六話
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しかし、そんな楽観的な気持ちは、数時間後に木っ端微塵になった。
尾形は少し一人で歩くと言って、火を起こすとナマエを置いて行動する。
探し物をしているのだろう、日暮れまでには戻ると言っていたのでナマエはひたすらぼうっと過ごしていた。
する事と言えば、火が絶えないように時折薪をくべるくらいで、さすがに飽きてくる。
ナマエは立ち上がって伸びをすると、火が見える範囲で歩いてみる事にして、辺りをうろついた。
その時、遠くの方からターンと音が響いて足を止める。
なんの音だろうか。人工的な音だったから、そう遠く無い場所に人がいるのかもしれない。
そんな事を考えていると、僅かに人の話し声や物音が聞こえたのでそちらを向いてみる。
すると遠くの方に尾形らしき兵士が走っているのが、木々の間で切れ切れに見えて驚いた。
離れたところにもう一人男がいて、彼は勢いよく銃らしきものを投げる。
危ない、と叫ぶ間も無く、それは尾形の後頭部に命中して彼は崖の方に落ちて行った。
ややあってドボンと水音が響き、ナマエの心臓は早鐘のように打つ。
どうにかしなくてはならない、その一心で彼女は必死に崖を降りる道を探した。
なんとか川の方まで降りたものの、随分時間がかかってしまった。
疲労で息が上がるが、低体温症の恐ろしさを尾形から聞いた後だったので、なんとか見つけなくてはと己を叱咤して歩き続ける。
やがて日も傾いてきて、とうとうまずいと思った時に、川からバシャっと水音を立てながら這い上がろうとしている人影を見つけて駆け寄ると、やはり尾形だった。
「尾形さん!今行きます!」
ナマエは尾形の忠告も忘れて、氷のように冷たい川に足を突っ込んだ。
みるみるうちに雪靴や着物が濡れていくが、後先を考えられないくらい必死になっていた彼女は、懸命に尾形が岸に上がるのを手助けする。
彼の腕は不気味な方向へ折れ曲がっているし、顔は腫れ上がり鬱血していて、情けないが恐怖で涙が出そうになる。
ようやく水から這い上がると、二人は地面に突っぷすようにした。
「あ…火、火を起こさないと……」
寒さに震える手がぼんやりと見える。
尾形は生きているのだろうか。しかし徐々に思考が薄れていき、目の前が真っ暗になった。
♢
薄っすら目を開けると、薪が燃える音と渇いた毛布の感触。
誰かが助けてくれたのだ、と安堵したのも束の間、目を覚ましたナマエを覗き込んでいるのは、軍帽を被った兵士だった。
「鶴見中尉殿!女が目を覚ましました」
ナマエは信じられない思いだった。こんなに悪いことが立て続けに起こるものだろうか。
尾形が述べた禁止事項を、ほぼ全て実行した1日だった。
「今晩は、お嬢さん。気分はどうだい」
丁寧な物腰の声が降ってきて、ナマエが視線を動かすと、異様な風体の男が目に入った。
額を琺瑯で覆っていて、目元にまで傷跡が見える。
ナマエはゆっくりと身を起こしてから、おずおずと口を開いた。
「助けて頂いて、ありがとうございます。…あの、尾形さんは」
言いながら、そういえば彼はこの組織を抜けてきたのだと思い出す。この状況は相当まずいのではないかと思うが、どうしようもない。
「尾形上等兵はなんとか生きている。お嬢さんが助けてくれたのかな。是非お礼をしなくては…我々と共に来なさい」
口調は丁寧なのに、脅されているような威圧感を感じてナマエは小さく頷いた。
鶴見中尉は よろしい。と言うと、部下に命令して帰り支度を始めた。
♢
小樽の街へ戻ってくると、尾形は重体なので軍病院に即入院となった。
