一話
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一話
2月のたまたま取れた休みの日に、ナマエは一人で小樽へ来ていた。
社会人になって数年、一人旅をしてみるのもいいかと思い、行ったことのなかった北海道を旅行先に選んだ。
関東ではそろそろ春の気配が近づくが、北海道にはまだ雪に閉ざされているという。
雪景色でも見て、非現実を味わいたいと考えていたが、まさにぴったりの土地で良い選択だった。
1日目は街を歩いてレトロな街並みやグルメを堪能し、2日目の今はスノートレッキングというものに申し込んで、雪道を歩いている。
小樽付近の森の中を、ガイドと共に歩けるというもので、興味本位で申し込んで参加してみたがなかなか面白い。
茨城生まれの彼女には、見える風景全てが物珍しかった。
しかし、そんな悠長なことを言っていられなくなったのは、それから少し後のことだ。
どういう訳だか、ナマエはいつの間にか独りぼっちで森を歩いていた。
辺りには新雪が積もっていて、目印となるようなものも見つからない。狐につままれたような心地だった。
最初は少しはぐれただけだと考えて歩き回っていたが、一向に人と出会わず焦燥感が募る。
遭難のふた文字が重くのしかかって来て、ナマエは恐怖した。
こういう時は下手に動き回らず、じっと助けを待つのが一番良いとニュースか何かで聞いたのを思い出して、辺りを見回してみると大きな岩が重なって人が入れるくらいの隙間があるのを発見する。
とりあえずそこに腰を下ろして、この後のことを考えることにした。足も疲れていて、もうこれ以上歩き回るのは厳しいと感じる。
リュックの中を確認してみると、水や食料…と言っても、菓子類のみが一食分あるばかりだった。
幸い天候は良く、風もないのでなんとか凌げそうだ。
ナマエはため息をつくと、リュックに入っていた使い捨てカイロを取り出して封を開け、手で揉む。
ささやかな暖かさに少し慰められると、現実逃避するかのように目を閉じた。
♢
揺すぶられた衝撃で、ナマエはハッと目を開けた。
いつの間にか眠ってしまったらしく、あたりは少し暗くなり始めている。
目の前には見知らぬ男がナマエを覗き込んでいて、心底驚いて短く叫んでしまう。
「び、びっくりした…あ、もしかして救助の方ですか?良かった……」
ナマエは助かったと安堵して笑顔を見せるが、男の方は無表情のままだった。
それどころかよく見ると、服装が一風変わっている。
白地のマントを羽織り、なんとなく軍人っぽい帽子をかぶっていて、なにより背中には銃を背負っている。
それをみてこの人は救助の人ではなさそうだと思った。
多分、サバゲー愛好家か地元の猟師か、どちらかだろうと推測する。
いずれにしても助けが来たことに変わりはないので、いちいち疑問に思うことはやめにする。
しかし男から発せられた張り詰めたような声色は、何かただならぬものがあった。
「……柊子 なのか?どうしてこんなところにいる?お前は嫁ぎ先で死んだと聞いたが」
「柊子?いえ、私は違いますけど…」
「では何故お前がこれを持っている。これは柊子に渡したものだ」
そう言って男が取り出してみせたのは、リュックに入れていた古ぼけた手鏡だった。
ナマエが気に入っていて、いつも持ち歩いているものだ。
「何故って…私のだからですよ。家にあった古い鏡が素敵だったから使ってるだけです。たしか、130年くらい前のだと聞きましたけど」
荷物を漁ったのか、と不快に思ったが、それはひとまず飲み込んだ。
「130年前……どういうことだ。柊子にこれを渡したのはせいぜい20年前だぞ。それにお前の格好は何なんだ。男みたいなナリして、変なものばかり持っている」
「いやそう言われましても…とにかく、私は家にあった古い鏡を使っているだけです。それが一体なんだっていうんですか」
それより早く街に戻りたいのですが、と言うと、男はしばらく黙っていたが、付いて来いと言うと歩き出した。
話が全く噛み合わないので、もしかしたら変な男に絡まれているのかもしれないと嫌な推測がよぎる。
しかしどんどん暗くなっていく森の中で一人で過ごすのは恐ろしかったので、仕方なく彼の後を追った。
男は逞しい体格をしていて、雪道を歩くのも慣れているようだ。
足元は白い脚絆をつけていて、サバゲーはこんなに本格的にやるものなんだなぁとぼんやり眺める。
