雨宿り
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「傘、ないの?」
学校からの帰り道、突然雨に降られた。商店街の、シャッターが降りた店の庇の下で雨宿りをしていると、唐突に声をかけてきた人がいた。驚いて顔をあげると、色白な肌と綺麗な瞳が目に入る。
「三島くん」
「俺も傘忘れてさ。雨宿りしようと思って」
奇遇だな、と言って笑った三島くんは、なんだかきらきらと光って見えて、私は そっか、と返事をすると思わず目を逸らしてしまう。夏服の白い半袖シャツから、三島くんの腕がのぞいているのが見える。
「ミョウジは家こっちなの?俺はこの先なんだけど」
私は胸のあたりが苦しくつかえるのを感じながら うん、と返事をした。好きな男の子と、こんな偶然が重なるなんてまるで奇跡のようだった。男子にも女子にも人気がある三島くんは、いつも手の届かないところにいると言うのに。
「……雨、止みそうもないな」
「そうだね。さっきより強くなってるかも」
私はそう答えながら、このまま降り続ければいいのに、などと考えていた。雨が上がってしまえば、きっとまた三島くんは遠いところに行ってしまうだろう。
「確かに。……あ、じゃあずっとここで立ってるのも何だから、あそこで何か飲むか」
そう言うと、彼は少し先にある喫茶店の看板を指差した。私は驚いて言葉に詰まり、やっと頷くと三島くんはにっこりと笑う。
「じゃあ行こうか。走ろう」
そう言うや否や、三島くんは私の右腕を掴むと雨の中へ走り出した。ローファーが濡れたアスファルトを軽やかに踏んで、体がぐいぐいと前に引っ張られていく。雨が顔や髪に当たる感触と、右腕に感じる熱い体温。走り抜ける商店街の風景が、スローモーションのように感じられる。私達はバタバタ喫茶店に辿り着くと、カランコロンとドアベルを鳴らしながら店内へと入った。客はまばらで、窓際の一番奥の席に向かい合って腰掛ける。私は鞄からハンドタオルを取り出して雨の雫を払うと、三島くんにも差し出した。彼は ありがとう、と笑うと掌で受け取って、水滴を拭う。
「タオル汚してごめん。ご馳走するよ」
「そんな、いいよ。全然気にしないで」
「優しいんだな」
三島くんは ふふ、と笑う。
「でもここは俺が出すから。いいよね?」
ちょっぴり強引に言うと、選びなよ、と言ってメニューを開いてくれたので、私はいよいよ緊張が高まるのを感じながら、慌てて細かな文字を追う。
「俺はクリームソーダにしようかな」
「クリームソーダ?」
なんだか意外。いや、そうでもないような気がする。
「蒸し暑いから炭酸飲みたくてさ」
「じゃあ、私も同じのにしようかな」
数分後、私達の目の前にはクリームソーダが二つ並んだ。緑色がエメラルドのように鮮やかで、炭酸の細かい泡が弾ける様子が涼しい。氷の上に乗った白いアイスクリームは、なんだか帽子のように見えた。三島くんは長いまつ毛の目を伏せて、アイスクリームを食べている。雨は相変わらずざあざあと降っていて、窓の外に信号の光がぼんやりと霞んでいる。炭酸は口の中でパチパチと弾けて、緊張で窮屈な喉には刺激的だったけれど、アイスクリームが甘く冷たく溶けていくのが美味しい。
「良かった、いつものミョウジだ」
「え?」
「さっきからずっと真面目な顔だったから。教室ではもっと笑ってるのに、俺といるのつまらないのかと思ったよ」
「ごめん、ちょっとなんか……緊張して。楽しいよ」
三島くんは へえ、と答えると綺麗な顔で微笑んだので、私はこれ以上彼を見ることができなくなってしまった。ストローでメロンソーダを吸いながら視線を泳がせると、ふいに少し開いた三島くんの鞄が目に入って、折り畳み傘の柄が見える。
「……あれ?三島くん、傘あるの」
「……バレたか」
三島くんは今度は照れ臭そうに笑うと、まあね、と言う。
「ミョウジが雨宿りしてるの見えたから」
俺も、と思って。そう言った三島くんの頬は少し赤くなっていて、私自身も耳まで赤くなるのが分かる。雨音がやけに大きく聞こえて、何か話したいのに声が出ない。この気持ちをどんな言葉にすれば良いのか見当もつかなかった。
「……家、通りの先なんだろ。傘入れてあげるから送るよ」
私はやっと頷くと、溶けてしまったアイスクリームをスプーンですくった。雨は未だ降り続いている。どうかまだ止まないで。一秒でも長く、この時間が続きますように。