ナマエは特に怪我をしているわけではなかったので、病院の別室に通された。
窓が一つと、テーブルに椅子、棚などが配置してあり、兵士の一人に座って待つように言われる。
やがてノックの後に扉が開き、鶴見中尉と真面目そうな顔つきの兵士が入ってきた。
鶴見中尉はナマエの向かいの席に腰を下ろし、兵士は彼の背後に立つ。
「私は尾形の上官の鶴見だ。君は」
「ミョウジナマエです」
「そうかい。ミョウジさん、君にいくつか聞きたいことがあるが…まず、尾形上等兵とはどういう関係だ」
関係と聞かれて、ナマエは言葉に詰まった。
恋人でもないが、友達でもない。友達以上恋人未満、なんて表現をこの時代にして良いものか判断に困る。
「ええと、私たちはその…将来を約束していまして…」
言いながら、なんて苦し紛れなんだろうと自分に呆れる。
案の定、二人の男の顔には疑いの色が広がっていき、嫌な汗をかくのを感じた。
「ほお、尾形にそんなお相手がいたとはな。月島、お前知っていたか?」
月島、と呼ばれた兵士は短く否定すると、探るような視線をナマエへ向ける。
月島も恐ろしかったが、鶴見中尉の視線は刺さるように容赦がなかった。
「……今日はもう遅い。大切な婚約者が重体で、君もさぞ心配だろう。尾形の横のベッドが空いているから、当面はそこで生活しなさい」
下がってよいと言われて、ナマエはほっとすると一礼して出て行こうとした。
扉を開けた時に、ミョウジさん、と鶴見中尉に声をかけられる。
「その立ち振舞い、君は洋装の方が慣れているのかな。和装は不慣れかね」
ナマエは息が止まりそうになった。
そんなことは、とあまり意味のない返事をやっとすると、鶴見中尉が笑った気配がする。
ナマエはそそくさと退出すると、掌に汗をじっとりとかいているのを感じる。
尾形が言っていた、勘が良すぎるという話を身をもって感じながら、彼の病室へと向かった。
尾形は少し一人で歩くと言って、火を起こすとナマエを置いて行動する。
探し物をしているのだろう、日暮れまでには戻ると言っていたのでナマエはひたすらぼうっと過ごしていた。
する事と言えば、火が絶えないように時折薪をくべるくらいで、さすがに飽きてくる。
ナマエは立ち上がって伸びをすると、火が見える範囲で歩いてみる事にして、辺りをうろついた。
その時、遠くの方からターンと音が響いて足を止める。
なんの音だろうか。人工的な音だったから、そう遠く無い場所に人がいるのかもしれない。
そんな事を考えていると、僅かに人の話し声や物音が聞こえたのでそちらを向いてみる。
すると遠くの方に尾形らしき兵士が走っているのが、木々の間で切れ切れに見えて驚いた。
離れたところにもう一人男がいて、彼は勢いよく銃らしきものを投げる。
危ない、と叫ぶ間も無く、それは尾形の後頭部に命中して彼は崖の方に落ちて行った。
ややあってドボンと水音が響き、ナマエの心臓は早鐘のように打つ。
どうにかしなくてはならない、その一心で彼女は必死に崖を降りる道を探した。
なんとか川の方まで降りたものの、随分時間がかかってしまった。
疲労で息が上がるが、低体温症の恐ろしさを尾形から聞いた後だったので、なんとか見つけなくてはと己を叱咤して歩き続ける。
やがて日も傾いてきて、とうとうまずいと思った時に、川からバシャっと水音を立てながら這い上がろうとしている人影を見つけて駆け寄ると、やはり尾形だった。
「尾形さん!今行きます!」
ナマエは尾形の忠告も忘れて、氷のように冷たい川に足を突っ込んだ。
みるみるうちに雪靴や着物が濡れていくが、後先を考えられないくらい必死になっていた彼女は、懸命に尾形が岸に上がるのを手助けする。