彼の全体像を見てみると、教科書の白黒写真で見たような、旧日本軍の出で立ちに似ている。
そっちの方面のマニアなのかもしれない。
次第に息が上がってくるが、ナマエは懸命に付いて歩いた。
やがて男が立ち止まったのでようやく追いついてみると、木々が生い茂っていて視界の悪い地点に来ている。
てっきり小樽市内に向かっているものと考えていたので落胆したが、ナマエに構うことなく男は首から下げた双眼鏡を目元に持ってくると、辺りを見回した。
先程から周囲をしきりに警戒していて、その本気具合にナマエまで緊張してきたぐらいだ。
男は地面に直接座ると、早く座れと言うようにナマエを見る。
距離をあけて恐る恐る座ると、彼は口を開いた。
「……状況を整理する。まずお前は、柊子ではない。手鏡はお前にとって百年以上前のものなんだな?」
「はい」
男は穴が空くほどナマエの顔を見ている。
猫を連想させるような目元がナマエを探るように見ているので居心地が悪い。
「鏡の元々の持ち主の名前は知ってるのか」
「ええと……すみません、知らないです。手鏡をもらった時も、ご先祖様のだから大事にしてね、くらいにしか言われなかったし……母か祖母に聞けばわかると思いますけど」
男は忌々しげにため息をつくと、質問を変えた。
「出身地はどこだ」
「茨城です。代々そこに住んでると聞いてますが」
すると男がさらに詳しい地名を述べたので驚いた。
まさにナマエが住んでいる地域の名前で、少し鳥肌が立つ。
「そうですけど……なんでそれを」
男は黙り込んで、しばらく何か考えてから口を開いた。
「……俺が聞きたいぐらいだな」
「あの……私の手鏡とご先祖様に、何かあるんですか?」
先程男が勝手に自分の懐にしまったそれを思い出しながらナマエが聞くと、男はそっぽを向いた。
長い沈黙のあと、ようやく彼は話し始める。
「この手鏡は、俺がガキの頃に柊子に渡したものだ。お前の話が全て正しいとすれば、柊子はお前の先祖にあたり、あの手鏡は子どもの時の俺が渡したものと言うことになる」
ナマエは状況が飲み込めなかったが、とにかく男の話に耳を傾けた。
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2月のたまたま取れた休みの日に、ナマエは一人で小樽へ来ていた。
社会人になって数年、一人旅をしてみるのもいいかと思い、行ったことのなかった北海道を旅行先に選んだ。
関東ではそろそろ春の気配が近づくが、北海道にはまだ雪に閉ざされているという。
雪景色でも見て、非現実を味わいたいと考えていたが、まさにぴったりの土地で良い選択だった。
1日目は街を歩いてレトロな街並みやグルメを堪能し、2日目の今はスノートレッキングというものに申し込んで、雪道を歩いている。
小樽付近の森の中を、ガイドと共に歩けるというもので、興味本位で申し込んで参加してみたがなかなか面白い。
茨城生まれの彼女には、見える風景全てが物珍しかった。
しかし、そんな悠長なことを言っていられなくなったのは、それから少し後のことだ。
どういう訳だか、ナマエはいつの間にか独りぼっちで森を歩いていた。
辺りには新雪が積もっていて、目印となるようなものも見つからない。狐につままれたような心地だった。
最初は少しはぐれただけだと考えて歩き回っていたが、一向に人と出会わず焦燥感が募る。
遭難のふた文字が重くのしかかって来て、ナマエは恐怖した。
こういう時は下手に動き回らず、じっと助けを待つのが一番良いとニュースか何かで聞いたのを思い出して、辺りを見回してみると大きな岩が重なって人が入れるくらいの隙間があるのを発見する。
とりあえずそこに腰を下ろして、この後のことを考えることにした。足も疲れていて、もうこれ以上歩き回るのは厳しいと感じる。
リュックの中を確認してみると、水や食料…と言っても、菓子類のみが一食分あるばかりだった。
幸い天候は良く、風もないのでなんとか凌げそうだ。
ナマエはため息をつくと、リュックに入っていた使い捨てカイロを取り出して封を開け、手で揉む。
ささやかな暖かさに少し慰められると、現実逃避するかのように目を閉じた。
♢
揺すぶられた衝撃で、ナマエはハッと目を開けた。
いつの間にか眠ってしまったらしく、あたりは少し暗くなり始めている。