おわり
学校からの帰り道、突然雨に降られた。商店街の、シャッターが降りた店の庇の下で雨宿りをしていると、唐突に声をかけてきた人がいた。驚いて顔をあげると、色白な肌と綺麗な瞳が目に入る。
「三島くん」
「俺も傘忘れてさ。雨宿りしようと思って」
奇遇だな、と言って笑った三島くんは、なんだかきらきらと光って見えて、私は そっか、と返事をすると思わず目を逸らしてしまう。夏服の白い半袖シャツから、三島くんの腕がのぞいているのが見える。
「ミョウジは家こっちなの?俺はこの先なんだけど」
私は胸のあたりが苦しくつかえるのを感じながら うん、と返事をした。好きな男の子と、こんな偶然が重なるなんてまるで奇跡のようだった。男子にも女子にも人気がある三島くんは、いつも手の届かないところにいると言うのに。
「……雨、止みそうもないな」
「そうだね。さっきより強くなってるかも」
私はそう答えながら、このまま降り続ければいいのに、などと考えていた。雨が上がってしまえば、きっとまた三島くんは遠いところに行ってしまうだろう。
「確かに。……あ、じゃあずっとここで立ってるのも何だから、あそこで何か飲むか」
そう言うと、彼は少し先にある喫茶店の看板を指差した。私は驚いて言葉に詰まり、やっと頷くと三島くんはにっこりと笑う。
「じゃあ行こうか。走ろう」
そう言うや否や、三島くんは私の右腕を掴むと雨の中へ走り出した。ローファーが濡れたアスファルトを軽やかに踏んで、体がぐいぐいと前に引っ張られていく。雨が顔や髪に当たる感触と、右腕に感じる熱い体温。走り抜ける商店街の風景が、スローモーションのように感じられる。私達はバタバタ喫茶店に辿り着くと、カランコロンとドアベルを鳴らしながら店内へと入った。客はまばらで、窓際の一番奥の席に向かい合って腰掛ける。私は鞄からハンドタオルを取り出して雨の雫を払うと、三島くんにも差し出した。彼は ありがとう、と笑うと掌で受け取って、水滴を拭う。
「タオル汚してごめん。ご馳走するよ」
「そんな、いいよ。全然気にしないで」
「優しいんだな」
三島くんは ふふ、と笑う。
「でもここは俺が出すから。いいよね?」
ちょっぴり強引に言うと、選びなよ、と言ってメニューを開いてくれたので、私はいよいよ緊張が高まるのを感じながら、慌てて細かな文字を追う。
「俺はクリームソーダにしようかな」
「クリームソーダ?」
なんだか意外。いや、そうでもないような気がする。
「蒸し暑いから炭酸飲みたくてさ」
「じゃあ、私も同じのにしようかな」
数分後、私達の目の前にはクリームソーダが二つ並んだ。緑色がエメラルドのように鮮やかで、炭酸の細かい泡が弾ける様子が涼しい。氷の上に乗った白いアイスクリームは、なんだか帽子のように見えた。三島くんは長いまつ毛の目を伏せて、アイスクリームを食べている。雨は相変わらずざあざあと降っていて、窓の外に信号の光がぼんやりと霞んでいる。炭酸は口の中でパチパチと弾けて、緊張で窮屈な喉には刺激的だったけれど、アイスクリームが甘く冷たく溶けていくのが美味しい。
「良かった、いつものミョウジだ」
「え?」
「さっきからずっと真面目な顔だったから。教室ではもっと笑ってるのに、俺といるのつまらないのかと思ったよ」
「ごめん、ちょっとなんか……緊張して。楽しいよ」
三島くんは へえ、と答えると綺麗な顔で微笑んだので、私はこれ以上彼を見ることができなくなってしまった。ストローでメロンソーダを吸いながら視線を泳がせると、ふいに少し開いた三島くんの鞄が目に入って、折り畳み傘の柄が見える。
「……あれ?三島くん、傘あるの」
「……バレたか」
三島くんは今度は照れ臭そうに笑うと、まあね、と言う。
「ミョウジが雨宿りしてるの見えたから」
俺も、と思って。そう言った三島くんの頬は少し赤くなっていて、私自身も耳まで赤くなるのが分かる。雨音がやけに大きく聞こえて、何か話したいのに声が出ない。この気持ちをどんな言葉にすれば良いのか見当もつかなかった。
「……家、通りの先なんだろ。傘入れてあげるから送るよ」
私はやっと頷くと、溶けてしまったアイスクリームをスプーンですくった。雨は未だ降り続いている。どうかまだ止まないで。一秒でも長く、この時間が続きますように。
おわり
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