく鶴見中尉に監視を言い渡されているのだろう。
今日もナマエが物干し竿に洗濯物を広げていると、おい、と無愛想な声がした。
「月島軍曹殿」
「なんだその呼び方は」
「いえ、皆さん軍曹殿呼びなので私もと思ったんですが」
ふざけた事をするな、と月島は言うと、ナマエの手元をちらりと見やった。
最近はようやく小樽にも春の気配が訪れ、前よりは水仕事の辛さが和らいできたとはいえ、連日手を酷使している。
ガサガサに荒れていて見られたものではない。
ナマエは月島の視線に気づくと、指先を隠すようにそっと手を重ねた。
「痛むのか」
彼が手のことを言っているのだと気がつくのに時間がかかった。
ナマエは少しの沈黙のあとに、本当は月島の言う通り所々切れて痛かったけれど、いいえ、と答える。
「…これを使え」
そう言うと、月島は掌に乗るくらいの大きさの紙袋を差し出した。
袋には ひび、あかぎれ、と書いてあり、中を見てみると蛤らしき貝殻が、ぴたりと閉ざされた状態で入っている。
「無二膏 だ。傷に効くから塗っておけ」
どうやら月島は、見兼ねて傷薬をくれたようだ。
貝殻の中に軟膏が入っているのだろう。
ナマエは信じられない思いで月島を見返すと、心からお礼を言った。
「ありがとうございます、月島さん……ここでこんなに優しくしてもらえるとは思ってませんでした」
宿の女将はともかく、尾形の気難しい態度に振り回されることも多かったので、こういう直球の気遣いが沁みるようだった。
ナマエの感激ぶりに月島は少々面食らいつつも、気にしなくていいと告げる。
「早速使ってみます。……あれ、これはどうやって開けるんですか」
「貸せ」
月島は短く言うと、ナマエの掌から蛤を取った。
目張りを剥がして貝を開け、指で軟膏を少し掬うと 早く手を出せ、と言うようにナマエの顔を見た。
彼女がおずおずと手を差し出し、月島の指が軟膏を塗り始めた瞬間、彼はハッとした顔をする。
「すまん、お前は鯉登少尉ではなかったな……自分で塗れ」
月島は急いで手を離すと、気まずそうに視線を外した。
ナマエは自分で軟膏を塗り広げながら、この空気を変えたくて口を開く。
「鯉登少尉というのは…?」
「新任の少尉で、俺の上官だ。色々と世話がかかる人でな……兎に角今のは忘れてくれ」
月島は苦々しげに言うので、ナマエは急いで頷いた。
彼は日々あの鶴見中尉の下で働きながらも、鯉登少尉という人の世話までしているらしい。
そしてナマエの監視という仕事も増え、なかなかの激務ようだ。
「…鶴見中尉殿がお前と話したいそうだ。洗濯物が終わったら兵営に行くぞ」
「わかりました」
月島はその後、残っている洗濯物を広げて干した。
ナマエは遠慮したが、鶴見中尉殿を待たせるな、と言って黙々と干している。
その手際の良さに驚きながらも、2人で作業を続けた。
明け方にナマエが目を開けると、病院の天井が見えて昨日の出来事を思い出す。
横のベッドには、包帯を巻かれた酷い状態の尾形が眠っているのが見えて、ナマエはそっと身を起こすと彼のベッド脇の椅子に腰掛けた。
「尾形さん、とにかく生きてて良かったですけど……大変なことになってますよ」
彼は陸軍を離れる、と言っていた以上、ここにいるのはまずい筈だ。
ナマエは不安げな目で尾形を見ながら、独り言を続けた。
「尾形さんは大怪我するし水に落ちるし、鶴見中尉には速攻で見つかるし、色々ありましたね」
ついでにナマエは昨晩、鶴見中尉に言った嘘を思い出す。
将来を約束、などと言って、それが尾形に知れたらどんな嫌味を言われるか分かったものではない。
ナマエは溜息をつくと、尾形の回復を祈りつつも、もう一眠りすることにした。
心身共に疲れ果てていたせいか、熟睡してしまったようだ。
ナマエは おい、という男の声で目を覚ますと、月島が冷たい目でこちらを見ているのがわかった。
「いつまで寝てるつもりだ」
慌てて身を起こすと、すっかり明るくなっている。
ナマエは慌ててベッドから出ると、月島の迫力に思わず気をつけの姿勢をとってしまった。
月島は呆れたように溜息をついてから、付いて来いと扉の方を顎でしゃくって言う。
廊下を歩き、外に出て建物の裏手に回ると、物干し竿やらタライやらが置かれている場所が見えてくる。
「お前は今日から洗濯係だ。尾形はあの分だとしばらく目を覚まさないだろう。その間は鶴見中尉殿のご配慮でここに居る事を許すが、働かざるもの食うべからずだ」