目の前には見知らぬ男がナマエを覗き込んでいて、心底驚いて短く叫んでしまう。
「び、びっくりした…あ、もしかして救助の方ですか?良かった……」
ナマエは助かったと安堵して笑顔を見せるが、男の方は無表情のままだった。
それどころかよく見ると、服装が一風変わっている。
白地のマントを羽織り、なんとなく軍人っぽい帽子をかぶっていて、なにより背中には銃を背負っている。
それをみてこの人は救助の人ではなさそうだと思った。
多分、サバゲー愛好家か地元の猟師か、どちらかだろうと推測する。
いずれにしても助けが来たことに変わりはないので、いちいち疑問に思うことはやめにする。
しかし男から発せられた張り詰めたような声色は、何かただならぬものがあった。
「……
「柊子?いえ、私は違いますけど…」
「では何故お前がこれを持っている。これは柊子に渡したものだ」
そう言って男が取り出してみせたのは、リュックに入れていた古ぼけた手鏡だった。
ナマエが気に入っていて、いつも持ち歩いているものだ。
「何故って…私のだからですよ。家にあった古い鏡が素敵だったから使ってるだけです。たしか、130年くらい前のだと聞きましたけど」
荷物を漁ったのか、と不快に思ったが、それはひとまず飲み込んだ。
「130年前……どういうことだ。柊子にこれを渡したのはせいぜい20年前だぞ。それにお前の格好は何なんだ。男みたいなナリして、変なものばかり持っている」
「いやそう言われましても…とにかく、私は家にあった古い鏡を使っているだけです。それが一体なんだっていうんですか」
それより早く街に戻りたいのですが、と言うと、男はしばらく黙っていたが、付いて来いと言うと歩き出した。
話が全く噛み合わないので、もしかしたら変な男に絡まれているのかもしれないと嫌な推測がよぎる。
しかしどんどん暗くなっていく森の中で一人で過ごすのは恐ろしかったので、仕方なく彼の後を追った。
男は逞しい体格をしていて、雪道を歩くのも慣れているようだ。
足元は白い脚絆をつけていて、サバゲーはこんなに本格的にやるものなんだなぁとぼんやり眺める。
彼の全体像を見てみると、教科書の白黒写真で見たような、旧日本軍の出で立ちに似ている。
そっちの方面のマニアなのかもしれない。
次第に息が上がってくるが、ナマエは懸命に付いて歩いた。
やがて男が立ち止まったのでようやく追いついてみると、木々が生い茂っていて視界の悪い地点に来ている。
てっきり小樽市内に向かっているものと考えていたので落胆したが、ナマエに構うことなく男は首から下げた双眼鏡を目元に持ってくると、辺りを見回した。
先程から周囲をしきりに警戒していて、その本気具合にナマエまで緊張してきたぐらいだ。
男は地面に直接座ると、早く座れと言うようにナマエを見る。
距離をあけて恐る恐る座ると、彼は口を開いた。
「……状況を整理する。まずお前は、柊子ではない。手鏡はお前にとって百年以上前のものなんだな?」
「はい」
男は穴が空くほどナマエの顔を見ている。
猫を連想させるような目元がナマエを探るように見ているので居心地が悪い。
「鏡の元々の持ち主の名前は知ってるのか」
「ええと……すみません、知らないです。手鏡をもらった時も、ご先祖様のだから大事にしてね、くらいにしか言われなかったし……母か祖母に聞けばわかると思いますけど」
男は忌々しげにため息をつくと、質問を変えた。
「出身地はどこだ」
「茨城です。代々そこに住んでると聞いてますが」
すると男がさらに詳しい地名を述べたので驚いた。
まさにナマエが住んでいる地域の名前で、少し鳥肌が立つ。
「そうですけど……なんでそれを」
男は黙り込んで、しばらく何か考えてから口を開いた。
「……俺が聞きたいぐらいだな」
「あの……私の手鏡とご先祖様に、何かあるんですか?」
先程男が勝手に自分の懐にしまったそれを思い出しながらナマエが聞くと、男はそっぽを向いた。
長い沈黙のあと、ようやく彼は話し始める。
「この手鏡は、俺がガキの頃に柊子に渡したものだ。お前の話が全て正しいとすれば、柊子はお前の先祖にあたり、あの手鏡は子どもの時の俺が渡したものと言うことになる」
ナマエは状況が飲み込めなかったが、とにかく男の話に耳を傾けた。
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