彼の腕は不気味な方向へ折れ曲がっているし、顔は腫れ上がり鬱血していて、情けないが恐怖で涙が出そうになる。
ようやく水から這い上がると、二人は地面に突っぷすようにした。
「あ…火、火を起こさないと……」
寒さに震える手がぼんやりと見える。
尾形は生きているのだろうか。しかし徐々に思考が薄れていき、目の前が真っ暗になった。
♢
薄っすら目を開けると、薪が燃える音と渇いた毛布の感触。
誰かが助けてくれたのだ、と安堵したのも束の間、目を覚ましたナマエを覗き込んでいるのは、軍帽を被った兵士だった。
「鶴見中尉殿!女が目を覚ましました」
ナマエは信じられない思いだった。こんなに悪いことが立て続けに起こるものだろうか。
尾形が述べた禁止事項を、ほぼ全て実行した1日だった。
「今晩は、お嬢さん。気分はどうだい」
丁寧な物腰の声が降ってきて、ナマエが視線を動かすと、異様な風体の男が目に入った。
額を琺瑯で覆っていて、目元にまで傷跡が見える。
ナマエはゆっくりと身を起こしてから、おずおずと口を開いた。
「助けて頂いて、ありがとうございます。…あの、尾形さんは」
言いながら、そういえば彼はこの組織を抜けてきたのだと思い出す。この状況は相当まずいのではないかと思うが、どうしようもない。
「尾形上等兵はなんとか生きている。お嬢さんが助けてくれたのかな。是非お礼をしなくては…我々と共に来なさい」
口調は丁寧なのに、脅されているような威圧感を感じてナマエは小さく頷いた。
鶴見中尉は よろしい。と言うと、部下に命令して帰り支度を始めた。
♢
小樽の街へ戻ってくると、尾形は重体なので軍病院に即入院となった。
ナマエは特に怪我をしているわけではなかったので、病院の別室に通された。
窓が一つと、テーブルに椅子、棚などが配置してあり、兵士の一人に座って待つように言われる。
やがてノックの後に扉が開き、鶴見中尉と真面目そうな顔つきの兵士が入ってきた。
鶴見中尉はナマエの向かいの席に腰を下ろし、兵士は彼の背後に立つ。
「私は尾形の上官の鶴見だ。君は」
「ミョウジナマエです」
「そうかい。ミョウジさん、君にいくつか聞きたいことがあるが…まず、尾形上等兵とはどういう関係だ」
関係と聞かれて、ナマエは言葉に詰まった。
恋人でもないが、友達でもない。友達以上恋人未満、なんて表現をこの時代にして良いものか判断に困る。
「ええと、私たちはその…将来を約束していまして…」
言いながら、なんて苦し紛れなんだろうと自分に呆れる。
案の定、二人の男の顔には疑いの色が広がっていき、嫌な汗をかくのを感じた。
「ほお、尾形にそんなお相手がいたとはな。月島、お前知っていたか?」
月島、と呼ばれた兵士は短く否定すると、探るような視線をナマエへ向ける。
月島も恐ろしかったが、鶴見中尉の視線は刺さるように容赦がなかった。
「……今日はもう遅い。大切な婚約者が重体で、君もさぞ心配だろう。尾形の横のベッドが空いているから、当面はそこで生活しなさい」
下がってよいと言われて、ナマエはほっとすると一礼して出て行こうとした。
扉を開けた時に、ミョウジさん、と鶴見中尉に声をかけられる。
「その立ち振舞い、君は洋装の方が慣れているのかな。和装は不慣れかね」
ナマエは息が止まりそうになった。
そんなことは、とあまり意味のない返事をやっとすると、鶴見中尉が笑った気配がする。
ナマエはそそくさと退出すると、掌に汗をじっとりとかいているのを感じる。
尾形が言っていた、勘が良すぎるという話を身をもって感じながら、彼の病室へと向かった。