月島はそれだけ告げると、励めよといって立ち去っていった。
見ると尾形のものらしき軍服の他に、軍病院で出たのであろう洗濯物がどっさりと置かれている。
この時代の洗濯といえば、タライに水を張って揉み洗いが基本で、重労働に絶望しそうになったが、文句は言っていられないのでナマエは仕事に取り掛かった。
♢
尾形は一度意識を取り戻したが、ふじみと指で文字を書いてからはまた昏睡状態で目を覚まさず、毎日洗濯物に追われる日々を過ごす。
ふじみ、というのは尾形に銃を投げた男のことを言っているのだろうか。
尾形が眠っている今は確かめる術がなく、あの時もっと目を凝らしておけばと後悔する。
尾形の元には一度お見舞いの兵士も現れた。
彼らは玉井、野間、岡田と名乗り、彼らの他に谷垣という兵士を加えた4人で、尾形を追い詰めた犯人を捜しに行くのだという。
「いやしかし、尾形上等兵に婚約者が居たとは知りませんでしたな」
玉井伍長にそう言われ、ナマエは引きつった笑みを浮かべた。
この分だと、鶴見中尉の下にいる人間にこの件は知れ渡っているのだろう。
ますます尾形の報復が恐ろしくなったが、今更覆すことはできない。
「ははは…ええと、百之助さんは恥ずかしがり屋ですから」
3人が若干ザワついているのがわかったが、見て見ぬ振りをする。
後は野となれ山となれ。もはやナマエはそんな気分になっていた。
毎日洗濯をしていると、たまに月島が現れて少し話すが、恐らく鶴見中尉に監視を言い渡されているのだろう。
今日もナマエが物干し竿に洗濯物を広げていると、おい、と無愛想な声がした。
「月島軍曹殿」
「なんだその呼び方は」
「いえ、皆さん軍曹殿呼びなので私もと思ったんですが」
ふざけた事をするな、と月島は言うと、ナマエの手元をちらりと見やった。
最近はようやく小樽にも春の気配が訪れ、前よりは水仕事の辛さが和らいできたとはいえ、連日手を酷使している。
ガサガサに荒れていて見られたものではない。
ナマエは月島の視線に気づくと、指先を隠すようにそっと手を重ねた。
「痛むのか」
彼が手のことを言っているのだと気がつくのに時間がかかった。
ナマエは少しの沈黙のあとに、本当は月島の言う通り所々切れて痛かったけれど、いいえ、と答える。
「…これを使え」
そう言うと、月島は掌に乗るくらいの大きさの紙袋を差し出した。
袋には ひび、あかぎれ、と書いてあり、中を見てみると蛤らしき貝殻が、ぴたりと閉ざされた状態で入っている。
「
どうやら月島は、見兼ねて傷薬をくれたようだ。
貝殻の中に軟膏が入っているのだろう。
ナマエは信じられない思いで月島を見返すと、心からお礼を言った。
「ありがとうございます、月島さん……ここでこんなに優しくしてもらえるとは思ってませんでした」
宿の女将はともかく、尾形の気難しい態度に振り回されることも多かったので、こういう直球の気遣いが沁みるようだった。
ナマエの感激ぶりに月島は少々面食らいつつも、気にしなくていいと告げる。
「早速使ってみます。……あれ、これはどうやって開けるんですか」
「貸せ」
月島は短く言うと、ナマエの掌から蛤を取った。
目張りを剥がして貝を開け、指で軟膏を少し掬うと 早く手を出せ、と言うようにナマエの顔を見た。
彼女がおずおずと手を差し出し、月島の指が軟膏を塗り始めた瞬間、彼はハッとした顔をする。
「すまん、お前は鯉登少尉ではなかったな……自分で塗れ」
月島は急いで手を離すと、気まずそうに視線を外した。
ナマエは自分で軟膏を塗り広げながら、この空気を変えたくて口を開く。
「鯉登少尉というのは…?」
「新任の少尉で、俺の上官だ。色々と世話がかかる人でな……兎に角今のは忘れてくれ」
月島は苦々しげに言うので、ナマエは急いで頷いた。
彼は日々あの鶴見中尉の下で働きながらも、鯉登少尉という人の世話までしているらしい。
そしてナマエの監視という仕事も増え、なかなかの激務ようだ。
「…鶴見中尉殿がお前と話したいそうだ。洗濯物が終わったら兵営に行くぞ」
「わかりました」
月島はその後、残っている洗濯物を広げて干した。
ナマエは遠慮したが、鶴見中尉殿を待たせるな、と言って黙々と干している。
その手際の良さに驚きながらも、2人で作業を続けた。